2013年03月

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Mikasa's armament at Tsushima (for IJN Mikasa (Tsushima 1905) fans)

To IJN Mikasa (Tsushima 1905) fans
Hello,
Please refer article below.

Mikasa's armament at Tsushima (for IJN Mikasa (Tsushima 1905) fans)


アット・ホーム

 先の記事で取りあげた “THE IMPERIAL JAPANESE NAVY” には、日本の軍艦がイギリスを去る時に催した「アット・ホーム」(略式パーティ)の様子が書かれています。面白いことに、日本軍艦の「アット・ホーム」の内容は日本独特のものだったそうです。

本の中では「笠置」と「敷島」のアット・ホームが描かれています。その中からいくつか抜き出してみました(かなりはしょった訳ですので、関心のある方は原著もお読みください)。

☆ ☆ ☆
… これらの「アット・ホーム」は日本人独特の特徴である。他の国から我が国(英国)の港に来た来訪者たちは決してこのような催しをしない。たいていの外国人はやって来て、公式の招待をして、たぶん我が国の一人か二人がその艦上で饗応を受ける。それでお終いである。一方、日本の艦ではそれは序の口である。
「アット・ホーム」のお開きの時には決まって、紙でできた花が客たちにすべて配られる。しかしこの類のことは日本の港にいる英国艦では決して見られない。
「アット・ホーム」に備えて日本の士官は紙の花を作る作業に部下を全て動員する。…… 全てが並外れて美しくそして本物のような複製品である。一般に売られている造花とは全く違う。この花をたっぷり使って艦の大半を飾り、多くのランタン(提灯?)をほうぼうに吊り、あちこちに「Welcome(ようこそ)」と貼り紙をする。さらに艦の装備品にも手を付ける。「笠置」は日本と英国の軍艦旗をたくさん使い、「敷島」は潜水服を飾りに転用した。

…たいてい演目にスポーツがある。フェンシング、木刀試合、手品、その他もろもろ。演目の間には日本の歌も流れる。だが「敷島」がイギリスを離れる前には、もろもろの締めくくりとして後甲板に舞台のセットが組み上げられ、そこで服装と何もかもが独特な日本の古い演劇が上演され、その間に上甲板全体が紙の花園に作りかえられた。
・・・・
 この「アット・ホーム」のために「笠置」はお祭りで着飾ったように旗で飾られ、とてもおしゃれに見えた。機関室でさえ展示に供された。
 この「アット・ホーム」の主な呼び物は水兵による余興である。とても長い色々な演目がある。その中にはそれぞれの「ターン」で行われるフェンシングがある。この試合は剣士が時折ものすごい叫び声を出すので面白い。

Kasagi2
 【笠置のアット・ホームを描いた絵。中央でフェンシング?の試合が行われています】
 
sign2
【上の絵の右下の拡大。絵を描いたのは著者のジェーン氏です】

 
kasagi-stb-mid-2
 【似たアングルから撮影された笠置(*1)。ジェーン氏が笠置をよく描写していることがわかります】
…… 
 全ての中で一番のものは日本人水兵による歌である。抑揚のほとんどない歌が次第に大きくなり、 剣がさまざまに動いて、何か刺激的なことが起きようとしているのを暗示した。すると英語で「That’s all ; you know!(これでお終い、でしょ!)」と来た。非常に上手くきっぱりとした結末は非常に面白い。
 
 いろいろな種類のダンス、袋跳び競争、卵運び競争、そして我々に馴染みのあるスポーツが他にいくつかあり、実演者が日本人なので面白い。また彼らが真剣に取り組み、本当に楽しんでいるので面白い。
 …… 
 最後に、艦から出る時に、婦人客は紙でできた菊を贈られた。彼女たちはその前に日本人士官にどうやって夏に花を咲かせたのか尋ねていた! この模造品と色使いは完璧だった。作るための材料は少しばかりの紙と……日本の水兵たちである。

☆ ☆ ☆
 ジェーン氏の本からは、日本の「アット・ホーム」での「おもてなしの精神」や日本の水兵の勤勉さと性格の明るさが伝わってきます。

また、ジェーン氏は著書の中で「笠置」や「敷島」の乗員が作った紙の花に感嘆しています。そこで日本の軍艦の「アット・ホーム」の写真を探してみたのですが、当時の写真に写っている花らしきものは小さく、また本物の花なのか造花なのか判断できないので、どれほど見事なものだったのかは判りませんでした。

 イギリスで竣工の頃に三笠艦上で撮影された記念写真(*2)には提灯がたくさん吊られているのが写っています。これが「アット・ホーム」での撮影かどうかはわかりませんが、英国を去るにあたってなにがしかの催しがあったようです。

ちなみに、三笠がシベリア警備時代に催した天長節(天皇誕生日)の余興は下のようなものでした。
mikasa-2

mikasa-1

mikasa-3

mikasa-4

mikasa-5
【大正9年 三笠の天長節祝日余興*3】

kongo
【バローに於ける金剛のアット・ホームの光景。“WELCOME”と書かれた額、花や緑で飾られています*4】

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*1:軍艦笠置練習航海記念(帖)より
*2:THE DOCK MUSEUM の ビッカース・フォト・アーカイブに収録されている写真
  (イギリスの下士官や軍曹と日本の乗員の記念写真
  
*3:軍艦三笠記念写真帖より
*4:軍艦金剛廻航記念帖より
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