2016年08月03日

小池百合子新東京都知事は、ニュースキャスターから、1992年参議院選で、日本新党から立候補し、当選、翌年、衆議院に鞍替えし、日本新党、新生党、公明党が合併して誕生した新進党から、自由党、保守党、

やがて、2005年の小泉郵政改革選挙で、造反した自民党議員の刺客として、自民党から立候補し、

豊島区、池袋を地盤とする、小林興起氏を破って当選、その後、環境大臣、防衛大臣を務めるものの、

最近は、閣僚を務めることもなく、影が薄くなった感があったところに、自民党からの推薦が得られないうちに、都知事選立候補を表明し、

自民党が元岩手県知事の増田寛也氏を公認候補とする状況で、推薦願を取り下げ、自民党員のままで、都知事に当選

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このような、政党を渡り歩く、小池百合子のキャリアを見ながら、「政界渡り鳥」という人がいますが、その内実は、決して気楽な「政界渡り鳥」ではなく、いつも、伸るか反るか、の大勝負、であることがわかります。

「したたかじゃない女性なんていない」小池百合子、へたれ男たちとの勝負史24年



「TAK」さんは、このすべてを観察したわけではありませんが、部分部分を見てみます。

衆議院選挙、平成の選挙史を振り返ると面白い



1993年の第40回衆議院選挙で自民党が選挙前の勢力を維持したものの、単独過半数には達せず、自民党を離党した羽田派が結成した新生党、同じく武村正義らのグループが結成した新党さきがけ、前熊本県知事の細川護煕が前年に結成した日本新党の3新党は計100議席余りを獲得し、細川護煕を総理とする、細川内閣が発足し、自民党は野党となりました。

これが自民党・社会党による1955年体制の終焉です

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しかし、政権を担当したことがない、複数野党の連合による、連立内閣は、自衛隊、原発など、これまでは反対していればよかった案件への対応、調整がうまくいかず、社会党が連立から離脱し、細川内閣は消費税を3%から7%に増税し、福祉目的に使う、国民福祉税構想が頓挫し、結局退陣し、引き継いだ羽田孜内閣も短命で、自民党、社会党、さきがけによる社会党党首村山富一を総理とする村山内閣が発足します。

小選挙区制が導入されたのが1996年の第41回選挙で、自民党、社民党、さきがけの3党による連立は維持したまま、自民党党首の橋本龍太郎が総理となる、橋本内閣が発足します。

ただし、この1996年の第41回選挙は自民党の勝利、社民党、さきがけは惨敗で、連立の意義が薄くなり、また、自民党を離党した議員が自民党へ復党する動くの中、1996年に社民党、さきがけ、新進党の議員らにより、民主党が結成されます。

民主党は結党時は57議席でしたが、2000年の第42回選挙で127議席を獲得し、2009年の第45回選挙で政権と獲得します


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小泉チルドレン、真価が問われるこれから(2009年09月01日)


小泉チルドレンと呼ばれる、2005年4年前の衆議院選挙で自民党から初立候補して当選した議員の中に、「TAK」さんの知り合いが何人かいます。

彼ら、彼女らは、今回の選挙で皆、落選しました。

彼ら、彼女らは、4年前に30代から50代の「働き盛り」でした。

ある人は、自民党から打診があり、ある人は、自民党の公募に応じて、候補になました。

はたから見れば、何の申し分のない社会的地位、収入がありました。

でも、現状に満ち足りないもの、あるいは、このままでは先の展望が開けない、という考えがあって、立候補したのでしょう。

若い当選した議員の中に、うかれている人もいました。

彼ら、彼女らは、ずっと冷静でした。

当選したのは、自分たちの力ではなく、物凄い追い風によるものであること、を十分に認識していました。

4年後までに、自分の力をつけて、自分の力で、当選しなければならないこと、あるいは、自治体首長など、他への転進をしなければならないこと、はわかっていました。

参議院には6年という任期があります。一方、衆議院の任期は4年ですが、いつ、解散になるか?わかりません。

でも、自民党の大勝を受けて、任期が比較的長いことはわかっていました。

30代から50代の彼ら、彼女らにとって、4年という期間は、決して短いものではありません。

この間に、次への布石を打つ、次のキャリアプランを決める、など、しっかり準備をしなければなりません。

ただし、元いたところとは、必ずしも円満ではない決別をしているので、「元の場所に戻る」ことはできません。

彼ら、彼女らの生活は一変しました。

選挙地盤と必ずしも密着していない、彼ら、彼女らは休日には、必ず選挙区へ行って、有権者と触れ合うイベントに参加します。

議員本人たちだけではありません。休日は家族も巻き込んでの対応になります。

「国会議員、落ちてしまえば、ただの人」

という言葉があります。

彼ら、彼女らは、「ただの人」になりました。


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小池百合子氏は2009年の民主党への政権交代選挙でも、自民党から出馬しますが、民主党の江端貴子氏に敗れ、、比例東京ブロックで復活当選当選しています。

小池百合子が女性初の党三役に(2010/09/10)

環境大臣、防衛大臣、党の総務会長を歴任しますが、

小池百合子環境大臣 ポストは人を創り、育て、成長させる(2006年06月14日)


大臣、社長などに「畑違い」の人が何かの拍子で就くことがあります。

周囲は「あいつに務まるのか?」と冷ややかです。

でも、本人が勉強、努力して、職責を立派に果たすこともあります。


環境問題がクローズアップされる中、小池百合子環境大臣も同様の見方をされていました。

「女性閣僚の数合わせではないか?」

複雑な国際環境対策を抱えて、小池百合子環境大臣については、一部では「大丈夫か?」と心配され、原稿をつっかえながら棒読みしていた時期もありました。

小池百合子環境大臣は、京都議定書が発効して一年が経過した今、先進西欧諸国、中国、インドなどアジア諸国の中での日本の役割、英国と日本の協力について、集まった各国の聴衆にわかりやすく、自信をもって話しかけました。

決して、「原稿の棒読み」ではなく、自分の言葉で語り掛けました。


大臣に対して、失礼かもしれませんが、小池百合子環境大臣は環境問題について大変勉強され、自信をつけられたようです。


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小池百合子、防衛大臣としての2ヶ月

防衛省内紛は他人事?他人の意地と面子で決められる自分の人事(2007年08月19日)


・前任の久間防衛大臣が、長崎への原爆投下の不適切発言で辞任。後任に小池百合子防衛相が就任。

・次官人事を巡って、候補者当人たちは蚊帳の外で、大臣、次官が意地と面子の対立。決着がつかず、官邸が調整。


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民主党から自民党に政権が交代した第2次、第3次安倍内閣では、女性閣僚として、稲田朋美氏、丸川珠代氏らが起用され、小池百合子氏は、もう声がかかることもなく、このまま影は薄くなり、引退へ、という道だったところで、東京都知事選挙、自民党からの推薦が得られないうちに、都知事選立候補を表明


本当に、いつも、伸るか反るか、の大勝負を演じていることがわかります

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小池都知事始動 都議会のドン、内田茂都議は欠席 都議会自民の重鎮「あなたの要望に応える必要はない」写真撮影拒否


小池百合子氏を処分すれば支持率低下?自民党は関係修復へ動く。都民の支持を集めた小池氏を処分することによる世論の反発を警戒したとみられる。


都議会、自民党との関係など、課題山積ですが、今後の活躍を見守りたいところです




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