2006年01月29日

不満顔3

行き先表示@上本町 昨夜(ゆうべ)、またチキンラーメン。卵、2コ。そして、SHOP99で買ってきた、もうすぐ賞味期限切れの30円引き(99円の30円引きだから69円)オニギリ3コ。そがぼくの夕食。チキンラーメンって、ちょっとクセになるかも。吉野家マクドといっしょの麻薬(月に何度かムショーに食べたくさせる)が入ってるかも。
 食べながら、ビデオに録っておいた「朝生」鑑賞。事前にテーマは知らなかったけど、やっぱり「ホリエモン」。そうなると、やっぱり出てきた小飼弾オープンソースプログラマー、元オン・ザ・エッヂ役員)。またキンキン声を聞かなければならないと不安になる。他もだいたい知ってるメンバーだったけど奥村宏(経済評論家)っていう人は知らなかった。急にこのテーマでいくことが決まったようだし、生放送ではなかったし、ちょうど暇だった人が集まってた感じなのかな。まだ全部は見ていないので、なんとも言えないけれど、いっつも思うけど、田原さんの「ぼくは、頭悪いからそういうことわかんないっ!」と言って、論者の発言を中断させたりするやり方、視聴者の誰もが(その現象についての田原さんの評価はともかく)「またまたウソ言ってるよ」と思ってるんじゃないのかな。
 最近、仕事がちょっとホントにキツくて、すぐ就寝。でも、ぼくにとって、朝生や国会中継見ながらウトウトするのって、至福の境地。



 さっき、内田樹さんのblogを覗いたら、昨日の記事に以下のようなことが書いてあった。『週間ポスト』にコメントを求められた件。詳細は本文を当たってもらいたいのだけど、以下、ちょっと長い引用抜粋。

(略)

先般は藤原正彦先生が「日本人よ、惻隠の情を持て」とご提言されて、たいへん好評だったそうである。
というわけで、私も「日本人よ」というワーディングで何かひとことと三秒考えたのち「日本人よ、身の程を知れ」とご提言申し上げる。
「身の程を知る」とか「分際をわきまえる」とか「身の丈にあった望みを持つ」という謙抑の美徳はすでに忘れ去られて久しい。
しかし、私の見るところ、この「自己評価の適切さ」に対する配慮の欠如は現代日本人の不幸のかなりの部分について原因となっているように思われる。
私たちの不満の多くは自己評価と第三者評価のあいだの「ずれ」によってもたらされる。
ほとんどの場合、私たちの自己評価は第三者評価よりも高い。
「なぜ、私のような卓越した人間がそれにふさわしい敬意と威信を得られないのであろうか?」ということばづかいで私たちの社会的不満は形成されている。
これはもう、どなたも同じである。
その結果、「どうして私だけがこんな不当な目に・・・」という上目づかいの口への字という表情のかたがたが社会のマジョリティを占めることになるのである。
「みんな同じ表情」をしているので、みなさん「それがふつう」とお考えのようであるが、それは違う。
日本人がみんな同じような恨めしげ物欲しげな表情になったのは、比較的最近のことである。
グローバリゼーションとこの「不満顔」は同時的に生起した。

(略)

今、日本人たちは「権力、財貨、情報、文化資本の占有を求めることがすべての人にとっての生きる目標である」と信じている。
それが日本的グローバリゼーションの帰結である。
それは繰り返し用いる比喩を使っていえば、連休にディズニーランドに行って、「なんでこんなに人が多いんだ」と怒っている人間のあり方によく似ている。
彼は他人と同じ行動をすることによってしか快楽を得ることができないのであるが、「他人と同じ行動をする」という当の事実が、そのつど彼が快楽を得ることを妨げるのである。
「他の人が欲しがるもの」を欲しがるというかたちでしか欲望を起動させることができないので、彼は物欲しげな顔になり、「他の人が欲しがるもの」はまさに当のその理由によって彼の手には入らないがゆえに、彼は構造的に恨めしげな顔になる。
全員が似たもの同士になった日本社会に住む人間たちが、「うらめしげでかつ物欲しげ」な表情を顔にはりつけてしまったのはだから当然の成り行きなのである。
私が「身の程を知れ」というのは、そのことばの通俗的理解が意味するように「他人の顔色を伺って身を縮めて生きろ」ということを言いたかったからではない。
他人と違う行動をすることから快楽を得るような生き方にシフトした方がいいんじゃないですかとご提言申し上げたかっただけである。


 ここでも、藤原正彦の名が出てくるとは、ぼく的にはちょっと不愉快ではあるけれど、「グローバリゼーションとこの『不満顔』は同時的に生起した」との指摘。ホヘー、そうかも、と素直に納得。「身の程を知れ」という提言。ぼくはいつも自分が分相応かどうかが気になる性質なので、ちょっと自分を省みたりもした。それは、内田さんも書いているように「他人の顔色を伺って身を縮めて生き」るということではない。むしろ、他人と違う(らしい)自分を、どう気持ち良く生きさせるかということからきた術だ。

 それから、今日の記事には、こんなことが。

(略)

さらにM上さんの「コンフィデンシャル極道情報」によると、ライブドア排除のときに財界が支援を要請したのは他ならぬS価学会だそうである。
Y口組やXXXと五分に渡り合える組織は日本にはK産党とS価学会しかないのだけれど、まさか経団連がK産党に助力は依頼できない。
「日本のアンダーワールドの奥は深いんですね」とワイルドターキーの水割りを手に、私が嘆息をつくと、M上さんは「堀江はいずれつかまるよ」と小さくうなずきながらごくりと水割りを飲み干したのである。
一年ほど前の話。


 S価学会、罪深いなぁ。でも、やっぱり、すごい力なんだな。ぼくなんかがいくらギャンギャン言ったって、到底敵う相手ではないのは、ずいぶん前からわかってたつもりだけど。



 今日の仕事。
 平成17年の「給与支払い報告書源泉徴収票)」を職員の住む各市区町村の納税課へ送るための書類作成→送付。関連して税務署に送る平成17年分の給与関係の資料づくり→送付。
 17年度、各月の按分処理。



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