2008年08月16日
「枠組み」について考える
d) 環境目的及び目標の設定及びレビューのための枠組みを与える。
実を言って。
環境方針に関する要求事項において一番理解して貰えないのが、このd)なんですよね。一番多いパターンが必殺・意味が分らない時には規格をオウム返しにする、のパターン。つまり「当社は、環境目的及び目標の設定し、レビューを行なうことで枠組みを与えます」というヤツ。
一度聞いてみたいモンですね。「つまり、何がしたいの?」って。
前にも書いたんですが、そもそも規格にあろと無かろうと、企業に必要なコトはヤラないとアカンのですし、無意味であればヤル必要は無いんです。そしてISO14001の規格に書かれている要求事項は大抵の場合、企業経営においての「必要最小限」の内容ですわ。
で、「枠組みを与える」って話ですがね。よーするに何か(環境保護活動)をするにおいて、「何を、何時までに、どれだけヤルのか」ってのを出せってコトなんです。
ISO規格は欧米文化ですから、彼らは経営においてはハッキリとした方向性を打ち出す事が必要だと感じているんです。そのヘンが曖昧を以って美徳とする日本人との違いですな。
日本でもよくプロ野球なんかで現場がフロントについてグチる時の常套句として「ウチのチームが何を目指しているのか分らないんだよね」というのがあります。「来年の優勝」を目指そうと言うなら、FAやメジャーから高額な選手を獲得したり、積極的にトレードを繰り返して弱点の補強をせんとアカンですわ。実際の話2003年の星野タイガースの時なんか前年に対して1/3もの選手が入れ替わった、と言います。「勝つ」ってコトはそーゆーモンなんですわ。
つまり、経営のトップたる者がまず、「オレは○○がしたい」と宣言し、部下はそれの実現に向けて必要な条件を揃えてトップの決済を仰ぎ、トップの決断によって決められた方向に突き進む、というのが企業本来のあり方なんですね。ところが、理想が掲げるのはいいとしても、いざお金の話とかの現実問題に直面すると途端に皆様一様に尻込みをしてしまう、というのが現実なんです。トップの皆様はそのヘンをよくご存知なものですから、最初からあまり理想を語りたがらない。もしくは部下に理想像を描かせようとなさるんで。けどそれは責任の放棄ってモンですわ。
環境方針の中には「省エネを行なうことで枠組みを与えます」なんてモノも散見しますケドね。そんなモノは何処でだってやっている話であって「何のエネルギーについて、何時までに、どれだけ、どーゆー方向性で」という具体性がないと、部下としては何を目指していいのやらサッパリ分りませんから、結果として「事務所の照明をケチる」なんてゆー、アホみたいな改善でお茶を濁すハメになるんですわ。
そんなことで環境活動が経営に寄与している、なんてとても言えませんわな。
枠組みを与える、ってコトはつまり「トップとしての覚悟を見せる」ということだと私は思っています。
d) 環境目的及び目標の設定及びレビューのための枠組みを与える。
実を言って。
環境方針に関する要求事項において一番理解して貰えないのが、このd)なんですよね。一番多いパターンが必殺・意味が分らない時には規格をオウム返しにする、のパターン。つまり「当社は、環境目的及び目標の設定し、レビューを行なうことで枠組みを与えます」というヤツ。
一度聞いてみたいモンですね。「つまり、何がしたいの?」って。
前にも書いたんですが、そもそも規格にあろと無かろうと、企業に必要なコトはヤラないとアカンのですし、無意味であればヤル必要は無いんです。そしてISO14001の規格に書かれている要求事項は大抵の場合、企業経営においての「必要最小限」の内容ですわ。
で、「枠組みを与える」って話ですがね。よーするに何か(環境保護活動)をするにおいて、「何を、何時までに、どれだけヤルのか」ってのを出せってコトなんです。
ISO規格は欧米文化ですから、彼らは経営においてはハッキリとした方向性を打ち出す事が必要だと感じているんです。そのヘンが曖昧を以って美徳とする日本人との違いですな。
日本でもよくプロ野球なんかで現場がフロントについてグチる時の常套句として「ウチのチームが何を目指しているのか分らないんだよね」というのがあります。「来年の優勝」を目指そうと言うなら、FAやメジャーから高額な選手を獲得したり、積極的にトレードを繰り返して弱点の補強をせんとアカンですわ。実際の話2003年の星野タイガースの時なんか前年に対して1/3もの選手が入れ替わった、と言います。「勝つ」ってコトはそーゆーモンなんですわ。
つまり、経営のトップたる者がまず、「オレは○○がしたい」と宣言し、部下はそれの実現に向けて必要な条件を揃えてトップの決済を仰ぎ、トップの決断によって決められた方向に突き進む、というのが企業本来のあり方なんですね。ところが、理想が掲げるのはいいとしても、いざお金の話とかの現実問題に直面すると途端に皆様一様に尻込みをしてしまう、というのが現実なんです。トップの皆様はそのヘンをよくご存知なものですから、最初からあまり理想を語りたがらない。もしくは部下に理想像を描かせようとなさるんで。けどそれは責任の放棄ってモンですわ。
環境方針の中には「省エネを行なうことで枠組みを与えます」なんてモノも散見しますケドね。そんなモノは何処でだってやっている話であって「何のエネルギーについて、何時までに、どれだけ、どーゆー方向性で」という具体性がないと、部下としては何を目指していいのやらサッパリ分りませんから、結果として「事務所の照明をケチる」なんてゆー、アホみたいな改善でお茶を濁すハメになるんですわ。
そんなことで環境活動が経営に寄与している、なんてとても言えませんわな。
枠組みを与える、ってコトはつまり「トップとしての覚悟を見せる」ということだと私は思っています。
2008年08月15日
c) 組織の環境側面に関係して適用可能な法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項を順守するコミットメントを含む。
またしても前回書いた、私んトコの市の「環境方針」についての続きなんですが。
日本って国は今、「順法」ってものがメチャクチャ重要視されておりますわな。食品の偽装、耐震性能の偽装、産廃の偽装等々・・例え直接に多くの被害者が出ていなくとも、「違法だ!」とマスコミから叩かれればもう、一巻の終わり。 すぐに世間様から袋叩きにあって、悪ければ倒産って運びになっています。
んだから、「順法」だと言われれば、「まあ、こーゆー時代だからな」って思えがちなんですが。
確かに、そーゆー側面も無くはないですわな。しかし、規格がワザワザ当ったり前の筈の「順法」に言及するってのは何故かって話です。
以前に「そもそも」というお題の時にも書いたんですが、クジラを守ろうとすっと、クジラの食料となる小魚サンたちを大勢犠牲にする必要があります。ハンパ無い量っすよ、コレ。緑豆の方たちはそれでもクジラを守れっていいますし、我々日本人(一部除く)は程度問題こそあれ、小魚派(又は捕鯨容認派)ですわな。
それとは別に、例えば風力発電と言えば低炭素時代の寵児として名を馳せてはいますが、地元にしてみると「あんなウルサイの冗談やない」と言われるんですわ。
つまり、こと環境問題に関する限り、「これこそが環境に優しい」ちゅう、ボーダーラインは存在せんのです。いや、そもそも価値観なんてぇモノに絶対性を求めることが無理なのかも知れませんケド。
んじゃ、環境保護って何をすりゃぁいいの?って話で。
それはもう、その国や地域、業界、周りの情勢によって全く異なるモンなんです。 ただ、法律は違いますわな。行政様がお決めになった法律や条令は、その国や地域における環境上の絶対的基準なんです。 ソレをすること、若しくはしない事が、その国や地域では環境に優しいとされるワケです。であれば、環境保護の第一歩は法律や条令を守ることなんですわ。そこがスタートなわけです。環境配慮製品を開発したり東南アジアに植林をすることよりも遥かに大事なんですわ。
法律以外にも、組織の周辺には「要望」される事項ってありますよね。苦情とか。そんなんも「ウチとして認める」となったら、法律と同等に対応せにぁアカンです。 ただし、何から何まで受入れられるってモンでもありませんわな。あくまで「受入れを決定」したものだけが対象です。ウチの市みたく、「受入れたもの」という類の文言がないってことは、言ったらゼンブやるんだよな?ってツッコまれる可能性がありまっせ、ダンナ。
