2011年03月18日

自覚、尊厳、やるべきことは何か?

《また、長いと思います。すみません》


助かっていても、命は大丈夫でも、まだまだ以前の生活に戻るのは、いつになるかわからない。
戻ってくるってのは「ただ生き残っている」ということではない。

だから、俺らは、戻ってくる人を迎える役目を担わなけれならない。
自覚しなければならない。

全ての人を迎えるなんて大それたことじゃなくてイイ。
大きくアピールするのも大事なのかもしれないが、
自分らの目の前に戻ってくる人を迎えなければならない。迎える準備もしなければならない。

ただ救うのではない、ただ援助するのでもない、
こっちの無事だった世界・社会・生活に戻ってきてもらうのを助けるのだ。

友人に、知り合いに、「大丈夫だったか?」だけでもイイ。
遠く離れた人に「落ち着いたら飯でも食おう」でもイイ。
「待ってるよ」と、それだけでもイイ。

「助け舟を送り出す」ももちろんなんだが、
「心が戻れる場所」「戻りたい場所」を作るのも、
それが無事だった人間に与えられた、一番の仕事なのだと思う。
 
みんなが戻ってきた時に「国が、民衆が、グチャグチャ」じゃ困るから…、仕事も経済も生活も治安も、きちんとしておきたい。それも一つ。
「あの人に会いたいな」⇒「元気か?」も一つ。
「あれが食いたいな」⇒「じゃ美味い所あるから行こうぜ」も一つ。
「落ち着いたらあれをしよう」⇒「じゃ、やろうぜ」も一つ。
「静かに何も考えずに眠れる」⇒「ゆっくり寝てくれ」も一つ。

特別なことをしようと思っても出来ないとしても、
だけど、せめて、普通の場所でも迎え入れられるようにして待つ。
頑張りすぎて疲れて動けなくならない程度に、頑張って普通に暮らし、待ち構える。
飛びこまれても倒れないように構える。
倒れてしまっては意味が無い。
どんなに強く飛び込まれても受け止められるくらい、しっかり踏ん張る。
戻ってくる。飛び込んでくる。と信じる。

どんな偉そうな大義名分よりも、もっともらしい善人的な言葉よりも、そういう気持ちこそを忘れたくない。
その人達のことは忘れないでいたい。
無事だった世界にいるからこそ、「戻りたい場所」でありたいという尊厳と自覚を持つ。

役所もスーパーもガソリンスタンドも行かなければ生活できない。
でも、釣り具屋もレコード屋も楽器屋も映画館も行きたくなくなったら行かない。
見たくもないテレビや本やスポーツなんて見ないし、聞きたくもないCDは聞かない。
会いたくない奴には会わない。
そんなことが少しでも増えないように努める。

それこそが無事だった者の、戻ってくる人に対する尊厳であり誠意ではないのか?


我々が、自分に出来ることをする。それは良い事。むしろ、どんなにイキリ立って頑張ったって、それしか出来ない。
でも、どいつもこいつも、自分目線がたくさん溢れてる(バス釣りどうのという話じゃないから、勘違いするな。芸能人もスポーツ界も政治家も…)。
こういう言い方は良くないが、今回の主役になりたいか?

こんなメッセージが来た
「家がつぶれました。避難所から帰れません。でも被災地の人だって、こんな事なかったら、本当は一緒に楽しむ方でいたかったし、楽しくしていたいってこと忘れないでほしい[from宮城のコージ]」

これはバス釣りやそんな次元の話じゃない。

天災。誰にも悔しさをぶつけられない。
彼らだって、こんな事が無かったら、本当は楽しい側にいたかった。
被害に遭ったからって無欲な出家僧や無趣味なただ食って寝るだけの人間になるわけではない。
住みたい家に住んで、欲しい車に乗って、大画面テレビ置いて、「家にいる時くらいは」と、少しぐらいはわがままやって暮らしたい。
そのために、苦労して働くし、でも出来ることなら自分の思うように条件に見合った仕事もしたい。
仕事で疲れたら、趣味や遊びで息抜きもしたい。
釣りにも行きたければ、映画も見たいし、デートもしたいし、酒も飲みたい。
地震・津波が無ければそうだったはず。
そして、今、現実にはそれどころじゃなくても、本当はそれを求めているのだ。

そんな現実も見据えていなければ、本当に優しさなのか、周りに対するアピールなのか。
「心中お察しします」なんて書いても、何も心中察してねぇよ。である。

被災地でも、電話とメールはダメでもネットは繋がる場所も多い。
車などで電源を取れれば、無事な人はネットを見れる。そんな状況もある。
だから、釣りが好きなら気になるメーカーやアングラーのブログも見る。ミュージシャンや芸能人のブログも見る。

それだけが、唯一の、今までの生活との接点という人もいる。無事な社会との接点。
 
そんな中で、
「我々はこれだけ集めた」「これだけやった」「これだけ払った」「こうやって考えてます」で、被災者へのメッセージがほとんど無い。では、寂しすぎる。
不特定多数を相手にする以上、無事だった人への呼びかけも自分の感想も大事だ。
でも、無事な人達と「元気を与えることが出来た」「元気をもらった」「僕達は団結した」なんてやり取りしてるだけじゃ、所詮、外の世界の出来事。疎外感しか感じない。そう思う人もいる。
そんなんじゃセツネーよ。
「自分も元気になりたい 」なんだよ。

辛いから、バラバラになりそうだから、信じる物が欲しい。
現実にはそれは空想の人間像なんだとしても、だけど「●●さんはわかってくれてるはず」って思いたいのに、思えない。
ただでさえ辛い上に、それはキツい。
 
苦しいけど歌を歌ったら元気が出た。
生活が立て直せたら、またバス釣りをやろう。
いつか、また、あそこへ家族で旅行に行こう。

それも一つの元気の基になる。

金を渡され、ただ生活を助けられても、ありがたいが、
(悪い言い方になるが)それはただ「恵んでる」⇔「ご厄介になってる」の関係でしかない。
元の楽しいはずの生活には戻れていない。

考えてみて欲しい。

何も無ければ、本当はこんな生活じゃなかった。

芸能人、ミュージシャン…。
チャリティーイベントやチャリティーライブもイイけど、支援にもなるけど…。
でも、チャリティーライブを見たい人だっている。チャリティー用Tシャツを欲しい人もいる。
その集まった金で現地に行って、歌ってやってくれ。笑わせてやってくれ。一声だけでもかけてくれ。
あんたら程の人なら、きっと心も震える。
少しでも、辛い気持ち忘れさせてくれ。
(そんな人が見てるとも思わないけど、やるんなら言ってくれ。警備員でも設営でも運転手でもしに行くよ)

「自分がしてあげること」ではなく「自分だったらこうされるとありがたい」という考え方。
「救う」側の目だけでなく「救われる」という考え方。
少しは相手の気持ちで考えたい。
腹を割れば、腹の中では、それが出来ない人が非常に多いのも知ってる。だったら、そこは見せるな。
だったら、せめてデリカシーは忘れるな。
人のためというツラして自分のソロバン弾けばどこかが歪む。逆に、自己満足を装って人のために動くのもどこかで壁に当たる。

濁らずに真正面から受け止めろ。

昔、阪神大震災の時、当時の御時世、被災地に潜り込み、救援物資の服の中からレア物のリーバイス501を必死になって探したなんてヤツが何人もいた。
被災者は着るものが無ければ、そんなことに構っていられない、それも真実だ。
でも、被災者をそのレベルの人間として見てはいけない。
いくらレアで高額な501でも、モンクレーやノースフェイスのジャケットだって「やるよ」と投げつけられたら、素直に喜べない人もいくらでもいる。
極論、金を投げつけられ「やるよ」と言われても…。
悔しいけど暮らしのために受け取る、我慢して受け取る、「ふざけるな!!」そうなる人もいる。
けど、切羽詰まっていても、そこまでプライドは落ちていない。
これは尊厳の問題だ。
被災地の人たちにも尊厳はある。

ただ復旧するんじゃなく、ただ立て直すんじゃなく、ただ無事なだけでもない。
出来るだけ望む生活に近付いていく。帰りたい暮らしに向かって進んでいく。
それが、生きている人たちの、これからの道なのだ。

そんな時、戻ってきたくなる世界で迎えたい。
戻りたいと思って欲しい。
じゃないと、これからの人生があっても、ただ生きているだけじゃ、寂し過ぎる。
 
そして、忘れてはいけない。
自分たちがキツいからこそ、そうじゃない人たちには同じ辛さを味わって欲しくない。そうじゃない人は、楽しめるんなら楽しんでくれ。被災地の人にもそういった考えの人も少なくない。
それは被災者からの我々に対する心遣いであり、それもまた被災者の尊厳なのだ。

お互いの尊厳を忘れないよう、大丈夫な世界に戻るために、考え、動く。
そういった気持ちを持った上で、目の前の現実を処理していきたい。

少なくとも、無事だった社会は、少しは多くのゆとりを持って考えることができるんだから。

自分は、馬鹿だけど、馬鹿だから、そう考えてしまいます。


P.S.
こういうことを書いて誤解しないで欲しいが、被災者以外にも辛い思いをしている人は世の中にはたくさんいる。
過去の災害からまだ立ち直れていない人も、大事な人を亡くした人も、卑劣な事件の被害者も、不慮の事故の被害者も…。
これは、そういった人達にもつながることだというのも忘れてはいけない。

そして、それら全てにおいて、その間に挟まれて寂しい思いをしている子供たちもいるかも知れない。
それも忘れてはいけない。
子供達が辛い気持ちにならないように、辛い目に合わないように。
これも先に生まれた者としての義務だということも忘れないようにしたい。
何十年も先の幸せを、少しでも多く残したい。

卒業おめでとう。卒園おめでとう。そんな一声もかけてあげたい。

また、グダグダ長くて申し訳ありませんでした。



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