第一回の面接が震災の影響で延期して、約2ヵ月。
ようやく最初の面接まで辿り着いた。

緊張をしながらも、自分の伝えたいことを胸に面接室に入った。

すると、そこには面接官が2名。

1名は人事のかたで、もう一人はどうみても通常の人事担当者に見えない。

その方の口から出たのが、『役員』という言葉だった。
そう、その面接試験は、なぜか最終面接だったのだ。

突然のことで頭が状況を理解するのに数分かかったが、
不思議と口からはするすると言葉が出てくる。

そう、まるで暗記をしていたかのよう。

僕の口から発する言葉は、その場の空気にうまく馴染めず、その数日前まで読んでいた、就職本に書いてあるような言葉のように、一般化されたものだった。

自分が本当に伝えたい言葉、エントリーシートで記載した言葉ではなく、
何故かなんとなく外見の良いまとまった(どこにでもあるような)言葉だった。

自分の中で、「自分はよく変だと言われるから、こんな考えや言葉ではなくて、一般的な言葉にしたほうが理解されやすい。」という考えがあり、自分自身を曝け出し、否定されるのが怖くて、そんな就職本に書いてあるような言葉を繋ぎ合わせた内容をしゃべっていた。

喋れば喋るほど、言葉が宙に浮いて、面接官の顔も興味を失っていく。
感触を全く掴めずに15分が過ぎ、面接が終了した。

最後に、面接官が言った言葉が、あれから6年も経過した今でも、覚えている。
「そんな一般的な言葉、内容ではなくて、今までの懇談会が出ていたキミ自身の言葉・考えが聞きたかった。」
自分の全てを出し切れず、体裁を整えた誰かから借りてきた言葉で話したので、
悔しいというか、悲しくなった。

そして、結果は…不合格であった。

「あのとき、自分が胸に秘めていた言葉でその志望理由を伝えていたら、どうなっていたんだろう。」

全力を出し切れず、結果がついてこなかった状況に、自分の中でわだかまりが残った。
頭が切り替えれない状況で、他の面接を続けたが、最終面接までいっても、同じような理由でどこも落ちてしまった。

相手に合わせようと必死で、
批判されないように必死で、
なんとなく外見の良い雰囲気を見せ、
自分の中にある言葉で、自分の考えを相手に伝えることができなかった。

我ながら、こんなにも否定されるのが怖いのか、と自己嫌悪に陥った。

結果だけが現実を教えてくれて、書類選考を通過して、面接をしたもの全てが不合格で、
また、いちからの就職活動を始めることになった。

敗因は、批判されないように、相手に合わせようとしたことだと思った。
でも、本当に相手に合わせないで、面接に受かるのか?と感じていた。

そんな時、尊敬する人が新しく本を出した。

『自分思考』

バングラデシュでMotherhouseという会社を起業した、山口絵理子さんの著書。

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その本の中で、

誰かから批判されたりするのは、関係ない。
自分が何を感じ、何を考え、実行するのかが一番大事。
そうして行動した結果には、なによりも自分が納得する。

自分が肯定された感じがして、なんとなく心の中に残っていた“スカッとしない”感覚、
その答えが分かった気がした。

大事なのは、自分。
誰かに批判されても、自分が正しいと思ったことに従う。

もうこれからは、自分の言葉で自分の考えを素直に伝えようと思った。

「そんな一般的な言葉、内容ではなくて、今までの懇談会が出ていたキミ自身の言葉・考えが聞きたかった。」

あの面接官の人の言葉が、頭に蘇った。
なんの打算も考えずに自分が普段から考えていることを伝えれば、
きっと結果がついてくるだろう。仮に結果がついてこなくても、相手に合わせて、面接に受かったとしても、就職後に長続きしないと思った。

ちょうどその頃、7月上旬に金沢大学で企業相談会があり、いくつかの会社が大学に来ていたので、話を聞いた。

その中の一社が、京セラ株式会社だった。

昔に京セラ製の携帯電話を使っていたことぐらいしか、分からなくて、
全然知らなかった会社だったが、来ていた人事の方がとにかく面白かった。

いい意味で適当で、なんか自由だな、それが印象だった。
事業内容、また創業者の話を聞いていて、非常に面白かった。

その後、創業者(稲盛和夫氏)の著書を2冊程度読んで、心に響く部分が数カ所あったので、せっかくなのでエントリーしてみた。

エントリーシートを提出後、
一週間程度で書類選考の合格の結果が出た。

その後、すぐに一次面接が行われ、一次面接の合否を貰った一週間後に、
最終面接を受けた。

面接中、話すことに夢中すぎて、何を話したのか、覚えていないが、
それぐらい、面接が終わった後に、何ともいえぬ達成感で満ちていた。

あれだけ話して、受からなかったら、それはそれでいいや、と思った。

一方、他にも同時並行で面接を受けていた金沢の企業から内定をもらうことができた。
そして、京セラ株式会社からも内定をもらった。どうやら、面接の結果は非常に良かったとのこと。

金沢の企業も非常に魅力的だったが、
面接時に面接官とシンパシーを感じて、非常に楽しかったので、この会社であれば、
うまくやっていけると思い、結局京セラ株式会社に入ることになった。

自分の考えをしっかりと持つ。
自分が正しいと思った行動をする。

奇しくも、東日本大震災の復興支援活動を行っていた最中、
被災地で、個人で被災者でありつつも自分の家にある食糧などをほかの人に配っていた方が、「自分が正しいと思ったこと、良心に従って行動するのが一番大事。」と言っていた。

自分思考と同じ考え、そこからこの考えが自分の中での信条となりました。

面接を受かったことよりも、なによりも、この信条を自分の中に築けたことが、自分の人生の中で大きかった。なぜなら、この信条が後の人生の選択にも大きく影響することになったから。

山口絵理子著 『自分思考』から
でも、自分自身で時間をかけて悩み考えた答えは、自分の人生に一つの軸をくれ、個性をくれ、人を巻き込む力をくれるものだと思う。

上記のように、この信条が僕の軸になっていった。

そして、2012年4月、僕は京セラ株式会社に入社した。

続く。