2008年04月14日

手描き図面のこと

近代の建築家の美しいドローイングに限らず、僕たちのちょっと先輩の世代までは建築図面のほとんどは手描きだった。事務所でも20年ぐらい前の図面を引っ張り出してくると、その全ては手描きで、全体の図面から細かいディテールまでが丁寧に鉛筆で描かれている。もちろん図面の上手な人もいれば、それほどでもない人もいて、ひとつの物件でも作図した人によって全く表情の異なるものとなっているけれど、共通して言えるのは、その全ての図面たちが何か語りかけてくるような雰囲気を持っている。

僕が小学生のころ(だから20年ちょっと前ぐらいの話だけれど)母親は既にすでにCADを取り入れていて、製図坂もかろうじて残してはいたものの、図面のほとんどはCADで作図していた。僕もそのころからパソコンをさわりはじめていて、母親にブラインドタッチを教わったり、ロータスを教わったりしていた。それは数年後、母親の仕事を手伝わされることにつながっていったんだけれど、おかげで僕は大学のCAD演習だけはA+という最高の点数をもらうことができた。そして就職するころにはCADがもうすでに一般的で、例えば無料のJW-CADや、まだ出始めぐらいだったと思うけれどMacのMINI-CADなんかをみんな使っていたように思う。僕も初めて就職した事務所はJW-CADだった。それから今の事務所に変わってからもずっとCADで(今はMacのVECTORWORKS)図面を描き続けていて、それは企画設計や基本設計・実施設計を問わずに、あたりまえのように事務所で描かれる図面全てに適用されていた。

少し前に終わった保育園の仕事も出だしはそうだったように、いま設計している増築の仕事もちょっと手描き図面でプレゼンしている。既存の図面をコピーして、その横へ(増築部分へ)手描きで増築計画のプランを描く。断面計画も既存の図面の横へ、簡単ながらもディテールの要点を押さえた断面詳細図を描く。建物が単純なこともあるのだけれど、それほど詳細な平面図を描かなくても、手描き図面は何か自分が伝えたいことを相手にストレートに伝えてくれる。まだまだ検討しないといけないところがあるにも関わらず、さらっと描いた図面であってもなんとなく「できてる」感じに見える。「できてる」感じに見えることは案外重要で、CADのように全てが決定していないと、図面にもならないのとは大きく異なる。それは僕たちの作業的にもスケジュール的にも大きく影響を与えるものとなる。

今日は大勢が集まる打合せがあって、もっとも僕はそんなに人が集まるとは知らなかったのだけれど、とにかく大勢の人が初めて見た図面であっても一定以上の理解をすることができる、という手描き図面の説得力に、自分でつくったにも関わらずちょっと驚いた。CAD時代だから手描き図面が珍しい、という部分が大きいのかもしれないけれど、何となく僕はちょっと違う印象を持っている。自分の手で描いた図面は、自分が最も伝えたい情報のみを自分の手で選択しているからこそ、ストレートに相手に伝わるのだと思う。多すぎない情報が、却って理解力を深め、そして想像力を掻き立てるのかもしれない、とも思っている。


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sttts
posted at 23:59

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