約5年間勤めた京セラ株式会社とも明日でお別れだ。
2012年4月に同期201人と一緒に、50年以上続く、老舗の大企業に入った。
そこから国内営業・海外営業(欧州営業)で合計約5年間、
仕事にも、その会社独自の文化にもどっぷり浸かった日々だった。
流石に上司・先輩・同期・後輩に盛大に見送られ、
(企業文化的には、辞める=会社への背任行為、という形で捉えられることがしばしばだが、)
色々なメッセージや言葉をもらうと、センチメンタルにもなる。
次の会社に行くまでの期間、
自分がなぜ、あの会社に入って、
自分がなぜ、ここまで勤めて、そして、辞めるのか、
次の会社への決意とともに書きたいと思う。
自分の備忘録的な感じだ。
別に隠す必要も無いが、この京セラという会社は、自分の中では第一志望の企業ではなかった。
というか、第一志望群ですら、なかった。
実際に受けるまでは、京セラ???どこ、そこ?ぐらいの感じだった。
僕の第一志望は、空調メーカーであるダイキン工業株式会社だった、
大阪の中心部に本社を構える、ぴちょんくん、でおなじみの会社だ。
その他の志望は、パナソニック、パナソニック電工(現在はパナソニックに統合)、日立製作所、東芝、三菱電機、DENSO、SAMSUNGという形で、いわゆる、典型的な大企業志望者だった。
大企業に行く理由としては、
単純に、従業員数が多い→能力がある人が全体的に多そう・色々な人たちと関われる、 と思ってたからだ。あとは、金銭的な理由で、奨学金のあった僕は、早々にお金を繰り上げ返済したかったからであり、そのためには、所得が比較的多く、安定的にボーナスをもらえる会社に行きたかった。
そして、メーカーに行く理由としては、
モノづくりで何かと評価される日本、そのメーカーで実際本当に凄いのか?を学びたかった。
無から有を作るモノづくりであれば、自分が今までしたことがないことができる、
B to Bのビジネスであれば、土日や大型連休に休める可能性が高く、休日の活動や旅行など充実した余暇を送ることができると思ったからだ。
さて、
ダイキンがなぜ、第一志望だったかというと、
ひとえに、エアコンというものが大嫌いだったから。
エアコンの直風に当たると、当時は悉く、 体調を崩していた。
なぜ、こんなものがあるのか?暑いときは、暑くていいじゃないか、と
今では有りえないことを当時は考えていた。
ただ、大学時代の留学中の8月に三週間エジプトを旅した経験が、
エアコンに対する考えを変えてくれた。
8月といえば、真夏である。
平均気温は40度を越す、砂漠地帯は体感気温で、50度以上にもなる。
そんな真夏に、本気のエジプトを体験するために、旅した僕は馬鹿だった。
砂漠地帯では、汗が出すぎて、体の水分が無くなり、口の中から唾液がでなくなった。
それぐらいの暑さ、都心部では当然建物にはエアコンが必要になってくる。
だが、当時(2009年)のエジプト首都カイロの建物は、
直風のエアコン、かつ、細かな温度の調整ができなく、基本設定は16度と最低の設定だった。
外は40度で、建物の中は16度、体調を壊すが、この国にはエアコンが必要だと思った。
そのとき、ふと思った。
エアコンが嫌いな自分、でも、地域的に確かに必要な国もある。
エアコンが嫌い、ということは、裏を返せば、改善できる答えを持っている。
それを改善すれば、エアコンが嫌いな人も快適に思えるエアコンができるのでは?と思った。
嫌なもの、嫌いなもの、を無くしたり、消したり、目を背けるのは簡単、
ただ、それを無くすのではなくて、何か一工夫を加えれば、好きになる。
そんな、マイナス(ー)に1工夫を加えれば、プラス(+)になる。
自分の嫌いなエアコンを、好きなものに。
そう考えて、僕は日本の空調メーカーである、ダイキン工業株式会社に入りたくなった。
だからこそ、まさか、
京セラ株式会社に入ることになるとは、あのときの僕は、予想だにしなかった。
つづく。
2012年4月に同期201人と一緒に、50年以上続く、老舗の大企業に入った。
そこから国内営業・海外営業(欧州営業)で合計約5年間、
仕事にも、その会社独自の文化にもどっぷり浸かった日々だった。
流石に上司・先輩・同期・後輩に盛大に見送られ、
(企業文化的には、辞める=会社への背任行為、という形で捉えられることがしばしばだが、)
色々なメッセージや言葉をもらうと、センチメンタルにもなる。
次の会社に行くまでの期間、
自分がなぜ、あの会社に入って、
自分がなぜ、ここまで勤めて、そして、辞めるのか、
次の会社への決意とともに書きたいと思う。
自分の備忘録的な感じだ。
別に隠す必要も無いが、この京セラという会社は、自分の中では第一志望の企業ではなかった。
というか、第一志望群ですら、なかった。
実際に受けるまでは、京セラ???どこ、そこ?ぐらいの感じだった。
僕の第一志望は、空調メーカーであるダイキン工業株式会社だった、
大阪の中心部に本社を構える、ぴちょんくん、でおなじみの会社だ。
その他の志望は、パナソニック、パナソニック電工(現在はパナソニックに統合)、日立製作所、東芝、三菱電機、DENSO、SAMSUNGという形で、いわゆる、典型的な大企業志望者だった。
大企業に行く理由としては、
単純に、従業員数が多い→能力がある人が全体的に多そう・色々な人たちと関われる、 と思ってたからだ。あとは、金銭的な理由で、奨学金のあった僕は、早々にお金を繰り上げ返済したかったからであり、そのためには、所得が比較的多く、安定的にボーナスをもらえる会社に行きたかった。
そして、メーカーに行く理由としては、
モノづくりで何かと評価される日本、そのメーカーで実際本当に凄いのか?を学びたかった。
無から有を作るモノづくりであれば、自分が今までしたことがないことができる、
B to Bのビジネスであれば、土日や大型連休に休める可能性が高く、休日の活動や旅行など充実した余暇を送ることができると思ったからだ。
さて、
ダイキンがなぜ、第一志望だったかというと、
ひとえに、エアコンというものが大嫌いだったから。
エアコンの直風に当たると、当時は悉く、 体調を崩していた。
なぜ、こんなものがあるのか?暑いときは、暑くていいじゃないか、と
今では有りえないことを当時は考えていた。
ただ、大学時代の留学中の8月に三週間エジプトを旅した経験が、
エアコンに対する考えを変えてくれた。
8月といえば、真夏である。
平均気温は40度を越す、砂漠地帯は体感気温で、50度以上にもなる。
そんな真夏に、本気のエジプトを体験するために、旅した僕は馬鹿だった。
砂漠地帯では、汗が出すぎて、体の水分が無くなり、口の中から唾液がでなくなった。
それぐらいの暑さ、都心部では当然建物にはエアコンが必要になってくる。
だが、当時(2009年)のエジプト首都カイロの建物は、
直風のエアコン、かつ、細かな温度の調整ができなく、基本設定は16度と最低の設定だった。
外は40度で、建物の中は16度、体調を壊すが、この国にはエアコンが必要だと思った。
そのとき、ふと思った。
エアコンが嫌いな自分、でも、地域的に確かに必要な国もある。
エアコンが嫌い、ということは、裏を返せば、改善できる答えを持っている。
それを改善すれば、エアコンが嫌いな人も快適に思えるエアコンができるのでは?と思った。
嫌なもの、嫌いなもの、を無くしたり、消したり、目を背けるのは簡単、
ただ、それを無くすのではなくて、何か一工夫を加えれば、好きになる。
そんな、マイナス(ー)に1工夫を加えれば、プラス(+)になる。
自分の嫌いなエアコンを、好きなものに。
そう考えて、僕は日本の空調メーカーである、ダイキン工業株式会社に入りたくなった。
だからこそ、まさか、
京セラ株式会社に入ることになるとは、あのときの僕は、予想だにしなかった。
つづく。