2016年12月01日

最近は人工知能の進歩が急速です。

将棋、囲碁のトップ・プロ棋士に勝ったり、医療の分野でも、ベテラン医師が診断できなかった症例を、大量の論文を検索・照合して、診断してしまうなど、

ディープ・ラーニングという人間の思考法を模した、深層思考法を導入することにより、精度も桁違いによくなり、2045年くらいには、シンギュラリティーといい、人工知能が人間の能力を超え、感情も持つようになり、人間のする仕事はなくなるのではないか?

と言われています。

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これから、どうなっていくのか?は、未知ですが、これまで、どうしてきたのか?は、事例を見ることにより、わかります。

高度経済成長時代以降とは、機械による大量生産、コンピューターによる自動化の歴史でもありました。

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この時代に、人がどう対応してきたのか?振り返ることにより、今後、人工知能にどう対応するのか?参考になりそうです。

多くの人は、「人々の仕事を人工知能が奪うことはない」という結論を待っているのかもしれませんが、実際のところ、現在の、多くの人々の仕事は人工知能に取って代わられることになるのではないでしょうか?

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一方で、人工知能が、これまで大量の時間、労力がかかっていた仕事を瞬時にやってしまう、

非常に便利な状況になるので、人々がやることが飛躍的に増大する、

推測をする前に過去の事例を見てみます。

なお、機械化、自動化だけでなく、産業の構造的変化も併せてみてみます。

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破壊的イノベーションの事例、職人の技、から機械による大量生産


高度経済成長時代に共通しているのが、農業、軽工業の機械化でしょうか。

高度経済成長時代までの農業は、人々の多くが農民で、人力が中心で、農地拡大が基本命題で、八郎潟の干拓などを行っていたのですが、

トラクターなどの機械化により効率化が進み、さらに化学肥料の開発などで、生産量は急激に上昇を始めました。

機械化により、農繁期の忙しさは緩和されましたが、逆に労働力が余り、余った労働力をどう使うか?が課題になりました。

また、日本全国で生産力が急上昇したので、逆に生産力が過剰となり、米価の価格維持のため、減反が行われるようになりました。

また、農業人口は激減しました。

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酒造醸造、繊維業などの軽工業では、機械化による大量生産が始まり出していましたが、

熟練職人の経験、技、勘は機械では無理、とされていました。

確かに、機械化の初期は、品質、性能は熟練職人に遠く及ばないのですが、

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破壊的イノベーション、新たな成長事業をどのように生み出すのか

に書いたように、機械の品質の上昇が進み、次第に追いつくようになり、逆に、質のばらつきが少なく、

また、生産力、コストは機械の方が圧倒的に有利で、ほとんどが機械化され、現在では、熟練の職人技は、工芸品に限定されるようになりました。


現在は、人の仕事が人工知能に置き換わってしまうのではないか?と懸念されています。

これについても、同様に、当初は人工知能の品質、性能は人に遠く及ばないのですが、やがて、追いつき、追い越すでしょう。



「日本再発見」構造が変わる時、合理化、効率化は延命策に過ぎない、新たな価値を見出すこと


昭和36年には、かつては日本の石炭産出量の1/4を占め、「月が出た出た、月が出た。三池炭鉱の上に出た。あんまり煙突が高いので、さぞや、お月さん、煙たかろう」の炭坑節で知られる、筑豊炭田も、エネルギーの石炭から石油への流れ、海外のコストの安い露天掘り、などの影響で全盛時を過ぎ、衰退期を迎えていました。

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落盤事故も加わり、多くの炭鉱が閉山しました。筑豊地方の自治体は、高額納税者が去り、生活保護者が増えて、財政危機を迎えます。

筑豊地方の炭鉱は400年の歴史があります。江戸時代までは、自給自足で必要な分だけ採掘すればよかったのですが、上記のように明治になって、八幡製鉄所ができて、大量の石炭が必要になり、大量に産出するようになりました。

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三井三池炭鉱など、少数の最新鋭の炭鉱は、最新の採掘技術、運搬技術を導入しましたが、それ以外の中小炭鉱は、特段の技術を導入することもなく、昔ながらの採掘、運搬でしたが、大量の需要があったので、問題ありませんでした。

炭鉱は、夏は涼しく、冬は暖かく、当時としては快適な環境。仕事は特に頭は使わず、簡単で楽で、給料がよく、労働者は好況時にはストライキなど尊大な態度を取ってました。

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ただし、上記のように、エネルギーの石炭から石油への流れ、海外のコストの安い露天掘り、などの影響を受け、多くの炭鉱が合理化、効率化を進めようとしました。

ところが、「仕事は特に頭は使わず、簡単で楽で、給料がよく、労働者は好況時にはストライキなど尊大な態度」から急に転換できるものではありません。

炭鉱はいつかは復活するのではないか、という漠然とした期待があったようです。しかし、現実は厳しく、弱者から廃業し、最強の数社だけ生き残りました。

しかし、徹底的な合理化、効率化を行った、最強の三井三池炭鉱でさえ、石炭から石油への流れ、海外露天掘り採掘の低コストには勝てず、やがて閉山します。



高度食料生産業への農業イノベーションは生産だけでなく、流通、消費も巻き込み多彩


米、太古よりずっと耕作地が足りず、開拓、干拓などにより、耕作地を増やしてきたが、1970年代以降は、耕作、生産技術の進歩により、生産量が増加し、仮に全農家が米を作ると、膨大な生産過剰になり、価格が崩壊するので、減反(一方で、税金による所得補償)による価格維持、対海外では700%の関税による流入防止、など産業としては矛盾をはらんでいる

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昔からの産業で、就労人口がそれなりに多いため、市場原理導入による合理化は難しい

農業、規制を外し、市場原理で動くと、強いモノしか生き残らない

農業では物流、流通、倉庫など、他産業では共同化による合理化、効率化が実施されていることが、ほとんど手づかず、逆に言うと、大きな可能性

形のよくない野菜など、市場では売り物にならないものも、市場を通さずに、直接、生産者と消費者を結びつけることで、有効に提供することが可能になる

農業に革新的イノベーションを持ち込む場合、JA、既存農家などが強く反発する



コンピュータと「巨大頭脳」


1940〜50年代にリレー式、真空管式など大型コンピューターが出現し、人が行っていた大量の計算を瞬時で行うようになりました。

これまで、大勢の人が数か月かかっていた複雑な計算を瞬時に行ってしまうこと自体、当時劇的だったのですが、コンピューターは情報を処理し、計算し、結論を出し、選択することができるのだから、自ら考えることができる、という考えが出てきて、1956年には人工知能という言葉が生まれます。

最近、話題の人工知能ですが、生まれは1956年とかなり古いものです。

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当初は、コンピューターは人間が作ったプログラムで、与えたデータを大量高速に処理するだけ、という見方が大勢でしたが、「論理的仕事」「知的労働」はコンピューターに向いているのでは、という考えもありました。

「人工知能」は、人の職業を奪うのでは、と言われますが、実際に、そろばん、計算尺で仕事をしていた大量の人々は、その職を失い、コンピューターに置き換わりました。

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上記のように、1940〜50年代にリレー式、真空管式など大型コンピューターが出現し、人が行っていた大量の計算を瞬時で行うようになってから、そろばん、計算尺で仕事をしていた大量の人々をはじめとして、多くの人間の作業をコンピューターが行うことになり、多くの人が職を失ったのですが、コンピューターを恨む声はあまり聞こえません。

それよりも、コンピューターのおかげで、上記の大量高速計算のように、これまで人間では、とてもできなかったことが可能になり、その結果、人間ができることが飛躍的に大きく広がりました。



機械化、自動化、さらにはコンピューター、インターネットの普及により、これまで大量の時間・労力を要し、ほとんど不可能と諦められていたことすら、瞬時にできるようになり、人々の生活は間違いなく、便利、豊かになりました。

一方で、それにより、仕事、職を失った人も大量にいます。

そろばん、計算尺で仕事をしていた人、駅の改札など、は、なくなりました。

また、アナログからデジタルへの進展により、写真館、レコード店なども大幅に減りました。

ただ、以前はなかった、ネットを活用したビジネスは大きく伸びています。

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もちろん、これまでの事例が、そのまま将来に適用できるわけではありません。

ただ、参考になるところは、いろいろありそうです。

人間と人工知能が、新しい時代を協創していく社会を創り上げていくことを期待しています。




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