生命共振ヒマラヤ

生命の舞踏 サブボディ共振塾ヒマラヤ のミラーサイト

旧サイト「共振塾ヒマラヤ」はこのブログ「生命共振ヒマラヤ」に統合します 

旧サイト「共振塾ヒマラヤ」は

このブログ「生命共振ヒマラヤ」に統合します
 

あけましておめでとうございます。

お馴染みいただいていたウエブサイト「共振塾ヒマラヤ」は、

ホームページソフトのクラッシュにより更新できなくなりました。

2022年1月をもって、このブログに統合します。

今後はこのブログで、わたしの思想と実践の総括になる

新著『生命共振哲学』を連載していく予定です。

連載の頻度は体調を見ながら月一回を目指します。

よろしくお願い申し上げます。

リゾーム・リー
岡龍二

テナントを探しています

テナントを探しています 


THE BUTOH SCHOOLの物件全体が空くので、今後10年間転貸できる次のテナントを探しています。詳細は以下の通りです。


#インドMcleod Ganj Dharamshala(HP) Lease Out#の芸術的な木造の泥の不動産。


3階建ての丸い形をした木造の土蔵・アートセンター。大きな石庭・オープンシアター・和風の露天風呂がある。東南に面し、ヒマラヤの雪山を望む開放的な空間。マクラウド広場から徒歩15-20分のところにあり、とても静かな環境である。それはMcleod Ganjの隠されたアリスのワンダーランドのようなものです:) 


一階。


1つの大きなスタジオ、2つの石庭、1つのプール、1つのパブキッチン、2つのシャワー(1つは野外シャワー)、1つのトイレ、庭に1つの部屋。


1階


1階:アパートメントセット(寝室、リビング、キッチン、ヒマラヤの月と渓谷を望むプライベートバルコニー)、バスルーム1室、トイレ1室、セパレートルーム1室


2階


大きなスタジオ1室、2部屋 


屋上テラスもあります


合計で


部屋数:4、キッチン付きアパートメントセット:1、大きなスタジオ:2、大きな石庭・オープンシアター:1、露天風呂付き小さな石庭:1、シャワー:3、トイレ:2、共用キッチン:1


 

ガーデンルームを除き、すべてのスタジオと部屋は木製の床と土壁でできています。写真より古く見えますが、大きな問題はなく、基本的な改修は必要です。路上駐車のみ。


⚠️重要です!


1, 10年の賃貸契約を希望します。


2、予定賃料と支払条件 


 A. 1.5億インドルピー/186,100米ドルで10年間のリース(2032年10月31日まで) 


 B. リース契約金+年額家賃前払い(初年度40,000インドルピー/53,000米ドル、2年目以降14,000インドルピー/18,600米ドル/年額)。


3, 今すぐ利用可能

4、近隣との調和と平和を大切にする方のみ。


5, ホテル・リゾート系の商業施設は検討対象外です。


6、あなたが興味を持っている場合は、電子メールしてください evelynchen9312@gmail.com またはWhatsApp +917807891161このメールに直接返信しないでください感謝。


スペースの最新ビデオ: https://youtu.be/s8LiNmB-Msk


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お知らせ

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お知らせ 

共振塾ヒマラヤ、終了!


長い間お世話になりました。
共振塾ヒマラヤと生命共振芸術センターは今年10月末日を持って終了することになりました。 Leeが体力の限界に直面したからです。これ以降は最後の著作『生命共振哲学』の執筆に専念する予定です。まもなく、このサイトで連載を始める予定です。お楽しみに。
でも ご心配なく。引退するLeeに替わって、古い塾生が全世界で産婆として、人々の創造性を開く活動をしています。
日本では東北共振塾・ミガクシのイグが旺盛に舞踏公演とワークショップを続けています。
受講ご希望の方はsubbody@gmail.comまでお知らせください。

生命共振芸術センター

山崎、安らかに眠れ




山崎、安らかに眠れ

今から54年前の1967108日、わたしの友、山崎博明はベトナム反戦闘争のなかで命を落とした。18歳だった。

映画「きみが死んたあとで」は、彼とともに闘った旧友たちを映画監督がインタビューして回り、作り上げたものである。彼は1昨年ヒマラヤを訪れ、インタビューとともにわたしは数年踊り続けてきた連作『山崎、蘇れ!』を踊った。映画でもその一部が紹介されている。わたしももうすぐ永久の眠りにつく。だがいったいいつか安らかに眠れる日は来るのだろう

山崎、安らかに眠れ



山崎、安らかに眠れ

今から54年前の1967108日、わたしの友、山崎博明はベトナム反戦闘争のなかで命を落とした。18歳だった。

映画「きみが死んたあとで」は、彼とともに闘った旧友たちを映画監督がインタビューして回り、作り上げたものである。彼は1昨年ヒマラヤを訪れ、インタビューとともにわたしは数年踊り続けてきた連作『山崎、蘇れ!』を踊った。映画でもその一部が紹介されている。わたしももうすぐ永久の眠りにつく。だがいったいいつか安らかに眠れる日は来るのだろう

調体一番 ふるえ瞑動

調体一番 ふるえ瞑動

微細ふるえ

快適な場所を見つけ、生命の呼吸に耳を澄ます。どんな姿勢でもいい。からだ中の細胞が新鮮な酸素を得て少しだけ快活になり、うごめいたり膨らんだり、しぼんだりしているのをゆったり感じとる。からだに耳を澄まし続けていると、じょじょに心が鎮まり、やすらぎや心地よさが深まっていく。

 

ごく微細な震え

からだに耳を澄ましていると、からだの中に多数多様なふるえのクオリアが蠢いていることに気づく。からだのどこかから、ごくごく微細な震えが自然に始まってくればそれに従ってついていく。もっとも気持ちのよいリズムを見つけてそれについていく。気持ちよいふるえがからだ全体に波及して、他の場所に移っていけばそれに従う。

 

さまざまなゆらぎや、ゆすぶり

からだの各部が、いろいろな方向、サイズ、強さで、ゆらいだり、ゆさぶられたがっているのに身を任す。上下、前後、左右の三次元方向にゆさぶられるといままでに味わったことのない新鮮な体感がからだに満ちてくる。心ゆくまでそれを味わってください。ここまでは物理的な三次元での動きです。

 

忘れていた記憶や夢がとき解(ほど)かれる

味わっているうちに、その感触が忘れていた記憶を呼び覚ましたり、夢や想像につながっていくかもしれな。細胞には実に多彩な種類の震えの記憶が保存されている。寒さ、恐怖、驚きなどの記憶、愉快な震え、感動の震えなど数えきれない。からだと思いはつながっている。ふとした思いつきや、動きが出てくるかもしれない。からだからひとりでに出てくるものをすべて味わいつくす。サイズやリズムを変えると、違ったクオリアが出てくる、その変化を楽しんでください。

 

背後世界との多次元共振

ゆれやふるえがランダムな方向に、大きさ、強さをかえて増幅されていくこともある。からだが折れたり曲がったり、ねじれたり、倒れたりするかもしれないが、からだが勝手に動き始めるのに身を任せていく。

生命はいつも宇宙や世界の出来事と微細に共振している。地球の裏側で起こった遠い天災や事件を思い出したら、からだの細部がそれとどんなふうに共振しているか、耳を澄ましてからだごとついていく。

現在の出来事だけではなく、過去の出来事ともいつも共振している。ふと子供時代のふるえがよみがえるかもしれない。かすかに気持ち悪い内臓の感じに触れるかもしれない。ひとつの感じや情動に囚われるのではなく、別の部位の違ったふるえにジャンプする。からだじゅうにある多様な感じすべてに触れていくのがねらいだ。それによっていつも多次元かつ非二元のわけの分からないクオリアと共振しているいのちの現実に近づくことができる。

 

多次元生命共振探体

意識は少しでも気持ちの悪い感じに触れそうになったらそれを無視し、否定しようとする。それは意識や自我の習性だからしかたがない。でもふるえ、ゆらいでいるうちに、意識は鎮まり、そんな衝動も安らいでいく。すると、最初気持ちの悪いと感じた感じの中にも意外と面白いクオリアが潜んでいることに気付く。まだ味わったことのない稀な面白いクオリアへの好奇心が湧く。いつもひとつのクオリア共振だけではなく、無数に違ったクオリアがからだになかに満ちている。それを全部味わっていく。いろいろ思いがけないクオリアとの出会いを楽しみ、探る。これが多次元生命共振探体だ。20分間ほど続けよう。好きなように動きながら、思いがけない記憶や動きが出てくればそれについていくと短い踊りが出来上がる。からだの闇には自分では知らなかった創造性が潜んでいる。それをとことん開いていくのがサブボディ=コーボディ技法だ。お楽しみください。

ブラジルからの手紙

ブラジルからの手紙

 

親愛なるリー。

 

お元気ですか?インドでの生活はどうなっていますか?健康状態はどうですか?

私はサブボディ共振塾が再び開かれているのを見ました。わぁーっ あの特別な場所が懐かしいわ。

いつの日か、息子のネルーがもう少し大きくなったら、無限の創造をもう一度体験しに戻ってこれるといいな...。またインドに行けることを楽しみにしています...

今、私はブラジルに住んでいて、よく踊っています。

私の身体はとても生き生きとしていて、私のサブボディは、無限の創造の文字列のために私が自分自身を利用できるようにするたびに、自分自身を明らかにするために開かれています。

私の人生におけるこの美しい鍵に感謝したいと思います。サブボディ舞踏は私の内なる宝物の一部です。

サブボディ舞踏は私の内なる宝の一部です。私はこの美しいチャネリング・ダンスの状態を発見し、私の芸術は美しく成長しています。

沈黙の中で赤ちゃんを育てながら、私は一人で勉強と練習を続けてきました。そして、サブボディ・トランスを提供してくれるアーティストのコミュニティの中で生活し、ダンス、ダンス、ダンス、舞踏の状態の深さを経験し、より深く探求する方法を学び、シーシャが私の身体と魂を通して様々な形で展開されるようにしました...

普段の生活では、助産師の学習者であるドゥーラとして働き、たくさんの赤ちゃんが産まれるのを見て、家族が赤ちゃんを産む過程に付き添っています。

そしてある日、私は人々が自分自身のアートを出産するプロセスをサポートする準備ができたと感じました。多くのリクエストを受けて、私は「An.danza」と題して、ダンサーとしてだけではなく、サブボディ舞踏メソッドやその他のテクニックにインスパイアされた、助産師としての私自身のダンスの練習方法を紹介し始め、成功を収めました。つまり、私は2回の助産師です。

ブラジルのテクニックに敬意を払い、リゾームすることで、多くのインスピレーションを得て、学生時代にあなたから学んだすべてのことを使って遊んでいることにとても感謝しています。私が学校に通っていた間に、あなたから学んだすべてのことを使って、たくさんのことを学びました。私が一緒に仕事をしているグループでは、他の人のサブボディが生まれてくるのをどのようにして最もよく伴走するか、その存在感、その状態、その魔法をどのようにして開き、持続させるかについてのリスニングを開発しています。あなたから学んだすべてのことに、とても感謝しています。

私にとっての大きな鍵は、私たちひとりひとりの中に生きている可能性を発見すること、つまりサブボディの領域を目覚めさせてダンスをすることです

 

あなたの創造のチャンネルに敬意を表します。

願わくば、あなたの方法を共有することについて、あなたの祝福を受けることができたらと思いますが、それは私を超えて起こっていることであり、ただ起こっていることであり、美しい創造のコボディの可能性を目覚めさせています。

 

あなたに祝福がありますように。

 

アイア・ブラジル 9

 

ヒマラヤからの返信

 

アヤ様

メールありがとう。感動しました。手紙を読むだけできみがサブボディ技法を深く自分のものにし、他の人の創造性を開く立派な産婆に生長していることがわかります。

こちらでも、その後サブボディ共振舞踏技法は、からだや動きのチャンネルだけではなく、絵画や音楽、文学などの8チャンネルでの多様な創造性をを開く、生命共振芸術に広がり、自分だけではなく他の人の創造性をもいかに開けるかという互いの気遣いをし、他の人の身になって支え合うという人間関係チャンネルの変革にまで深化しています。きみも独自に同じような深化の道をたどっていることが伺われてとても幸いです。

 

吊り下げられる少女の夢

今朝、崖に吊り下げられる少女の夢を見ました。

村の掟で、生贄として高い崖に吊り下げられ、吊り上げられる運命に見舞われた少女の夢です。少女は崖に吊るされたまま人生で見た悪夢や経験を思い出し、パニックに陥るが、すこしずつそれを克服し始める。もしかしたら、きみのダイナミックなサブボディ=コーボディ劇場の印象にインスパイアされて、わたし自身の運命か、古いアニミスティックな神話の生命記憶につながったのかも知れません。

わたしたちは自分ではコントロールできない出生体験のトラウマや、思い出せない幼児期のトラウマなどのクオリアのエンタングルメントによって、ときに人を傷つけ、傷つけられる体験を避けることができない。それによって解決できない問題に縛られる。土方巽はそれらの「いのちがうまく共振できないクオリア」を「癇」とよび、それを創造に転化する道を「癇の花」と呼んで舞踏の根幹に据えた。わたしたちも自分の癇のクオリアをいのちの問題として掘り下げることで、他の人も人に言えない癇を抱えていることを深く知り、それに向き合い自分の癇をそれぞれの癇の花に転化する道を開くために気遣い合う共同研究者、共同産婆になる道を開いてきた。現在世界中が困難に直面しているが、わたしたちはそれを乗り越えて新しい癇の花を生むだろう。

ぜひあなたとわたしの往復メールをサイトあるいはメールで紹介し、シェアしたいと思います。それは新しい生徒にとって明瞭な生長の目標になると思うからです。もし差し支えなければその旨お知らせください。差し支える部分があればご要望に応じて削除します。

古い塾生が世界各地でそれぞれの道を深めていることを知ることほど幸せなことはありません。どうか弛みなく踊り続けてください。

 

温かい共振

 

Lee

 

生命の呼吸

生命の呼吸

わたしが塾生の何人かから学んだクレニオセイクラル・メソッドは、生命の呼吸に注目する。

肺の呼吸リズムとは別に、それよりもっと長くゆっくりしたリズム(30秒サイクルや100秒サイクル)でからだがくつろいで伸びていき、またしぼんでやすらいでいく生命のリズムをただ感じる。そのほかにはなにもしない。からだをゆっくりくつろぎながら広げていく。体液の流れがくつろぎながら広がっていく。そして重力を受け入れ、戻って静まっていく。潮の満ち干のように繰り返してされている命とひとつになる。すべての瞬間にからだを構成する100兆の細胞の共振パターンが刻々と変わっていくことを感じることができればなおいい。

生命の呼吸

生命は無数のリズムで、あらゆるものと共振しており、その中には、クレニオメソッドが見出した生命の呼吸というごくゆっくりしたリズムもあるということを感じる。

 

「人間」的囚われから自分を解放する

自分が何かに囚われていると感じたときはただちにこの「生命の呼吸」のリズムを思い出すのがいい。わたしたちは日常の自我や、解離されていた人格や、見知らぬ元型などにしばしば囚われる。そんなとき「生命の呼吸」を感じると、囚われていたものから距離をとり、自分が自分の命と共にあることを思い出させてくれる。何が起ころうとも大丈夫という天心の状態に心身を鎮めることができる。これは、あらゆるクオリアに身を預け、だが、同時にそれに支配されないための、必須の極意だ。生きる極意、新たな創造に向かうための極意だ。ただ、いのちになる。それを思い出し、それを感じるだけでいい。

 

調体ゼロ番 呼吸

調体ゼロ番 呼吸

生命の呼吸

生命の多様な速度とリズム

命は実に多様なリズムで共振している。

これに対し、日常の意識状態では、大脳のニューロンとグリアの間で交わされるすばやくせわしないリズムに支配され、覚醒状態を保っているためそれ以外の長いゆっくりしたリズムに気づかない。とりわけ、考えたり、人と話をしたり、テレビを見たり、新聞を読んだりしているときは左脳の言語中枢と右脳のクオリアを感じている部分との間で激しいニューロン発火による電気信号が飛び交うため、からだやいのちのゆっくりしたリズムははるかにかすかなので感じることができない。

 

粘菌の原型質流動のリズム

粘菌のからだの中では原形質流動が行われ。1-2分サイクルで流れの向きが交替する。粘菌も、ロングタイドの生命の呼吸のリズムをもっている。

粘菌先生は生命について何から何までを教えてくれる、わたしにとって師の中の師だ。

 

 

生命の呼吸

わたしが塾生の何人かから学んだクレニオセイクラル・メソッドは、生命の呼吸に注目する。

肺の呼吸リズムとは別に、それよりもっと長くゆっくりしたリズム(30秒サイクルや100秒サイクル)でからだがくつろいで伸びていき、またしぼんでやすらいでいく生命のリズムをただ感じる。そのほかにはなにもしない。からだをゆっくりくつろぎながら広げていく。体液の流れがくつろぎながら広がっていく。そして重力を受け入れ、戻って静まっていく。潮の満ち干のように繰り返してされている命とひとつになる。すべての瞬間にからだを構成する100兆の細胞の共振パターンが刻々と変わっていくことを感じることができればなおいい。

生命の呼吸

生命は無数のリズムで、あらゆるものと共振しており、その中には、クレニオメソッドが見出した生命の呼吸というごくゆっくりしたリズムもあるということを感じる。

 

「人間」的囚われから自分を解放する

自分が何かに囚われていると感じたときはただちにこの「生命の呼吸」のリズムを思い出すのがいい。わたしたちは日常の自我や、解離されていた人格や、見知らぬ元型などにしばしば囚われる。そんなとき「生命の呼吸」を感じると、囚われていたものから距離をとり、自分が自分の命と共にあることを思い出させてくれる。何が起ころうとも大丈夫という天心の状態に心身を鎮めることができる。これは、あらゆるクオリアに身を預け、だが、同時にそれに支配されないための、必須の極意だ。生きる極意、新たな創造に向かうための極意だ。ただ、いのちになる。それを思い出し、それを感じるだけでいい。

 

瞑動

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瞑動

サブボディ技法の最大の特徴は、瞑動にある。瞑動とは動く瞑想である。なにものかに動かされる瞑想というほうがより正確だ。

静かに座りあるいは立ち、横たわり、からだのいちぶが誰かによって見えない糸で何らかの方向に動かされていくのを感じ、それに従う。胸の糸によって前に動かされ、背中の糸が後ろに連れ戻す。じょじょに前後左右斜め、あらゆる方向に動かされるままに従う。ときには頭が床につくまで動かされ、自由になった脚が思わぬ方向に動かされる。床の上を転がされ、予想もしない姿勢になっていくに任せる。

動かされるに任せながら、同時にからだの闇のクオリアの流れに耳を澄まし続ける。からだのどこかの細胞が忘れていた生命記憶を思い出して、思わぬ動きが出てくるかもしれない。出てくる動きに判断抜きで付いて行く。それが今日のサブボディ=コーボディだ。動きが出てくるようになれば各自調体から探体に移って自由に探る。


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