2008年08月27日

急性低音障害型感音難聴

ホームスクール(=HS、ホームエデュケーションとも言います)をはじめて早2年。


何から何までしていると身体も心も疲れるのでしょう。
心と身体が耐えている分を補うかのように
小さな病気や怪我は絶えませんでした。


今回のは<急性低音障害型感音難聴>でした。

私の場合は左耳だけ、低音部分のみ聞こえにくい状態で
そのために強い<耳閉>感が現れていました。
(タイトルを
「ジヘイ君のお母さん、ジヘイに悩まされる」とでもしようかと思いました(^^;))


軽症だったことと、発症して数時間後には受診できたこと、
そしてもうひとつのことが重なって、この病気は私にとっては
またとない贈り物でもありました。



この病気は聞こえなくなる可能性はあるかもしれないけれど
その過程においては、<聞こえにくい>病気。
音の適切な処理ができなくなる病気です。


自閉症の人の話を聞いたり、本を読んだりしていると
音という刺激の処理=認知に何らかのトラブルを抱えている感じを受けます。


もちろん、自閉症の音の情報処理過程と
<急性低音障害型感音難聴>の処理過程は同じではないでしょう。
でも、少しだけわかるような気がした部分があります。

難聴になったことで、身体がどういう反応をするのか、
身をもって体験することができたからなのですが、それはまた次回に。

str_moonlight at 17:45|PermalinkComments(0)

2008年08月26日

反応

更新は久しぶりです。
この間、いろいろなことがありました。

そのひとつはDMSAとALAの使用。
DMSAの単独投与を2クールしました。
その後で併用を試みました。
3on11offです。

併用1クールは問題なくすみました。
2クールは16時間後に発熱し、中止。
その次のクールは12時間後に発熱し、またも中止。

発熱というのはあるらしいのですが
スティーブン・ジョンソン症候群を引き起こす可能性がゼロではないらしく
この分野に詳しいドクターの下でならともかく、
今の状態のままでの継続はリスクのほうが圧倒的に高いと判断してやめました。


DMSA単独での続行もありえましたが、
それまでに集めた資料によれば、この場合にはもっと日常的な方法を使っても
同様のことが進められることもあり、
薬を使用しないで進めていくことにしました。


また、ほかにもうひとつ、
続行に歯止めをかけざるをえないもうひとつの反応がありました。
それがDMSAやALAによるものであるのか、また可逆性の反応であるものか
何としても確認しておきたかったからでもありました。


なにより、これが不可逆性か、薬を続けることで進行していくものかが
気になりました。
もし、そのどちらか一方であったならば、
マロンが多大な不利益をこうむることは明らかだったからでした。

str_moonlight at 14:29|Permalink

2007年08月11日

私見

これはあくまでも私の私見にすぎません。

ASDと診断されている人たちの症状などを見ていると、
何グループかに分けることができるという感触を得ています。
幼児であればそこらへんははっきりしません。
児童になり、生徒になった時点ではもう明確で、
成人の当事者さんになると、
診断名はASDだというのに全然違うという印象すら受けることもあります。

つまり、現在ASDという診断名でひとくくりにされているASDという名の、
まるで<症候群>のようなグループには実際には何種類かのグループがあって、
それらがそれぞれにスペクトラムを成しているような感触を受けています。

ですから、これは私見ですが
・メタルの影響の大きいASD
・腸漏れ(リーキーガット症候群=LGS)の影響の大きいASD
・遺伝形質が主たるASD
・その他の環境要因が脳の発達に不可逆的な影響を与えたことによるASD
・これらの複合的要因によるASD
・偶発的なASD

のようにも考えられるような気がしています。
主たる要因によっては、もしかしたら発現するものや成長発達の進行の違いもあるのではないかと…。

また、
マロンや私のよく知っている成人の当事者さんの一部の方は
非常に直観力に優れています。
捕らえたその本質は見事というほかないような感じです。
それを言語で表すには非常な労力と努力と苦しみがあり、
多くの場合、言語を用いて相手に伝えることは非常に困難にみえます。

一方、ブログやHPなど、言語をコミュニケーションの媒体として使い、
言語を分析し、正確に使えば、コミュニケーションが図れると感じているか、
言語に頼る方略を使う(しかないと感じているだろう)方たちの中には、
言葉は伝わっても、その本質は非常に伝わり難いと思える方たちもいます。

まるで右脳的な活動が圧倒的に大きいASDの方と
左脳的な活動が圧倒的に大きいASDの方とがいるように感じられます。

また、言語を操ることのできるASDの方たちの語ることが、メジャーというよりは<これがASDです>のような印象を受け取られていないだろうかと危惧します。
語られているメジャーなASDの風変わり?さから外れていればASDではないのだというような考えを、もしかしたらもたれる方もいらっしゃるかもしれません。

いろいろなタイプのASDの方と交流がある人であれば別ですが、
それなしに一部のタイプの話だけを鵜呑みにするのは危険を伴うと思っています。

また、ASD当事者の内部でも、<あの人は…>という声もあるでしょう。
実際にそうしたサイトも目にします。

じくじたる思いをされている、声なきASDの方たちの声を代弁してくれる人たちが複数現れる時代が来ればよいなと思います。
そうすれば、今、暫定的に<自閉症>とされているものが、実は<症候>名だったことがはっきりするのではないだろうかなどと思います。
当事者同士の反目や定型者の誤解、ものをいえないタイプのASDの方の疎外感。
すべては自閉症がまだ<知られていないもの>だからおきている混乱ではないかと思っています。


自閉症の探求に熱意を燃やしている人もいる中、
発達障害の分野は教育サイドが主になってやるものだということをにおわせる言を聞くこともあります。
私には発達障害をみつめる分野が医療と教育とは違うだけで、
まだまだ、医学の分野はこちらに見るべきものがあるのではないかとも思います。
力点を置くべき部分をダブらせてしまう(そうしなければ当事者と家族が困る)状況が問題であって、退くとか退かないとかのことではないと思っています。

数年前から思い…でも、これぞ、マイノリティ オブ マイノリティ という感じで記事としてあげられなかった。
あくまでも私見です。

str_moonlight at 12:50|Permalink ASDを考える 

2007年07月25日

1冊の本

広汎性発達障害についての知識の多くはネットで済んだし、
そちらのほうが新しい知識、教科書的な部分からはみ出る、いわゆる千差万別といわれるこの障害のいろいろな現れ方を知ることができました。

問題はどうマロンにかかわるのか、でした。
具体的なアプローチを示してくれたのは1冊の本でした。
「自閉症児の発達単元267」
TEACCHで行われるPEP※の機能領域7分野にそれぞれ発達レベル(6歳まで)に合わせた課題があげられ、そのそれぞれにアプローチ方法、目的、目標、必要な物品が載っていました。

例えば
NO.26 模倣 連続動作の模倣

模倣、運動、4〜5歳
粗大運動、身体、2〜3歳
認知行為、順序性、1〜2歳

目標:注意力を向上させ、他人の動作を模倣し、その動作の順序を記憶する。
目的:簡単な連続した動作を正しい順序で模倣する。
教材:なし

この後、手続きと連続動作の例が載っています。

5800円もするこの本ですが、おそらくもっとも使いこんだ本になりましたし、
そのころは思いもよらなかった登園拒否の時間を有意義に過ごす上でも
本当に頼りになった本でした。

この本の序文にはこう書かれてあります。

自閉症児がまだ公立学校から締め出されていた時に、われわれは家庭で両親が子供に行う家庭での教育課題と行動変容の手続きを発展させてきた。(中略)両親がこの個別教育プログラムを実行する能力を身につけると、家庭や地域社会の別の生活場面も、こどもたちとのつきあい方やコントロールの仕方を向上させるのに効果的であることがわかった。


どの課題ができるとか、できないとかいうよりも、親子で同じ課題に一緒に取り組むことやマロンが楽しめるやり方で、マロンの発達に追い風を送る具体的な方略を探すのに、この本は非常に役立ちました。
私はひっぱる(または押し上げる)人、あなたは引きあげられる(押し上げられる)人、ではなく、
私は教える人、あなたは教えられる人、でもない。
見た目はどうであれ<私たちはともに向かう>のあり方が今も堅固であるのは、この本と登園拒否の間のすごし方が大きかったと思っています。

初心を忘れそうになると引っ張り出して読むこの本は私にとっては値段以上の価値がある本です。

※The Psychkeducational Profile=心理教育プロフィール
(個別教育プログラムを作成する際に行われるテストで、自閉症児の精神発達や獲得したスキル、発達途中のスキルなどがあらわされる。)

str_moonlight at 21:21|Permalink 何ができるか 

2007年07月23日

割り算

07'7.20の記事に載せていた割り算の筆算。
こんな感じでやっていました。割り算1割り算2














割り算3割り算4














割り算5割り算6













割り算7













これで引き算バージョンで206-98=  なんていう問題をすると
なぜ10の位が9になるのかが目で見てわかります。
操作を覚えてしまえばそれでいいという考え方も確かにあります。
図解に弱く、数字に強いマロンは操作から入っていくようにしています。
その後で、それを基盤に操作の仕組みを見せるとマロンは理解できたり、面白さを感じたりするようです。

マロンにとってはこちらが面白すぎて、操作だけの筆算からは少々離れてしまっていますが、そういう時期もあってよいかなと思っています。

str_moonlight at 09:42|Permalink HSの裏側 

2007年07月13日

発泡スチロールブロック

道路の縁石を平均台を渡るようには歩けなかったマロンの遊び兼訓練に使ったのが
板と発泡スチロールで作った平均台でした。

最初は床に毛糸を貼って、その上を歩かせていたのですが、
グレードアップを考えて思いついたのがそれでした。
高さも低くて、比較的安全。
軽くて、小型で運搬、収納も楽♪
平均台







発泡スチロールのブロックを点々と置石のようにおいたり、ボールプールに行き着くようにしたり、途中に布団を積み上げたりしてプチサーキットトレーニングをしていました。
ブロック





このほかにはポックリを作って一緒に歩いたり、
ゴムひもを家具と家具とに渡して、それをまたいで歩いたり…。
ポックリ







こういう運動はマロンが喜んでしていたので、ほぼ毎日のことでも苦になりませんでしたが、さすがに運動能力の向上には時間がかかりました。
平均台のように足を前後に動かして何とか渡れるようになったのは年中の後半。
スキップができるようになったのは年長のことでした。

さて、この発泡スチロールはマロングッズの一番の働き手です。
昔は穴に手や足を通してロボットになりきり、積み上げてはその下をくぐったり、
わざと倒してまた積み上げる(並べるのは大好きなASD)…。
今は今で、遊んできる時の間仕切りやボウリング(ピンを並べるのが好き)の後ろの壁として使ったり…。

ひとつ98円で五個買ったのですが、あれからもう6年。
コストパフォーマンスもダントツのグッズです。

str_moonlight at 23:25|Permalink 何ができるか 

2007年07月02日

文と時を教える

言葉を吸収し始めたマロンに見せたのは<短い文>のカードでした。

・のど が かわいた
・おしっこ が したい
・おなか が すいた
・ドア を あけて
・そと に いきたい
・はい
・いいえ
・おわり に します

マロンが何かを要求した時、私がことばにして確認しながらカードを見せるというものでした。
マロンの初期のコミュニケーション手段としても使えるかもと思ったのですが、そうしたツールとしてではなく、結果としてよく使う二語文に慣れる感じでした。


食事のたびに、牛乳パックで作った三角柱のそれぞれの面に
・あさごはん
・ひるごはん
・ばんごはん
と書いておき、今の食事がなにご飯と呼ばれるのかを見えるようにしておきました。


曜日
一週間は各曜日の文字(漢字)と対応しそうな絵を
それぞれ扱いやすいようにダンボールやフェルトとマグネットで作って
毎日、一緒にホワイトボードにくっつけていました。

これとは別に朝にはお日さまのマークを出して<あさ>
夕方、暗くなったらお月さまのマークを出して<よる>
と話す毎日でした。


夕と晩の違いには???と思ったようなマロンでしたが、当時は執拗に区別をつけようとすることもありませんでした。


この時期に意味を添えながら教えることを忘れた春夏秋冬、東西南北は後々、マロンの足を少々引っ張ることになります。(−−;)

もっとも、この時期、マロンは障害児で、
しかもその障害は意味理解に困難を呈するとは全く想像していませんでしたから、
言葉を学び、自分の意志を伝えられたり、世界がそれなりにわかるようになれば、
普通の子と同じようになるのではないかと思っていたのです。

str_moonlight at 14:44|Permalink 何ができるか 

2007年06月30日

ことばを教える

名前と同時進行にしたのは<物の名前を覚える>でした。

いわゆる<ことばの豊かな子に育てる>を標榜する本の多くには
いちいちことばを教え込もうとするのでなく、日常生活の中で、子どもの興味や反応を見つつ、オノマトポエや幼児語もどんどん使って、場面を楽しみながら語りかけるというのがセオリーのように書いてあります。

それはずっとしてきました。
マロンの姉であるマリンも、マロンが生まれた頃から約一年間、発音癖が取れなかったり、引っ込み思案なところもあって<ことばの教室>にも通っていましたから、そんなことは耳にタコができるほど言われてきました。

それでも、マロンはことばを覚えませんでした。
マロンが文字に反応するのはわかっていました。
そして、普通のカットには反応せず、写真のような挿絵か、それぞれの特徴のよくわかるイラストには反応がよいのもわかっていました。

だから、私は思い切ってことばを教え込むことにしました
そうしてもマロンは大丈夫だと感じていました。
マロンにおそらくフィットするだろうと思われた<ことば絵じてん>を買い込んで、カラーコピーしました。
最初は動物、その次は身の回りの道具、その次は乗り物、次第に場面で使うことばへ…。
一枚一枚を切り、画用紙に貼り付けてカードにしました。
ことばえじてん
ことばえじてん2




一枚一枚のイラストが気に入ったらしく、マッチングということを視力検査カードで覚えたマロンには格好の遊びになりました。
この方法は定型発達の子にとっては<教え込む>でしたが、
マロンにとっては<楽しみ>だったと思っています。

沢山の専門家が書いていることにそむいていることによる不安はありました。
そのうちに音を出すことさえしなくなるのではないか…。

そう思って過ごしたひと月の間に覚えた名詞は0から200になりました。
今にして思えば、マロンの生来の素直さ、おそらくは受容群に近いところにいるだろう従順さに私たちは救われた部分も多くあったでしょう。

それからマロンは本当にスポンジが水を吸収するようにことばを覚えていきました。
とにかく、苦しく楽しく悲しかったその時期を過ぎて…
ことば=光をヘレンに与えたかったサリバン先生の想いのほんの片鱗がわかった気がしました。

str_moonlight at 20:57|Permalink 何ができるか 

2007年06月26日

君のなまえ

肝の冷える<視力検査用カード事件>から意識的に始めたことがありました。

一番最初はマロンが自分の名前を覚えることでした。
<マロン>は<マロンと呼ばれる存在>で<マロンという音が聞こえたら、それは自分のことなんだ>とわかってもらうことでした。

毎日見ていたNHK教育の「お母さんといっしょ」
マロンは歌が好きでした。
そこで入っていた「きみのなまえ」

入った日はもちろん、テレビで入らなかった日も歌いました。
「…おおきな声で●●く〜ん!(は〜い)小さな声で●●く〜ん!(は〜い)
両手を挙げて●●く〜ん!(は〜い)ランラ、ランラ、ランラ、ランラ、ラ〜ン♪」

私がマロンの正面に座って<マロンく〜ん>と歌いかける。
まだ自分がマロンとわからないマロンの後ろにまわりこみ、マロンの腕を持ち上げてマロンの代わりに私が<は〜い>と返事をする。

私自身の移動がすばやくないと<マロン>という音と自分が動作することがリンクしないのではないかと思い、毎回、必死で動いていました。(…でも痩せなかった)

もうひとつは私が<ママ>という音で表される者だとわかって欲しかった。
そこで歌ったのが「こんにちは、赤ちゃん」改め<こんにちは、マロン君>
最初の<こんにちは、マロン君>と最後の<私がママよ>が両方手に入る歌でした。

ほかの曲に混ぜて、しつこくこの2曲を歌い続けて数ヶ月。
私のこのしつこさに負けなかったのは、マロンなりに歌が気に入ってくれて、
自閉症的な<こだわり>のような強烈な好き好き状態になったのかとも思います。
その一方で今も見られるような従順で自分の気持ちも語れない、受容群っぽいところが、この場合はよいほうに作用したのかとも思います。

それは定かではありませんが、マロンという音、ママという音をかなり不明瞭ながら発音??するようになりました。
でも、それは<呼びかけ>と違って、意図的なものなしに音を出してみて、彼なりに練習?しているかのように感じられました。

そのうちに
「マロン」
と呼びかけるとなんとなく振り向くようになり(それっぽい感じがした時はホメまくって撫でまくりました。マロンには接近・回避的な行動がありませんでしたから。)、そしてある日、「お母さんといっしょ」の弘道お兄さんが体操しているときに<ママ!>と私を見て呼びかけてきました。

今はうるさいくらい<おかあさん>の連呼ですが、あの日に記憶が戻るとき
<お母さん>と呼ばれるありがたさや嬉しさを思い出します。

str_moonlight at 11:21|Permalink 何ができるか 

2007年06月15日

外遊び

心の中で冷や汗をかき始めたころから、発達を押し上げると考えられるようなちまちましたことはしていました。

自閉症では真似が非常に苦手だといいます。
最近ではミラーニューロン障害説も出ましたが、現在のスタディでは否定的なものも出ていると聞いています。

マロンは真似することがゼロではありませんでした。
公園に行った時は砂場の縁を歩いてみせるとマロンもくっついて歩いてきます。
でも、すぐ砂場に落っこちるマロン。
それがおかしくて笑い転げるマロン。
マロンはいつもカニ歩き。
平均台を歩くように右足の前に左足をそして、左足の前に右足を踏み出すことができませんでした。
階段は支えないと下りられませんでした。

私が鉄棒を握ってぶら下がってみせると鉄棒をくぐって終わるマロン。
ぶら下がることに<全く興味がない>かのようでした。

シャボン玉が大好きなマロンですが、吹くのはいつも私…。
マロンは吹くを意識的にはできなかったからです。
でも、シャボン玉を好きでいてくれたら、必ず作り方に興味を持ってくれるだろう。
そしたら、きっと<吹く>ことをしてみせてくれるだろう。
だから、天気のよい昼下がりはマロンとシャボン玉をしてました。

追いかけっこは好きでした。
ずっとずっとマロンは追いかけるほう。
追いかけるのや走るのが好きならきっとサッカーも好きに違いないと、ある日ボールを持って公園にいきました。
当時、韓国と開催することになったFIFAワールドカップなどの影響で、全国的にサッカーは大流行。
そんなことで毎日、毎日飽きもせずにボールを蹴りあう私たちを、周囲のお母さんたちはサッカーの英才教育でもしているのだろうと思っていたそうです。

ブランコも好きでした。
ずっと、ずっと乗っているマロン。
きっとこの揺れる感覚が満タンになれば、発達がグレードアップする。
そんな気持ちでブランコを押していました。
握力がとても弱く、ようやくブランコに座っているようなマロンを、いつ落ちてもいいようにフォローしながらの揺らしでした。

車粉遊びが好きなマロンの健康を考えて、マロンパパが砂場を買ってくれました。
でも、マロンは見向きもしませんでした。
車粉が好きだったようでした。
これも感覚が十分に満たされればやむだろうと考えていました。
そのころはスパイクタイヤが禁止になる数年前でした。
市民のスタッドレスタイヤの装着の徹底振りとともに車粉は少なくなり
丁度発達もそうした時期だったのか、車粉遊びは4歳のころには消えることになります。

str_moonlight at 17:30|Permalink 何ができるか 


current moon
マコロンです
小3だったマロンと
ホームエデュケーション中。
(今は小5になりました。)


楽しくて、たまに苦しいけれど
豊かな時間を感じます。

数年後のもっと大きな実りを
心に描いてすごしています。