甲子園は何が起こるか分からない場所である。当ブログでは、いくつか大逆転試合を紹介してきた。

1997年夏、8点のリードを奪いながらも、6回に打者一巡の猛攻を浴び、17-10で敗退を喫した文徳(8点差逆転)
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1993年夏、川上憲伸(のち明治大→中日→ブレーブス→中日)から7点を挙げながらも、8回に同点に追いつかれ、8x-7でサヨナラ負けを喫した久慈商(7点差逆転)
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2014年夏、大垣日大は甲子園史上最大タイとなる8点差を逆転し、2回戦進出を決めた。

東邦で春夏通じて優勝1回、準優勝2回。数々の修羅場を経験している阪口慶三監督率いる大垣日大は、1回戦で藤代と対戦。1回表、藤代は古谷が左前打で出塁。犠打、四球などで1死満塁とすると、続く小林が2塁適時打を放ち、先制する。その後、押し出し、連打、失策、古谷の左翼線への3点ランニング本塁打など、打者一巡の猛攻で一挙8得点を挙げた。
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大垣日大はその裏、1死1、2塁で滝野が右前打を放ち、1点を返す。さらに、大久保の左越え2塁打で4点差にまで詰め寄る。

5回表、藤代は根本が左越え2塁打を放ち、続く小林が犠打野選で1死1、3塁と追加点のチャンス。その後、竹内が右飛を放ち、根本がタッチアップを敢行するが、ホームでタッチアウトとなる。しかし、浜渡が左越え2点本塁打を放ち、10-4と突き放した。

5回裏、大垣日大は1点を返す。さらに、6回裏には藤代の投手陣が乱れた隙を突き、10-6と4点差。7回にも大垣日大の反撃は止まらなかった。内藤、滝野の連打、2死2、3塁から大久保が左中間2点3塁打を放ち、10-9の1点差にした。
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8回裏、大垣日大は種田が左中間3塁打を放ち、内藤の2ゴロの間に1点を挙げ、10-10の同点。さらに、野崎の左越え2点本塁打で勝ち越しに成功する。この本塁打が決勝点となり、試合は12-10で大垣日大が2回戦進出を決めた。

この勝利で池田の蔦文也監督に並ぶ歴代7位の37勝目を挙げた阪口監督は、「8回の本塁打の時は、まだ1回戦なのに涙が出ちゃってさ。テレビに映ったら恥ずかしいと思って涙を拭いた」と苦笑いを浮かべながら話した。





また、当ブログでは、いくつか乱打戦の試合も紹介してきた。

2006年夏、9回に8点を奪われた後、その裏に5点を取り返し、13x-12でサヨナラ勝ちを収めた智辯和歌山
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1995年夏、9回に4点を奪い、15-13で両チーム合わせて37安打の乱打戦を制した旭川実
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2013年夏、1回戦で史上8校目となる春夏連覇を目指す浦和学院と上林誠知(のちソフトバンク)を擁する仙台育英が対戦した。

浦和学院のエース・小島和哉(のち早稲田大)
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試合は壮絶な乱打戦となった。1回表、浦和学院は1死2塁で山根が左中間適時2塁打を放ち、1点を先制。その裏、仙台育英は熊谷の右前打、連続四球、死球などで一挙6得点。小島投手はコントロールが定まらず、苦しい立ち上がりとなった。3回表、浦和学院は津田の2塁打を皮切りに、4本の2塁打で同点に追い付くと、2死2塁で小島投手が右前打を放ち、自らのバットで試合をひっくり返した。
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2回以降は制球も安定し、立ち直ったかに見えた小島投手だったが、4点リードで迎えた6回裏、馬場の左前打、味方の失策、連続安打で一気に同点に追い付かれてしまう。

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10-10で迎えた9回裏、2死まで漕ぎ着けた小島投手だったが、ここで足が攣ってしまい、小野寺に左前打を打たれたところで無念の降板。試合前、「警戒する打者を1人挙げるなら上林さん。持ってるものを出し切りたい」と意気込んでいた小島投手。その言葉通り、上林の5打席は完全に封じ込めたが、降板するまで投げた球数は182。四死球も9。選抜で5試合3失点だった投手とは思えない内容であった。

山口瑠偉(のち東洋大)に後を託したが、熊谷に2塁打を許し、11x-10で仙台育英が2回戦進出を決めた。また、宮城県勢は大会通算60勝目とした。ちなみに、両校ともに夏の甲子園での2桁得点は、2008年夏、準々決勝の常葉菊川 13-10 智辯和歌山以来であった。



≪参考≫
朝日新聞

東スポWeb

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