2026年08月01日発行
柳画廊
『藤田嗣治パリを歩く』
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今の美術業界を考える(その1146)
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藤田嗣治パリを歩く 2026年8月1日
清水敏男 著 東京書籍
藤田嗣治の取引のご縁から、清水敏男さんという藤田嗣治の研究者
のご紹介を頂き、ご著書を拝読させていただきました。
藤田嗣治に関する本は何冊か読んでおりますが、この本は今まで
読んだ本の中でも秀逸でした。
清水さんは直接、藤田嗣治とお会いしたことはないようですが、今
は亡き、最後の奥様の君代夫人とはやりとりされており、藤田の
足跡を丁寧に追われた内容となっています。
この本自体が、2021年に刊行されたものですし、本の内容も
清水氏が藤田の足跡を追ってパリを歩きながら回想されたものと
なっておりますが、若い頃からの藤田の研究のエッセンスが随所
に現れており、深い考察の上で、藤田の目で見たパリを丁寧に
描いています。
また、藤田が亡くなられたのがスイスのチューリッヒの病院なの
ですが、そこに対する考察も藤田のパトロンのご縁であることを
初めて知りました。
銀座柳画廊で扱っている多くの日本人画家もパリに住んだり、パリ
の風景に影響された方が多くいらっしゃいます。そして、言葉には
いたしませんが、彼らの中には藤田嗣治に対するライバル心のよう
なものを少なからず持っていることを感じます。
エコールドパリと言われた、世界中の画家を魅了し引き寄せたパリ
という街で画家として成功するということが、当時では世界で成功
するという意味と同義語だったことがよくわかります。
現代におきかえると、そのパリという街の魅力がかなり薄れてしま
い、ニューヨークが芸術の都になっているように感じますが、それも
商業的な芸術であり、私にとっても古き良きパリを今でも残して
いるのはギャルリーためながさんだけではないかとひそかに感じて
います。
芸術の世界も覇権が西洋から東洋に移ると言われている中で、藤田
嗣治はまさしく、その架け橋となる芸術家の一人だと思います。
文責 野呂洋子
銀座柳画廊
http://www.yanagi.com
03-3573-7075
今の美術業界を考える(その1146)
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藤田嗣治パリを歩く 2026年8月1日
清水敏男 著 東京書籍
藤田嗣治の取引のご縁から、清水敏男さんという藤田嗣治の研究者
のご紹介を頂き、ご著書を拝読させていただきました。
藤田嗣治に関する本は何冊か読んでおりますが、この本は今まで
読んだ本の中でも秀逸でした。
清水さんは直接、藤田嗣治とお会いしたことはないようですが、今
は亡き、最後の奥様の君代夫人とはやりとりされており、藤田の
足跡を丁寧に追われた内容となっています。
この本自体が、2021年に刊行されたものですし、本の内容も
清水氏が藤田の足跡を追ってパリを歩きながら回想されたものと
なっておりますが、若い頃からの藤田の研究のエッセンスが随所
に現れており、深い考察の上で、藤田の目で見たパリを丁寧に
描いています。
また、藤田が亡くなられたのがスイスのチューリッヒの病院なの
ですが、そこに対する考察も藤田のパトロンのご縁であることを
初めて知りました。
銀座柳画廊で扱っている多くの日本人画家もパリに住んだり、パリ
の風景に影響された方が多くいらっしゃいます。そして、言葉には
いたしませんが、彼らの中には藤田嗣治に対するライバル心のよう
なものを少なからず持っていることを感じます。
エコールドパリと言われた、世界中の画家を魅了し引き寄せたパリ
という街で画家として成功するということが、当時では世界で成功
するという意味と同義語だったことがよくわかります。
現代におきかえると、そのパリという街の魅力がかなり薄れてしま
い、ニューヨークが芸術の都になっているように感じますが、それも
商業的な芸術であり、私にとっても古き良きパリを今でも残して
いるのはギャルリーためながさんだけではないかとひそかに感じて
います。
芸術の世界も覇権が西洋から東洋に移ると言われている中で、藤田
嗣治はまさしく、その架け橋となる芸術家の一人だと思います。
文責 野呂洋子
銀座柳画廊
http://www.yanagi.com
03-3573-7075