February 02, 2007

はぁ?運命?

カレーの割引券があったのでカレーを食べたんです。
そしたらおつりとともにカレーの割引券が・・・

それでもカレー好きな孤雪です。こんにちは。

今日はアルバイト先から書いてます。
しかも誰かが使ってる途中のものだろうと思うので、あんまり下手なことはできないんですが・・・
でも既にタブブラウザはちゃっかり入ってます(ぉ

この前・・・って言ってもずいぶん前の話。多分半年は前のことのような気がするけど。
フジ系の某人気番組にて、某有名人が「運命」について語ってたという話を後輩から?聞いたので、一笑してやりました。
でもさ・・・ここで私の持論は全く書いてなかったんだね・・・
というわけで気が向いたのでちょっと書いてみようかと。

その某有名人が言うには「運命は変えられるけど、定めは変えられない」とかなんとか・・・
世間一般で安易に使われている「運命」が、その人にとっては定義が少々違うようですね。
要するにその有名人にとっては「世間一般で使われる運命」=「定め」ということっぽい。
まぁでもね、私にとってはそんな些細な言葉遊びなんて笑い話でしかないんだよね。
ケケケー、別にその有名人が嫌いなわけじゃないんだけど、言ってることが面白いだけです。

じゃ、まぁ私の持論でも。
世間一般的に言われている「運命」についてから。
世間一般で言われる運命って割と定義が曖昧で、「神から定義付けられたその人の未来と現在と過去」という面と、「周辺の人や自分の決断」の二つが存在するんだと思う。
他にもあるかもだけど、今の私にはこの二つしか思いつかない。
それで・・・まぁ一般的に変えられるのは後者、前者は不変だけどきっとなんとかなる!みたいなもの。
じゃあ、運命っていらないじゃん、となりませんか?
どっちにしても変えられるんでしょ?じゃあ「運命」という定義自体笑い話なのですよ。そうでしょ?
しかしそこで終わらないのが私の無駄な思考。
でも本来「運命」って変わらないものでしょ?人の想像をはるかに超越する存在「神」から決められたものであるとするならば、それは「絶対不変」であるはず。
そう考えると、「運命を変えるんだ!」とか言ってた某有名作家のアニメ映画ですら「その変えた運命でさえも、実は運命によるものだった」なんてお話なのです。
要するに「運命」なんて「あってないようなもの」。
それを観測できるのは、「絶対的な存在」になるか、既になっている「神」にしか無理なのです。
「運命」なんて「相対的な存在」でしかない人間である私達が観測しようなんて、「絶対」に無理な話なんだよね。
それが「運命」なのです。

まぁ要するに、「運命」なんて考えても無駄なものに神経集中するより、自分がやりたいことを、道徳的観念において判断して行動に移せばいいのです。
よい言い方をするならば、「運命に縛られた暗い運命を憂うのはバカバカしい、暗い未来になりそうなら、明るくすればいいじゃない」ということ。
物事はいい方に考え、結果を出した者に幸せが訪れるようになってるんだから、別に運命なんかどうでもいいじゃん。
某有名人みたいに「変えられる、変えられない」で話すんじゃなくて、「元々あるかどうかわからないんなら、自分で作ればいいじゃない」って感じで。
人生楽しんだ者勝ち、そんな人から見れば「運命」なんてど〜でもいいんだからね。


しかし私が奢られやすいのは運命なんでしょうか・・・^^;

star_sky at 13:28│Comments(0)TrackBack(0)

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