※注意
〇ネタバレ全開です
〇「こんな素晴らしい作品にケチをつけるのは許せない!」という方は、
このブログをお読みにならないことをお勧めします。
 
〈憲兵エピソード〉の強烈な違和感

違和感というか、「ちょっと待ってよ…何だよコレ…?」と思ってしまったシーンだ。

畑で何の気なしに軍艦を写生していたすずが、憲兵に捕まり「この女は間諜(スパイ)か!」と、家に連れてこられる。
https://twitter.com/guillotine_theより
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のんびりした日常の流れに突然入るこのシーンは、観ている人に「ああ、これは戦時中の話だったんだ」と、否応なく思い起こさせる。

ところが、家族みんなが、憲兵に叱られたショックで肩を震わせていたと思いきや、実は笑いをこらえていたというギャグオチになるのだ(劇場でも笑いが起きていた)。



ある意味『この世界~』のテーマを象徴してるシーンと言える。戦時中の庶民の暮らしは、悲惨なだけじゃなくて笑いもあったんだよ、という。

空襲に遭うシーンでの、すわ死んだかと思った義父が、実は寝ていただけというギャグオチなどは、この作品ならまだ有りであろう。

だが憲兵のシーンは、お笑いで済まされていい話なのだろうか。





これはこうの史代氏が『サザエさん』作者・長谷川町子氏の実体験から題材を得たエピソード(原作マンガ巻末の参考文献にも記載)。

その箇所を引用する(読みやすいよう段落を分けた)。
長谷川町子著 サザエさんうちあけ話 1979/姉妹社 より
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当時、日本軍の憲兵は司法警察権を有し、一般人の行動も取り締まっていた。

軍関係施設の撮影や写生は犯罪行為であり、長谷川氏はこのとき逮捕・拘留されたのである。


すずは同じ目に遭った訳だが、憲兵がすずを家へ連れて行くというのは非常におかしい。
この場合すずは、憲兵隊詰所に連行されるはずである(現代の警察官だって、現行犯逮捕した犯人をその自宅へ連れて行きなどしない。交番か警察署へ連れて行く)。




大日本帝国憲法下のこの時代、国民に基本的人権は無い。

逮捕されれば、弁護士を呼ぶ権利も無く、官憲は取調べで拷問をやりたい放題である。本来ならすずは、拷問されてもおかしくないのだ。

もちろんすずは取り調べの結果、無罪放免となるだろう。しかしそんな事は関係なく「憲兵に引っ張られた」というだけで、以後、近所の人の目つきが変わるだろう。

「非国民」「アカ」と囁き出す者もいるかもしれぬ。この時代、憲兵に逮捕されるというのは、とうてい笑い話で済むことではなかったのだ。



むろん、そんなシーンは入れられる訳がない。そんな描写をしたら、どうやら多くの人が(恐らくはこうの氏自身も)忌み嫌う、〈戦争の悲惨さを訴えるシーン〉になってしまうからだ。




この〈憲兵エピソード〉は、長谷川氏の体験談を、こうの氏がマイルドに脚色したものである。映画はそれを忠実にアニメ化している。

「マンガは創作のフィクションなんだから、そのくらいのこと当たり前だろ」と言われるかもしれない。

だが、そうした作品創りは、片渕監督の姿勢に反するのではないのだろうか。

映像に作って世に示すということは、観た人の中で「ああ、ああいうものだったんだ」という納得をもたらすことであるわけで、 歴史的に一定の意味を持つものを登場させる以上「映像の作者が個人的に抱いたイメージです。アニメーションなんだから所詮 ファンタジー、割り引いて観てね」とかじゃすまされないはず、と思う。

http://animestyle.jp/2013/07/01/5441/ 【第41回 導火線とその先にあるもの】より
(つづく)