2016年10月20日

トランスナショナル・ジャパン:ポピュラー文化がアジアをひらく

という案内が来ました。

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今から20年前の1990年代、バブルが崩壊し、企業は本業は好調なのに、不良債権化した不動産に苦しみ、

ジャパン・アズ・No.1と言われ、有頂天になっていたところ、アメリカ、中国などにあっという間に追い抜かれた時代

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インターネットは1993年から導入され、まだ、揺籃期、1995年にWindows95が発売され、NEC、富士通などメーカー毎に互換性がなかったPCに互換性ができて、インターネットにも接続できるようになり、企業、家庭に普及し始めた時代

携帯電話は電話とメールにのみ使われ、カメラの機能すらなかった、スマフォが登場するのは2007年と10年先

この時代に、日本を中心に台湾、香港、韓国を巻き込みつつ、欧米化とは違う、グローバル化がアジアを中心に起きていました。

この時、日本のアニメ、ゲームなど、ポピュラー・カルチャーが、台湾、香港、韓国で人気を博したため、「クール・ジャパン」などと呼ばれました。

ただし、この「クール・ジャパン」は、現象の本質ではなく、表層を見ただけでは、という批判もありました。

この辺の事情は、

もうひとつの日本学


「クール・ジャパン」とはなにか。

それは、アニメやゲーム、ファッションなど、伝統的な日本の魅力からは離れた、

しかし国際的に強い競争力をもっている現代日本の先端的なソフト産業について、政策的観点を加えて論じられるときに使われる言葉である。

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海外でアニメやゲームが強いのはいまに始まったことではない。

それがなぜ2000年代に入って、突然のように話題にされるようになったのか。

その理由は、アニメやゲームの市場がいまや無視できない大きさになり、作品の質も急速に向上してきたから――だといいのだが、実際は異なる。

確かに、日本のポップカルチャーは高い競争力をもっている。

しかし、その力は別に2000年代に強くなったわけではない。

むしろいまや、日本起源の感性があまりに拡がったため、コンテンツ産業の一部はすでに衰え始めているようにも見える。

もし、いまの日本にクールな部分があるとすれば、それは、「クール・ジャパン」などという言葉に踊らされている人々には、決して見えない場所に潜んでいることだろう。


に書いてあります。

繰り返しますが、1990年代、ネットがまだ、それほど普及していない時代でしたが、台湾、香港、韓国などアジア諸国と一緒に、欧米化ではないグローバル化が始まりました。

この時代を振り返り、今後のアジア諸国との文化の普及、醸成を探ることができそうです。

著者の岩渕功一先生は、執筆当時、オーストラリアのメルボルン大学におられたので、海外から日本を見ることができました。

このトークイベントには、中国、台湾など東南アジアからの留学生が多く参加し、彼ら彼女らと岩渕功一先生の対話という形で進みました。

早速出たお話をまとめてみます。なお、著者の岩渕功一先生は、「TAK」さんと中学・高校が同じで、一緒の学年でした。同じクラスになることはなかったのですが。

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1990年代の日本のポピュラーカルチャーのアジアへの普及、それまでのグローバル化は欧米化が前提だったが、欧米化せずとも普及

2011年以降、尖閣諸島、竹島問題など、政治的に関係は冷え込んでいる一方で、日本への中国、韓国からの観光客、留学生は増えている

文化の普及、浸透と政治は、異なるステージで進む

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日本のポピュラーカルチャーのアジアへの普及は文化的近似性ではなく、むしろ日本文化を極力抑えた無臭性がポイント、普及後は日本の臭いをつけていく。

冷蔵庫のノンスメル、キムコなどで脱臭する習慣、ただし、欧米では臭いはネガティブな一方、日本ではよいものとわるいもの

グローバル化が新しい文化を呼び込む

中国の台頭が、日本のナショナリズムを強めた

予想が裏切られることは、ある意味、新たな発見につながり、楽しい

台湾では、「日本のアニメ、ドラマ」を日本のもの、とカテゴライズすることなく、単なる「アニメ、ドラマ」としてみている

逆説的だが、ポピュラーカルチャーを研究していると、日本の枠を出ることができない

ポピュラーカルチャーだけでなく、人の流動性がポイント

ポピュラー文化を制度としてみるのではなく、それを通じて、人を見ると面白い

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これについては、もう少し考えてみたい、と思います。



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