S T U D I O T & Y

創業41周年を迎えた老舗のシルバージュエリーブランド。

カテゴリ: ヒストリー

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謹賀新年。

UNCLE TOMとして創業してから43年を迎えました。

国立店の閉店を経て、今またこうして続けていられることに感謝します。

通い続けてくださるお客様、お久しぶりのお客様、初めましてのお客様、全てのお客様に心から御礼申し上げます。

今年もよろしくお願い致します。


photo & text by Tomomi 



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 #村田高詩 

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大掃除で見つけたツーショット。

これはおそらく10年前くらい。

長い長いお付き合いです。

リキさんいつもお気遣いありがとうございます。


text by Tomomi 

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大掃除してたら出て来たポラロイド。

1998年。

Bill Wallさん…? →Travis Walker さんではないかとご指摘頂きました。→Bill wall さんとTravis Walker さんでした。

photo & text by Tomomi 

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先日父が久しぶりに来店したのは、この方に会うためでした。

本池秀夫さん。

革人形師。

アトリエMOTOS主宰。

鳥取県無形文化財保持者。


十数年ぶりの再会。

父と本池さんの出会いは四十数年前、父のゴローズ時代にまで遡る。

その頃ゴローズの工房は青山のマンションの一室で、本池さんは同じマンションの上階に住んでいた。

「カランコロン、とサボの音がすると村田さんが来た合図で」

木と革で出来たサボサンダル。

当時はゴローズで作っていたそうだ。

「サンバイザーもヒットしたよね。村田さんがカーヴィング入れて。いつもサンバイザーのパーツが村田さんの前に積み重なってた」

これは私も覚えている。カーヴィングの入った革のサンバイザー。母もかぶっていた。

今思い返してもあれはカッコよかったなあと思う。

「マンションのお風呂に魚油溜めて、ベルト浸けてたよね」

当時のゴローズのスタッフと本池さんは互いの部屋に遊びに行ったり来たり、終業後に連れ立って教習所に通ったり、仲良くしていたそうだ。

本池さんが話して下さった昔の話は力強くキラキラとしていて、父も母も当時を活き活きと思い出したようだった。


十数年前、父がパーキンソン病の診断を受けた、ちょうど同じ頃、本池さんは末期ガンの診断を受けて入院していた。

「村田さんがお見舞いに来てくれて、『本池さん、死んじゃだめだよ』って言ってね」

父はこの日帰宅して、「本池さんすごく元気そうで退屈してたよ」と言った。

その後本池さんのガンは奇跡的に快癒した。

その数年後、本池さんが「徹子の部屋」に出演した時、両親はそれはそれは喜んで、私にまで電話してきたのを思い出す。



父は今、あまり目がよく見えない。

声を出すのがきついので言葉もとても少なくなった。

けれどこの日、訪ねて来た本池さんの時計バンドを見て、「それ、いいね」と言った。

それはワニ革を象ったシルバー製で、まるで革の時計バンドのように、留める部分に工夫が凝らされていた。

父はその時計を手にとってしげしげと見つめ、長いこと触っていた。


その夜、父を送って行きながら「あの時計、カッコよかったね」と言うと父は「バンドを留めるところが凝ってるよなあ」と言った。

どこまで見えていたのか分からない。

けれど、見えていたんだと思う。



朋あり遠方より来たる亦楽しからずや。


「村田さん、こうして店にいるのがいいよ。それが一番いい。」

別れ際、本池さんは何度もそう言って高円寺の街に消えて行った。


photo & text by Tomomi 




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STUDIO T&Y創業時の広告。

父の荷物から見つけたスクラップブックから発見。私も初めて見る一枚。

goro's から独立してすぐの、1977年1月。

最初はUNCLE TOM という名前でした。

これを新聞に折り込みをしたそうです。


インターネットのなかった時代、宣伝媒体と言えば新聞や雑誌で、自力でやるなら道売りだった。

うちも大学通りで露店の八百屋さんやアクセサリー屋さんやウサギ屋さんに混じって道売りしていました。


photo & text by Tomomi 


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