2011年06月05日
アルテミオ・フランキ メインゲート入場入り口付近、キックオフ54分前
キックオフの近いそのスタジアムの入り口付近。
その日戦う両チームサポーターは一様に通用門を通り過ぎていき、やや俯瞰した位置からその辺を眺めたなら紫と臙脂の川が流れているかのようだろう、彼女はそうぼんやり考えていた。
軽くウェーブのかかった豪奢なまでの金髪で、着飾れば周囲の耳目を引く美貌であったかもしれないが、その日の彼女はサングラスを掛けて洒落っ気とはおよそ縁遠い白黒のジャージを羽織っており、どことなく野暮ったい、田舎くさい印象を与えもする。
サングラスのせいで表情は窺い知れなかったが、両のポケットに手を突っ込んで通用門にもたれかかり、彼女は人待ち顔に行き交う人々を眺めていた。
…彼女自身はせいぜい気配を消していたつもりだったが、やはり紫と臙脂の中にあって白黒のジャージ―しかも動かず通用門に寄りかかっていれば尚更だ―は目立つものだったらしく、試合前でテンションの上がった20代半ばから後半と思しきホームチームサポーターが肩を揺すりながらどことなく剣呑な雰囲気で彼女に近づいてくる。
サングラスを掛けているが、胡散臭そうな表情をしているだろうことが見て取れた。
その日戦う両チームサポーターは一様に通用門を通り過ぎていき、やや俯瞰した位置からその辺を眺めたなら紫と臙脂の川が流れているかのようだろう、彼女はそうぼんやり考えていた。
軽くウェーブのかかった豪奢なまでの金髪で、着飾れば周囲の耳目を引く美貌であったかもしれないが、その日の彼女はサングラスを掛けて洒落っ気とはおよそ縁遠い白黒のジャージを羽織っており、どことなく野暮ったい、田舎くさい印象を与えもする。
サングラスのせいで表情は窺い知れなかったが、両のポケットに手を突っ込んで通用門にもたれかかり、彼女は人待ち顔に行き交う人々を眺めていた。
…彼女自身はせいぜい気配を消していたつもりだったが、やはり紫と臙脂の中にあって白黒のジャージ―しかも動かず通用門に寄りかかっていれば尚更だ―は目立つものだったらしく、試合前でテンションの上がった20代半ばから後半と思しきホームチームサポーターが肩を揺すりながらどことなく剣呑な雰囲気で彼女に近づいてくる。
サングラスを掛けているが、胡散臭そうな表情をしているだろうことが見て取れた。
「よお姉ちゃん。ここで立ちんぼかい?」
「…」
姉ちゃん、と呼ばれた彼女は眉ひとつ動かさず頭一つはゆうに大きいそのホームチームサポーターを見上げている。
「だがな時間が悪い。試合前だぜ?ま、試合後なら相手してやってもいいけどよ!」
仲間たちと下卑た笑いを交すそのホームチームサポーターを、しかし彼女は丁重に無視。無反応な彼女にホームチームサポーターは明らかに感情を害して詰め寄った。
「あのなあ、今日は我がヴィオラとローマの試合だ。ユベンティーノはお呼びじゃねえんだよ?」
「ユベンティーノ…?」
彼女は「自分がか?」と言いたげなほどあからさまに顔を歪め、ふと自分の着ているジャージを見下ろして破顔する。
「ああ、ああ、なるほど。ユベンティーノねえ、こりゃいい」
「何が可笑しいんだ!?」
今度こそ明白に呵々大笑する彼女に腹を立てたホームチームサポーターは腕まくりして掴みかかる勢いだったが、彼女はサングラスの脇から笑いのあまりに零れた涙を微かに拭い、笑いが収まるのを待って、続きを切り出す。
「…何が可笑しいかといえば、さ?」
ふう、ともう一度彼女は息を吐く―
「『ビアンコ・ネロ(白黒)』なら全部ユーベだと思ってる頭の悪さだな」
「てめえ」
遠巻きに見ていた数名の野次馬は次の瞬間、その金髪の女性が地面に倒れているだろうと予想したが、それは外れる。殴りかかろうとしたホームチームサポーターの顎の辺りには、彼女がどこから出したものか見当もつかない細い棒が突き付けられている。
特に鋭利な刃物というわけでもなく、尖っているわけでもない細いその棒はどうやらステッキのようだったが、殴りかかっていればその勢いで顎か喉かを貫いていただろう。そのステッキは明らかに彼の突進を止めた。
「惜しいな、もう少しで顎の骨カチ割ってやったのに」
どこか酷薄な笑みさえ浮かべる彼女からホームチームサポーターは引き下がり、彼女の着ているジャージの胸元に縫い付けられたエンブレムに目を留めて何やら得心の表情を浮かべ―仲間たちからこんなヤツほっとこうぜ、の声を受けると舌打ちして背を向ける。
「万年Bのクセによ!」
最後に一つ捨て台詞を残して。彼女はその言葉に色を成して振り返ったが、もうそのサポーターは人波に紛れて見えなくなってしまっている。
ち、と明らかに舌打ちする彼女に、今度は小柄な東洋人の女性が駆け寄ってくる。女性、というよりは少女、と言った方が似つかわしくも思えたが、カジュアルとはいえスーツを着ていたから一応成人で仕事中ではあるのだろう。ただ、東洋人は一般に若く見えることもあり、どことなく子供が似合わないスーツを着ているような違和感を感じる向きもあった。
その少女めいた東洋人は息せき切って金髪女性の目の前に駆けてくると肩で息をし、彼女の顔を見ると安堵の息をついた。
「ああ、よかった、やっと見つけたよ。ちょいシゴト押しちゃってさー」
あははと少女は笑って後頭部に手を当てたが、金髪の彼女は腕組みしただけで、サングラスの下の目はおそらく笑っていないだろうことは間違いない。
「あんたケータイ持ち歩かないから連絡つかないし!もう、先にスタジアム入ってるもんかと」
「そうもいかねーだろ」
無愛想に彼女は応え、東洋人の少女は目を見開く。
「あら!?あたしを待っててくれたんだ!感激だねー!!」
「…ていうかな。チケットは誰が持ってるんだっけな?」
少女は見開いた目をさらに見開き、あははと笑いながらスーツのポケットを探り―2枚のチケットを取り出す。
「あたしだ!!」
「とっとと入場するぞタコ助」
金髪の女性ことレズリー・ロピカーナは少女こと門倉千紗都の背中をどやしつけ、ステッキで右脚を庇いながらアルテミオ・フランキの入場門を潜った。
「…」
姉ちゃん、と呼ばれた彼女は眉ひとつ動かさず頭一つはゆうに大きいそのホームチームサポーターを見上げている。
「だがな時間が悪い。試合前だぜ?ま、試合後なら相手してやってもいいけどよ!」
仲間たちと下卑た笑いを交すそのホームチームサポーターを、しかし彼女は丁重に無視。無反応な彼女にホームチームサポーターは明らかに感情を害して詰め寄った。
「あのなあ、今日は我がヴィオラとローマの試合だ。ユベンティーノはお呼びじゃねえんだよ?」
「ユベンティーノ…?」
彼女は「自分がか?」と言いたげなほどあからさまに顔を歪め、ふと自分の着ているジャージを見下ろして破顔する。
「ああ、ああ、なるほど。ユベンティーノねえ、こりゃいい」
「何が可笑しいんだ!?」
今度こそ明白に呵々大笑する彼女に腹を立てたホームチームサポーターは腕まくりして掴みかかる勢いだったが、彼女はサングラスの脇から笑いのあまりに零れた涙を微かに拭い、笑いが収まるのを待って、続きを切り出す。
「…何が可笑しいかといえば、さ?」
ふう、ともう一度彼女は息を吐く―
「『ビアンコ・ネロ(白黒)』なら全部ユーベだと思ってる頭の悪さだな」
「てめえ」
遠巻きに見ていた数名の野次馬は次の瞬間、その金髪の女性が地面に倒れているだろうと予想したが、それは外れる。殴りかかろうとしたホームチームサポーターの顎の辺りには、彼女がどこから出したものか見当もつかない細い棒が突き付けられている。
特に鋭利な刃物というわけでもなく、尖っているわけでもない細いその棒はどうやらステッキのようだったが、殴りかかっていればその勢いで顎か喉かを貫いていただろう。そのステッキは明らかに彼の突進を止めた。
「惜しいな、もう少しで顎の骨カチ割ってやったのに」
どこか酷薄な笑みさえ浮かべる彼女からホームチームサポーターは引き下がり、彼女の着ているジャージの胸元に縫い付けられたエンブレムに目を留めて何やら得心の表情を浮かべ―仲間たちからこんなヤツほっとこうぜ、の声を受けると舌打ちして背を向ける。
「万年Bのクセによ!」
最後に一つ捨て台詞を残して。彼女はその言葉に色を成して振り返ったが、もうそのサポーターは人波に紛れて見えなくなってしまっている。
ち、と明らかに舌打ちする彼女に、今度は小柄な東洋人の女性が駆け寄ってくる。女性、というよりは少女、と言った方が似つかわしくも思えたが、カジュアルとはいえスーツを着ていたから一応成人で仕事中ではあるのだろう。ただ、東洋人は一般に若く見えることもあり、どことなく子供が似合わないスーツを着ているような違和感を感じる向きもあった。
その少女めいた東洋人は息せき切って金髪女性の目の前に駆けてくると肩で息をし、彼女の顔を見ると安堵の息をついた。
「ああ、よかった、やっと見つけたよ。ちょいシゴト押しちゃってさー」
あははと少女は笑って後頭部に手を当てたが、金髪の彼女は腕組みしただけで、サングラスの下の目はおそらく笑っていないだろうことは間違いない。
「あんたケータイ持ち歩かないから連絡つかないし!もう、先にスタジアム入ってるもんかと」
「そうもいかねーだろ」
無愛想に彼女は応え、東洋人の少女は目を見開く。
「あら!?あたしを待っててくれたんだ!感激だねー!!」
「…ていうかな。チケットは誰が持ってるんだっけな?」
少女は見開いた目をさらに見開き、あははと笑いながらスーツのポケットを探り―2枚のチケットを取り出す。
「あたしだ!!」
「とっとと入場するぞタコ助」
金髪の女性ことレズリー・ロピカーナは少女こと門倉千紗都の背中をどやしつけ、ステッキで右脚を庇いながらアルテミオ・フランキの入場門を潜った。
トラックバックURL
この記事へのコメント
1. Posted by Bucchii 2011年06月05日 20:58
早速の反応ありがとうございます。
ちなみにこの試合は2009−2010シーズンのウインターブレイク明け最初のリーグ戦という位置づけなので季節は冬、月は1月という設定ですね。
現在のブンデスカップの時期とは微妙にずれていると思いますです^^
ちなみにこの試合は2009−2010シーズンのウインターブレイク明け最初のリーグ戦という位置づけなので季節は冬、月は1月という設定ですね。
現在のブンデスカップの時期とは微妙にずれていると思いますです^^
2. Posted by 捨井 2011年06月05日 23:38
どうも捨井です。
反応…、というかこの機にアスコリの人たちのその後とかちょろっと触れとこうかなって下心(笑)だったりします。
ちなみにこちらのドイツカップは2010年5月ということになってますので念の為。
それでは。
反応…、というかこの機にアスコリの人たちのその後とかちょろっと触れとこうかなって下心(笑)だったりします。
ちなみにこちらのドイツカップは2010年5月ということになってますので念の為。
それでは。