2016年06月27日

イギリス国民投票、EU離脱を選択、によせて

を書きながら、日本で国のあり方を巡って、同様のことを考えると1960年代の日米安保があります。

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憲法と安保関連法案、戦争と平和の条件


サンフランシスコ講和条約(1951年(昭和26年)9月8日調印、1952年(昭和27年)4月28日発効)により、日本がアメリカの統治から、主権を回復するに際して、日米安全保障条約が締結されることになりました。

当時の国際環境は、朝鮮戦争の勃発に見られるように、冷戦下の東西対立の激化を反映し、極めて厳しいもので、日本の独立と平和を守るためにはアメリカ軍の駐留を前提とし、米国の協力を得ることが不可欠と認識されていました。

旧安保条約と呼ばれる、この条約「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」では、日本の防衛だけでなく、「内乱条項」など国内の治安維持にまでアメリカ軍に依存するものでした。

本来であれば、アメリカの統治下から離れるに際して、日米安全保障条約に併せて、憲法九条第二項「陸海空軍その他の戦力は保持しない。」についても、「陸海空軍その他の戦力は、自衛のための、最小限に限り、有することができる。」などと改正すべきであった、と考えます。

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1960年に安保条約が改定され、新安保「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」となりました。

新安保は「相互条約」という対等条約に一応は格上げし、アメリカ軍を駐留軍ではなく在日米軍として新たに駐留を認め、防衛上の問題が起きた時は”相互間で協議”して対処しようと対等性を協調したものになりました。この他に在日米軍化による法整備の為に、地位協定を取り交わす事になりました。

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なお、新安保条約は国会で強行採決されたましたが、与党自民党による慎重審議なくして強行採決を行ったことに関して反発した国会議員、労働者や学生、市民が国会周辺を取り囲み、大きな混乱となりました。当時の岸信介(安倍首相の祖父)内閣は混乱の責任を取り総辞職に追い込まれました。


憲法九条第二項「陸海空軍その他の戦力は保持しない。」日本が、朝鮮戦争の勃発に見られるように、冷戦下の東西対立の激化を反映し、極めて厳しい当時の国際環境の下で他国の侵略から国土国民を守り、存在するには、日米安全保障条約は必要不可欠なものでした。

最近も、その不平等性が指摘される、日米地位協定ですが、何も協定がない状況で、不平等は承知しつつ、とりあえず制定したものです。

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後世から見れば、極めて妥当な選択なのですが、反発した国会議員、労働者や学生、市民が国会周辺を取り囲み、大きな混乱となりました。当時の岸信介(安倍首相の祖父)内閣は混乱の責任を取り総辞職に追い込まれました。

当時予定されていたアメリカ・アイゼンハワー大統領の来日も取りやめになり、アメリカ大統領の初来日は

世界平和、日米関係とオバマ大統領の広島訪問について


1974年に当時のフォード大統領が、戦後初めて、どころか、1858年に日米修好通商条約が締結されてから初めて訪日します。

フォード大統領は、その際に、昭和天皇のアメリカ訪問を要請し、1975年に昭和天皇のアメリカ訪問が実現します。

日米が戦った太平洋戦争は、1951年にサンフランシスコ平和条約により、終結していますが、このフォード大統領の訪日、昭和天皇の訪米により、わだかまりも大きく解消することになりました。


となります。

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1960年時点では太平洋戦争を戦った日米は、まだまだ友好関係など、とは程遠かったのかもしれません。

安倍首相の言動をみると、後世から振り返れば、いいことをしたのに、当時の国民には受け入れられず、退陣を余儀なくされた、祖父の岸信介首相の無念を晴らそうとしている感もあります。

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国際社会でのパートナーシップとは、複雑で、常に動き、変化する生態系




・国際社会では単独で生きることは難しく、グループを作って、入ることが求められる。グループは、国連安保理、G7など、一度できると排他的になり、新規参入は難しい。

・パートナーシップ構築には、周辺国との状況も重要

・イギリスの歴史家イアン・ニッシュ「同盟がひとつの状態にとどまっていることはありえない」

・「外交とは可能性の芸術である。状況が激しくうねる中で、一瞬のチャンスを捉えて可能性を追求する」


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イギリス国民投票、EU離脱を選択、によせて




イギリスは、英連邦、EU、米英関係の3つのサークルの交差点でバランスを保っていました。

そのうちの一つが崩れると、他の枠組みにも影響するのは必至です。


と書きました。

日本の1960年代の日米安保は2016年現在からでなくても、もっとさかのぼった1970年代から見ても、先見性のある現実的な対応でした。

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今回の、イギリス国民投票、EU離脱を選択、を受けて、いきなり離脱ではなく、イギリス国会での議論、またEU諸国との交渉があります。

本当に離脱、となれば、スコットランド、北アイルランドがイギリスから独立し、EUに参加、という事態もあり得ます。

これからのプロセスを経て、イギリス、EU諸国が冷静に事態を捉えれば、イギリスはEUに残留となるのでは、というのが「TAK」さんの考えです。





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