2009年03月08日

五十嵐淳氏講演会のこと

北海道という気候的にも場所的にも特殊な場所で建築をつくりながら、世界に向けて発信している建築家、五十嵐淳氏。今回の講演会のテーマは「ローカルな必然性より生れる新しい普遍性について」。このテーマは東京をはじめとする建築の中心地以外の場所で建築をつくる人全てに共通のものとなりえる。特に僕のように地方で設計する人間にとっては、重要なものだと感じていた。

氏の建築のキャリアである10年前から時系列的に作品を振り返る、という進行で講演会はスタートする。北海道という場所の一般的な建築スタイルである「風除室」を手がかりに「直接外部と接することなく中間領域を介して外部と接する」ということを意識した、という。日本建築に一般的にある「縁側」を住宅の諸室の周囲に回廊のように巡らせ、北海道の厳しい外部環境から室内空間を防御する。そして直射日光ではなく、障子の光のような間接光・拡散光を室内に充満させる。外部空間を満喫できる期間が極端に短い北海道だからこその欲求を満足させるための建築のつくりかたを、建築家の恣意性ではなく、環境や状況の求める方法によって模索したようだ。

「環境(状態)の読み解きが建築空間を決定する」ということを、氏はこの講演会で何度言っただろう?僕のメモの中にも何度も出てくる。「状態」とは例えば自然環境のこと、寒い・雨が少ない、とか、ローコストである、とか。建築をつくるときの与条件を、そのことばで表現していたのだけれど、その「状態」を建築家が読み解くことで得られる解法が超必然的で、設計者の欲望や雑念のようなものが消え去ってしまうものを氏は目指している、と言われていた。「超必然性の向こうには設計者が不要であるようなセオリーのようなものが生まれる。僕はそういうものを目指したい」そのことばには、恣意性を全く排除した高い強度の建築を求める氏の強い意志を感じた。紹介されるいくつかの住宅は、時系列的に進化・発展していることがよく分かる。風除室を持つ住宅から、小さい住宅では回廊が厚い壁に進化し、「凍結深度」を利用しながらワンルームの空間に上下方向の変化をつくりだし、北海道の農業施設で一般的に利用されている材料や構造形式を転用した空間を再構築させて、北海道という場所で(のみ)成立する建築をつくりあげていく。

つかっている材料も、一般的な鉄・ガラス・コンクリートのようなものだけでなく、ポリカーボネート・FRP・ポリエステル樹脂など、今まで建築の世界では普及していないものを積極的に利用している。主に壁に利用されているのだけれど、どれも光を透過する材料で「間接光・拡散光」を得るためにも重要な役割を果たしている。耐久性が気になるところだけれど、塗料メーカーと一緒になって対応しているようだ。自らの求める空間のために必要な材料開発にも熱心なようだ。

僕がこの講演会で一番気付かされたことは、まさに「環境(状態)の読み解きが建築空間を決定する」ということ。当たり前のことなのだけれど、ある地域にはその地域独特の気候条件があって、例えば僕の住んでいるところは北海道とは全く逆で、夏はとても暑くて、雨が多くて風が強く、一年の半分以上を外部空間で過ごすことができる環境。では、そういう場所で「環境の読み解き」によってつくられる建築はどのようなものだろうか?そういうことを今まであまり深く考えたことがなかったように思う。正確には少し考えてはみたものの、それが建築表現として成立するレベルまで考えたことがなかった。北海道とは真逆の気候なら、全く違う建築がつくられるはず。そしてそれは、その地域の「超必然性」であって、他ではつくることのできないものであるだろう。それこそが地方で建築をつくる必然性にもなるはずだ。

常に東京をはじめとする中心と同じものを目指すだけではなく、自分の地域を見直すこと。僕も10年建築をやってきて、再び建築の原点に立ち返る必要があるように感じた。五十嵐淳氏の建築の取り組みは、基本的に開かれた手法である。日本全国の地方に対して開かれている。僕は今回の講演会で、とても勇気をもらえた。「まだまだ僕たちには可能性が開かれている」という未来。


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今回の講演会で一番残念だったこと。

それは参加者がとても少なかった、ということ。150名定員で半分も埋まっていなかったように思う。土曜日の午後3時という曜日・日時ともに何も問題ない状態で、しかも若手建築家の代表のひとりである五十嵐淳氏をわざわざ北海道からお招きして、たった150名も集まらないとは、建築士としての意識が低すぎるとしか言いようがない。特に地元の香川の建築士。主催県でこれほど動員できないってどういうことなんだろう?PR不足も否めない。そして香川以外の四国3県の建築士。自身の建築のスキルアップが自分が担当している仕事でできると勘違いしているのか、それとも四国4県の移動すらおっくうでできないのか、それともアンテナが低すぎて情報が何もヒットしなかったのか。とにかくレベルが低すぎる。

いま僕たちを取り巻く環境というのは完全に逆風で、とても厳しいものがある。けれど、だからこそ力いっぱいふんばって自身のレベルアップに取り組む必要があるんじゃないだろうか?



sttts
posted at 23:13

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この記事へのコメント

1. Posted by はちみつ   2009年03月08日 23:38
とても興味深く読ませていただきました。
私にとってもまた、新たな出会いの方になりそうです。

「環境(状態)の読み解きが建築空間を決定する」
「設計者の欲望や雑念のようなものが消え去ってしまうもの。超必然性の向こうには設計者が不要であるようなセオリーのようなものが生まれる。」
この部分をもっと深く知りたいです。
自分の中のもやもやが晴れる予感がするのです!!
まずは、著書を読んでみようと思います。
2. Posted by とも   2009年03月09日 00:06
>はちみつさま

コメントありがとうございます。

内藤廣氏も同様のことを考えているのかもしれません。建築家の恣意性の及ばない部分、環境的な部分や社会システム的な部分から建築を考える、という発想。それをより「地域」というローカルな部分で展開させているのが五十嵐淳氏のように思います。そういう意味では内藤氏よりも、とっつきやすいというか、身近な感じがするのではないでしょうか?

僕も正直今まで五十嵐淳氏の作品や論文をあまり注目していなかったので、これから見かえしていこうと思っています。また感想についても書いてみるつもりですので、またはちみつさんの感想も聞かせて下さいね。

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