岩手葛巻の田舎の三代目石屋、トラベリングです。
デザイン墓や洋型が増えてきた最近のお墓の傾向、
お墓の原点・本質、役割などを日々考えてします。
必ずそのかたちには意味があり、役目がある。
ぶれない為にも・・・
迷わない為にも・・・
そんなとき浮かぶ言葉『天のものは天へ送り、地のものは地に返す、それがお墓』
墓相研究家の今井鴻象先生の言葉です。

「魂(こん)は天に遊び、魄(はく)は地に帰りて大事了る」
遊ぶものは追うべからず、帰するものは墓となって表わされる。
要するに、墓は使命を完うし、大宇宙に還元したものを永く祭祀し、
その霊の成仏(浄化)を祈る目的で建てられるものである。
*今井鴻象先生 著:「お墓の建て方直し方」引用。
この魂(こん)と魄(はく)の関係性は、
中国の道教から二つの異なる存在があると考えられ、
中国仏教への吸収や影響を与えた部分もあったのでは無いでしょうか。
『魂(こん)』は精神を支える気、肝に宿り、人間を成長させて行くものであり、
また、心を統制する働きだとされている。
『魄(はく)』は肉体を支える気、文字通り白骨死体を意味する文字で、
人間の外観、骨組み、また、生まれながらに持っている身体の設計図という意味がある。
合わせて魂魄(こんぱく)とも言う。魂と魄は易の思想と結びつき、
魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられていた。
*Wikipedia引用
魂魄(こんぱく)、そして陰陽の考え方はお墓にも繋がっていく。
生活の中にもこの「陰陽の考え方」、「陰陽の法則」プラスとマイナスが存在しています。
仏教が日本に伝わり、火葬が行われるようになってから、
霊と肉体を分離して考える事が出来るようになりました。
魂(こん)と魄(はく)です。
魄(はく)、お骨は自然に還って浄化するよう大地に埋葬。
魂(こん)、霊は卒塔婆、後には石塔を建てて追善供養をするようになった。
人々は功徳を願望して多種多彩な塔が全国的に盛んに建立されました。
「墓は根である」とも言われています。
木にたとえれば、花や実が人、根が先祖、つまり墓である。
墓を正しく建て、先祖を篤(あつ)く供養すれば、自ずと人の運も開けてくる。

以前石塔というのは五輪塔、宝篋院塔、宝塔のように、死者に追善供養を
目的として建てる石の塔の事でした。
しかし、一般庶民にはなかなかそのような塔は建てれず、
その代わりとして江戸時代から切石を三段、四段に重ねた墓(墓標)を造り、
その一番上の棹石の中央部分に梵字で阿弥陀様、お釈迦様等を表す種子字を彫り、
その下に戒名を彫って供養してきました。
人々はこれを石塔と呼び始めました。
現在では戒名ではなく先祖代々や○○家の墓となっていきました。
棹石の上の彫った仏様を表す梵字もすたり、
家紋を彫るようになっていきました。


「石碑」
本来は、神道の位牌から転形したもので仏教の塔とは全く関係なく死者の霊位、
神魂を祀る碑(いしぶみ)なのです。
現在では、すっかり忘れられ、一般的に切石の墓の事を石碑と呼んでいます。

「五輪塔」
お釈迦様の遺骨が納められたストゥーパ、長い年月のあいだに徐々にかたちを変え、
今日私たちがお参りしているお墓となるのです。
特に五輪塔は、お釈迦さまをなぞられるものとして造立されていることから、
それぞれの形は頭頂(宝珠)、顔(半月)、胸(三角)、腹(円)、足(四角)を象徴され
造られています。
また五つの形には梵字で、
頭頂から順位にキャ・カ・ラ・バ・アと読み、
意味は空・風・火・水・地に相当します。
人間を構成している四つの要素、風・火・水・地の「四大」と、
それらを全て無常な存在であることを意味する「空」の要素を取り入れた
「五大」が表現されています。
法事などの際、卒塔婆を建てることがあります。
卒塔婆はストゥーパを音訳したもので、
本質的にはストゥーパや五輪塔と同じ意義となり、
卒塔婆を建てる事は、五輪塔を建てることと同じことになります。

卒塔婆と五輪塔はお釈迦様の姿を表わしています。
お釈迦さまが自身の死で示されたように、
人はいつか必ずなくなる『無常』な存在であることが、
五輪塔の姿となって説かれ続けているのです。
デザイン墓や洋型が増えてきた最近のお墓の傾向、
お墓の原点・本質、役割などを日々考えてします。
必ずそのかたちには意味があり、役目がある。
ぶれない為にも・・・
迷わない為にも・・・
そんなとき浮かぶ言葉『天のものは天へ送り、地のものは地に返す、それがお墓』
墓相研究家の今井鴻象先生の言葉です。

「魂(こん)は天に遊び、魄(はく)は地に帰りて大事了る」
遊ぶものは追うべからず、帰するものは墓となって表わされる。
要するに、墓は使命を完うし、大宇宙に還元したものを永く祭祀し、
その霊の成仏(浄化)を祈る目的で建てられるものである。
*今井鴻象先生 著:「お墓の建て方直し方」引用。
この魂(こん)と魄(はく)の関係性は、
中国の道教から二つの異なる存在があると考えられ、
中国仏教への吸収や影響を与えた部分もあったのでは無いでしょうか。
『魂(こん)』は精神を支える気、肝に宿り、人間を成長させて行くものであり、
また、心を統制する働きだとされている。
『魄(はく)』は肉体を支える気、文字通り白骨死体を意味する文字で、
人間の外観、骨組み、また、生まれながらに持っている身体の設計図という意味がある。
合わせて魂魄(こんぱく)とも言う。魂と魄は易の思想と結びつき、
魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられていた。
*Wikipedia引用
魂魄(こんぱく)、そして陰陽の考え方はお墓にも繋がっていく。
生活の中にもこの「陰陽の考え方」、「陰陽の法則」プラスとマイナスが存在しています。
仏教が日本に伝わり、火葬が行われるようになってから、
霊と肉体を分離して考える事が出来るようになりました。
魂(こん)と魄(はく)です。
魄(はく)、お骨は自然に還って浄化するよう大地に埋葬。
魂(こん)、霊は卒塔婆、後には石塔を建てて追善供養をするようになった。
人々は功徳を願望して多種多彩な塔が全国的に盛んに建立されました。
「墓は根である」とも言われています。
木にたとえれば、花や実が人、根が先祖、つまり墓である。
墓を正しく建て、先祖を篤(あつ)く供養すれば、自ずと人の運も開けてくる。

以前石塔というのは五輪塔、宝篋院塔、宝塔のように、死者に追善供養を
目的として建てる石の塔の事でした。
しかし、一般庶民にはなかなかそのような塔は建てれず、
その代わりとして江戸時代から切石を三段、四段に重ねた墓(墓標)を造り、
その一番上の棹石の中央部分に梵字で阿弥陀様、お釈迦様等を表す種子字を彫り、
その下に戒名を彫って供養してきました。
人々はこれを石塔と呼び始めました。
現在では戒名ではなく先祖代々や○○家の墓となっていきました。
棹石の上の彫った仏様を表す梵字もすたり、
家紋を彫るようになっていきました。


「石碑」
本来は、神道の位牌から転形したもので仏教の塔とは全く関係なく死者の霊位、
神魂を祀る碑(いしぶみ)なのです。
現在では、すっかり忘れられ、一般的に切石の墓の事を石碑と呼んでいます。

「五輪塔」
お釈迦様の遺骨が納められたストゥーパ、長い年月のあいだに徐々にかたちを変え、
今日私たちがお参りしているお墓となるのです。
特に五輪塔は、お釈迦さまをなぞられるものとして造立されていることから、
それぞれの形は頭頂(宝珠)、顔(半月)、胸(三角)、腹(円)、足(四角)を象徴され
造られています。
また五つの形には梵字で、
頭頂から順位にキャ・カ・ラ・バ・アと読み、
意味は空・風・火・水・地に相当します。
人間を構成している四つの要素、風・火・水・地の「四大」と、
それらを全て無常な存在であることを意味する「空」の要素を取り入れた
「五大」が表現されています。
法事などの際、卒塔婆を建てることがあります。
卒塔婆はストゥーパを音訳したもので、
本質的にはストゥーパや五輪塔と同じ意義となり、
卒塔婆を建てる事は、五輪塔を建てることと同じことになります。

卒塔婆と五輪塔はお釈迦様の姿を表わしています。
お釈迦さまが自身の死で示されたように、
人はいつか必ずなくなる『無常』な存在であることが、
五輪塔の姿となって説かれ続けているのです。