2011年02月18日

「TAK」さんは大学院がお休みのこの時期は、本業のMOT(技術経営)だけでなく、興味があるイベントに、いろいろ参加します

今日は、科学コミュニケーション研究会

に行きます。

この会は、



科学コミュニケーションに関する活動・研究を行っている人々が広く集い、定期的にお互いが顔を合わせて議論する場の創 出を目指して、活動しています。

この活動の一環として、科学コミュニケーショ ンに関連する勉強会を開催しています。

勉強会では、従来の科学コミュニケーションの枠組みを広げる可能性のある活動・研究を行っている方をお招きし、その考え方に触れることで、科学コ ミュニケーションという概念の発展可能性を探ります。



会場は東大理学部1号館ですが、ほとんどすべての東大の建物の中は迷路です。行き慣れた建物でないと、目的地にたどり着けません

ともかく、会場にたどり着くと、大きな教室なのですが、大入りの人気です

ゲストは、

東北大学の長神風二准教授

です


まず、「コミュニケーションとは?」から入ります

コミュニケーションの本質とは変化である。

誰かに、何かを伝えたい、のが、コミュニケーションであれば、伝えた結果、現状から何かしら変わる、ことを期待します。

つまり、現状のままでよいのであれば、そもそもコミュニケーションの必要がありません

こう考えると、異なる出身、立場の人たちが、異なることを話し合うから、コミュニケーションが成立します

それゆえ、コミュニケーションを行う人は何がしかの出身があるはずで、「コミュニケーター」なる職業はない、ことになります

もちろん、科学コミュニケーター的な、主として広報活動を行っている人はたくさんいます

この人たちのミッションは、異なる立場の人たちへの伝達、多層間の対話であり、同業内での活動には意味がありません

科学コミュニケーションを学術化、組織化することは、すなわち同業者の集まりを作ることであり、本質に反することになります



さて、科学コミュニケーター的な活動をする方々の中に、「科学は社会の役に立つ。だから、科学を伝えることはよいこと」と思い込んでいる人が少なからずいます。

それはその人の価値観としてはよいのですが、エスカレートする場合がよくあります

「自分たちは社会によい活動をしているのに、それを受け入れようとしない社会はおかしい、間違っている」

さらには、

「社会によいことをしている自分たちに、適切な処遇、報酬が保証されないのはおかしい」

などなど

押し売りになっていないか?よく確かめた方がよいかもしれません



活動に対する対価も問題になります

ほとんどすべての活動において、活動について、クライアントから適正な対価を受け取ります

例えば、演劇、音楽などのアートであれば、観衆、聴衆より、採算がとれるかはともかく、ある程度の対価をもらう、というのはわかりやすい、と思います

ところが、これが科学であると、無償でおこなわなければならない、という無言の圧力があります

科学の活動の多くが、税金が出るために、逆に営利がいけない、ようなイメージがあります

「活動について、クライアントから適正な対価を受け取る」ものになっていかないと、科学コミュニケーションはいつまでも保護下のまま、という気がします



つれづれ、思いが生まれた研究会でありました









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