2018年11月19日

MeikoxxxxxxXX

パーティの席で誘われたら貴女はどうしますか。
丁寧にお断りしますか。ニッコリ笑って手をさしのべますか。貴女の人生の瞬間に必ずやってくる事です。瞬時に相手の顔、背の高さ、着ているスーツのセンスとかその人となりを判断してYes or Noを伝えなくてはならない。もしかすると人生の出会いになるかもしれません。そんな事全然気にせずに平然とお相手するかもしれません。そこには小さなスリルが存在します。話しは古くなるが1965年頃はホームパーティが、そう、クリスマス時には盛んでした。私もある洋館の一室を借りてパーティを開いたものです。その時、北原明子さんも参加されていた。明子さんにお願いしてバンドを連れて来てもらった事もあります。音楽はプレスリーとかロックンロールとかツイストなどが聞こえていた記憶があります。音楽はファッションとのコンビネーションに欠かせないものです。
パーティに行くには着ていくパーティドレスが気になります。それは貴女自身を証明するようなパワーがあります。その頃はジルバにフィットしたパラシュートペチコートとかマンボとかの中南米テイストのスラックスとか、いざダンスの会場に登場した時にフォーマルなドレスで決めても自由な訳です。さて現在はどうでしょうか。ダンスパーティの噂とはあまり聞きません。ディスコとかゴウコンとかあるようですがコスチュームがメインに登場してくるのは聞こえてこない。
99-Illust
でもプレイの場である以上オシャレして行くのは当然と思います。普段の生活とは一新してオシャレして行くのは良いと思います。そんなオシャレマインドが刺激されるのは楽しいものですよ。北原明子さんに出会ってからはコスチュームの楽しさ、もちろんセンスの良さを意識するようになったのは言うまでもありません。貴女なりのお出かけのTPOに意識を向けられてはと思います。

北原明子/MineMay
2018秋冬コレクション/セミファイナルセール
Dec.1(sat)1:00-6:00pm
Dec.2(sun)12:00-5:00pm
京王プラザホテル(新宿)南館34F-room3462
Telephone/03-3344-0111


Public Journalist/池野 徹


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2018年07月14日

Baba

この馬場マコトの書いたドキュメンタリーにある種の衝撃を受けている。それはあの時代の日本国というクライアントがこのように広告制作者というかクリエイターを意のままにして日本国の負のイメージを制作していたかそれも忠実に確かに仕事をしていたことに。馬場は言う、人間は生きるために戦争に協力する。与えられた仕事をこなして生活して行く。それが普通の人間だと。悪くもない。まさに日本のための広告制作者としてその生きてる時代を精一杯生きて行くそれが普通の人間だろう。取り上げている山名文夫、花森安治、新井静一郎等は戦後も日本の広告界の第一人者として日本をリードした。しかしかの戦時中のプロパガンダに関するきわどい思想にも触れていただろうし、そこからアンティテーゼを示し国家へのレジスタンスをしめした広告者はいなかったのだろうか。時は違うが「ああ弟よ君をなく」と唱った与謝野晶子が浮かぶが、クライアント日本国へのプレゼンで原稿を破り捨てたという制作者はいなかったのだろうか。それも驚きの一つである。
馬場マコトはこの10著作目にあたる「広告と戦争」について彼の過去に取り上げたドキュメンタリーはそのマーケティング調査の緻密さと実在した登場人物を通しての語り部としてはまさに秀逸だろうと思う。日本の書庫に長く歴史的資料として残るに違いない。

馬場もクリエイターだが私もクリエイターの端くれだ。馬場マコトとはマッキャン・エリクソン博報堂でジミ・ヘンドリックスがお互い好きだということがヒョンなことでわかりコピーライターであることも知り、私が新局結成を社長に頼まれた時に馬場マコトをスタッフにすることを条件に引き受けたのだ。そしてある種広告の醍醐味を共に経験したのだ。それがお互い後のパワーになった。馬場はその後東急エイジェンシーの制作局長になりその後独立。著作を始めた。「ビッグアップルラン」で第6回潮賞ノンフィクション部門優秀作。「グッドバイ・ルビーチューズデイ」で第50回小説現代新人賞受賞を得た。馬場マコトは自身数年ガンと戦いながらここまできている。馬場の健闘を祈りたいが、今後は馬場マコト自身もっとフリーになるオリジナル著作を心から期待したい。君はオレの数少ない貴重な人間の一人だ。

パブリックジャーナリスト/池野 徹

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2018年06月06日

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(Photo by Tohru IKENO)

1880年ピエール・オーギュスト・ルノアールの油彩で「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」(可愛いイレーヌ)がある。何て可愛いんだろう、まだ8歳なのにこの知的な感じは素晴らしいと呼ばれた作品です。緑の中にたたずむ横顔の少女の白い皮膚感がルノアールのタッチで表現されているのです。このモデルの主人公は富豪の娘として数奇な運命を辿り生きたという実在の人物です。また映画ですがゴダール監督のヌーベルバーグ作品「勝手にしゃがれ」でジーン・セバーグ演じる少女パトリシアの部屋にこの「可愛いイレーヌ」のレプリカが飾ってあったのです。可愛いセバーグ、可愛い女にはテイクケアだったのかもしれない。可愛いというのは何か人に小さな幸せを与えてくれることです。これは時代を超えて男と女が生息する限り変わらないと思えるのです。いま可愛いというフレーズが溢れていてその本来の意味さえ翳んでいると思うのだが。奇麗と可愛いの違いも理解できぬ人が多すぎる。現世における可愛いは真に可愛いのだろうか。この可愛いイレーヌとジーンセバーグにそのイメージが北原明子の若き日に重なりその生い立ちが彼女の環境がダブル幻想におそわれたのです。
Meiko-Illust
そんな可愛いの答えを導いてくれるコスチュームデザイナーが北原明子だ。彼女は可愛いを追求して来たクリエイターだと思う。パリコレだとか大きなファッションショウより愛する人々が生活しているエリアを見つめて来た。貴女が着てみたい服をチャンとした心使いで実現してくれる。その時代にあった流行、色、シェープを提供してくれるのです。それにチョッとした可愛さを添えて。それで貴女はファッションに満足できるのです。貴女自身自分の個性を大切にしたいなら北原明子を訪ねてお話しください。明日からの生活に新しい息吹を吹き込むことができる、大いに幸せをゲットしてください。

日時:6/16(土)1:00-6:00pm
6/17(日)12:00-5:00pm
会場:京王プラザホテル(新宿)南館34F(3467号室)
   TEL:ホテル大代表03-3344-0111


Public News Journalist /Tohru IKENO


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2017年11月08日

(Photo by Tohru IKENO)
Meiko-1x

人は原始時代と違うから裸ではいられない。いやもしかすると第二の原始時代が来る可能性はある。地球の気候状況はバランスが崩れつつある。一度そういう時代が来た方が人は自分の存在を見直せるのかも知れない。チョッとした身の回りのことへの意識が感じられなくなりすぎているとそれが大きくなって津波のごとく自分へのしかかってくることに気がつくべきだと思われる。毎日生きていることへの幸せが小さくても感じ取れる感性でいたい。AI機能に頼りSNSを駆使し肉体的消費を制御し自分自身がロボット化するそれがコンヴィニエントな生活になりつつある。そんな状態におかれて行く時プリミティブな人間性そのものが人の持ってる小さな感性そのものがどんどん喪失されて行ってしまう。その人が意識しようとしまいとそんな人になってしまうことの恐ろしさを少しでも感じられたほうが良いと思うのだが。だから人の現在における生き方が小さくて身近なものに注目してそれをマイペースで貫いて行くことができれば環境は変わっても誇りを持って生きて行けると思うのだが。
オシャレを毎日していますか。毎朝起きた時から就寝する時まで。オシャレを誰のためにしてますか。自分のため。夫婦のため。友達のため。子どものため。仕事仲間のため。時間のため。場所のため。出会いのため。いろいろあるだろうけど、裸ではいられない人のことですから意識はするべきでしょう。
でも本当のこと言って街を歩いていてもオシャレな人に出会えないのが残念です。
それはオシャレの意識が生きて行く上でウエイトが低いからだと思う。原始の人は寝て起きたら周りは皆敵だと心得ていたからその対処方法に気を使ってたのだ。だからほんとにオシャレになるには本気にならないとダメなのです。くそマジメに言うつもりはないが、このオシャレという人間の感性を朝の光に身を曝し呼吸をし、今日一日を出発してください。貴女の美しさがチョッとでも見えたら素晴らしいことだと思いませんか。
Meiko-Fall
北原明子さんはそんな貴女を微に入り細に入りオシャレチェックをしてくれる天才です。それはもちろん持って生まれたファッションセンスの良さもあるけれど、貴女が一度着てみたいという気持ちに優しく寄り添ってくれるからだ。チョッとした気遣い大胆なデザイン、それはオシャレ心をフルにしてくれるでしょう。枯れ葉の舞う色濃い季節に、小さな期待と大きなオシャレをゲットしにいらっしゃいませんか。

日時:11/18(土)1:00-6:00pm
11/19(日)12:00-5:00pm
会場:京王プラザホテル(新宿)南館34F(3467号室)
   TEL:ホテル大代表03-3344-0111


Public News Journalist /Tohru IKENO

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2017年06月06日

Meiko-3
(Photo by Tohru IKENO)
電車に乗っていたら若い女の子が乗って来て座ってる目の前に立った。片手にスマフォ、片手にバッグ、そして目の前の私の足を踏んでるのに気がつかない。
今はSNS時代というか老いも若きもスマートフォン片手に行動している。異常な状態だ。情報は下を向きながら片手にあるのだ。手に入れたいコスチューム情報もスマフォのアプリで検索する。そしてセレクトする。便利さが優先される。日本のアニメーションだのフィギュアだのアイドルだのがそのインフラになって来ている。日本人のせっかちな趨勢にフィットして来ている。そこから脱落して行く余裕のある感性とかはどうなって行くのだろうか。皆と共有できる変な安堵感が頼りになっている。そこには主体性とか自己の意思とかが希薄になってきてることに気がつかないのが当たり前になって来ている。
「オシャレなセンス」が女性にとって大切な要素だが、オフィスや電車や街の人を見ているとそんなセンスが感じられないのは何故だろうか。日本人は外国人には、もてはやされたりするがそのコスチュームに対する身だしなみとか自己表現とか気にしてるのだろうか。オシャレの理由は自分自身のエキサイティング度があるかないかだと思うが。可もなく不可もない程度で終わってるのが現状ではないだろうか。日本人の経済レベルは高く、不潔感がない正常な生活レベルを示しているが、全く個性的ではない。言いたいのは「オシャレなセンス」がないという事だ。
コマーシャル制作をやっていたがスタイリストは概してレベルが低い。モデル女優は普段着も自分で選べない。ましてや一般の人はというと語弊があるが、未だに自分の個性に気がつかないのだ。
Meiko-2017
北原明子のファッションデザイナーとしての人生を見て来てるが、そのキャリアは華美でなく派手でなく、しかし人間の女性の着るコスチュームの特性を良く知っている。なによりチョッとした隠れたセンス、色使い、着やすいデザイン、チョッとした新しさや、生地の素材感が気心地の良さを証明してくれる。
そこには「オシャレなセンス」が存在するのだ。
北原明子の「オシャレなセンス」を貴女のものにしたら
今から生活感、いや人生観も変わるかも。

「マインメイラッキーファインドセール&2017春夏コレクション」
6/17(土)1:00-6:00 6/18(日)12:00-5:00
京王プラザホテル(新宿)南館34F(3467号室)
03-3344-0111

パブリックジャーナリスト/池野 徹




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2017年04月04日

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(Photo by Tohru IKENO)
1926年生まれの90歳。あのダックウオークとともに独特の笑顔が目に浮かぶ。1950年代に「メイベリーン」「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」「ロックンロール・ミュージック」「スウイート・リトル・シックスティーン」「ジョニー・B.グッド」「キャロル」とヒットした。これらはロックンローラーにとってはバイブル曲である。ジョン・レノンやローリング・ストーンズはチャックの曲をカバーしてその人気が世界へと拡散した。その間チャックのヤンチャな歴史が数々あるが1986年ロックの殿堂入りをした。1987年キース・リチャーズがチャックの故郷セントルイスで生誕60周年のコンサートをプロデュース「ヘイル!ヘイル!ロックンロール」の映画も作った。さすがのキースもチャックの気難しさに音を上げたと言っている。その年エリック・クラプトンとキースとギターセッションもしているがチャックの2人に対する気の使いようと盛り上げ具合は見物だった。
1994年Rolling Stones 「Voodoo Rounge US Tour」をニューヨークのジャイアンツスタジアム見た後に、夏のカリブ海のクルーズでバハマに行った。クルーズのナイトショーでチャック・ベリーが出演すると、船で友達になったアメリカ人夫妻に聞き驚いた。まさか同じ船であのロックの伝説のギタリスト、チャック・ベリーのギターリフに出会えるとは、夢中で写真を撮ったのを覚えている。ステージのチャックは、赤と青の花模様のシャツに白いパンタロンをはいていた。後にティナ・ターナーとデュエットしたときと同じだった事が解った。その写真を日本に来たときにチャックに渡した。日本のスタッフは神経質だからとチャックに会わせてくれなかったのを覚えている。いずれにしてもロックンロールという音楽のギターと歌とそのグルーヴィーな表現力は不滅のものだった。感謝するしかないだろう。今年90歳にして「Chuck」のアルバムがリリースされると聞いているが

ミュージック・ペンクラブ会員/池野 徹


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(2013.GetWell Joe !のステージで。Photo by Tohru Ikeno)
日系二世のジャズシンガーのティーブ・釜萢を父に持ち、米国の音楽的フィーリングというか、音楽的センスは自然とムッシュには備わっていた。 それはムッシュを良く知るミュージッシャンたちはリスペクトを送っていた。従妹にはには森山良子がいたし、ザ・スパイダース時代の堺正章,井上順, 大野克夫, 井上孝之をはじめウオッカコリンズ時代のアラン・メリルとニューヨークへ。ミュージッシャン松任谷由実,吉田拓郎とは「我が良き友よ」の大ヒット。ファッションリーダーとしてレーサー福澤幸雄, 式場壮吉。あげればきりがないがムッシュはすべてのミュージッシャンに慕われていたという気質を持っていた。
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(Rock Fesの楽屋でジョニー大倉,ムッシュとMy Rock Photoの前で)
ムッシュとロックフェスの楽屋で話した事あるが, その優しいトークと柔和な笑顔が忘れられない。今まで接して来たミュージッシャン, ロック系の連中を始めなんて優しいヤツが多いのかに驚く事が多い。ムッシュはその音楽的センスと自分のペースを守った男だった。ムッシュの歌には、何かその時代のペーソスとかシニカルさとかレイジーさとか感じるのだ。「いつまでもいつまでも」「バン・バン・バン」「ノーノーボーイ」「フリフリ」「なんとなくなんとなく」「どうにかなるさ」そして「ゴロワーズを吸ったことあるかい」が、典型だと思う。パリに惚れた時期があり、この労働者のタバコのカッコ良さが字余り風のリリックに乗りシャンソン風のまるで吟遊詩人風な感じがある。ボブ・ディランがベースにあったのかな。ザ・スパイダース時代に「あの時君は若かった」の作詞は、私の妻の雙葉時代の学友、菅原芙美惠にムッシュが作曲したのだった。私はよくムッシュと間違えられた。それはムッシュはクルマ好きでミニ・カントリーマン、私はミニ・モークでロングヘアーにサングラスだっだせいろう。ムッシュと会ったときは実際は似ていないので、二人して大笑いしたものだった。音楽的オーラのあるセンスの良いユニークな日本のミュージッシャン、ムッシュかまやつは、風の中で感じるしかないのだろうか。

ミュージック・ペンクラブ会員/池野 徹


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2016年11月04日

Bob-Dylan
ボブ・ディランが今年のノーベル文学賞に決まったが,日本のマスコミ等評論家たちはその作詞についてレジェンダリーに作家でなく歌手を選んだ事に驚きとそのインフルーエンス性を述べ賞賛している。当時反戦フォーク歌手として登場した事は記憶に新しいがそのリリックスの凄さなど感じていなかった。およそ日本人は外国人歌手の歌う歌詞の意味というより,メロディー作曲に魅力を感じている方が圧倒的に多いだろう。おおよそ英語の意味など理解できないしメロディーに頼り切っていたに違いない。ビートルズだってストーンズだってその歌詞を解るヤツなどほとんどマニアの一握りだ。ストーンズ好きだから作詞集をみたが男と女の卑猥さも含め,たわいもない作詞が多い。時代の背景を,社会の動静を,戦争の醜さを,愛と平和を歌う歌手は少ない。ジョン・レノンやジミ・ヘンドリックスは希有に値するが。
ボブ・ディランが黙して語らずは合点がいく。歌い手はステージで歌うのが本筋だが近頃の歌手達は下手なMCが多すぎて抵抗を感じる。もっと自分の歌を表現し,熱唱して観客に感動を与えるべきだ。
ボブ・ディランがステージで歌うこと,その都度クリエイティブ性を発揮して新しい曲を歌う。フォークのジャンルを超え自分の音楽性を披露していたのは,まさに古い言い方だが時代に生きた吟遊詩人だったのだ。
1978年以来,武道館でコンサートを見て来たがボブ・ディランは来るたびに新しいボブ・ディランを見せていた。そう当時,美空ひばりが見に行ったが"Blowing In The Wind"をボブ・ディランが歌わなかったのは失礼だと言っていたのを思い出した。
スウエーデンのノーベル賞は,しかし粋な事をやったものだ。直後の10月ストーンズも出演したデザート・トリップでボブ・ディランはピアノを弾き語りながら金髪のヘアで淡々と"Like a Rolling Stone"を歌っていた。授賞のコメントは皆無だった。
ボブ・ディランは何を思っているのだろうか。

(Photo by David Bailey)

ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員
池野 徹


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2016年05月27日

Meiko-X

そう、みゆき通りのジュリアン・ソレルから、ミニスカートのツイッギー風の女の子2人が颯爽と現れた。なにか楽しげだ。その歩く姿は自信に満ちている。通り過ぎるショーウインドウに映る自分の姿をチラチラと見ながら、満足そうに行き交う人々の間を抜けて歩いて行く。ファッションをいち早く取り込んでいるが、決まっている。借り物でなく、自分自身にフィットしている。フェイスやボディが良いのは当たり前だろうが、モデルじゃないしノーマルな子でもセンスが生きている、光っていれば誇らしく見えるものだ。その日の街並とのマッチングも素敵なものに見えてくる。

時代は飛んでも人間である以上、ファッションそのものは変わらないが、ウエアリングする意識は変わっている。これだけ情報の多い時代があたりまえになって、その中での自主選択がどんどん希薄になって来ている。ブランドがいい、安ければいいとか、皆が着てるから安心とか、自分に何が似合うか、フィットしてるかそれを判断するセンスが欠如してるのだ。自分の個性が何かさえも意識せず解らないのだ。
Meiko-Illust
北原明子は、創り手の意識と、着手の意識を知っている。若き頃はナルシスト的な魅力があったが、それは自分の世界を大事にしていたからに違いない。今や創作されるウエアにそれが生きているのだ。その色使い、大胆な形、ちょっとしたフリルのあしらい具合、そこにはカワイらしさを秘めたファッションの魅力がふりまかれている。街角から現れた女の子が、うんカッコいいなと思わせたい人には、北原明子のセンスが貴女の味方になってくれるに違いない。

「マインメイラッキーファインドセール
&2016春夏コレクション」
*6/11(土)1:00pm-7:00pm
*6/12(日)12:00pm-5:00pm
京王プラザホテル(新宿)41F
03-3344-0111

パブリック・ジャーナリスト/池野 徹



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2016年03月29日


28thMPCJ-Red-CoverのコピーX
<写真&アート/池野 徹>

音楽そのものが文化の一つのジャンルとして人間生活に深い影響を与えている。
音楽とは、人間の五感を刺激し、人間の生きてる事の瞬間を確認させてくれる不思議な感性の道具でもある。
東北大震災に打ち拉がれた人間たちの精神的悲惨を救済したのは音楽だった。
スポーツのクライマックス感を増幅して歓喜に持っていってくれるのも音楽だ。
人間の喜び哀しみを演出してくれるそれが音楽だ。

音楽に携わる人たちが集まって創られたのが「ミュージック・ペンクラブ・ジャパン」だ。音楽関係の言論執筆活動に関わる評論家、ライター、学者、作曲家、文芸評論家、D.J、プロデューサー、ミュージッシャンも加えたメンバーが「クラシック」「ポピュラー」「オーディオ」の各部門に160名存在する。つまりこの3部門が統一された組織なのである。

その会員が年に一度その年に顕著だった楽曲、アーティストを日本外国を問わず選出し、その投票により「ミュージック・ペンクラブ音楽賞」が決定されるのである。他に日本で世界中で数知れない音楽賞があるが、そのクオーリティはいざ知らず結果としてユニークな音楽賞であるといえるのではないか。

「クラシック部門音楽賞」では、独奏・独唱/室内楽・合唱/オペラ・オーケストラ/現代音楽/研究評論/を対象。「ポピュラー部門音楽賞」では、録音録画作品・日本人外国人/コンサート・パフォーマンス・日本人外国人/ブライテスト・ホープ/企画・著作出版物/を対象。「オーディオ部門音楽賞」では、技術開発/優秀録音/著作出版物を対象。各ジャンルについては、特別賞/功労賞を設定している。

音楽に優劣はないが、出来不出来はある。その出来の良いものに賞プライズをおくるのは、人々が共感し、アーティストの励みになるのは間違いない。

今年で「第28回ミュージック・ペンクラブ音楽賞」を迎えた。
音楽というのは嗜好性の高いものだし、人様々の意見もあるだろうが、音楽情報も時代とともに変わっていくだろうし、一つの見識として現社会の文化の指向性の斬新さを示せたら良いのではないかと思われる。

ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員
池野 徹

第28回ミュージック・ペンクラブ音楽賞
http://www.musicpenclub.com/prize28.html


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