2012年07月09日

東大情報学環中原研究室の「Academic Hack!実践を記録すること、物語ること、コミュニティを作ること」

に参加します。

清里高原の「森のようちえん」を事例に、学びの実践を「記録」すること、そして「物語ること」の可能性を探ります

会場の東大の教室が「森」になろうとしています。今日は森の中でゆっくりくつろぎながらのトークショーだそうです

120709中原1


ところが、ガーデナーの方が、森の雰囲気の草花を取っていたところ、蜂に刺されて、治療のため、作業が遅れて、森を作りながら、という進行です

いつもは言語、文字が主体の参加記録ですが、こういった雰囲気では視覚、聴覚、触覚などで感じることも大切です

120709中原4


まず、一通りトークショーに出た話は、

・東京はあらゆるものが前のめりで、行き急いでいる

・普段着のありのままを記録することが、コミュニティー作り、伝えること、物語ることに繋がる

・今、一瞬のこの時を切り取る。「こうなるんじゃないか」という見通しとおりでなくてもよい

・「こうあるべきだ」というストーリーではなく、「こうだった」というありのままを記録する

・普段着のままの生活、飾らなくても美しさがある

・少し色褪せたアジサイ、旬を過ぎた花にも美しさがある

・夢中の中に幸せの神様が微笑んでいる

120709中原2


書いてしまうとこんな感じなのですが、このイベントは多くの方が参加記録をブログに書いていて、これを読むことによって、「なるほど、こういう見方もあるのだな!」と感心しました。少し紹介します。

キーワードは、「記録をする、残すことにより、当事者はもとよりいろいろな人々に対する様々な可能性が広がる」でしょうか?


ACADEMIC HACK 【実践記録研究会:小西貴士さんをお招きして】を振り返る! : 子どもの時間、大人の時間、プロセスの知、実践を記録することと生態系、場をつくることの99%とは?


わたしたちは、ふだん「アウトプット」に関していつも気をとられています。「アウトプット(成果)」をいかに高めるか、向上させるか。

それだけでなく、そこで起きている出来事を、一瞬に看取り、物語をつむぐような「プロセスの知」が求められています

実践の「記録(ドキュメンテーション)」には、下記のような意味があると考えました

1.学習者にとって、記憶を再構成するきっかけを与える(学ぶことの意味を再構築することにつながること)

2.実践の提供主体に自らの行為の意味を省察する契機を与えること(≒実践者の経験学習、成長につながる可能性があること)

3.実践への新規参入をうながし新たな関与者・協力者の誘因となること。特に実践の世代継承性を支えること

4.アカウンタビリティを果たしつつ、実践の継続性を支えるひとつのリソースを提供すること


「場をつくること」「教壇が前にあり、机が整然とならぶ普通の教室」を、いかに実践者に智慧によって、人々が相互作用し、コンテキストを共有する「場」に再構成するか。場をつくることの99%は、"地味な作業"である

120709中原3


実践にかかわりながら記録するということ: 「Academic Hack!-実践を記録すること、物語ること、コミュニティを作ること-」に参加してきた


「名前を知らない子の写真を撮るのは難しい」

「主観的にかかわりながら記録する」


実践を記録すること、物語ること、コミュニティをつくること


記録をすると実はいいことがいっぱいある。

まず学習者。学習者にとって記録とは貴重な記憶になります。作業に熱中しすぎて何をしていたか覚えていないみたいなことを防ぐことができます。

次に実践者。実践者が実践を提供することは果たしていいことなのか?改めて振り返る契機を記録は与えてくれます。

そして記録はその場にいなかった第三者に対する影響。例えば記録をみて実践に興味がわく人も出るかもしれません。つまり記録する事は広報活動にもなります。

さらに、後継者を育てるという点でも記録は大切な役割を果たしてくれるそうです。

このように、記録するといいことがたくさんあるというのを学びました。




トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
livedoor プロフィール

「TAK」さん

最新記事
Archives