2017年06月11日

無題(と言う名の近況)

どうも、お久しぶりでございます。
決して忘れていたわけではないのですが、ここ半年で色々なことがあり放置っぷりも甚だしい状況になっておりました。
まだ現実的な状況は完全に落ち着いてはいないのですが、心境はひと段落したので久しぶりに更新してみようと思います。
半年ぶりに自分のブログを開こうとしたらログインパスワードを思い出せず何度かエラーで跳ね返されました。(どんだけ…)

さて、前回更新したのが昨年の10月でしたね。
全然半年どころじゃなかった。
詳細は省いてダイジェストで振り返ります。

2016年10月中旬、長年交際していた人とお別れする。(円満に解散したがそれなりに堪える)
その一週間後に震度6弱の地震に見舞われる。(自宅は一部修繕、墓石は基礎から崩れて建て直し)

2016年12月下旬、会社から突如異動の内示と職場のシステム移行の予告をされる。
この頃過度にストレスがかかったのか頭頂部に小さな脱毛ができる。(今は無事髪の毛生えてきた)

2017年1月、異動の時期がはっきりしないままシステム移行の準備に向けて情報収集。

2017年2月〜3月 職場の新システムの導入が6月1日に決定。準備を進めていたが高校時代の友人から深刻な相談をうけ、考えたり連絡をとったりしているうちに気分が下降気味になる。

2017年4月〜5月 新システムの会社担当者との打ち合わせや研修の段取りを組み、同時に移行作業に必要な書類を業務外の時間に準備するなど対応に追われる。通常業務も多忙になり毎日残業三昧。

5月のGW明けから定休も日曜も返上でぶっ通しで仕事になり、6月を迎える。(結局この状況なので異動の話は流れたが、来年年明けに新規で系列店が2店舗できるらしいのでその頃また異動の話が再燃しそうな予感)

6月1日~10日 近隣の系列店のスタッフに業務応援の要請をしていたのでどうにか一週間乗り切る。姉妹店のスタッフに助けてもらいようやく流れがつかめてきた。←いまココ

こんな感じの半年でした。あっという間でした。
ざっくりすぎて大したことないじゃんって感じでしょうが、4月以降は多分学生の頃教育実習と就職活動を並行していた時期に次いで多忙だったと思います。家にいる間の時間って文字通り「飯、風呂、寝る」のみでしたから。

ただ、こういう多忙な時期って複雑な要因が何故か必ず重なるんですよね。不思議と…。
一気に色んなことが重なるんですが、経験上ここを頑張って乗り切った先には必ず何かしら収穫があるのだと思っています。人生でそういう時期って一回や二回は訪れるのかも知れません。そしてそういう時こそ自分へ課せられた修行の場だと思っています。
実際、今回のバタバタを経験して実感したことと反省したことが一つずつ。

・快く助けてくれる人の有難さを痛感した(今度は自分が助けてあげたい)
・他スタッフに仕事を割り振るのが苦手、というか下手(ここは思い切りが必要)

この二つですね。
実は今回助けてくれた姉妹店の先輩は今私が好きな『進撃の巨人』を同じく楽しんでいる方で、プライベートでもお話する機会があり、すごく親身になって色々と助けて下さいました。
何故そこまでしてくれるのだろう、と恐縮したのですが、先輩曰く「去年の地震の後、仕事面で助けてもらったでしょ。あの時お手紙を頂いてそれを読んだ時本当に涙が出そうなくらい嬉しかった。」とおっしゃっていました。

昨年10月の地震の後、当時先輩が勤務していた店舗は大地震の影響で二階の棚が倒れ、保管してあった大量の書類がバラバラになり、既存スタッフだけでは通常業務だけで手一杯でとても並べ替えて元に戻すことができない為に業務応援の要請がきました。そこで私と別店舗のスタッフがそれに応える形で手伝いに入り、現場で修復作業にあたったんですね。以前からその先輩とは研修や講習会などでは何度かご一緒させて頂くことはあり、入社当時から「すごい方だな」と私が一方的に尊敬している方でした。ところが当時の職場で先輩一人が常に色々面倒な状況の窓口になっているように感じられ、業務的な負担が多すぎるのではと心配になり、「何かできることがあればいつでもお手伝いしますので遠慮くなくお声がけ下さい」といった内容のことを小さな手紙にし、その時お渡ししたような気がします。そのことをおっしゃっていたのだな…と後から思い出しました。

私自身普段からあまり積極的に人にコンタクトをとるタイプではないのですが、その時どうしても先輩のご様子が心配で気になり仕方なかったんでしょうね。どうしてお一人で抱えて込んでいるのだろう?と。そんな気がしていておせっかいを承知で自分から話しかけたのだと思います。

そういった縁もあって今では仕事以外でも時々お茶したり「進撃」の最新話で盛り上がったり以前よりもたくさん色々なお話をさせて頂く機会が増えました。先輩は非常にユーモアがあり、広い視野で物事を見ておられるので会話をしているとよく新鮮な発見があります。今回業務の応援に入って頂いた際にも「そこは盲点だった!」というようなアドバイスをいくつも貰うことができとても勉強になりました。

それと同時に二点目の項目。

元々が器用なタイプではないので、そういう時こそ周囲にいる人達に手伝ってもらって効率よく作業を済ませれば良いことは自覚しているのですが、ただでも大変なのに周囲の後輩にまで休みを返上させてまで負担を増やしたくないとどうしても遠慮してしまうんですよね…。場合や内容によっては自分よりも要領良く仕事をすすめられる他のスタッフに予め依頼して作業してもらえばいいのになかなかそれができないことは自分でもまだまだ駄目だなと思わされました。流石に稼働まで一ヵ月を切った時期には準備が間に合わず後輩に「これ、この日までにお願い!」と仕事を割り振りましたが。
もう少し判断する時期を早めるべきだったなと反省。

日々色んなことを思いながら小さな世界で進撃しております。

長くなりついでにもう一つ。
しばらくブログもそうですが趣味の焼き菓子づくりもできそうにないのでこちらも更新が滞ると思いますが、進撃関連の考察はその間もポツポツ呟いたりしていました。
考察関係はブログでの更新よりコチラ←で行うことにしましたので一応リンク張っときます。
意外にもほったらかしになっていた数か月間でアクセスして下さっていた方がいたので申し訳ないです。

それでは、また次回(いつになるか分かりませんが)お会いしましょう。


su0ke4ki5yo7 at 23:31|PermalinkComments(0)日常 

2016年10月06日

近況と謝罪と教訓のオハナシ。

もはや月イチでしか更新していない。
(それでも覗きにきて下さっている方がいらしてもう本当に申し訳ございません…)

ひっそりブログをやっている身なのでここの存在に辿り着く方って多分熱心な進撃ファンの方だと思います。
だとすればなおさら申し訳ないんですが。
82話辺りから全然考察進んでないですしね。

2か月ほど前から仕事もそれ以外も色んなことが立て込んで結構大変でしたが、心境も変わったことで環境も少しずつ変えていこうかと思い立ち、先日ノートPCを購入しました。

え!?

いやね、これまで約3年ほど作業環境にずっとパソコンを置いていなかったんです、私。
今どき珍しいなと思われるかもしれませんが、仕事では毎日必ず使用するので文章自体の入力だけを考えればそれなりのスピードでキーを叩けるのですが自宅では一切パソコンを扱わない、モニターも見ないという環境をしばらく続けていました。
理由はいくつかあるのですが主たるものとして眼精疲労と重度の肩凝りから深刻な頭痛を引き起こし、結構痛い目に遭ったことが挙げられます。
なら使用を控えればいいだけでは?とも思いますが、手元に置いとくとついつい夜更かししてしまうんですね。
なんでもそうですが依存て危険だなと思います。

そんなわけで、ここのブログも立ち上げてからこれまでの記事を全てスマホ一本で更新してきたわけですが
まあ時間がかかるかかる…。
しかもスマホ用管理画面てプレビュー枠が小さいので文章を打ちながらチェックする時頻繁にスクロールさせなければならず扱い辛かったんですよ。
最近は贔屓にさせて頂いているサイト様もあるのでコメント打つのも一苦労で。
何度投稿コメント書きかけて誤操作で全消去してしまったり寝落ちしてしまったりしたことかw
流石に不便だなと感じ始めました。

本日やっとマイノートパソコンが届いたので日中ちゃちゃっと設定を済ませて今快適にこの記事を更新しています。
自分の言いたい内容をさくさく打てるってこんなにストレスのないものなのか。
改めて実感しています。(遅いよ)
ただ、同じ失敗を二度繰り返すことは人としてダメだなと思いますので、今後は使用する際にも時間を決めて使おうと思います。
まあ、3年の間に自分も年齢を重ねたので昔ほど夜更かしできない体質になってきたっていう有り難いんだか切ない理由もありますが、肩凝りを悪化させないように節度を守って更新していけたらなと思います。

あと、PCの画面から初めて自分のブログを確認したのですが投稿した画像の大きさがバラバラでした。
画像ももちろんスマホでスクショ撮ったり、撮影した画像を添付していたので貼り付ける際の画像もちゃんとトリミングしなければいけないなと反省しております。

同じようにお仕事や趣味で日々パソコンに長時間向かう方ってたくさんいらっしゃるかもしれませんが、目と首と頭痛って密接に繋がっているそうです。10分に一回でも首を回したりストレッチをしながら首や肩に負担をかけないように気を付けて下さいね。
ストレートネックってやつが現代人には多いんだそうです。
本来首の骨って前向きに沿っているのが正常なんですが首に負担がかかるとそれが真っすぐ(ストレート)になってしまうそうです。ちなみに私の場合は逆向きに反り返っていました。お医者さんに重症ですのでしばらく通院してくださいと言われ、首の牽引をしたり針治療と電気療法、吸い玉までされました。

そんなになる前に普通の方は節制されると思いますので大丈夫だとは思いますが…。

相変わらずゆるーく更新していきますが愛想つかさずにたまに覗きにきてやっていただければ嬉しい所存でございます。



su0ke4ki5yo7 at 22:40|PermalinkComments(0)日常 

2016年09月14日

85話(の本編内容に僅かに絡む別件の)考察。

グリシャの地下室で見つかった3冊の本。
最後の煽りから見ても、あの中には真実を知る内容が書かれているだろうことは想像できます。

写真といい、グリシャがあの本の中身に携わった(著者)とするならば、本人に技術がない限り「誰か」に装丁してもらわなければあのようなしっかりした作りにはならないはずです。となると、本を仕立てる段階である程度中身は人の目に触れますよね。
私が気になったのは「一体誰があの本を作ったのか」です。

グリシャがキースに発見された時、彼は着の身着のままで特別な物は何も身に付けていないようでしたし、所持品もないようでした。キースが他に隠し事をしていなければ何も持たずに壁の外にいたことになります。例の写真もどうやって壁内に持ち込んだの?と話題になっていますが、まあ、写真一枚ならシャツの内側に忍ばせていたものを何とかバレずにやり過ごせたのかなぁ(腐った憲兵のことですから発見当時のグリシャの身なりと記憶喪失等の発言から入念なボディーチェックなんてしていなさそう…。)と思っていますが、本はそうはいきませんよね。壁の内側で書かれたものだと考えるのが自然です。

「外の世界について書かれた本」

アルミンの祖父が隠し持っていた本のことを思い出しました。壁ができた100余年は少なくともアルミンのおじいさんより前の世代ですから、持ち込んで隠していたのなら壁の内側に移り住んでからずっと憲兵に見付からないよう大切に守っていたことになります。もしくは壁の外の記憶を保持したままこっそり書かれたかのどちらかになります。アルミンのおじいさんもなぜ外の世界に関する本を持っていたのでしょう。
アルミンのおじいさんの本職は知らないのですが(情報として公開されていましたっけ?)もしかしたら、アルレルト家は代々歴史を編纂するなど書籍作りに関わるような専門の職人の家系だったとかではないのかな、と思いました。東洋の一族やアッカーマン家以外にも王に反発こそしなかったけれど「記憶の改竄が及ばなかった少数民族」は他にも存在したのでは?と私は考えています。アルレルト家も例外ではなかったのではないでしょうか。

王政により外の世界に興味を持つこと自体をタブーとされていたため、アルミンは街の子供達にも異端児扱いされ苛められていましたよね。おそらく隠されていた本を外に持ち出していたことも一度や二度ではなかったでしょう。
これって割と大胆な行動だと思うのですが幸いにもこれまで憲兵に見つかることなくアルミンも彼の家族も処罰の対象にはならなかったようです。
幼いエルヴィンが街の子供達に父親との仮説を話し、翌日以降には父親が帰らぬ人になってしまったこと、ウォールシーナ内に拠点を求めようと壁を掘り続けた鉱夫とその友人が粛清された事実などと比較してもアルミンの行動が見逃されたのは不思議に思います。

そこからさらに気になったことがあり(本筋からは脱線しますが)「シガンシナ区」について少し考察してみました。

「シガンシナ区」と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょう。
巨人に壁を蹴破られ蹂躙された街、またエレン、ミカサ、アルミンの幼馴染み3人の育った街といったイメージが強いですが、今や物語のキーマンの一人であるグリシャもシガンシナの壁の外で発見され、そのままカルラと結婚しシガンシナ区内に定住していました。伝染病から街の人々を救い王都に近い街まで往診にも通っていたグリシャほどの医者ならば、それこそ安全な内地に近い場所に住居を構えても良かったのではと思いましたが、彼はシガンシナ区に留まりました。そこには街の住民からの信頼や要望、カルラの生家などがシガンシナ区にあったからでは?とも考えられますが、穿った見方をするならばグリシャにとっては都合が良く敢えてシガンシナを選んだ可能性も考えられます。
一つにミカサの両親のことが挙げられます。
ミカサの父はアッカーマン分家の出身であり、ミカサの母は東洋人の末裔です。ケニーとケニー祖父の会話やミカサ本人による両親に関しての告白から彼女の両親は共に都のある中心部に居場所を失い、行き着いた先がシガンシナの山奥でした。
そういえばシガンシナ区は税金の面でも優遇されていたんですよね、確か。巨人によって一番危険に晒される可能性があることから駐屯兵による警備もそれなりに増強されていた事も考えられますが、アルミンが禁書を外に持ち出しても見つからなかったことやミカサの両親のように商売の邪魔をされてもなんとか生活することがかなった場所だと考えれば、王政や憲兵のガードは緩かったのかなと思います。その為全ての住民がそうでないにしろ「何かしらの事情や背景を抱えた人達」が一番多く住んでいたのではないでしょうか。

かつて壁の外から逃げ込んできた人類の中でも「王の記憶の影響下にない少数民族の末裔達」がまだ生き残っているならば、彼らが最も多く存在していそうなのはシガンシナ区であり、それら少数民族の各家々では個別に重要な役割を担っていたのではないかと考えました。東洋人であるミカサの母がミカサに「我々一族が代々受け継がなければならないもの」と自分の子供に刺青(印)を施したように、もし今も生きているならば他の少数民族の家庭でもその家系独自のルーツを王政にバレないようこっそり遺しながら107年間世代交代してきたのではないのかなと思ったのです。
もちろん根拠はありませんが、ミカサの刺青や隠されたアルミンのおじいさんの「外の世界について書かれた本」がそのような存在なのかも知れないと思いました。

85話にてついにグリシャが「優雅に暮らす壁の外からきた」訪問者だと判明しました。外の世界の情報を知っていたなら壁の内側で生活する内にある程度自分の知っていた歴史や知識の範囲から行動を制約することもできたのではないかと考えられます。

グリシャの持っていた本の全貌はおそらく86話以降に判るものと思われますが、ふとそのあたりの繋がりが気になったので書き留めました。

もちろん私の個人的な妄想にすぎませんので悪しからず…。

su0ke4ki5yo7 at 06:15|PermalinkComments(0)進撃考察