創価学会の庭で育った世界観

自分がどう育ち、どう思い、悩み…今に至るか赤裸々に書いていきたいと思います。 中傷も擁護せず、気持ちも入れず、極力事実だけを伝えていきたいと思います。

ようこそ。いらっしゃいませ。毎週土日に更新していましたが、不定期更新となりました。

創価学会にいて良かったこと・悪かったこと 

単純明快に創価学会に居て(現在、未活動ですが…)

良かったこと
・嗜好性、思考が何となく似ている人が多いのでお友達になりやすい。
・基本的にいい人ばかり。優しい人ばかり。攻撃的な人もいるけど、基本的に優しい人が多い。
・座談会とか会合とかがあると、仲が良い人と一度に会える。
・困ったことがあると、親身になってくれる友達が出来やすい。出来やすいけど…この続きは悪かったこと

(直接的に何かしてもらった訳じゃないが)
・議員さんと割と近い距離なので、地域的に困ったことがあったら、
議員さんに困ってるんですって伝えたら、行政が動いてくれることはあった。

だから、心強いんだろうなぁ って思ったりもする。

facebookとか見てても、ちゃんと働いてる議員さんは働いてる。

悪かったこと
・良かったことの裏返しになりますが、仲が良いけど、
同じような回答が返ってきたりで新鮮味が感じられなくなる。
上手くいってないことを伝えると大体の人が「最近、ちゃんと唱題してるー?(題目を唱えること)ちゃんと唱題してたら解決するから」って返ってきて、根本解決にならなかったりする。

・未活動や未入信の人にはしつこかったりする人もいる。(今はどうか知らないけど)
・集まりで風邪とか絶対移る気がする。

社会に出て分かったこと
創価学会だけが しがらみがあったりで面倒くさいと思っていたけど、
創価学会だけじゃなくても、檀家だったりすると、法事があったりで面倒くさい。
心の底から供養したいと思っている人からすると、申し訳ないけど…。
私は葬式仏教が心底大嫌いなので、、。
他にも地域の自治会とかPTAとか会社の貢献度とか…
上げれば切りないほど面倒くさいことばかりって知った。。。


最近、えらいてんちょう っている youtuberが創価学会や顕正会のこと話してるけど、
自分の方がよっぽど話せるで。そりゃ内部の人だもん(笑)
ただ、話下手。。。

だから、文章で伝えていきたい。。。

宗教は悪いものでは決してない。
人生を明るく照らしてくれるものだから。
ただ、何を信じるのかによって人生が大きく変わる。

あと、仏教はインド発祥の地でしょ。
何でお経は漢字なの?
それはシルクロードを伝わってきたからで。

じゃ、漢字の元になるサンスクリット語の教えがある。
それが無きゃ偽経になるらしい。
※偽経でも価値が無いとは言ってない。

だから、少なくとも、お経に書かれていることのそれ以上でもそれ以下でも無い。
それが仏教の教え。それに加えて、お釈迦様が自身は書き残していない!

だから、お経を現代語訳した時に、何が読めるかって話。
全く、死者と関係無いでしょ!って話。
むしろ生きてく上で、こういう捉え方が出来れば気持ちが和らぐね みたいなことや
菩薩やら何か登場人物が出てきたりで、ストーリー性があったりする。
(あ、何か前回も書いた気がするけど気にしない)


もう一回書く。お経と死者全く関係無い。

お寺離れとか言われても仕方無いんだって。
こんなに娯楽やら情報やら発信されちゃって、
先祖供養とか面倒くさいって考えの人も増えてると思う。
先祖供養だって、儒教の考えだし。

お経と先祖供養が どう結び付くのか教えて欲しいくらいの。
〇〇経の何ページ の××って表現が先祖供養と繋がります  って教えて欲しい。
絶対、無いと思う。

だから、こんなに娯楽やら情報やら発信されちゃっても、
自殺者は減らないし、むしろこんな社会だからこそ!
お寺は積極的に講演会とかやったらいいんだと思う!!
それに加えて観光スポットにすれば 地域も潤うじゃん。

お寺じゃなくても、創価学会も公式チャンネルとか作って、
今日の、明日の誰かのためになるような動画を上げればいいと思うんだけどなぁ。
誰かの炎上しちゃうから「コメントできません」にしてさ。



創価学会ランキング

疑問がさらなる疑問を…。宗教によって新たな悩みを生むとは本末転倒だ。



疑問がさらなる疑問を沸かせることになった。
特に、これは幼少期に始まり、小学生にも続き…
大人になってからも、そして、今も…。今は疑問は解決して、腹立ちすら覚える。
それは、宗教界全てにおいて。
神道は根拠となる教えが無いので、宗教の括りに入るのか微妙であるので、また、
日蓮の両親が神社の食べ物をお供えする仕事についていたし、
御本尊の中に、「天照大神」と添えられている。
だから、決して日蓮自身は神道を否定はしていなかったと思うし、
神社とお寺を分けたのは、明治政府によって機能を分けられたというのも調べて分かった。

だから、宗派問わずお寺の近くに神社があるのも納得が付いた。
だから、「神社参拝」=「謗法」では無いと自分の中で結論付けた。

まぁ、戦時中は国が神社信仰を利用して、戦争を突き進めた過去がある。
だから、国は信仰には口出しをしないとして、
政教分離という概念が出来たようだ。

話は戻り、
疑問が疑問を沸かせたのは、自分は創価学会で生まれたから、そこにいる。
と思っていたが、濃淡があるかもしれないが、
葬式仏教の宗派・考えの根付きは思ったよりもあった。

これが原因で悩む人が多いはず。ましてや、先祖供養観の強い両親の元に生まれたら…。

宗教は特に仏教、本来生きる苦しみ「生・老・病・死」から解き放つために説いたのだが。

説いたと言っても、お釈迦様自身は自ら書き残した訳では無く、「こういう風に聞いた…」という風にまとめられている。まとめられている言葉こそがお経なのだ。

だから、葬式の時に、お経を読んでいることが当たり前だが、生き方を説いたり、ストーリー性のものがあったりする。

だから、葬式の時にお経を読むことと、全く繋がらないのだ。
死者を悼む気持ちを ありがたいお経にすり替えることで何となくお寺は凄い。みたいな感じですり替えられていることがもの凄く腹立たしい。

ましてや、先祖供養て思想も儒教のもので、仏教のものでは無い。

だから、ますます腹立たしいのだ。

お釈迦様が説いたことは、普段生きていることの苦悩を説いてくれる。
今すぐに思い付くことと言えば、

「諸行無常」世の中は、移り変わっていく。
「色即是空」世の中は、空(くう)=(からっぽ)である。

が思い浮かぶ。

これは、本当に自分は救われた。
例えば、「人の死」「物が壊れる」「今の悩み」

諸行無常で物ごとを捉えられるようになった時、
救われた。

人の死、物の死(物が壊れる)は必ず来る。
来るはずのものなのに、「人は死なない」「物は壊れない」加えて ”悲しいものだ” 
って根っこにある人からすると、悲しいってわけだ。

いずれ人の死や物の死が来ることを根っこで「仕方ない」って考え方があれば
同じ出来事があっても、あまり苦しまなくて済む。

お金のこともそう。

「お金が無いから不幸せ」と感じている人に いくらお金を積んでも不安が払拭出来なければいつまでも不幸のままでしょう。
そもそも「お金が無いから不幸せ という考え方を持っているから 不幸せ。お金の有無と幸・不幸は一致しない。」という捉え方が出来れば どうだろう。

少しお金の執着は消えそうだ。

この執着、こだわり って言葉も仏教用語らしい…。

勝手にこだわって怒ってる って事でしょう。

だから、腹立たしいことがあっても、「今だけ」かもしれない。
なぜなら、世の中は移り変わっていくからだ。

まさに、この物事の捉え方一つで 苦しかったり、楽しかったりするわけだ。

今の時代にとっては、情報社会ですぐに検索すれば出てくるが、
紀元前のお釈迦様が言っていたとされるのだから、凄い。
悟っている、だから、仏様という言われなんだと思う。

だから、せっかく仏道の道を進んだお寺の住職こそ
先祖供養だけでなく、お経の現代語訳を元に悩める今に説いて欲しい。



#葬式仏教が大嫌い

創価学会ランキング

幼少期 8 (親の実家の宗教は?)




幼い頃、法事だったんだろうか。

それとも、ただの正月の親戚の集いだったんだろうか。

何のために行ったのか、よく覚えていないけど、

一年に一回か、二、三年に一回、親の実家に帰った(行った)記憶がある。

その時に、神棚みたいなのがあった。

母親から、後日、天理教と聞かされた。




関心は持った記憶はある。

なんで、母親は違う宗教に進んだのか。

父親も実家は浄土真宗(浄土宗)だった。

これも同様に思った。疑問だった。

 ただ、これは自分の人生に大きい影響を与えたのは間違いない。

もし、天理教二世だったら、浄土真宗(浄土宗)二世だったら…。

それに、他の宗教にも関心を持つきっかけにはなっていると思う。



ギャラリー