2016年06月17日

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 シンポジウム「まず殻を破ることから――リベラルアーツの最先端へ」

という案内が来ました。

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東京工業大学は全学的な教育改革を行いました。その柱のひとつが、リベラルアーツ研究教育院の創設です。

学部1、2年生に文系の科目をいくつか選択させるといった旧来の教養教育とは根本的に異なり、学士課程から大学院の修士課程、博士後期課程にいたるまでの全学生を対象に有機的なリベラルアーツ教育を提供します。

講堂での講義とアクティブラーニング形式の少人数授業を組み合わせた学士課程1年目の必修科目「東工大立志プロジェクト」や、3年目にこれまでの大学での学びをふり返って執筆する「教養卒論」は、他大学には見られないユニークな科目です。

さらに学生が大学院に進学した後は、ティーチング・アシスタントとして自分の得た知見を後輩の学士課程学生の学修のサポートへと還流させるサイクルをカリキュラムに組み込みました。

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東工大のリベラルアーツ研究教育については、これまでも

理工系大学のリベラルアーツ、教養教育はどうする?




東工大の学生は、数学、物理などの理工系は、難関の入試を突破する以上、日本のトップクラスであることは間違いありません。

これが確保された前提で、最先端の研究活動を行うには、アイデアの基盤となり、視野を広げ、俯瞰的な思考のベースとなる、リベラル・アーツが大切

法、経、工、理、医学部を持つ総合大学の東大の駒場の人文・社会科学の豊富さ、層の厚さに比べ、理工系大学の東工大の教養教育は、はるかに見劣りするのは、否めません。

もっとも、東工大は日本の理工系大学のトップとして、東大と向き合う立場が宿命ですから、その特徴を活かしてほしいところです。

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東工大は理工系のトップクラスの大学ですが、人文、社会系の研究部門でも、KJ法の川喜田二郎氏、江藤淳氏、橋爪大三郎氏ら、現在も池上彰氏がいます。

マイノリティーなのですが、他方、希少価値もあります

しかし、東工大は人文、社会系の研究を進めるのに適した研究環境とは言えず、新進気鋭の教員は他大学へ転出するのを、よく見かけます。

この先生たちをひきつけておく大学側の取り組みも課題です

「TAK」さんの見解としては、リベラルアーツ、教養、人文、社会系の教育について、東工大内でまかなおうとするよりも、

この分野に豊富なスタッフを有する、東大、慶応などと単位交換制度などを活用して、コラボ、交流する方がよいのでは、と考えるのですが、

「日本の理工系大学のトップ」としての「意地と面子」もあるようです。

「理工系のトップ」として、活躍、展開していくためには、リベラルアーツ、教養が大切、という、一見、逆説的な話でした。


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東工大ホームカミングデー2016に行ってきました


今、東工大では、理工系大学であるにもかかわらず、西田亮介氏、池上彰氏ら文系教員を結集し、本格的なリベラルアーツ教育を開始してます。

招集された文系教員たちが「点」の寄せ集めではなく、「幅広く、奥行きが深い、厚い層」になることを期待します。


のように書いてきました。

「TAK」さんのトーンとしては、理工系大学のトップとして、単に、理工系大学に特化するのではなく、リベラルアーツも充実させたい気持ちは、良くわかるけれど、

どうあがいても、人文科学、社会科学、自然科学について、幅が広く、層が厚く、内容も豊富で、講師陣も多様な、東大駒場の教養学部には、かなわないのだから、

自前でやろうとするよりも、東大とのコラボを考えた方がよいのでは、というものでした。


ところが、今回のキックオフシンポジウムでは、東工大のリベラルアーツ研究教育院にかける、

並々ならぬ意欲、うわべではない、本気を感じることになりました。

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早速出たお話をまとめます。

大学のキャンパスに一歩足を踏み入れた時の雰囲気、その大学の文化、品格が醸し出すもの

大学入学時に、既に優秀な学生を、卒業までにもっと伸ばし、幅を広げ、社会で活躍できるようにする

「教わる」だけではなく、互いに意見を述べ合って、影響を与えつつ、学んでいく

学生、教職員のマインドセットが変わっていく。理工系大学から、リベラルアーツを踏まえた理工系大学へ

理工系に役に立つからではなく、人間の基礎を築くものだから、リベラルアーツの充実を目指す。

東工大発、日本を変える。日本の中で、相対的に東工大が優れた位置につくのではなく、東工大発で日本の大学のレベルアップを図る。

「自分がいても、いなくても、同じに社会は動いていく」のではなく、「私がいることで社会を拓いていく、創っていく」

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東工大、人文社会はマイノリティー。人文社会がどれだけ理工系に影響を及ぼし得るか?

単にグループワークを行うのではなく、メンバーの特性、個性を引き出し、影響を与えつつ、お互いを高めていく。

絶望しかけた時、深い悲しみの淵に立たされた時、役に立つのは、いつもは役に立たない、文学、哲学、詩だったりする。

「役に立たないもの」は、ある位相において、非常に意味があることがある。

戦場に1冊だけ持って行った「岩波文庫」のゲーテの詩に救われた。

政治は99人を救う。どんなに条件を整えても、1人は救えない。文学は、その1人を救えるかもしれない。

文学者の戦争責任、戦争を賛美する文学作品を書いたことではなく、戦争に打ちひしがれた人々のことを書かなかったこと。

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「本」を巡って、仲間通しで語り合う。

知識の提供ではなく、教養を示す。教養は人につく、属人的なものである。

「人と話すのが苦手」なのは、やっていない、からだったりする。やってみると、結構面白い。人前で一言話してみる。

壇上から先生が話すのではなく、椅子、机を動かす授業。

グループワークの発表、必ずしも得意な人ではなく、各人が発表してみる。

楽しいことにこそ、学びがある。必ずしも、苦しいことである必要はない。

楽しいと、足が出る。行動できる。合理性を超えたパワーが出る。

いい雰囲気だと開いていく。そうでないと、閉じていく。

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4人ぐらいのグループだと、自分の存在は大きい。

講師だと、「あの人だからできるんだ」になるが、ちょっと先を行く仲間からだと、触発を受ける。

ネットの時代に、わざわざ人が出会う場。

大学の教員は、一国一条の主、もともと独立心が強いが、コラボすると思わぬ展開がある

「文系廃止、理工系重視」の社会の流れの中で、理工系大学の東工大が、あえてリベラルアーツを重視

教養は強要するものではない。

成功体験、去年と同じになぞると、しぼんでいく。

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2年前に

理工系大学こそ、リベラル・アーツが大切

を書いた時には、東工大リベラルアーツ研究教育院シンポジウムの教員は4名ほどでした。今では50名を超えています。

もちろん、ほとんどの先生方が、東工大出身ではなく、他大学から来られた方々です。

ベテランの先生だけでなく、新進気鋭の若手の先生方がいます。

この先生方が、よりよい研究環境を求めて、あるいは、失意のうちに、他大学へ転出するような事態になることなく、しっかり東工大に定着するか、

あるいは、ある時期に転出するとしても、後任に、勝るとも劣らない立派な人材を招聘し、着実な人材の流れをつくれるか、

この辺が今後のポイントになりそうです。

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また、東工大のグループワークは、専攻は異なっても、結局、みんな理工系です。

法、経、文、医など、他学部はいない、女子が圧倒的に少ない、などの潜在的な欠点があります。

このような潜在的問題を抱えつつも、東工大リベラルアーツ研究教育院が今後どう展開していくのか、それにより、東工大がどう変わっていくのか、楽しみです。








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