2019年01月12日

専門性が豊富で、幅広い教養があるのだが、奥行き、懐の深さが今ひとつ



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最近、大学、研究機関など、アカデミアの人々と話していて感じることがあります。

「専門性が豊富で、幅広い教養があるのだが、奥行き、懐の深さが今ひとつ」

どういうことか、と言うと、自身の専門分野には、深い知識、洞察があり、加えて、幅広い教養もお持ちの方がほとんどです。

ただ、氷山の水面下の巨大な塊のような、奥行き、懐の深さ、オーラを感じることが少なくなったかな、という感じがしています。

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「層が厚く、豊富な人材」の東大、「知の巨人たち」の東工大の先生方とお話をしていると、

その奥行き、懐の深さが、氷山の水面下の巨大な塊、あるいは、火山の地下のマグマ、のように伝わってきたものです。


なぜ、それを感じることが少なくなったのか?

1.時代の変化が急激で、ネット主流の時代で、情報が氾濫、時間が全く不足

2.「わかりやすさ」が求められ過ぎ、難解なことを考えることが少なくなった

などが原因では、と考えています。

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アカデミア、知識人と呼ばれる人たちは、専門外であっても、人工知能、IoT、ブロックチェーン、などについては、最新の情報をアップデートしています。

こういった作業に時間がとられ、原書をゆっくり、ひもとく、ような、ことには時間を割けなくなっています。

自身の分野の専門的な研究、その周辺分野について、わかりやすく説明できることは大切です。

ところが、「わかりやすさ」が求められ過ぎた結果、難解なテーマについて、深く構造的に考察、分析する機会が少なくなってしまったかもしれません。


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大学、研究機関など、アカデミアの人々の中で、テレビなどのメディアに出る人も多くいます。

テレビなどのメディアに出るようになると、どうしてもアカデミアの活動が制約されるようになります。

授業、ゼミ、教授会、研究会など、他の人とかかわるものは、「あの人、テレビに出るようになってから」などと言われないように、活動は減らさないようにします。

すると、査読付きの国際学会、海外ジャーナルなどの研究活動に制約が出てきます。

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断っておきますが、アカデミアが大切で、テレビなどのメディアはどうでもよい、と言っているのではありません。

テレビなどのメディアの活動は、普及、啓発には欠かせない大切なことです。

両立というか、両面活動が大切なのですが、そうはいっても難しく、上記のように、

テレビなどのメディアに出るようになると、査読付きの国際学会、海外ジャーナルなどの研究活動に制約が出てしまう人が多いようです。

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ところが、アカデミアとメディアの両面で、大きな成果を上げてしまう、唯一の例外が出てきました。

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に書いた、落合陽一さんでしょうか。

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テレビなどのメディアに出つつ、授業、ゼミをやりつつ、

自分がファーストオーサーだけでなく、大学院の学生が査読付きの国際学会、海外ジャーナルに投稿が、ものすごい数に上ります。

高速で論文がバリバリ読める落合陽一先生のフォーマット

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のようなメディア・ツールの活用も見事です。

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「氷山の水面下の巨大な塊のような、奥行き、懐の深さ、オーラ」とは、違いますが、多方面での爆発的な活動から生まれる、とんでもないブレークパワーが楽しみです。





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