2012年01月28日


2012年01月28日 07:16 JST
AKB48

"Ah〜Kyah〜Boo〜"(制作:池野 徹 Jan.27.2012)

【PJニュース 2012年1月28日】AKB48は、昔、旅回り一座の出し物か、学芸会の発表会の子供たちのイメージがするのだ。団長がいて自在に操り藝をさせる。先生が発表会のために一生懸命練習させている。プロデューサー秋元康が、まさに団長であり先生である。この秋元康が仕掛けたAKB48は、現在の世の中を席巻している。この状態は、正常なのか、異常なのか、秋元康のほくそ笑んでいるポーカーフェイスだけが印象に残るのである。

秋元康は、作詞家として美空ひばりをはじめ、その才能と実力を見せて来たが、放送作家として、マスコミや芸能世界の環境を知り尽くしている男だ。また、ゲームソフトのSEGAの広告戦略プロデューサーも経験しており、芸能世界を斜めに見る事が出来る男でもあるのだ。ハッキリ言うと、マーケティングを知っているという事だ。音楽世界もデジタル化されCD媒体が、低迷されているのを見つめていたに違いない。だから、AKB48を使いCDのセールスを、かつてのアイドルピンクレディを凌駕する100万ヒットをこの時代にやってみせた。

AKB48ははっきりいって、学芸会の延長レベルで、集団で斉唱して、同じコスチュームで、可愛らしく、決して変な色気はなくダンシングしながら歌うグループだ。そのスタートにかの電気街の親しみある秋葉原を選び、そのネーミングをAKBとした。下手でも親しみある芸人が出来上がったのである。韓流ブームのグループとミックスして日本的な可愛子ちゃんとしてポジショニングした。テレビ媒体に露出を計りコマーシャルのごとく登場させる。リフレインを高める事は、そのゲーム性を高めるのと同じ事だ。さらに仕掛けとしては、AKB48のメンバーをランキング投票させる。それをCDセールスに連動させる。楽曲のランキング投票をさせる。同じ戦略のネーミングのグループを創り、入れ替える。間髪を入れずに次から次へとストラテジックに芸能界をいや、不安で軽薄な民衆を攻めて行く。まさに、デジタルとゲームと芸能を一体化させたのである。

AKB48の持っている歌唱能力はない。それでいいのだ。一人一人が一コマのごとく動いてくれれば良いのだ。世間は歌手だと思ってるが違う。AKB48のメンバー自身の問題はあるだろう。一コマだから有象無象の1人だ。個人的スターとしての主張も知名度も上がらないワンサで大半は終わってしまう運命にある。使い捨てできるのだ。普通の女の子が普通にならなくなるのだ。しかし世の民衆はかような定年層グループに、うつつを抜かしているのはそのファンのターゲットを見るにつけこれでいいのかと思うのだが。まあ、可もなし不可もなしだから、平和なのかもしれない。団長、秋元康は、次の手を考えているに違いない。【了】

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

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2012年01月17日


2012年01月17日 06:14 JST
Uragiri

"Who is betrayer !" (制作:池野 徹 Jan.15.2012)

【PJニュース 2012年1月17日】人間なんて所詮、完璧なものでないからバカもやるし、ミスもやるしそんなにオリコウサンでなくても仕方がない。だから個人的、私的な事は許されるかもしれない。しかし事コミュニティの、皆の、公の、国民的な事となったら、ちょっとミスしましたと、そうはいかないはずだ。しかるに、当事者たるトップに立つものは、通常は全てがうまく行く様に、便利な様に、カネの儲かる様に、文化も取り入れて、科学も引きずり込んで、理にかなった人間どもの生活を担保して、民主主義と称して人々を示唆し、引きずり込んできた。それが最上の方法論だと国の指導者足るべき人間たちは、深く考慮もせず、視えもしない未来へ、情けない思慮で、公なる民衆を、騙し、聞かせ、惑わし、盲目の世界へ拉致してきたのだ。

2011年、大震災が起きた。浅はかな学者と、行政の云う事を聞いて信じさせられた安全神話の防潮堤が、見事に大自然の、愛すべき生活の源であった海、波、津波に寄って覆された。一瞬にして未曾有の犠牲者が出た。しかし、未だに責任は取られていない。それと同時に原子力発電所が崩壊した。原子の被爆国民が、納得させられ、原発の必然性を、学者が、行政が、国が保証してカネと施設を提供され、国民を信じ込ませてきた。その原発が津波に寄る電機施設の崩壊で放射能汚染にまでなった。東京電力会社が電源を失うという体たらくだ。マスコミの興味本位の優等生報道ばかりの騒がれ方の中で、悪の本筋を追求しない甘さの中で、本命どもは、その責任をとっていない。

ニュースが流れてる。元オウム真理教事件の平田容疑者とその女性が17年ぶりに自首して来た。それを捕まえて、過去の足取りを洗う事を国民に呼びかけてる。17年も逮捕できなかった警察は何をしてたのか、捜査などしていなかったに違いない。自首して来た事への捜査の情けなさに恥を感じないのか。今更2人の容疑者の過去なんかでなんで騒ぐのか。掴めなかった責任は取ってない。

広島の刑務所から凶悪犯が脱走した。まさに見事に凶悪犯は、工事中という隙をつき脱走した。看守と監視カメラは何をしていたのか。くだらないドラマや映画を見るよりヤッターという感じだ。テレビで頭を下げる当事者の腑抜けないつもの光景は見飽きた映像だ。

かような事件が起きて必ず当事者側が語るのは、あり得ない、あるいは、不可抗力に近い言い方を釈明する。一番正しい、一番よく分かっている、一番予想と知識の見識のある、一番頭の良いとされる当事者や国のトップの人間たちが、やってはならない、起こしてはならない、信頼された本職のプロフェッショナルたちがミスをした、ドジった、間違えた事をした行為に、どう責任を取るべきかをマヤ化してる、ごまかしている、そこに気もつかないバカで、鈍いトップがいる国は救いようがないのだろうか。アマチュアの意見にチャラチャラするのではなく、プロフェッショナルの見識で決断して実行するのが、民主主義じゃないだろうか。【了】

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

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2012年01月06日


2012年01月06日 09:36 JST
Yuya-&-Joe-1

"Yuya with Joe on stage" (撮影:池野 徹 Jan 1.2012)

【PJニュース 2012年1月6日】内田裕也が、年末に一度のロックフェスティバルをやる理由は、イロイロあるだろう。単純に歌の放送イベントNHKの紅白歌合戦をロックでぶっ飛ばすという事。日本のロックミュージックが一つのパワーで聴衆に認知させる事。ロックを目指す若者たちをバックアップする事。何よりも、裕也自身ロックに対する盲愛がある事だろう。そして、日本からロックを世界へ発信するリーダーとなる事。そんなロックへの執念的志向がここまで支えて来たのだ。ロックミュージック・ライヴイベントとしては、ギネスものの39回目を迎えたのだ。2012年には、大台の40回目に到達する。

それにしても2011年は、世界の暴君が倒されたり自滅したりして、と言うか日本にとっても空前絶後の災難の年になった。ロックフェスにとっても、裕也の片腕ジョー山中がガンで逝き、原田芳雄と、柳ジョージと出演した仲間たちがステージから消えてしまった。裕也は、その追悼を込めてロックフェスを進行させたのである。そして東日本震災被災地のロックグループを登場させた。ミュージックは、ロックは、あらゆるジャンルの歌と共に人々の心に届かせるべく動いた。「ロックがヤレルコト」は一部かもしれないが。

渋谷、浅草、新宿、下北沢と放浪して来たロックフェスも、このところ銀座は博品館で開催されている。浅草の芸人的匂いのあるところが似合う裕也のロックフェスとも云えるが、ロックも洗練されて21世紀ミュージックを目指すとしたら、日本のセンター銀座も、はまるかもしれない。1980年から、毎年恒例で写真を通しての付き合いである自分にとっては、人生の一部になってしまってる事を痛感するものである。内田裕也の芸能人的、クリエイター的、プロデューサー的、カリスマ的ロックンローラーの全てを備えた、破綻を含めて人間的面白さは、言葉に語り尽くせないが、そのロック・スピリット&フィオジカルで、2012年、ここまで来たのはまぎれもない事実である。

39thの出演者は、列強のシーナ&ロケッツ、桑名正博、白竜、カイキゲッショク。此処に安岡力也がいないのは寂しいが、ジョー山中追悼のFTBの石間秀機、篠原信彦中心の丹波博幸、永本忠、斎藤昇、樋口昌之等のRemind Joe、タップのHIDEBOH、ジャポネスクの氏神一番、上田秀一郎、炸裂のBILLY、AURA、石橋勳バンド、ME-ISM、naoshin、The DEAD P★P STARS。そしてStand Up Japanの東北からのUnder the yaku cedarそして、内田裕也とトルーマン・カポーティR&R BANDであった。世界へは、イギリス・ロンドンで、中国・上海で、アメリカ・ロサンジェルス、韓国・ソウルで20バンドの俊なロックンローラーが出演して盛り上げたのである。

1回目からの桑名正博が、ジョー山中のララバイ・オブ・ユーを熱唱、ベテラン白竜が締め、トリにシーナ&ロケッツがNo Satisfaction で会場を興奮の渦に巻き込んだ。内田裕也がジョー山中の写真を、ステージ上に置きスポットライトのもとで歌ったのは、まさに印象的なシーンだった。カウントダウンも終わり新しき年を迎え、白みかけた銀座の夜明けは、爽快なけだるさが残っていた。【了】

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

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「39th New Years World Rock Festival」
フジテレビ放映。
1月8日(日)25:30〜3時間半

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2012年01月06日 09:30 JST
Messhi-&-Daisuke

"Exciting Dancing"(制作/池野 徹 Dec.29.'11)

【PJニュース 2012年1月6日】スポーツの世界は、生身の人間がそのフィジカルボディを鍛え抜き、いじめ抜き、そのメンタリティを、したたかに追いつめ自我の境に絶対のプライドを育て上げる。そこから生み出されたテクニカルのシャープさは、次元を超えてクリエイティブの境地に達するのである。それが、アスリートの理想型といえばそれまでだが、それは普遍的な世界からは、ある種、異常な世界へ踏み込む程の結果をもたらす。それは、アスリート本人の恍惚であり、それを凝視するオウディアンスにとっては、快感そのものになるのである。

その一瞬を、日常から解放されてアスリートたちのパフォーマンスをエンジョイするのは、この憂き世を忘却の彼方へ連れて行ってくれるエンターテインメントだ。去年12月8日から行われたサッカーのFIFA Club World Cup Japan 2011のバトルが日本で展開された。日本代表は、J2からJ1へとすっ飛び優勝したその勢いを持った柏レイソルが最後まで、まるでなでしこジャパンのごとく日本らしい健闘を見せた。しかし、世界の強豪クラブチーム南米代表のサントスは、スター選手のネイマールの個人技の南米サッカーの片鱗を見せてくれた。その軽い身のこなしは忍者のフライイングシュートであった。

しかし、欧州のキング、バルセロナが登場して、2年のバロンドールをゲットした男、メッシ率いるバルサのパフォーミングは、およそ今まで視たサッカーの概念を変えるものだった。フォワードとミッドフィルダーで、つむじ風のごとくセンターラインを超えゴールへ、トライアングルパスを、音もなく決めながらゴールポストへ迫るのである。それは、ボールを蹴るサッカーというより、「ダンシング」に視えたのである。相手のディフェンスが強くなるほど、そのトライアングルは狭まり、スピードが上がって相手の股間をいとも0簡単に抜いていく。メッシにパスされたファイナルゴールは、キーパーの頭上をフンワリと軽やかに超えてネットを揺るがしたのである。「バルサダンス」をサッカーと言うボディコンタクトのゲームで見せてくれたのである。それは、格闘技スポーツを超えていた。サプライズだけが残ってしまって、勝負としてのサッカーが飛んでしまったのだ。ここまで行けるスポーツなのか。

同じ12月23日より始まった2011年全日本フィギュアスケート選手権大会が行われた。日本のフィギュアは、その選手層の厚さでもレベルでも世界レベルの選手がひしめいている、ある意味世界大会よりシビアな競合状態にある。浅田真央選手が母親の不幸もあり注目されたが、男子の高橋大輔は、ショートプログラムっで、4回転ジャンプを飛び波にノリ、最高得点を出した。この高橋大輔のスケーティングは、他の選手と完全に違うムーヴィングを見せてくれる。個人の生来持っている生理的パフォームだろうが、ジャンプのテクニカルというより、そのフリースケーティングに独特のボディアクションがある。それは、音楽に乗ってのビート感とのマッチングしたダンシングの妙なのである。首を振り腕をしなやかに振る、スケーティングというよりダンシングの美しさがある。かのマイケル・ジャクソンにシミラーな所もあるが、これは世界のスケーターと言えどもマネが出来ない。本人のノリ具合もさることながら、見るものをまさに楽しませてくれる。フリーで、音楽にブルースを使っているのも良いセンスだ。ブルースの間を大輔の舞いが埋めてくれるのだ。見るものにとっては、スケートを演じる事ほど、難易度の高いものだ。それを、音楽とダンスの妙味を見せてくれる楽しさは応えられないものがある。

「バルサダンス」に仰天して「ダイスケダンス」で有頂点になる、これぞスポーツの一流の醍醐味と云うものだろう。


【了】


パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

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2011年12月05日


2011年12月05日 08:58 JST
Some-Girls-78

"You must see Big screen" (コピー/池野 徹)

【PJニュース 2011年12月5日】ロックグループ最長のザ・ローリング・ストーンズも2012年には、デビュー50周年を迎えようとしている。ニューディスクがリリースされるとか、ライヴツアーが始まるとか、ロンドンにメンバーが集結ミーティングが開かれるとか噂はしきりである。ロックグループが50年もやっているというのは、奇跡に近い。ロックは若者のサウンドだったが、今や70歳にも近いロックン・ローラーは、全てのロックフリークにとっては、勇気を与える見本の様なものである。何しろフィジカルにパワーが必要とされるミュージックだから。

そんなフィジカルにも若き日のストーンズを33年の時空を超え、映像で見る事が出来るのである。1978年7月18日テキサス州フォート・ワースのウイル・ロジャース・メモリアルセンターでのライヴパフォーマンス映像が、デジタル・リマスタリングされ高画質化され甦ったのである。云える事は、DVD等もリリースされてるが、映画館でビッグスクリーン、デジタルサラウンドで見る事が必見である。

当時のストーンズは、ギターのキース・リチャーズが、麻薬問題で裁判を繰り返し、終身刑も覚悟してミック・ジャガーがストーンズの存続を聞かれ、キースはジェイルで作曲するしかないとまで云っていた。ミックは、妻ビアンカから、モデルのジェリー・ホールとつきあい出した頃である。新加入した、ギターのロン・ウッドには、初の世界ツアーだった。名盤「Black And Blue」を出して、アンディ・ウオーホルがデザインしたジャケット「Love You Live」をリリースした後、新譜「Some Girls」を送り出して、USツアーをはじめたのだった。

実は、ストーンズ・フリークの自分は、この1978年、CFの"GEORGIA"撮影のためロスアンジェルスに滞在。女優ティッピー・へドレンのプロダクションと提携してたので、ティケット依頼。7月23日アナハイム・スタジアムでのストーンズ公演を観ることができたのだった。初のストーンズライブ公演だったので、強烈な印象を受け、真夏の興奮を楽しんだのだった。この5日前に行われたテキサスでの公演を映像で見られる事の因縁に驚いたのである。

映画は、イントロにミック・ジャガーの当時の回想インタビューが入っている。「Some Girls」のジャケットに、エリザベス・テイラーとか、ブリジッド・バルドーとか使用して、ルシル・ポールから肖像権侵害の告訴され変更せざるを得なかったと当時の甘さをミックは語っている。そして、「Let It Rock」からライヴはスタートする。ミックは、赤いキャップに、ホワイトジャケット、ブラックのパンツで、はじめから全開で走り出す。そこには、まだシワの刻まれてない若き日の、今一現在のカッコヨイ決まりポーズには至らぬナマの、フィジカルをさらけ出した、パワフル・ストーンズが見る事ができる。キースは、心無しかやや、おとなしめだが、ドラムのチャーリーとベースのビルは変わらぬパフォーマンスをしている。新加入のロンは、キースに気を使い、ミックからぶたれたり、触られたり、可愛がれる様子がしっかり見る事が出来る。ロンは、ペダルスティールギターをはじめ、リードギターをリフしたり、大活躍している。

それにもまして凄いパワーを見せつけるのはミックである。「Beast Of Burden」「Miss You」そして「Shattered」と、ボディを小刻みにふるわせながら歌う。ステージ狭しと絶えず飛び跳ね、しゃがみ独特のミックパフォームが、実に色っぽいのだ。キースやロンに媚を売りながら、男を超えた男を演じる。そして、そのヴォーカルが、止む事のないパワフルパフォームするのである。勿論、会場のステージのアトモスフィアに乗りまくって歌う様がブロウアップされる。テキサスを意識してか、チャック・ベリーの「Sweet Little Sixteen」を、そして「Brown Sugar」でTシャツになり、さらに脱ぎ捨て、上半身裸でステージ上から観客へバケツの水を数回投げつける。そして、「Jumpin' Jack Flash」と息も継がせず全17曲をミックはパフォーマンスする。その姿は、若いとは言いながらRock'n' Rollの音楽としてのレベルを見せてくれる。これは、Rockファンならずとも必見の映像である。現在にしてみれば、文字通り様々なRollingしてきたストーンズだが、50年にも渡ってRockしている事が確認できるのである。

夜中の映画館を出た時、まるで、フランスのニースで見たストーンズのコンサートの様に、帰る時間が無くなって来たのに気がついたのだった。【了】

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

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2011年11月21日

2011年11月21日 16:25 JST
Yomura

"by Hiraku Yomura" (コピー制作/池野 徹)

【PJニュース 2011年11月21日】千葉県房総半島にある九十九里の海岸は、その名は知られているが訪れる人は多いとは言えない。今年は直接の被害から免れたが、大震災の影響で夏の海岸線はいつもの年より半分もの人出であった。九十九里海岸の良さは、180度に開けた海岸線である。何もないのも良い。そこには、朝夕に変化する空と雲の流れに、多重の波が押し寄せて来る波の雄大さと、波の音の鼓膜を刺激する音の連続だ。その中心の砂浜でたたずめば、都会的喧騒を超越した空間と時間を体験する事ができる。だから下手な人間文明に侵されたくないと思う。海岸として水と空気と空があるだけで良い。季節と時間を変えて行くと、海岸の表情は、自然の呼吸そのままを聞かせてくれる。

その九十九里の海岸で波頭を見つめながら、絵を描く女性がいた。来る日も来る日もイーゼルを立てキャンバスに向かう女性、62歳にしてはじめて油絵の筆をとりはじめた画家、望月定子である。2008年、89歳で亡くなるまで160点余の作品を残したと現在館長で娘の望月やす子が話してくれた。その遺作は1997年独力で設立した望月定子美術館に納められている。作品は、九十九里を力強く、大胆なタッチで筆が踊っている。色彩も特に海の波の水しぶきを、ホワイトを生かして決めているのは印象的である。何よりも、大きくて広いコンポジションだ。まさに九十九里の世界が彼女の心を感性を広げてくれたのだろう。

その美術館のギャラリーで、11月10日〜15日、画家余村展(ひらく)の作品展と、その妻である、あがたよしこのミニコンサートがあった。余村展は、精緻な油彩のタッチで、細密画に近い静物画を描く画家である。彼の描く林檎等は、見るものに3Dの世界へ引きずり込んでくれる。花もあるが、骨董的人形がその無機質な皮膚感を晒す中に、空間に風船が飛んでいる異次元空間が良い。今回の新作に「青い机」と称して縫いぐるみのテディベアの回りに古時計や、トランプ、スプーンや積み木が空間を遊んでいる。彼自身の心象風景は、いつもファンタスティックな世界に入り込んでいるのだろう。外の空気に触れた風景画にももっとトライして欲しい。

そんなギャラリーの空間で、あがたよしこのミニコンサートが開かれた。アコースティックギターと弾き語りのシンガーソングライターである。画家余村展と出会う以前、音楽を目指した時期があり、2003年息子の交通事故を機に、甦るものがあり、歌う事をはじめた。ライブハウスや、老人施設でのボランティア活動で歌っている。バレエで鍛えたしなやかな容姿にギターを抱え自作自演の歌を吐露する。その歌声は、低いつぶやきから、高音の張りへとフォークシンガー的説得を試みる。その生活体験からのリリックスは、やや物哀しいが、もう少しのパワーインクリースがあれば、人に感動をもっと与えられるだろう。

あがたよしこは、地元大網白里でPetit Ballet教室を主宰している。その娘、バレリーナの未民に逢うと、夢見る少女の面影を見つけて何かホッとするオーラを感じる。そんなファミリーがアートで競演する場としての望月定子美術館は絶好の場所である。その日は穏やかな九十九里の波音が遠くに聞こえていた。

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

【了】

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2011年11月18日


2011年11月17日 18:08 JST
Meiko-illust

"Meiko's Fashion Illust"(コピー制作。池野 徹 Nov.16.2011)

【PJニュース 2011年11月17日】今年は、まさに激動の年だった。大震災と原発事故。そんな情況の中でも、人は生きていかなければと、命とか絆とかが話題になった。生活必需品である着る物は、着の身着のまま暑さ寒さをしのげれば良いとされ、放射能防災服のホワイトの宇宙服まがいの印象が目立っていた。日本は季節が比較的温暖冷感の差が激しくないので、着る物は神経が使われないが、大陸的環境だったら、そうはいかないだろう。秋を迎えるにあたり、来るべき冬に向けて身につけるウエアにも関心が寄せられる様になって来ている。

一方で世界的にも日本のアニメーションブームを背景に、渋谷109的、若者のコケティッシュなファッションが、「東京ガールズコレクション」を中心に人気を博している様だ。所詮遊びの世界に、フィギュア的気分に浸る若者のアンチテーゼ的と言えなくもないが、実態はそうでもなく、可愛ければ良いと、チャラチャラと街に花を咲かせている。

「可愛いい」という言葉は普遍的な地位を得ている。1960年代、東京は銀座に「三愛」というファッション拠点があった。西銀座デパートの「三愛店」の地下一階のジュニア・コーナーというのがあった。このデザイナーにケンゾーとか北原(黒田)明子が文字通り「可愛いい」ファッションのプロダクトを創っていたのだった。銀座に来る若い女の子の必ず寄るファッションポイントだった。

その北原明子が、今なお自分の個性を生かした「マインメイ2011秋冬コレクション」を京王プラザ新宿で11/19(土)と20(日)行う。この秋冬の服は、少しマニッシュなチェスターフィールドコート&ジャケット等、組み合わせで変化を楽しめる服、カットソーの服もある。小物たちは、シルクの花飾り、ミニミニエコバック等、アームウオーマーはラメ素材、アニマル柄、ボーダーと新作が揃っている。

北原明子の原点は「可愛いい」を知っているデザイナーだから、そのトーン&オーラが今でもその作品に生きているのだ。エイジングに関係なく、「可愛いい」を、着る人の個性を、引き出してくれるチャーミングなファッションである。

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

【了】

■関連情報
「マインメイ2011秋冬コレクション」
11/19(土)1時〜6時 11/20(日)11時〜5時
京王プラザホテル新宿 41階
03-3344-0111

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2011年11月01日


2011年11月01日 07:10 JST
STL全景−タイ

"Fear of water....."(撮影:現地人、不明)

【PJニュース 2011年11月1日】タイのバンコクへ住んで25年にもなる従兄から「バンコク便り」が毎月メールされて来る。S社のタイの社長をして退任してからも、タイの魅力に取り憑かれ現地に滞在。すっかりタイ人になってしまった従兄である。今回のタイの大洪水情報が届いたので紹介する。

<バンコク便り・10月号/2011年10月26日>
この度のタイの大洪水に対し皆々様より多数のお見舞いのお便りを頂き心より感謝申し上げます。先ずご報告いたしますが私の住い及び勤務先は、今のところ浸水は致しておりません。ご心配を頂き有難うございます。

私のバンコク便りもこの2〜3ヶ月洪水の話ばかりでしたが、今月は世界中の皆様にご心配を頂いた上、日本はもとより全世界の産業界に多大の影響を与え、洪水のこの先の見通しは神のみぞ知る状況になっています。皆さん方がTVや新聞紙上での報道どおりですがここバンコクでは先週以来雨らしい雨は降らずほぼ晴天が続いています。日本では考え難いのですが天候に関らずチャオプラヤ河周辺から水が溢れて日々水浸しになる地域が広がって参ります。

今年は7月頃から北部(上流のチェンマイ、チェンライ地方)が豪雨になり8月当たりから北部、中部と徐々に大地を水浸しにしながら洪水が拡大して参りました。やっと10月に入りバンコク首都圏北部(アユタヤなど)に洪水が到達し、いよいよ先週あたり(15日〜)からバンコクに到達してきた所です。例年この時期はバンコクを守るためアユタヤ周辺で田畑、市街地に貯水して来ましたが今年は限界を超してしまいました。

このところ私は早朝5時には起床し先ず窓から周囲の道路の状況を見下ろし水の確認をするのが一日の始まりです。日本人を始め外国人の多くがスクンビット通り周辺に住んでいます、私のパートはこの通りと交差するアソック十字路から50m程度でバンコクの新中心部に当たり22階から凡その状況が把握出来ます。今日も大丈夫だと判断し会社に向いますが今週に入りめっきり交通量が少なくなって来ました。多くの工場が自社は浸水していないのに部品供給が止まってしまい10月初旬から徐々に操業停止に追い込まれている為です。

インラック政権は明27日から当面月末まで<避難準備5連休>を発表致しました、しかし私共民間会社は通常どおりの操業を予定しています。私共も今月に入り防水対策を進めて参りました、では災害準備とはどんな事をするのか私共の例でご紹介致します。

こちらの洪水は日本とは違い1ヶ月以上前から凡そ何日頃洪水になるか予想が発表になります、準備には十分な時間が取れるのです。今月初旬先ず土嚢作りから始めました。数百個を工場用地周辺の塀の弱い所、各工場出入り口に配置致しました。工場用地が80ライ(約4万坪)工場が10棟と広大なため準備も大変です。

1週間ほどすると北部工業団が水没し、今回は土嚢程度では駄目だと言う事になり小型の重要用機械の2階への避難、大型機械、変電室等周辺をコンクリート壁で囲い10棟の工場出入り口は各棟1ヶ所残し全数コンクリート壁で締め切りを行いました。余剰機械、原材料等嵩の張るものは100kmほど離れた安全地帯の他社倉庫に避難致しました。事務所前にはボート3艘も並んでいます。ここまで徹底した対策は私がタイに来て25年間で初めてです。

しかし大多数の日系企業は特に首都圏北部工業団地に集結していましたので2〜3mにも及ぶ洪水には歯が立たなかったようです。水没した工場では水の引くのを待つばかりで今のところホテルなどの仮事務所で本社や客先と連絡を取る程度で工場には近づけない状態が続いてそうです。明確な事は分かりませんが11月いっぱいはこの状況が続きそうです。ましてや工場再開はどの程度の期間が必要になることやら関係者の皆さんのご苦労は計り知れません。
個人住宅では、私共高層アパートの住人は多少の食料の備蓄程度で安心ですが個人住宅の方々は大変です。バンコク北部の親しい友人の家はすでに床上2m近くになり住めなくなっています。一昨日車1台を預かりましたが、お婆さんは遠くの親戚に移し自分と娘さんは政府、会社の避難所から通勤していますが、明日から休みになりますので私の所に移るように勧めています。

このところスーパーやデパートに行っても客は通常の一割程度になり飲料水は全て売り切れ、お米が残り僅かになっていますが生鮮食料品は大丈夫です、パン屋さんは殆ど開店休業状態というところです。皆さん今週末の満潮に備え外出をひかえている様子です。今月末まで私の居住地域、会社周辺に洪水の及ばない事を祈るばかりです。
来月は無事だった旨のお便りができれば幸いです。

<10月28日>追伸
ご心配頂き有難う御座います。
今日、明日が大潮に当たりバンコク全域に洪水が広がるかどうかの勝負日です。今朝通勤途上では高架高速道路に車が避難して来ました。スーパーも段々空っぽになってきました。洪水の写真は、工場がご覧のように2mほど水没しています。水が引くのは11月末とも言われています。

【了】

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹


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2011年10月25日


2011年10月25日 06:00 JST
JOE-Sing-1

"SATORI-Joe Yamanaka"(撮影:池野 徹/2006.-Blues Allay)
【PJニュース 2011年10月25日】写真とは一枚の静止した映像である。現在、一番溢れている映像は、東日本大震災の被災地の姿であろう。その映像が眼に触れる度合いが多いのは、理由があるからだろう。あまりにも惨い現状を写真が捉えているからだ。真実の確認にはなるが、それを長くは凝視してはいられないだろう。後世の記録写真にはなるだろうが、見る人の元気をジャンプアップさせてくれるわけはないだろう。

それと映像の形態は、デジタル化の効果で、動画が優先して撮れることだ。10月20日、リビアのカダフィーが捉えられた瞬間を、アマチュア的な動画が世界へ配信されそのドキュメンタリーを見ることができた。そこには、血まみれのカダフィーの顔のブロウアップがフリーズされて一枚の映像として確認できた。つまり、プロの報道カメラマンが撮った劇的な渾身の一枚のショットではないのだ。しかしデジタル時代には、それがいとも簡単に劇的なショットとしての一枚の映像となる。

巷には、携帯端末の映像から、デジカメ映像は溢れている。誰でも撮れる日常的なカメラマンが掃いて捨てるほどの時代になっているのだ。画素数の高い、ブレのない映像マシンが提供され、瞬時にアマチュアでも映像を世界配信できるのだ。フィルムカメラからデジタルカメラになる時に、予測された事が現実になっているのに過ぎないのだが。

第14回「すずめの会写真展」が六本木の富士フイルムフォトサロン東京で、2011年10月14日から20日まで行われた。この写真展は、写真家、大竹省二が秋山庄太郎等と始めた会で、自己主張の強い写真家をジャンルや会派を超えて、「竹に集まるすずめ」のごとく賑やかにやろうと言う事で始まったユニークな写真展なのだ。今年で14回目で20年目になった。

秋山庄太郎、中村正也、池谷朗、一色一成、稲越功一、長友健二、藤井秀樹らの写真家が他界して、年齢も高くなったが、その道のスペシャリストの写真家が追求してる映像が一同で見られること、また、写真家の交流にもなるし、個人作品展とは趣を変え、一人一点で勝負するプロの集団展である。

流行の先端をいってるとか、若さギンギンとかは決して言えないだろうが、一点一点見る事でその写真と写真家が浮かび上がるはずである。初めて見た人は、写真とはこんなものだとそのクオーリティを云うものや、いや、ジミでつまらない写真が多いとか、フィルム写真のプリントを見分ける人とか、感想はいろいろだが、この時代、アマとプロの違いは、はっきりしている映像だろう。

初日の当夜祭で挨拶した、日本写真家協会会長の田沼武能に続いて、山岳写真を撮り続けている写真家の白簱史朗は、自分は、デジタル写真は撮らない、フィルム写真の今後の行方について、協賛社でもある富士写真フイルムへフィルムプロダクトの継続を強く望んでいたのが印象的であった。会場の富士フォトサロンは、六本木の一等地であるが、写真家のためのギャラリーも、一つしか無くなり狭くなってしまったのは、先行き、デジタルという魔物にKODAKも然り、優秀なる写真技術を有して来たインフラである企業が、衰退していくのは、映像写真作家としては哀しい事である。

しかし、会期中8000人近いギャラリーが訪れたと聞いた。中身はともかく、見てもらえる事は良い事だ。新旧の知人友人たちが訪れた事に感謝したい。私は、ジョー山中のレクイエム写真"SATORI"を展示した。【了】

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

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2011年10月21日


2011年10月21日 05:26 JST
Apple

"Apple Computer Logo Rainbow"
【PJニュース 2011年10月21日】東京オリンピックの女子体操のチャンピオンでベラ・チャフラフスカが来日していた。彼女は、「現在の体操は、技術テクニック一辺倒になってきて、体操の美しさが無くなってきている」と言った。前回ロンジン・エレガンス賞をとった日本の田中理恵選手への期待を込めていた。今回天才、内村航平が続いてゲットした。また、フィギュアスケートの世界でも、回転テクニックに走り、スケーティングの優美さが従になってきている。北京オリンピックのチャンピオン荒川静香を最後に。

つまりメカニックなるもの、テクニカルなものを成果に目指す事で、本来持っているスポーツなら、そのテクニカルを超えた美的なるもの、ソフト的なるエンターテインメントの部分、人々が感激できるオーラの部分を阻害し始めて忘れていくそんな現象はスポーツに限った事ではない。

今でこそ最先端の道具であるデジタル世界のパソコンを世に送り出したアップルのスティーブ・ジョブズが58歳の若さで他界した。人々はいまさらながら、その死を悼んだが、スティーブ・ジョブスの何を人々は惜しんだのだろうか。

ジョブズの凄いのは、ビジネスマシンというより、クリエイティブマシンを世に送り出した事なのである。1976年、友人等とアップル・コンピュータを創業、1977年Apple?のPCを出しヒットする。そして、1984年Apple Macintoshを世に送り出す。マルチメディア対応のDTPに対応。PCは計算機マシンでない事を示す。1981年IBMがPCを発売。世界的知名度はAppleを圧倒し始める。

AppleのPCは、Appleマーク(レインボー)のシンプルさに、PCに目玉のアイコンが付いていたりして使用者とシンクロする遊びがあったり、デスクトップにはシンプルなアイコンが並び、ネズミからくる操作性抜群のマウスがついていた。PCのデザインは、リブでオフホワイトの洗練されたシェイプに統一されていた。パソコンをカッコヨイ生活の小道具にまでしていた。私は、1992年独立に際して当時AppleのMacintosh?FXを160万円で購入して、使えもしないのに眺めて悦に入っていたのを覚えている。

その後、1990年、MicrosoftのWindowsがビジネスマシンの主流となり、HP,IBM,日本のNECをはじめ世界の大手メーカーがWindows PCとなったのである。AppleのMacのシェアは5%以下だった。しかし、Appleの持つフラグシップとしてのPCは、神話とも云える潜在的なファンがいたのである。それは、Appleの持つクリエイティビティBeauty & Cool 美しさとカッコ良さだった。スティーブ・ジョブズが厳しいプロダクトコントロールを今更云われているがBeauty & Coolをどれだけ追求していたか、その結果が解られ始めたのは、ジョブズが1996年にAppleに復帰、1998年、iMacを世に出す。レインボウカラーの女性ターゲットのユニークなデザインで、世界のCFにThe Rolling Stonesの"She's A Rainbow" を使った。

2001年、iPod発売。ネット経由の音楽配信と、音楽界に旋風を起こした。かつての1979年の日本のSONYのウオークマンを完全に消し去ったのである。2007年、iPhoneを発売。携帯端末の世界を変える。現在ジョブズの死の直後のiPhone4S発売でピークを迎えてる。2010年、iPadを発売。ヴィジュアルメディアに衝撃を与える。PCでは、世界最軽量、最薄型のMac Book Proを初め存在するが、世界の一般民衆には、2000年代に入ってから、iPod以来、Appleは認められたと言うか、理解されたと言って良い。

ジョブズがPCの世界で、Microsoftのビジネスマシンに奪われていたものを、2000年代以降ジョブズは己の身体を賭けて突き進んだ、そのスピード振りは、はっきりいって異常だったとも云える。しかし、ジョブズの秘めたるクリエイティビティのBeauty & Coolは、見事花開いたと言って良いだろう。あの遊び心のあるマシン。隙のない美しさのマシン。時代を先読みしたマシン。ライフスタイルを動かしたマシン。

かつての創業者がそうであった様に、その人物が消え去った事は、その終焉を物語っている。スティーブ・ジョブズの死は、Appleの終焉を意味する事になるのだろうか。そうだろうと思う。そして、時がくれば希有の天才がまた現れてくるのだ。

スティーブ・ジョブズの洒落たプレゼンテーションは見納めだ。
Appleは、齧られて、食べられてしまった。

From /PowerBook Titanium-G4

パブリック・ジャーナリスト 池野 徹

【了】

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