2026年04月25日発行
柳画廊
『下村観山展』
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今の美術業界を考える(その1132)
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下村観山展 2026年4月25日
東京国立近代美術館 5月10日まで
日本画家、下村観山展を拝見してまいりました。近代日本画の巨匠
と言われる作家であり、まとまって作品を拝見する初めての機会で
したので、楽しみにいってまいりました。
期待以上の作品内容と、期待以上の人物でもあり感動して帰って
きました。つかみとしては、日本が開国したときに岡倉天心の元で
学ばれた作家であり、紀伊徳川家に代々使えた能楽師の家に生まれ、
8歳の頃から、狩野芳崖、橋本雅邦に学んだ後、東京美術学校に
第一期生として入学しました。卒業後は、同行で教鞭を取りました
が、校長の岡倉天心とともに辞職、日本美術院の設立に参加し、
天心の指導のもとで横山大観、菱田春草らと新時代にふさわしい、
日本美術の道を切り開きました。
幼少の頃から、絵の才能を発揮し、東京美術学校在学中も天心に
期待を寄せられた観山は、古画の模写・模造事業への参加、1903
(明治36年)からの2年にわたるイギリス留学とヨーロッパ巡遊
などを通して、幅広い視野を身に着け、高い技術力に磨きをかけ
ていきました。帰国後は、狩野派、やまと絵や琳派の技法を十分
に消化しつつ、西洋が由来の写実的な表現を融合させ、主題の
釈荘や表現に創意工夫をこらした作品を生み出します。
また原三渓や渋沢栄一といった財界人のパトロンを得ることで、
非常に恵まれた環境で画を描き続けることができた作家である
ともいえると思います。作品の内容も日本の歴史や中国の歴史
にも精通しており、それらを題材にした作品も複数描かれて
おります。
また、今回、鑑賞するにあたって、オーディオガイドはいつもの
ように借りましたが、レンズの貸し出しもありました。それは、
細かな描写を大切にされた下村観山は非常に細かな所にも手を
ぬかず、レンズで覗いて見てほしいという主催者の思いが強く
伝わってきます。これほどの展覧会ですので、後半にむけて
入場制限がかかってくるのではないかと思います。
もし、気になっている方がおられましたら早めに、竹橋にいか
れることをお勧めいたします。
文責 野呂洋子
銀座柳画廊
http://www.yanagi.com
03-3573-7075
今の美術業界を考える(その1132)
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下村観山展 2026年4月25日
東京国立近代美術館 5月10日まで
日本画家、下村観山展を拝見してまいりました。近代日本画の巨匠
と言われる作家であり、まとまって作品を拝見する初めての機会で
したので、楽しみにいってまいりました。
期待以上の作品内容と、期待以上の人物でもあり感動して帰って
きました。つかみとしては、日本が開国したときに岡倉天心の元で
学ばれた作家であり、紀伊徳川家に代々使えた能楽師の家に生まれ、
8歳の頃から、狩野芳崖、橋本雅邦に学んだ後、東京美術学校に
第一期生として入学しました。卒業後は、同行で教鞭を取りました
が、校長の岡倉天心とともに辞職、日本美術院の設立に参加し、
天心の指導のもとで横山大観、菱田春草らと新時代にふさわしい、
日本美術の道を切り開きました。
幼少の頃から、絵の才能を発揮し、東京美術学校在学中も天心に
期待を寄せられた観山は、古画の模写・模造事業への参加、1903
(明治36年)からの2年にわたるイギリス留学とヨーロッパ巡遊
などを通して、幅広い視野を身に着け、高い技術力に磨きをかけ
ていきました。帰国後は、狩野派、やまと絵や琳派の技法を十分
に消化しつつ、西洋が由来の写実的な表現を融合させ、主題の
釈荘や表現に創意工夫をこらした作品を生み出します。
また原三渓や渋沢栄一といった財界人のパトロンを得ることで、
非常に恵まれた環境で画を描き続けることができた作家である
ともいえると思います。作品の内容も日本の歴史や中国の歴史
にも精通しており、それらを題材にした作品も複数描かれて
おります。
また、今回、鑑賞するにあたって、オーディオガイドはいつもの
ように借りましたが、レンズの貸し出しもありました。それは、
細かな描写を大切にされた下村観山は非常に細かな所にも手を
ぬかず、レンズで覗いて見てほしいという主催者の思いが強く
伝わってきます。これほどの展覧会ですので、後半にむけて
入場制限がかかってくるのではないかと思います。
もし、気になっている方がおられましたら早めに、竹橋にいか
れることをお勧めいたします。
文責 野呂洋子
銀座柳画廊
http://www.yanagi.com
03-3573-7075