2026年06月06日発行
柳画廊
『チュルリョーニス展』
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今の美術業界を考える(その1138)
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チュルリューニス展 2026年6月6日
於 国立西洋美術館 6月14日まで
朝一番で国立西洋美術館のチュルリョーニス(1875-1911)展に
行って参りました。リトアニアを代表する芸術家として、20世紀
初頭という激動の時代に、ロシア帝国の支配下で民族解放運動の中
にあったリトアニアにおいて、同国の近代文化の礎となった作家
の展覧会です。
芸術家はいつの時代に生まれるかというのも大切なことだと感じ
ています。ヨーロッパの多くの偉大な芸術家は第一次世界大戦、
第二次世界大戦の両方を経験され、その中で多くの人の心を癒し、
励ました芸術家が偉大な作家として残っているように思います。
このチュルリョーニスは、幼少のころから音楽の才能を見出されて
始めは作曲家としてキャリアを歩みはじめますが、しだいに絵画の
道へと強く惹かれていきました。ところが、画家として成熟を迎え
た矢先、過労と精神的負担により健康を損ね、わずか35歳の若さ
で生涯を閉じています。
彼が絵画制作に集中的に取り組んだ時期は1903年から1909
年までのおよそ6年に過ぎませんが、その短い画業のなかで実に
300点以上もの作品が手掛けられ、長きにわたる不遇の歴史を
乗り越えて、現在の評価は象徴主義と抽象絵画を架橋する存在と
して国際的な美術史に位置付けられています。
とくに、絵画作品の題名としてつけられた「ソナタ」や「フーガ」
といった作品たちは音楽形式を造形的に取り入れられた連作で、彼
が音楽家として優れた作曲家であったという個性をよく表して
います。
今回は日本で34年ぶりとなる大回顧展ですが、私はこの作家のこと
を初めて知り、ウクライナとロシアの戦争が終わらない、現代の時代
において、この展覧会の持つ意味を考えさせられました。ロシアに
とってウクライナは多くの芸術家を生み出した場所であり、文化的に
多くの影響を相互に与えた場所なのだと思います。
絵画の世界が今でもヨーロッパを中心に語られる現代において、
ロシアという国の影響力は計り知れないものがあると感じた展覧会
でした。
文責 野呂洋子
銀座柳画廊
http://www.yanagi.com
03-3573-7075
今の美術業界を考える(その1138)
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チュルリューニス展 2026年6月6日
於 国立西洋美術館 6月14日まで
朝一番で国立西洋美術館のチュルリョーニス(1875-1911)展に
行って参りました。リトアニアを代表する芸術家として、20世紀
初頭という激動の時代に、ロシア帝国の支配下で民族解放運動の中
にあったリトアニアにおいて、同国の近代文化の礎となった作家
の展覧会です。
芸術家はいつの時代に生まれるかというのも大切なことだと感じ
ています。ヨーロッパの多くの偉大な芸術家は第一次世界大戦、
第二次世界大戦の両方を経験され、その中で多くの人の心を癒し、
励ました芸術家が偉大な作家として残っているように思います。
このチュルリョーニスは、幼少のころから音楽の才能を見出されて
始めは作曲家としてキャリアを歩みはじめますが、しだいに絵画の
道へと強く惹かれていきました。ところが、画家として成熟を迎え
た矢先、過労と精神的負担により健康を損ね、わずか35歳の若さ
で生涯を閉じています。
彼が絵画制作に集中的に取り組んだ時期は1903年から1909
年までのおよそ6年に過ぎませんが、その短い画業のなかで実に
300点以上もの作品が手掛けられ、長きにわたる不遇の歴史を
乗り越えて、現在の評価は象徴主義と抽象絵画を架橋する存在と
して国際的な美術史に位置付けられています。
とくに、絵画作品の題名としてつけられた「ソナタ」や「フーガ」
といった作品たちは音楽形式を造形的に取り入れられた連作で、彼
が音楽家として優れた作曲家であったという個性をよく表して
います。
今回は日本で34年ぶりとなる大回顧展ですが、私はこの作家のこと
を初めて知り、ウクライナとロシアの戦争が終わらない、現代の時代
において、この展覧会の持つ意味を考えさせられました。ロシアに
とってウクライナは多くの芸術家を生み出した場所であり、文化的に
多くの影響を相互に与えた場所なのだと思います。
絵画の世界が今でもヨーロッパを中心に語られる現代において、
ロシアという国の影響力は計り知れないものがあると感じた展覧会
でした。
文責 野呂洋子
銀座柳画廊
http://www.yanagi.com
03-3573-7075