2005年07月29日

ルーチンワークから

ルーチンワークで満足していては、この先、やっていけないよ、とのご注意を受ける。

普通じゃないとか、まともとか、色々な価値観や相対的評価があるようだけど、まあ、素直に好きなことをやるのが、一番今は幸せなのです。そうした気持ちで、出版社のバイトのおかげもあり、一つの冊子のようなものを作ろうと考える。

その名も「建築家なしの建築誌」。建築家なしの建築じゃあないよ。
その発端は、ディテールジャパン8月号がきっかけの一つでもあるし、普段のちょっとした疑問なんかも、まあ、今やっとかないと、今後やれないことだなーっと。

具体的には、建築関係の仕事やお勉強をしていない人の建築の好き嫌い、建物の使い心地、印象や感想などをインタビュー形式で、建物ごとにまとめようというもの。

藤森さんは、建物はなぜ壊してはいけないのか?という答えに、人間の記憶、自己形成の要素の一つに、建築、つまりは地域、土地がある。という話し。
いつも通る帰宅路の途中にある民家が壊されると、自分とは全く関係ないのに、寂しいような、懐かしい感じの逆の気持ちになる。それは、自己を組織していた小片が欠けたために、感じるような思いなんだ。そんな括りだったなー。

いや、まあ、人にとって、建築はどんなものなのか、それは希望なのか、遊びなのか、建物なのか、そんなよく分からないものを、感じられる本が一冊ぐらいあったらいいなーと思うわけでした。一冊で十分だと思うよ。
  
Posted by suberubar at 01:42Comments(2)TrackBack(0)日記

2005年07月22日

技術と歴史の研究会

藤森照信さんによる、技術と歴史の研究会。

「20世紀のコンクリート技術と表現」

非常に楽しみにしていた・・・
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Posted by suberubar at 23:45Comments(0)TrackBack(0)展覧会 講演会

2005年07月20日

過去を振り返って、

ヒトラー・最後の12日間を見る。ヒトラーのベルリン地下壕で自殺するまでの12日間を、秘書トラウドゥル・ユンゲさんの元、再現。ドイツ人によるドイツ人が演じたヒトラー映画。

ホロコースト映画の内容はさておき、ドイツとナチス。P・アイゼンマンの「ホロコースト・メモリアル」は完成し、ナチスの要塞が今も残るドイツ。この歴史はいつまで語り続けられるのだろう。
映画では、ヒトラーは「私は後生、呪われ続けるだろう」と叫ぶ。さて、ヒトラー ナチス その歴史から僕は何を学んでいるんだろう。よく分からない。
ナチスのユダヤ人迫害は、今の東京の人口の半分、六百万人が殺された。
僕は、ただ、そんな想像もできないような出来事が起きたことに、ただ圧倒されているだけなんだ。
う〜ん、よく分からん。  
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2005年07月16日

身体と言葉 in 吉祥寺シアター

MIKUNI YANAIHARA公演 3年2組を観る。身体を動かすスピード、言葉を発するスピードを早くする、意識から遠ざかったところに、身体本来のなにかがでてくるのではないか、という話しは理解できるのだけど、見えてきたのは、演劇者自身の身体の動きだった。汗をかく。肩で息をする。血管が浮き出る。筋肉が張る。肌が赤くなる。そんな生々しさ。そりゃ そうだよな。でも、かっこよかった。

そして、吉祥寺にこんなんが出来たとは。お金のかかってない感じ、通り全面テラス、スケール感がとっても吉祥寺らしい。写真ありません・・・。
吉祥寺シアター武蔵野文化事業団HPより
吉祥寺シアター



  
Posted by suberubar at 02:50Comments(3)TrackBack(0)日記

2005年07月15日

研究

卒論がけっこう進む。これも研究室が使えるようになったからだ。
思考も身体も研究一色になるときが心地よく、先代の論文を眺めると、意欲が湧いてくる。

エーロ・サーリネンという建築家は、近代建築における第二世代と括られる人達の一人である。他には、丹下健三、ルイス・カーン、フィリップ・ジョンソン、マルセル・ブロイヤーなど。

さて、下調べは進んだ。どう切り込んでいこうか。構造と表現、コンテクスチュアリズム・・・。
久々に興奮している。  
Posted by suberubar at 02:41Comments(0)TrackBack(0)建築史論関連