2014年11月30日

創造性を拓く教育シンポジウム「はみ出すことから始まる」

という案内が来ました。

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"人生は舞台!ひとは誰でも表現者"

もしも、誰もがそんなふうに思えたら、演劇や、音楽、ダンス・・・

あらゆる種類の表現が、もっと、身近なものになるだろう。

ひとびとは、日常のなかで、当たり前に想像力と創造力をはたらかせ、あらゆる学びの場では、「創造性をはぐくむ」ことこそを、真の教育目標に据えるだろう。

企業や研究機関もまた、 自由なコミュニケーションと創造性こそが、人間関係を活性化させ、意欲的な人材育成に寄与することに気づくだろう。

生きることそのものが表現であることがわかったら、人生は楽しくなる。感性を刺激しあい、高めあうことで、未来は明るくひらけてくるだろう。


今回、基調講演の即興演劇インプロについては、いろいろ考えてきました。

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人生は即興の連続、台本のない人生を生きろ


人生は即興の連続。台本などない。即興とはその瞬間に想うことを表現すること。次のセリフは、なんて考えたらがっかりするだけ。思うように周りは動いてくれない。こんなはずじゃなかった、と思うのがオチ。この時、この瞬間を感じる。

物事の意味というのは、物事が起きた後に、他者が決めること

未来に期待しても何も生まれません。常に挑戦する、そして大好きなことのために大胆な選択をする

「やらなくてはいけないこと」をやっていると、物事はあまり上手くいかない。誰かの指示に従って「やらなくてはいけないこと」をするために動くことが習慣になってしまう。自分の人生のステージに立っているのに、どうしたらいいかわからない。与えられた役割をこなすだけでは、なにも見えなくなる


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創造性に関してのパラドックス、制限があるほど創造性が高まる


・即興とは、参加者各自が言葉にできる考えをしっかり持っているからできること、音楽も即興演奏は実力がないとできない

・創造性に関してのパラドックス、制限があるほど創造性が高まる。「障害物」があったほうが、物事を大局的に眺める傾向が高まり、発想が拡大する。


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東京大学公開講座「想像力ー想像から創造へ、混沌と構造化」に参加しました


(想像から創造へ)

・想像力こそは諸能力の女王(詩人・批評家ボードレール)そして想像(イマジネーション)が創造(クリエーション)へつながる

・インスピレーション(触発):外界の刺激に触れることによって、表現のモティベーションが高まったり、新しいアイデアや作品が生まれる現象

・「他者の表現」との出会いからもたらされるインスピレーション(触発)は想像(イマジネーション)、創造(クリエーション)に大きな役割を果たす

・ダンス:周囲のダンサーの動きや音楽に触発されて、即興ダンスが生まれる 

・ストリートダンス:ダンサーは新しい踊りを発見する際に自らの失敗をうまく利用している

・ダンス競技:対戦相手を意識して、よりダイナミックな動きを試みた結果、動きの失敗が増え、その失敗が自身の動きのレパートリー外にある新しい動きを生み出すきっかけとして利用されている

・絵画創作では他者作品の「模写」が他者表現との出会いをもたらしている

・アーティスト;他のアーティストの作品との出会いによって、認知的制約が緩和し、新しい着眼点が形成される


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「モーツァルトと環境学」に参加しました


・18世紀にはすべての作曲家が演奏家であり、また、演奏家は作曲もした。さらに、演奏される音楽ののほとんどすべては新作であった

・モーツァルトのピアノ・コンチェルトには意図的に作曲しない部分が含まれ、生演奏の最中の発想によって、演奏のたびごとに別の新しい表現で演奏されることを求められた

・音楽は演奏されるたびに新しくそれを作り出すことが出来るように、その様式を内部から時間をかけて学ぶべき

・即興演奏という人間的な賭けを行うことによって音楽を復活させれば、退屈なしきたりが捨てられ、生命の輝きが取り戻される。

当時、即興で作曲し、演奏したものを、忠実に楽譜通りに演奏するだけでは、つまらない気がします

例えば、聴衆の雰囲気、その時のオーケストラの息の合い方、などによって、少しずつ違うものにするのでは、と思います


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研究活動とは美しいアートである


何でも自分の感じたことを表現できる、特に現代アートはいい反面、時にとてもつらくて、何にも表現できなくなることがあります

絵画のようにキャンバスと絵具と筆で二次元で、とか、あるいは、陶芸のように、土を手でこねあげて、それを焼く、のように予めルールが決められて、それにしたがって表現する方が楽なことも多いです


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知覚・心・運動の対話「知覚はだませても、運動はだまされない?」


プロテニスプレーヤーを調査すると、さらに驚くことがあります。

トッププレーヤーはサービスリターンの時、相手プレーヤーがサービスを打つ瞬間より、わずかに以前に反応を開始しているのです。

つまり、意識、知覚する以前に無意識的に運動が起きているのです。

このように、名プレーヤーと言われる人たちは、意識的な知覚だけではなく、無意識的に反応、運動しているようです。



いささか前置きが長くなりました。基調講演でインプロデザイナーの絹川友梨さんから伺った話をまとめます。


・「やったことがない」のなら、断るのではなく、やってみる。

・インプロには「イエス・アンド」ルール

相手のアイデアを「イエス」と受け入れ、自分のアイデアを「アンド」で付け加える。

そこから、「アイデア」を紡ぎ出す触発的なやり取りが生まれる。

「ノー」だと、そこで終わり。次の「アイデア」が出る幕がない。

・記述が生まれる前、芸術はすべて即興だった。

・「はみ出す」とは、元の「型」があり、その「型」から出ること。

「はみ出す」のは結果であって、目的ではない。「はみ出す」のが目的となると、「誰かの型」にハマることになってしまう。

・情報収集、収集した情報を選ぶ、行動し、内省する、違っていたら、やり直す

・創造的発明のメカニズム「型がある方が創造できる」

・能の「型」、芸術は「型」を崩していくこと。

・自分を縛るのではなく、活かす「型」を設定する。

・ルールを少し変えるだけで、学びが全く変わる。

・時代遅れのルール、意味のないルールは変えていく。

・伝わるには、自分の文脈だけでするのではなく、聞き手の文脈を理解すること。

・自分の固定観念に気づいた時点で、抜け出す一歩

・普段やらない組合せをやてみる。他者のやっていることをマネしてみる。

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変化が急激な時代、人生は即興演劇(インプロ)の連続。ただし、インプロは準備なしで、その場で行ってできるものではなく、型をたくさん習得し、瞬間的に、その場に応じた型を使う練習を十分に積み、状況に対応するだけではなく、瞬時に、これから起こる状況を無意識に(意識することなく)予測することにより、可能になる。

そんなことを感じました。



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