心にあおぞら

『いつも心だけはあおぞらでいたい』それを忘れず日々を楽しみ、沢山の幸せを感じる。悲しみ、苦しみ、辛さ、全て乗り越え、乗り越える度に強くなり、そして学び成長する。 そんなSpiritual Counselor Succla☆ がアリゾナ州 SEDONAよりメッセージ配信です☆

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【358の不思議なパワー】

みなさま突然ですが、数字に不思議なパワーがあることはご存知ですか?

日本や海外のホテルで数字の4や9の数字が除かれていたり羅列する3つの
数字は悪魔の数字と言われていたり、数秘術やエンジェルナンバーなどもありますよね^^

その中に宇宙から頂ける大きく不思議なパワーと言うものがあります。
なぜそうなってるのか、断言できるのかと言われるとそれは解りません。

私や周りの方達の不思議な体験でしかお話しできませんが、
これを何年も続けていてやはり良かったと心から思える

「良いお金のエネルギーが更に良いお金のエネルギーを
 呼び込んでどんどんお金が増える法則です^^」

では、その宇宙から頂ける不思議なパワーの「358」についてお話しますね^^

まず、お財布の中にあるお札の10ケタの番号を見てみてください。
「3」「5」「8」の数字が順不同で構いません。
そのナンバーの中に「3と5と8」が入っていたらそれで良いのです。

どうですか?ありましたか?
1000円札、5000円札、10000円札とある中で探してみてください。

もし、あったら、別の所に分けていて貰えますか?これからその法則をお伝えします。

お札の中に「358」の数字が入っているお札があればもう貴方はそこから
良いお金のエネルギーのスタート地点に立っています。
これからどんどん増える素晴らしいお金のエネルギーで人生をどんどん豊かにして行ってください^^

方法は至って簡単です。

358の並ぶお札を見つけたら、お財布のお札入れとは別のポケットに1か月寝かせて

 "絶対に使いません。"

【お財布に良いお金のご縁を記憶してもらう】のです。

生活の中でお釣りや銀行など新しいお札を見たら「358」を探す癖をつけ、
見つけるたびに別のポケットにまた1か月寝かせます。
その寝かせたお金を使うとき、そのお金は倍々になって使った後戻ってきてくれるのです。

さて、では【どうやって使うか】ここが一番のポイントです!

その1か月寝かせた「358」のお金はまず決して自分のために使ってはいけません。
使い道は一つ。

"誰かの為に何かをする時のみ"

使う事ができるのです。

例えば、お友達や家族の誕生日プレゼントやランチやディナーをご馳走したり、
お土産を持っていく時やとにかく誰かの為に何かをする時までその358のお金は使えません。

ですが、これは本当に不思議なのですが、このお金がどんどん良いエネルギーとなって
不思議な事がどんどん起こりだします。
例えば全く意図していない所で予定外の臨時収入が入ったり、
入場券が掛かると思っていた施設でその日は入館無料だったり、
貸していたお金などが戻ってきたり・・・

人それぞれですが、どんどんお金が溜まっていきます。
自分の為に使うお金はやはり考えて使わないとどんどん消費していきますが、
ご縁の法則を使ったお金は何故かどんどん増えて行くのです。
周りの人皆さんが経験していることですが、10,000円でお土産物を買ったら、
お釣りの5,000札が358だった・・・など

まず、なぜ358か・・・
358にはちょっとした理由があります。
まず大きな出来事が358に関連していることが多いということ。

例えば
☆ お釈迦様が悟りを開いたのは、35歳の12月8日の朝でした。お釈迦様は4月8日生まれなので「35歳と8か月」で悟ったことになります。そして

☆ 玄奘三蔵が天竺(てんじく)に向かった時に従ってきた沙悟浄、孫悟空、猪八戒。
その名前には沙悟浄の「3」、孫悟空の「5」、猪八戒の「8」という数字が隠れています。

☆ 空海が入滅したのは「835」年でした

☆ 日本への仏教伝来は「538」年。

☆ 奈良や京都を「みやこ(都)」と呼んできましたが、これを数字に置き換えると「385(みやこ)」です。

☆ 江戸時代の歴代将軍の中で、初代家康と末代慶喜以外に皆さんが覚えているのは、「3代・家光」、「5代・綱吉」。「8代・吉宗」ならすぐに思い浮かびませんか?

☆ 坂本龍馬が生まれた年が「1835年」空海が没してちょうど1000年後でした。
実は空海も坂本龍馬もお釈迦様の生まれ変わりと言われていて、
お釈迦様が持っている「358」という数字に関わって自分の人生を終えたという共通点があります。

そしてこの数字と「ありがとう」はとても相性が良い。
358のお金を使い、「ありがとう」の気持ちを心から込めて誰かの為に何かをする。
これ以上人生を喜び溢れる最高の時間となる事は無いでしょう。

♡ 子供の笑顔が見たいから
♡ 大切な家族の笑顔が見たいから
♡ 友達の喜ぶ姿が嬉しいから
♡ お世話になったあの方へ。何か心を届けたいから

手作りでもプレゼントでもそこに必ずついてくる「お金」それを「ありがとう」の気持ちと
「良いパワー」と共に「358のお金」使って送ってみませんか?

きっと皆様の毎日がキラキラ素敵に喜びに笑顔に輝くような気がします^^
私からも皆さまに愛と感謝と祈りを込めて☆

Succla☆

余談ですが、BMWの社長さんもこの法則を使い、
「3ナンバー」、「5ナンバー」、「8ナンバー」で車を作られたみたいですよ^^
358のパワーが皆様の生活の一部で素敵なご縁が繫がりますように^^

こんばんわ☺️Succla☆です☺️🌸

最近よく、Succla☆さんのblog全部読みました‼️とかいつも樂しみにしてます‼️なんて聞くからかなり忙しかった日々でなかなかゆっくり書けなかったのですが、今日はどこかで見つけてなるほど!確かに!と感じた言葉をそのままシェアします。いつこれをコピペして持っていたのかどこのサイトだったかは忘れてしまったのですが、心に残るものを残していたので、皆様のお役に立てれたらと想います(^^)

良かったら読んでみて下さいね(^^)

Where there's a will, there's a way.
意志あるところに道あり‼️

Succla☆🌸🍡☺️🍡🌸


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【精進とは】

精進と言うと、精進料理というベジタリアンの事しか思い浮かばないですが、

【精進】

という原語は

「一心不乱に努力すること」

で、精は「精一杯」の精だそうです。
ところが、この「精」という言葉はちょっと一般の方にはなかなか理解出来ないのかもしれないのです。

そこで医学的に「精」を解説すると、「精」とは元々食物が変化して、生命を支える力の根元となったようなもののことであります。

即ち、米が転じたエネルギーという意味です。従って、

「精魂込める」

という意味は、

【自分の体の中にあるすべてのエネルギーを注ぎ込む】

という事であり、単に努力すると言うこととは、かなりニュアンスが違います。いわば、全身全霊を注ぎ込むという意味であり、そこには確固たる信念が必要となってきます。

寝ないでいくら頑張ったところで、人に命じられた仕事であったとか、金儲けのためであるとか、名誉のためであるとかでは、精進にはならないのです。そんなものは単なる欲得なのです。菩薩道の中での精進など、そんな強欲の中の人間くさいことではないのです。

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この内容にはやはり何度読んでも納得!なのですが、私なりの【精進】もちょっとだけ追加で書いて見ますね(^^)


《精進とは》

精進とはすなわち

ゴールを定め、それが本当に我が目指すゴールに向かっているか一抹の不安がよぎる頃...

それでも『そのもの』を
自分を信じ
周りを信じ
自分の信ずるものを心から信じ
一点の曇りもなく前へ進む真剣な心。

その一瞬一瞬の刹那な時間の一瞬に見える真実。

それを見つけられるかどうか。
その見つける旅もまた『精進』のひとつなのでは無いかと想います(^^)

《精進》とは

米が青い光を放つ時から進む。

つまり、青い光とは人生の明け方、人生の夜が明けそうになる時、自分の人生で成し得てない事に対し、芽生えた感情を見過ごす事なく、どんな事にもチャレンジして失敗したっていい、間違ってたっていい。

そこの氣持ちが真剣で伴っていたら。

【当たって砕けろ‼️』

よく使う言葉です。でも、砕けるのは自分ではありません。ぶつかって行った壁を砕くのです。

そうすると見えてくる自分の次のステージ。そこでまた新たな學びを経て氣が付けばまた壁が来ます。前回よりも高くて厚い壁が。


でも、だから良いのです。
そうやって人は肉体の時にしか得られない

自分だけの『経験』と言う"人生の辞書"

に書き記すことが出来るのですから☺️

私なりの精進とは。

このような形でまた考える時間を頂きました☺️

全てに心から愛と感謝と祈りを込めて

Succla☆🌸🍡☺️🍡🌸

2017年4月6日(木)
0:14 fin




【お賽銭と鈴】

みなさまこんにちは。今日もお天気が良かったのと頭痛も酷かったので
トレーニングで2人で歩いてきました。そのルートの中に、いつも地獄の階段を登り、近くの氏神様へと鐘を鳴らしてからお参りするコースを作っているのですが、
ふと、お参りの際、お賽銭と鈴はなぜ鳴らすのだろうか?という事を今日は書こう!と思ったのでお伝えしますね^^


【賽銭の始まり】

・お賽銭を投げて心身の穢れを祓う

お賽銭とは、神へのお供えとして投げる金銭の事であるが、元来金銭ではなく
米や酒、幣帛(へいはく・絹の反物)、海や山の幸などを供えるのが一般的だった。

・中でもお供え物として重用されたのが米である。
・稲作民族の日本人にとって、米とは「神の恵み」の象徴であり、一年の実りを神に感謝する供物として欠かせなかった。

・白紙に米を包んで供える「おひねり」や、米を神前にまき散らす
「散米(さんまい)」が行われていた。

その後、貨幣経済が発達すると、米の代わりに金銭をまく「散銭(さんせん)」が行われるようになった。これが「賽銭」の始まりである。


【お賽銭と御鈴の音で邪気を祓い清める】

賽銭は神への供物であると同時に穢れを祓うためのものでもあった。参拝者にとって、賽銭は "自分の魂の分身にあたる"と神道では考えられている。

・その賽銭に穢れを金銭に付着させ、それを投げ入れることで穢れを祓う事ができる。

賽銭にはこのような祓い清めの役割も期待されていたのである。

☆お賽銭を投げ入れて、悪霊や穢れを祓うのがお賽銭本来の意味だった。
 だが、次第にお賽銭は、祈願成就の代償と考えられるようになった。

【神霊を活性化させる"御鈴の音"の力】

賽銭箱の上には、銅や真鍮製の大きな「御鈴」が吊るされている。

・御鈴の音には「魔除け」の力があると考えられてきた。
・清々しい鈴の音は「邪気を祓い」「神霊の力を呼び起こす」と信じられている。

古来、鈴は神具として重要な役割を果たしてきた。

・神楽舞に用いられる「神楽鈴」も巫女が神がかりして託宣(たくせん)を行う為の道具であった。

・「古語拾遺(こごしゅうい)」には、芸能の祖神・「天宇受売命(アメノウズメノミコト)」が天岩戸前で鈴をつけた矛を持って舞ったという記述がある。

凛々と澄み渡る鈴の音には神霊を活性化させ、人々を祓い清める力が備わっている。


【鈴の効果とは】

・ 神社の拝殿に垂らされた御鈴を鳴らす
       
        ↓↓

・ 美しい鈴の音が、その場を浄化する。

        ↓↓

・ さらに神霊を起こして喚起させる

        ↓↓

・ 参拝者の魂を活性化させる

☆ 神道では、この御鈴を鳴らすことは、「魂を振る」のと同じ行為だとされる。
  「魂振り」をして神霊を喚起して、参拝者の活性化させる。

〜参考文献:神道の本〜

如何でしたか?何気なくお参りするお寺や神社。一度は誰でもしたことがあると思われる
お賽銭と鈴の音を鳴らすこと。こういう意味があり伝えられて来たのですね。

今日はふと、トレーニング中にこれを書こう!と想い書かせて頂きました^^
皆様の参考になればと思います^^

読んで下さりありがとうございました。

Succla☆

【人生はお母さんのお弁当箱・続編】
 〜お坊さんの修行・逆方位取り〜

前回、前篇として方位取りと祐氣取りについてお話し致しましたが、今回は実際に神社やお寺で、土地の鑑定と神言を伝えるためにお伺いした時に聞いた逆方位取りのお話しをしようかと思います。


ある時、お寺で話をしていたら、そこに居た僧侶の方が言いました。

「世間では方位取りというと吉方位の方角へと足を向けますが、私たちはそうはしないのですよ」

「方角を見ては、凶方位の方へ方へと進んでいきます。」

「するとね、面白いことに本当に不運な事しか起こらない訳ですよ。」

「でもですね、それで良いのです。
そ・れ・が良いのです」

「あるお坊さんが始めたことが切っ掛けになったのですがね」

「そのお坊さんはとても素晴らしい説教をなさるお坊さんで、ある時、そのお坊さんは修行として凶方位の方、凶方位の方へとわざと行くわけですよ。そこでは見るに堪えない不運の連続で・・・」


「そしてそれを見ていた別の僧侶がそのお坊さんに言いました」

「なぜ、不運が起こると解っている凶方位の方へと常に向かわれるのですか?

するとそのお坊さんは言いました。

「人生の幸と不幸はちゃんと平等に決められおります。不運を避けるために吉方位ばかりに進むと自分の人生の中に起こる喜びや幸せを感じる事が出来るでしょう。ですが、それもそうずっとは続きません。

ある瞬間にプツリと糸が切れたかのようにどんなに最高の年回りで最高の方位へと突き進んでも凶方位と同じ作用しか起こらなくなる時が来るんですよ。」


「人生、幸せの中にだけどっぷりと浸かってると、それが幸せなのかすら解らなくなります。それは幸せではないのと同じなのです。

ですが、その逆、凶方位にばかり進むと辛いことや不運が沢山として起こります。ですが、これもまた、プツリと糸が途切れたかのようにどんなに凶方位へと進んでも何も起こらなくなるのです。そしてそこでは、吉方位で感じる幸せや喜びしか感じなくなるのですよ。」

「苦しみの中を過ごす内に、喜びや幸せの見つけ方をすっかり覚えてしまうのでしょう。」



「そうすると、何をしていても、ありがたや、ありがたや、幸せだ、嬉しい」

「そう心から思えるんですよ。」

「それに、不運と感じることは出来るだけ若い時の方が良い。まだ立ち上がろうとする気力や希望がたくさんありますからね。年を取るとどうも考え方や経験が邪魔してなりません。人間素直が一番ということでしょうか?私は若いうちの苦行をとても感謝しているのですよ。私はそこで修行させて頂いたのです。」

「ですからほら。もうどんな凶方位に進んでも私には不運が寄ってこない。」

「それよりも、喜びと幸せと感じることばかりですよ。」

「人生は幸と不幸が決められています。好きなものから先に食べると嫌いなものしか残らないけど嫌いなものから先に食べると、好きなものしか残らない。それと同じなのですよ。」


この会話にはとても深みを感じました。
聴く人の魂の深さによって、経験や気付きの深さによっても解釈する意味が違ってくるでしょう。

私はこのお話を聞きながら、人生はお母さんのお弁当箱と同じだなぁと想像していました。

お母さんが子供の為に作るお弁当には愛情がたくさん詰まってます。その中のおかずには、子供の好きなものは絶対入るとしても、それだけでは作りません。子供が嫌いだろうけど、身体に必要な栄養の入ったおかずを気付かれないように混ぜ込みます。

健康で居て欲しいから。元気に育ってほしいから。色んな意味が込められますが、そこにあるのは、ひとえに絶対的な愛情の表れなのです。


私たち人間や生きとし生きる生き物たちは全て天から授けられた尊い命。
それを見守って下さっている方達が人生を守護して下さってます。

その人の命を大切に思うから、魂の磨きを終え、元気に

「産まれて良かったよ!」
「素晴らしい人生だった!」

と還って来てほしいからご先祖様をはじめ多くの守護して下さる存在達は私たちに学びと幸せを与えてくれます。

つい目の前の岩を避けて通ろうとしてしまいますが、そこで避けれたとしても必ずどこかでそれよりも大きな岩が出てきます。目の前のことを一つ一つ丁寧に過ごしながら「お母さんのお弁当箱」という人生を歩いて行きたいと心に誓った時のお話しでした。


☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆

「人生は幸と不幸が決められています。好きなものから先に食べると嫌いなものしか残らないけど嫌いなものから先に食べると、好きなものしか残らない。それと同じなのですよ。」

日々 触れ合う人々から学ぶことは多く
毎日の経験から 教わることは限りない
常に 学ぶ心こそが 人生に喜びを与える

☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆

目の前の事を過ごす心がふと変わった瞬間でした。

読んで下さりありがとうございました。

Succla☆

【人生はお母さんのお弁当箱・前篇】
〜方位取りと祐氣取り〜


お志事がら僧侶やお坊さんとお会いすることも多いのですが、

私のお志事の一つとして、神社やお寺として、聖地が乱れていないかや
年に一度、出雲に集まる時に護りとする式神さまをより良い環境にするため、そして多くは祀られている神様と会話し、お寺や神社の神主様や住職様にお伝えする。

そんなお志事もしています。

その中で、今回は、数回に分けて、そのお坊さんから聞いた逆方位とり、祐氣取りのお話しをしようかと思います^^ 


Sedonaに住んでいた頃も、よく

「方位取りに行きたいので自分だけののパワースポットにツアーできないか」

という問い合わせが多く、浄化の川で浄化してレ霊性を高めた後に
自分だけのパワースポットに行きメッセージを伝えるツアーをしていたのですが、その人は、方角がSedonaだった為、最高の方位取りがしたかったのです。

ではまず方位取りと祐氣取りの違いについて一般に伝えられている内容を簡単にお伝えしますね^^



☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆☆*。。。*☆*。。。*☆*

方位取りと祐氣取り


方位取り:「気学風水」では吉方位に引越しをしてその地に長期間
住むことを「方位取り」という。

・「方位取り」は居住地を吉方位に移してしまいますから、
一時的な移動よりも効果は非常に強く、その場所に
住んでいる間は永続的にその吉作用を受け続けます。


・自分自身の「氣」が定着するまで60日掛かるので出来るだけ
その間は無外泊、そして23時までに布団に入ることをお勧め
します(氣学では23時が日にちの変わり目なため)

・距離が遠ければ遠いほど効果は高いが、近くても1km以上
であれば大丈夫。


・なるべく純粋な「氣」を吸収するために、出来るだけ方位の
中心へと向かう。(他の方位の境界線近くは避ける)



祐氣取り: 旅行や出張などで一時的に吉方位の「気」を浴びて再び
帰ってくることを「祐気取り」という。

・「祐気取り」は一時的な移動ですので通常、旅行や出張など
がこれに該当致します。
距離と時間に比例して効果が高まりますので、「遠く」に
「長く」が原則となります。 


・距離の効果は12,000kmをピークに減少する。
(氣が混ざるため)


・60日間以上の連続した「祐気取り」を行なう際には、帰りの
方位も関係してくる 
(氣の拠点が移り、方位取りと同じになる)



双方の注意点: 「方位取り」は方位の中心を進み、
なるべく純粋なものを得る。
「祐氣取り」は60日以上すると効果はあるが、
帰る時の方位も考慮しなければならない。


吉方位と凶方位とでは影響力に大きな差があり、
凶方位は吉方位よりも3倍の影響力がある。
なので急いで変えても3倍の労力が必要となる。

60日以上の祐氣取りであっても帰りが凶方位の場合は
逆に運気を下げてしまいます。

これは目的地に達した時の話であり、経由で凶方位に
宿泊したらその日数分だけ凶作用を受けてしまいます。



☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆☆*。。。*☆*。。。*☆*

今日はまずは、方位取りと祐氣取りで一般的に言われているお話しをさせて頂きました^^


明日は、「人生はお母さんのお弁当箱・続編」として、実際お坊様からお聞きした、「方位取りの修行」のお話しができたらと思います^^


読んで下さりありがとうございました!

Succla☆






【子供の頃からの癖】
辛く苦しく、どうにも出来ないほどのどん底を味わうとき。子供の頃から必ずやる2つの癖がある。


一番最初にやる事は

【・いつも以上の徳を積むこと】

誰も見てない、誰も氣付かない。氣にしない。そんな所で沢山沢山 "徳を積む"

小さい事から大きな事まで。

誰にも氣付かれずにやる事が私の中のルール。神様との会話が生まれる。

小さな事で言えば、

・入るお手洗い全てで、その場でできる掃除や綺麗にすること。

これはよくやる。でもいつもは全部じゃ無いし、その時に応じて。だけど、辛く苦しい時は必ず特に全部やる。

書ききれ無いくらい沢山あるけど、とにかくどんな事でも小さなことでも"氣付き"、"見過ごさ無い"。

人が面倒くさかったり放ったらかしてしまうようなものを見つけたら、直ぐに自分がやる。

もう一つは


【・今の自分の辛さ、苦しみ以上の喜びや幸せを感じる事を積み重ねる】

100苦しかったとする。喜びや幸せを感じる心がそれ以下ではその苦しみの方が勝ってしまう。

だから、これもまた一つ目と同じ。

嬉しいと感じる事、樂しいと感じること、幸せと思えることをどんな小さなことでも良い心に留めて積み重ねる。これを自分からできる限り作り出す。

環境を変えることもまた一つ。変えれなくても日常の中で

"幸せ探し、喜び探し"

を最初は顔晴って見つけ積み重ねる。でも途中からどんどん満たされる自分を感じていくから樂しくなる。そうなる頃には100あった苦しみを超え、200,300と喜び幸せが上塗りされていく。

苦しみ100に自分が留まったらずっとずっと苦しいまま。

苦しみを超えるには、自分が動き、動かすしか無い。これは自分がしなければ全く何も動かない。

そこに氣付けた時、人はまた

・ 乗り越え方を覚え
・ 優しさが深くなり
・ 愛情に光がどんどん差込み輝きと変え
・ 這い上がり方を知り
・ どんな事も乗り越えられる自分が生まれ
・ また一つ、強くなる。

愛と優しさはこうやって生まれてきた。
自分の痛みを持って人の痛みを知る。だから氣持ちが解る、だから寄り添える、だから1人じゃ無いよって伝えられる。

傷付いて苦しんで来た分、幸せや喜びを見つけること、どんな小さな事にも感謝する事ができるようになった。

どんな苦しみも痛みも辛さも、自分が乗り越えられる分しか提供され無い。乗り越えるとまた一つ大きな自分に出逢えるから。

今は未来の自分の幸せの為に在る。

昨日もふと氣が付いたら無意識に癖が出ていた。もう少し、もう少し。あと少し。

やっと昨夜、Sedonaに無事到着した。

皆さんへ

愛と感謝と祈りを込めて

Sedonaから沢山の愛と感謝と祈りを送ります。

ありがとう

合掌

Succla☆

※ 写真は、Sedonaに行く途中で寄った、グランドキャニオンです。グランドキャニオンでもメッセージを頂いていますのでまたアップしますね。

〜今日の言葉〜

【自分を誤魔化さない】

ありのままの自分を受け入れ、それが満足いかないのなら、満足行く自分に《素》で戻るようにする。
 
例えば頭痛

頭が痛い時、つい『鎮痛剤』に頼りたくなりますが、その原因を日頃から探り、対応している事で《頭痛持ち》の身体から《頭痛になら無い》身体へと変化していく。

例えばアトピーやアレルギー病氣もそう。対処療法としての『薬』を何も調べず飲むのではなく、《その根源を知る努力》をする事で、対処療法ではなく、根源から良くする根源療法へと変わっていく。

身体はすべて

治り方を"全て持っている"し"知っている。"

一人一人の心が元を良くする事に意識が向けば世の中も変わって来るのかも知れません。

あなたの人生は素晴らしさの"《素》"を持ち、生きてる。それを感じるかどうかはあなたの心次第。

『素晴らしい』とは『素・晴らしい』であり、【あなた自身(素(もと)つまり元)が心身ともに晴れやかになり心が感動すること】である。

あなたの毎日が素晴らしさで溢れますように(^^)

今朝も素晴らしいゴールドコーストの朝日で目覚めました。大自然の恩恵に感謝を込めて

皆さんにパワーが届きますように(^^)

Succla☆



去年の11月、L.Aから友人2人が訪れてくれた時、一緒に行った小諸にある懐古園。そこで頂いたMessage。皆さんにも届けます😌

今日も笑顔でありますように
今日も優しさに沢山包まれますように
今日もあなたがあなたらしく輝き続けますように

愛と感謝と祈りを込めて

Succla☆


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【だから光でありなさい】

とめど無い時間の中で
真実のみが光輝く

例えその光が泥の中に埋められようとも
地下深く封印されようとも
雲に全て隠されようとも

真実の光は消えることなく
その場所でその輝きを放ち続ける

だから光でありなさい
だから温もりを持ちなさい
だから本当の優しさを示しなさい

あなたの光が闇に消えても
闇は光を隠せても

あなたの内なる輝きは消すことも
隠すこともできない

あなたはそこを信じなさい
あなたの真実のみを貫き通しなさい

さすれば必ず その光は雲を風が払い
光は闇から抜け 、無理な封印は解かれる

輝き続け、光続ける限り
いつか来るその日を信じ

あなたは光輝く事を、それを更に磨くことを忘れないよう歩きなさい

真実は一つ

周りの景色がどうであれ、あなたは雲に乗り嵐を天氣で通り過ぎる観音の如く在り続けなさい。

必ず道は拓けるのだから。

14:14
2016年 11月9日(水)
小諸 懐古園

【神仏の在り方《京都・三十三間堂》】
大切な方の思わしく無い体調を施術しに行かせて頂く前、ご縁あって、その方がとにかく良くなるようにと心を込めてお参りをしました。

その時に1,000体以上あるだろう観音様達に本氣で

『これからお逢いする方の命の時間を守る為にどうか私の身体を使ってお力を注いで下さい』

と祈った時、大観音様から頂いたお言葉でした。解っているのに、『助けたい‼️』と言う想いが強過ぎたので、もっと力を抜かないと良い成果は出ませんよ!と言われたような氣がしたMessageでした。

皆様にもシェアさせて頂きますね😌

皆さまの心にも届きますように😌✨

愛と感謝と祈りを込めて

Succla☆🌸🍡😊🍡🌸

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【神仏の在り方《京都・三十三間堂》】

神仏は尊び頼らずと言う言葉があります
その言葉の通りなのです

神仏を頼れど神仏は動かず。これが全ての通りでもあります。

あなたが起こす思想、行動、言動にて神仏が自ら動くのです

ですから何も頼る必要はありません

あなたの頼る心は自らを弱くします

そうではありません

あなたは 自分自身を信じ、頼り、強く突き進むのです。

さすればそれは光と化します

そこに熱が生まれ、光は更なる大きさを持って周りを照らす一筋の希望の光となるでしょう

その温もり
熱さや光の強さを持って自然と神仏が動くのです

動きの無いところに熱も光も連なることも大きくなることも無いのです

間違っても 
失敗しても
行き止まりでも良いのです

あなたの中にある決意が真実を生み
大きな力となるのですから

だから 我が身に嘘を付くことなく歩みなさい

二度と同じ道を踏むことは無いのです

唯一無二のその一瞬を命の宝とするならば
その力が全てを

揃え 
整え
そして導くであろう

その先導が神仏なだけなのです

あなたが生き抜く"刻"というのは
その光を強め そしてそれを土台に華開くのです

それが全ての貢献に繋がるのです

2016年12月吉日
14:48 pm 

京都・三十三間堂

【生きる証し・聖観世音】

前回の浮御堂で観音様から言われ、そのまま聖観世音様の所に行った時に降りて來たMessageです‼️

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【生きる証し・聖観世音】

晴れやかなる日もあれば
雨の止まぬ日もまた続き
 
だからこそ感情が生まれる

だからこそ感謝が生まれる 

日々の変化を樂しみなさい
あなたに変化があることは感情を使う証し

あなたの感情が動くことは生きてる証し

同じ生を過ごすなら、より多くの感情の中で、生きてる証しを感じなさい

そしてそれを見て、聞いて、感じて、その中から生きる喜びを見出しなさい


あなたの命はあなたのものであってあなたのもので無し

あなたが借りてる肉体の中にはあなたが何より守らなくてはならない心と魂が存在します

感情が激しく動くことは、生きてる証しを頂いている証拠

感情を経験し尽くした先に残るのは、肉体を超えた安寧のみ

あなたが行き着く先はいつの時も心の安寧、魂の安寧のみ

だから何も心配しなくても良い

針の先より細い糸を渡る綱渡りをしていると感じていても、それはあなたの心が感じる幻影と同じ。

どんな時も、あなたの先にはあなたを導く道があり、あなたを導く存在があり

光り輝くだけでなく
あなたを導き、助け、力付けるそんな存在が

あなた以上にあなたを信じ
ただ振り向く事もなく、あなたが付いてくる事を信じ、真っ直ぐに行くべき安寧へと続く道を歩み進む

信念とは
揺らがぬ決意とは

あなたを守ると決めた存在達が
あなたの先を歩き、導く事から始まります

あなたの肉体はあなたのものであってあなたのもので無し

あなたの肉体は、あなたの心と魂を守るために借りている貴重な御堂と同じなのです。

あなたの心が、魂の在り方が、その御堂を壊しも強くもします。

全てはあなたの心で決まります。

針の先程の細い道が大きな寝転べるほどの橋のような安心感にも変えられる事ができるのです。

あなたは愛され守られています

そして目の前にはあなたを導く存在達が多くあなたを見守り、信じ、常に一歩も二歩も先を歩いてくれている

だから信じなさい

何も怖い事はない
何も恐れる事もない

あなたの行き着く先は常に心のそして魂の安寧なのだから

私達はいつもあなたを水を通して、火を通して、空氣を通して、食を通して見ていますよ

全ての愛があなたに届きますように

2016年12月吉日
琵琶湖 浮御堂 

【琵琶湖に浮かぶ唯一の御堂・浮御堂】

直感でここだ!

と想った場所。琵琶湖に浮かぶ唯一の御堂。浮御堂。昔、比叡山から見えていた琵琶湖を眺めていた住職が、琵琶湖のほとりに毎夜毎夜輝くものを見、掬い上げると観音様。その見つけたほとりに御堂を建てその観音様の中に千隊の阿弥陀さまを奉納されたと言う浮御堂。松尾芭蕉も訪れたと言う琵琶湖に浮かぶ御堂。

その御堂へと向かう橋を渡り、御堂の前に着き、ブーツを脱いで上に上がりました。


頭を下げ、いつもの如く感謝を唱えると聞こえてきた声は

大観音様:
『着いてくるかい?』 

でした。私はすかさず

『はい』

と伝え、声の主・正面に大勢の各観音様達から見守られた大きな観音様の後ろを着いて行きました。

最初は《普通の幅》の、よくある幅の道です。どんどんどんどん進んでいくと、進めば進むほど道が狭くなります。


それでも観音様の歩は止まりません。私も必死に着いて行きます。

そうすると、綱渡りのようなロープの細さとなり、最後は

《針の先よりも細い糸のような道》

となりました。

それでも私は着いて行きます。

そこで観音様が振り向きました。

観音様:
『あなたはこの先、この針の先よりも細い不安定な道となるかも知れません。それでも着いて來ますか?』

Succla☆:
『はい、着いて行きます』

観音様:
『それは何故ですか?不安にはならないのですか?』

Succla☆:
『なりません。』

観音様:
『ならまだ着いて來なさい』

私はその観音様の背中を信じて、信じて、信じてそこしか見ませんでした。観音様の先の道が本当に

"黄金に輝く素晴らしい道"

だったからです。

そしてまた、振り向かれました。

観音様:
『あなたはまだ私に着いて來ますか?』

Succla☆:
『はい、着いて行きます』

観音様:
『あなたはここから暗闇だとしても不安にはならないのですか?』

Succla☆:
『なりません。』

観音様:
『何故ですか?』

Succla☆
『何故なら確かに私は針の先よりも細い糸の上を歩いています。この先に暗闇が待っているかも知れません。ですが、それは観音様の導きです。

私の意識は、観音様に着いて行くと言う【決意】しか無いのです。そして、着いて來なさい。と言う言葉の裏には、着いて行けると言う確信があるのです。例え観音様が私を試されたのだとしても、私を信じていなければそのお言葉は出てこない。だから私は着いて行きます』


観音様:
『私がもし、偽物だとしたらあなたはどうするのですか?』

Succla☆:
『例えばもし、観音様が偽物だったとしたならば私の修行が足りない事と心が濁っている証拠です。

清く、正しく、美しく、道を極める極道となる。

その生き方に歪みがある証拠です。もし、偽物だとしたら、自分に対してのMessageです。

心して心を見返し正します。

ですが、真っ直ぐ歩いて來た人生に嘘偽りが無ければ、それは見えるもの全てが真実です。私の前には輝く素晴らしい黄金の道と凜とした強さと深い愛情、優しさが滲み出る観音様しか見えません。だから私は信じてます


観音様:
『なるほど、その通りなのです。その心なのですよ。自分の足元を見るととても不安定でバランスを崩すと落ちて消えるものだとしても、実はその細さを決めてるのは自分なのですよ。

あなたにそれを経験させました。でも、あなたはどんな細い糸の上を歩くような状況でも、あなたの心は最初の普通の幅の道を歩くのと何ら変わらず着いて來ましたね。

つまりは、どんな現状であれど、あなたの歩む道の土台を築くのは、あなたの心一つなのです。そしてその先の道はどんな歩みの者であったとしても、その者に対して必ず数多の救い、導く者達がその先を光り輝き、そして導きながら歩んでいる。それを信じて歩くだけなのです。

あなたの魂が望む道を、先導切って守りし者達が道を作り歩いてくれているだけなのです。それをあなたは信じている。その心で皆を導きなさい。私達はあなたが私達を必要とする時、必ず導き手を貸しましょう』


Succla☆:
『ありがとうございます。何も迷うことなく、何もブレることなく私は私の歩むべき道を心と魂を磨き、心と魂を高め、一人でも多くの人達の笑顔の為に前へ前へと信じて進みます。』


観音様:
『解りました、ここへ來なさい』

そう言われ辿り着いた場所は観音様の懐でした。それはまるで大きな大きな卵の殻に入っているような感覚で何もありません。ですが  すかさず


Succla☆:
『何も無いと言うことが全てある。そういうことですね』

と伝えると、観音様は言いました。


観音様:
『ここが魂の最終地点、最後に魂が辿り着く場所なのですよ。ここは安寧の地。安らぎの場。そしてここで優しさに包まれ、愛され、守られていることを知る場所なのです。皆、最後はここに辿り着くのですよ。』



あの何も無い空間に流れる優しい空氣と温かい感覚。それを感じただけで自然と『ありがとう』と言う言葉がこぼれた。

Succla☆:
『ありがとうございました』

そう伝えると、


観音様:
『あなたはMessageを貰いにここへ來たのでしょう?帰りに聖観世音の御堂へ立ち寄りなさい。そこでMessageが貰えるはずですよ』

Succla☆:
『解りました、ありがとうございます!また來ますね😊✨』


観音様:
『いつでも私達はあなたの心の側にいますからね』

一礼


そして御堂を後にしました。御堂では経験をさせて頂いた事で全てを終え、Messageでは無かったのですが、本当に聖観世音様の所にご挨拶に行くと、いつものように最初の一節だけずっと繰り返し言われ、

『晴れやかなる日もあれば
雨の止まぬ日もまた続き』

今回はどんなMessageなんだろう...

でも今日はさっきも御堂でここに來たらMessage貰えるって言われたから書こう‼️

と決めて書き始め...

最後に涙が溢れました。
観音様の愛。想い。しかと受け賜わりました。

この

"言葉を超えたその先にある、その奥にある愛"

をしっかりと受け止め日々を過ごします‼️

今日も素敵な時間をありがとう。
素敵な出逢いをありがとう。

導きくれた、全ての出逢いに本当に本当に感謝しますm(_ _)m

心からありがとうと
 
愛と感謝と祈りを込めて

Succla☆🌸🍡😊🍡🌸

2016年12月吉日


いつも何かあると思い出し、自分を奮い立たせる、

『この瞳(め)は世界一の瞳をしてる』

乗り越えろ‼️

明日を"明るい日"にする為に。

常に自分に言い聞かす。

私が"私を超え続ける"為に

Succla☆

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「この瞳(め)は世界一の瞳(め)をしてる」

入院していたお爺ちゃんがまだ私が幼稚園の頃、言ってくれた言葉。自分はアルプスの少女ハイジなんだと思っていたあの頃。お爺ちゃんが買ってくれたハイジのぬいぐるみをボロボロになっても大切にし続けた。服も敗れて中の綿が出て、ボロボロになっても自分でそれを再現して大切にしていた。


世界一の瞳(め)

お爺ちゃん、まだまだ私頑張るよ!!

まだまだ私お爺ちゃんに恥じない人生生きるからね!!

だからいつか会おうね。

お爺ちゃん。

大好きだったお爺ちゃん。

何度かしか会ったこと無いけど、その深い愛にどれだけ癒されたか。

今でも覚えてるよ。

「今は何が欲しい?」

と聞かれ、

「皆んなが腕時計持ってるから腕時計欲しい」

と言ったら、

「よし!買いに行こう!」

って、病院の売店に連れて行ってくれたこと。

そして買ってくれたのは、赤いシンプルな《置き時計》だった。"腕に付けること"は出来なかったけど、どれほど大切にしていたか。何度も何度もそれを見ては力を貰った。


お爺ちゃん、私生きてるよ。

お爺ちゃん、私幸せだよ‼️

お陰で周りにある沢山の幸せを見つけることが得意になったんだ!

お爺ちゃん、
お爺ちゃん、....
会いたいよ....。・゜・(ノД`)・゜・。

お墓を綺麗にしながら心の中で沢山会話した。

ちゃんとお爺ちゃんからの声も聴けた。こんな時も、神様のお使いのお役目頂いていることに心から感謝する。聞こえてきてくれる声にありがとう。支えてくれてる存在達全てにご先祖様全てに今、現実で側にいてくれる人達全てにありがとう。

そう心で叫び続けた。

無事、ずっと行きたかったお墓まいりに行くことが出来ました。ご先祖様もきっと行っただろう道後温泉に今日は泊まってます。


露天風呂に入りながら
お爺ちゃんやお婆ちゃん、父のことを考えながら空を見上げ、綺麗な月を見ていたら、自然と涙がこぼれ落ちた。

産まれてきて良かった。
よし!また明日から頑張るぞ!(≧∇≦)

明日は愛媛からまたしまなみ海峡を渡り、広島へ移ります(^^)

明日は天気が中国、四国地方は荒れ模様らしく。何とか持ってくれたら嬉しいです(^^)


私の原点...13歳からの人生。
まだまだイケる‼️もっと自分を磨き背中に誇りを持てる生き方をして行こう‼️

2017年1月4日(水)

Succla☆

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【「生きる」か「殺されるか」究極の選択の中で「生きたい!生きて幸せになるんだ!」と思った13歳の夏・・・】


体中は赤、青、黄のあざだらけ。てんとう虫と呼ばれた日。

「食べる」、「お風呂」、「着替え」を与えられず、お腹を空かせて
道路に落ちてる石を舐め唾液で生活していた身体は骨と皮だった。

お前なんて死んでしまえ
お前なんて必要ない
お前なんて産まれて來なきゃ良かった。

毎日聞いていたBGM

初めて泣きながら布団の中で神様に語り掛けた・・

ねぇ、本当に生れて來なきゃ良かったの?本当に必要無いの?
神様はその答えをくれるかのように答えを見せてくれた。

「不幸は不幸じゃないんだ、その人が乗り越えられるからこそ与えられた試練」

その言葉を目にしてそこから生きる勇気を貰った 幼稚園時代。
今考えれば、よくそんな言葉を理解できたと自分でも感心する。

そこから何度「神様」と呼んでいた存在に救われて生きて來たか。。
いつしか天涯孤独だった私を支えてくれる「声と映像」で導かれた日々は
現実には苦しく、「神様との会話」は喜びと気付きとそして悟りそのものだった。

孫の手が折れるまで殴られ、ホッチキスで指を止められ泣き叫んだあの日。
抜け出す手段が見つけられず「生きるとは」を考えさせられた小学校低学年。

「息してるだけで幸せだよね。それだけで幸せ」

と感じた小学校4年生。円形脱毛症の中、自殺を決意し、その中で到達した気付き・・
カッターで手首を切る手を止めた。自分を心から恥じた。

生きたくても生きれない人がいる!!
自分は何をしているんだ!!
生きなきゃ!!

そう痛感した小学校4年生。10歳の秋。

 

13歳の夏・・・

存在の必要性が完全に無くなった私に残されてたのは

「生きる」か「殺されるか」のどちらかだった。

そして・・・

私は「生きる」を選択した。


13歳。新幹線の入場券しか買えない私は人生を掛けて飛び乗った。
一度乗りたかったグリーン車で東京へと向かった。

東京駅。改札

私「すみません、寝ている間に荷物が無くなってて」

制服姿の私はあからさまに怪しかったはず・・・なのに

駅員「どこまで行きたいの?」

何も言わず、行先までの切符をくれて通してくれた。
あの駅員さんは今でも神様だったのでは無いかと思う。

いや、人間。

だけど、本当に私の人生を変えた一瞬だった。

無一文の私が選択した人生。
手のひら10円の生活。

電信柱に捨ててある二層式の洗濯機を担いで持ち帰った14歳の冬

四畳半、トイレ共同風呂なし。ベニヤ板一枚のドア
目の前には開かずの扉。そして朝になると鶏が廊下を走る
台所の水しかない蛇口をひねると床から水があふれ出し、
公園の捨ててあるマガジンで吸水して捨てる毎日・・・

すべてはそこから始まった。

13歳の私は年をごまかし、朝の7時から5時まで毎日マクドナルドでバイト。
夕方6時から11時までは地元の中華料理屋でバイト。休みの日は本の製本で
朝早くから夕方まで日払いのバイトをして15歳でとうとう過労で倒れて入院。

病院代を払えない私は自分で点滴を抜き自己退院。
白血球18,000あった私は激痛の中、お腹を抱えてそのままバイトへ。
痛みを隠し氣力で乗り切った。あの冷や汗を忘れない。そんな日々だった。

でも、"生きるんだ!!"を選択した。


電信柱に二層式のボロボロの洗濯機が捨ててあった。
買えるお金が無かった私はそれを担いで自宅の廊下の先の出入り口にある
洗濯機置き場に並んでる洗濯機の隣に置いた。

「ありがとう、ありがとう」

と言いながらその洗濯機を丁寧に洗った。
二層式なんて使ってる家はもう無くなってた時代。

物を大切に愛を言葉をかけ大切にすることを學んだ。
そしてピカピカになった洗濯機。

電源入れたら入らなかった・・・壊れていたのだ。
私はピカピカになった洗濯機をもう一度担ぎ元の場所へと運んだ。

懐かしい・・・私の原点。

「生きる」を選択した日から「無限の可能性」の気付き、実行し
何事にもチャレンジし続けた人生。

自分の先見力を信じたあの日。

先見力は時代と共に現実となった・・・

ふと、自分の原点を思い出していた。

13歳の夏。

生きるを選択して本当に良かった。
今まで出逢った人たちへ・・・

今まで出逢ったモノ達へ・・・

全ての存在達へ

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

導き今も支えてくれている見えない存在達へ
本当にありがとう。

真実を知る目を、
本質に気づく目と心を
お金で買えない優しさや勇気や希望や
その全てをこの経験で教えてもらい、
与えて頂きました。

私はこれからもこれを大切に、
人だけでなく
生きとし生きる存在達との橋渡しとして、肉体を卒業された方々が
想う家族や大切な人へのメッセージ。

これからも使命として
お役目として

何より生きている感謝として、尽力します。

この命にありがとう、

生きてる全ての存在達へ

側にいてくれて ありがとう

合唱

2015年1月4日

Succla☆

これは去年のクリスマス前後、Facebookをあげようと考えてたら、Succla☆の原点について深く考えることがあり、そんな中、私の産まれてきた意味について考えていて、つい書いてしまいました。まだこれは序章にしか過ぎないスタートの話のみですが、読んでくれてありがとう。

今日は明日から行く愛媛・・・私が生まれた場所。産まれただけの場所。
何年ぶりに行くのか、お爺ちゃんとお婆ちゃん、父親が眠るお墓へと墓参り。

ずっとずっと行きたかった・・・。

お婆ちゃんと父親のお骨は私が納骨した。とても忘れられない思い出と共に。
またいつか共有しますね^^それでは明日朝早くの出発ですが、
お墓参り行ってきます!

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行方不明者が見つかって、あれから丁度2年...昔の記事を見つけた。

Missing People の(人だけでなく、動物や物も含め)昔は透視案件も多かった...それは透視が得意だったから。

だけど、ある時から避け始めた。そして『ある事件』を追ってる時、自分の透視の眼を強制的に閉じた。どの案件に置いても、とても悲しい結末、身勝手、我儘な本人や周りが多過ぎたから。

そして、長い間、眠りに就かせた。

だけど最近、やたらと透視案件が多い。こうやって、この時のように

『生きててくれてありがとう‼️』

と思えることが本当に少ない...

ついこの間も、大切な書類の失くし物の案件があり他の案件と合わせて透視させて貰った。

結果、見つかったことで無事解決したが、ここの所やたら本当に多い。年末なのもあるかも知れないが...

きっと、長年閉じてた蓋を全て外せ‼️と言う合図なのだとも思える。

そろそろ、腹の括り時が来たようだ...

使命に更に本氣で立ち向かうことを加速しなければ...

『今』動かなくていつ《動く‼️》

貫け‼️
突き抜けろ‼️

そして、道を極める『極道』となれ‼️

襟を正し真っ直ぐに
美しく生きよ‼️

やるしかない。全力で走り切る‼️

これがきっと、Succla☆だから。

2016年12月30日(金)
Succla☆
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生きてた!!!!!!
生きてた!!!!!!
生きてた!!!!!!
生きてた!!!!!!

あ〜!!!!!!!!
なんてなんてなんてなんて嬉しい日なんだろうか!!!
Succla☆として本当に最高の日だ!!!!!

生きてた!!!!!
生きてた!!!!!
生きてた!!!!!

泣いても泣いても涙が出てくる
本当に本当に本当に良かった!!!!
本当に良かった(ノД`)・゜・。

今年、ある行方不明者の捜索をしていた。

苦しみが伝わり、悲しみが伝わり、当人の死ぬ覚悟が伝わり・・・
必死に滅多にしない「透視」をして探し続けた。

最後の最後まで諦めたくなくてずっと祈り続けた。

死にたくなることもあるよね、人生。
でも負けて欲しくなかった。祈り続けた

本当に嬉しい!!!

最高の日を迎えることができました!!
諦めず祈り続けること、信じ続けること。
本当に最高に嬉しいです!!!!

本当に、生きててくれて ありがとう(ノД`)・゜・。

それだけです(ノД`)・゜・。

生きててくれてありがとう
生きる選択をしてくれて 本当にありがとう(ノД`)・゜・。

神恩神謝!

2014年12月30日
Succla☆

【泥の中で輝く希望の華、蓮であれ】

例え泥の中にまみれても、
清く、正しく、美しく、
咲き誇る蓮であれ

光 輝き蓮であれ

さすれば、周りは誰もあなたに手出しが出来ないであろう

泥の中に咲き誇る 

希望の華

蓮となれ



清く正しく美しく
泥が例え蓮を覆い消そうとしようとも、蓮の在る所に輝きあり

輝き在る所に浄化が始まる

そこから元の蓮となる

2016年7月
Morocco・メルズーガ(サハラ砂漠)
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常に私は

不浄で非ず
清く正しく美しく、心強く、信念持って
生きることに感謝し、世の中に貢献できる人であれ。

たかだか100年足らずの短いこの命

その命を使って、次の世代に何を残せるか。
生きて活きた先人として、

【泥の中に咲く花よ、光であれ】

そう生きてます


でもね、時として、泥の深みが強すぎて、涙しか出ない時がある。

浄化の涙として周りの泥を綺麗に洗い流せるような光とありたいと想っていても、時に不浄なものに心崩される事がある

だけどね、もちろんの事ながら、

驕り高ぶりは身を滅ぼす
常に周りの足元を照らす灯となり、周りに温もりを届ける太陽となれ

これが私の生き方。

そしてね、私は夢を、そして想いを叶える為にこの世に存在してる。

人が人として生きながら活き、人としての地球への役割を果たす人間を支えるために。

"人間様になってはいけない"

人も物も虫も微生物も植物や水、言葉にできない者たちを守り助ける為に「人」というものは存在してる

一人一人が人や生物、植物、地球を支えるために。


いつも言ってる言葉。
不浄なものの上に成り立つお金や権力はいづれ壊れ無くなる。

どうして人はそう言うものに弱いのかな...

清く生きれば 清き事しか起こらないし
美しく生きれば、美しきことしか見えて来ない

でもね、その中でやはりね、この世のものとは思えない程の泥の中にまみれることもある。

これはきっと修行。

【泥の中でも輝き咲き誇る 蓮の花であれ】

私は私の輝きを崩さない。

Succla☆

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