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留学を終えて、帰国して始めた就活。
2011年の4月から本格的に面接が始まる、それが僕らの就活だった。
今では、経団連の関係で面接の時期がずれているが、
当日は大学三年生の10月から本格的に始まり、
外資系の企業は2月-3月に内定を出していた時代だった。


僕はというと、金融系の企業も一部受けており、
4月からは第一志望群のメーカーも含めて、面接が始まる予定だった。


2011年3月11日

そんな矢先に、あの地震が起こった。
そう、東日本大震災だった。

僕自身、この震災以後に被災地は行ったが、
ここでこの内容を書くと、話が大きく逸れるので、
そこはまた別の機会に...

東日本大震災の影響を鑑みて、この年の採用活動は、
軒並み4月からの面接ではなくて、6月の面接に後ろ倒しになった。

いわゆる、ダイキン工業が第一希望だった僕は、
当時、金融系の企業から4月・5月の時点で内々定をいただくことはできていたが、
第一希望の会社ではなかったので、事情を伝えて、お断りさせていただいた。

自分の中で保身のために、内々定を持っておくというのが、
仁義に反するなと思い、お断りさせていただいた。
それでもなお、声をかけてくれたあの会社には感謝をしてます。

ただ、この行動が後で尾を引くとは、この時は思いもしなかった。

...

...

6月まで延期になった面接まで、ひたすら業界研究と自己分析、面接練習に励もうとした矢先に、
ある日、メールが届いた。

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第一希望の会社からだった。

「若手社員との懇談会を行います。」 というタイトルであった。
名前のとおり、若手社員の懇談会、ようは一緒に話しましょう!というものだった。

それには、当然、石川県から大阪本社まで向かった。

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その若手社員の懇談会が終わった数日後...

また、メールが届いた。

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「中堅社員との懇談会を行います。」 というタイトルであった。
また、石川県から大阪まで向かった。

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その数日後、またメールが届いた。

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「役員との懇談会を行います。」

流石に違和感を覚えた。

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こんな忙しい役員の方が就活生にわざわざ会うのか?

そして、周りを見渡すと、若手社員との懇談会から明らかに、人数が減っている。

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これは、もしかして...

何とも言えないモヤモヤっとしたものがあり、
ただ、その数日後、またメールが届いた。

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「社員との飲み会を行います。交通費等は出します。」というものだった。

これはまさか...と思ったけども、本当にこの日は、飲み会をするためだけに、
大阪まで行き、日帰りで帰ってきた。

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そして、6月を迎え、正式な最初の面接があった。

面接室に入ると、そこで衝撃を受けた。

...

続く。