三笠の上甲板艦尾には、測深台(そくしんだい:sounding platform)と呼ばれる板状の台がありました。主に距離の測定(測程)と水深の測定(測深)に用いるためです。

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【ポーツマスでの三笠の艦尾。矢印が測深台(*1)】

この測深台は三笠の様々な時期の写真に見られますが、手持ちの資料には、実際に水深を測っている光景はありませんでした。その代わり、測深台の先端から縄ばしごを垂らして、ボートから人が乗り降りする場所に用いている写真がいくつかありました。

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 【三笠の艦尾。黄海海戦前(*2)】

この測深台は現在の記念艦にも復元されています。ただ、現役の頃の姿とは若干異なるようです。
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【現在の記念艦の艦尾】

現在の記念艦では、測深台を" Y " 字状のステイ(?の部分)を用いて斜め下から支えてありますが、現役当時の三笠の写真には、" Y " 字状のステイ、あるいは類似するものが見当たりません。

明治41年の三笠の写真では、スターン・ウォークの手摺から垂直に伸ばした支柱、ならびに(おそらく)旗竿を支える柱から伸ばしたロープを用いて測深台を保持しているようです。
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【明治41年(西暦1908年)の三笠の艦尾(*3)】

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【上の写真の拡大】 

*** 2014年7月6日追記 ***
三笠の試験時の写真では、測深台を下から支える柱は無く、旗竿を支える柱から伸ばしたロープで吊る形で(補助的に)保持しているように見えます。 
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 【試験航海時の三笠(*4)】

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【上の画像の測深台周りの拡大】 

時期によって、測深台の支え方が変わったと思われます。
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*1:JAPAN'S FIGHT FOR FREEDOM
*2:日露戦役海軍写真帖
*3:雑誌「海軍」(類似の写真(恐らく同じカメラで撮影した別のもの)が「日本海軍艦艇写真集 戦艦・巡洋戦艦」(ダイヤモンド社刊)のp.34にあります)
*4:世界の艦船 1961年5月号、No.45