杉山茂樹のBLOGマガジン

Profile
[プロフィール]
  • 静岡県出身。東京都在住。AB型
  • スポーツライター
  • 得意分野はサッカーでヨーロッパが厚め
  • W杯は82年のスペイン大会以降、10大会連続現地取材
  • 五輪も夏冬併せ9度取材
  • テーマは「サッカーらしさ」「サッカーっぽさ」の追求
  • 愛称はスギッチ。サッカー番長。スタジアム評論家
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    日本のサッカー中継にいまだ残る、「肘打ち」に蓋をする事なかれ主義

     11月15日に行われたJ1リーグ27節、名古屋グランパス対FC東京戦。後半15分のシーンだった。

     ボールをキープしていたFC東京のレアンドロは、プレッシャーを掛けようと背後から迫った名古屋MF稲垣祥に肘撃ちを見舞った。稲垣はその場にバッタリ倒れるも、主審の松尾一氏は、悪質行為な反則に及んだレアンドロに対し、レッドカードはもとよりイエローカードさえ翳さなかった。ほぼ目の前で見ていたにもかかわらず。レアンドロの肘撃ちも酷かったが、プロフェッショナル・レフェリーである松尾主審の見逃しも酷かった。

     VARを採用する海外の試合で、この手のシーンを見かけることは激減している。Jリーグも今季からようやくその採用に踏み切ったものの、中断明けの試合から採用を断念。再開後も普通にVARを採用する海外の試合を視聴していると、レアンドロが犯したような反則行為や、主審の見逃しが、時代遅れの産物に見える。

     VARが採用されていれば、肘撃ちをいくら巧妙に行っても、バレることが分かっているので、選手は自重する。審判の目はごまかせても、映像で監視されているので、悪事を陰でこっそり働けなくなっている。レアンドロのような選手は減っている。それだけに余計、ガックリさせられる。それを見逃す主審しかり。

     だが、個人的にそれと同じくらい残念に思うのはテレビの実況だ。DAZNで実況していたアナ氏は、「クリーンヒットしています!」と、その模様を端的に伝えたが、NHKBS1のアナウンサーは触れようとしなかった。事なかれ主義的な態度は、傍らで解説する播戸竜二さんとの比較で、鮮明になった。

     今年から解説者に転じた、小柄な身体の元選手は、積極的に熱く語った。「こういうプレーは絶対にやってはいけません」と何度も口にした。にもかかわらず、アナ氏は播戸さんの言葉に間の手を入れようとしない。会話が膨らむことを避けているように見えた。

     播戸さんが熱く、怒り心頭に発しながら口にする正論はまさに、空を切る格好になった。アナ氏が言葉に詰まるほど、播戸さんの怒りは増幅していくという感じで、しばらく続いたこの2人の不自然な関係に、筆者は日本社会のダメな部分を見た気がした。

     レアンドロが稲垣に行った愚行に、松尾一主審がそれに相応しい処置をしていれば、実況アナ氏も播戸さんの見解に、スムーズに間の手を挟むことができていたに違いない。だが、主審はカードを翳さなかった。そこで、播戸さんの意見に積極的に耳を傾け、同意することは、言ってみれば主審の判定に異を唱える行為になる。NHKのアナウンサーとして、それはできない行為なのか。中立的ではない言動とされるのか。

     反則かどうか際どいシーンになると、アナ氏は「微妙ですね」を決まり文句にした、かつての日本のテレビ中継を想起した。その臭いものには蓋をしようとする姿は、たとえば欧州とは正反対だった。微妙なシーンをえげつないほど繰り返し映像で映し出し、オフサイドか否か、ハンドか否か、つまり誤審か否かを積極的に浮き彫りにしようとした欧州から、日本に帰国して、日本のテレビ中継を眺めると、その事なかれ主義に愕然とさせられたものだ。

     筆者は、何事も曖昧なままスルーしようとする事なかれ主義に、VARが一石を投じる特効薬になるものと期待した。

     問題のシーンを繰り返し映像で検証するスタイルは、欧州サッカー文化そのものだ。その姿勢を主催者が進んで打ち出せば、臭いものに蓋はできなくなる。日本の放送局が「微妙ですね」と言ってお茶を濁すことはできなくなる。

     判定について、あーだ、こーだと言い合うことができるようになればれしめたもの。その他の微妙な問題についても、フランクに語る時代が到来する。サッカーを取り巻く状況はVARの採用を機に、大きく好転するものと期待した。

     いったん解放された扉が、再び閉じてしまったように見える。先述のNHKのアナ氏などは、向こう岸に渡っていいものか弱気になっているという感じだ。

     VARの導入について否定的だった人は、当初、半分程度存在した。サッカーは流れのあるスポーツ。VARで再三中断されては、サッカーの魅力は半減してしまうという意見は多く聞かれた。

     要はバランスなのだけれど、筆者もそうした要素が削がれるのではないかと少なからず危惧していた。ところが、実際に採用されると、中断が1試合平均2、3回程度で収まることが分かった。いまではそのストレスより、レアンドロの肘撃ちではないが、審議に値するプレーが放置されるストレスの方が大きく勝った状態にある。

     VARは判定について意見を言い合う、自由闊達な気風を後押しする道具だと考える。あーだ、こーだと言い合う行為こそ、サッカーらしさの象徴なのだ。VARが復活する来季が、待ち遠しい限りである。

    【有料記事】「ウイング天国ニッポン」を象徴するJリーガー2人。三苫薫もいいけれど、坂元達裕もかなりいい

     Jリーグを史上最速で制した川崎フロンターレ。以前のこの欄でも述べたが、特筆すべきは鬼木監督のメンバー交代枠(5人)をフルに使った采配だ。4人止まりだったのは現在までのところ2試合だけ。サブとレギュラーの境界をあえて曖昧にし、多くの選手が出場時間を分け合いながら優勝した。MVP(最優秀選手)の名前は実際、パッと出てこない。チームスポーツの理想を見るような圧勝劇だった。

     とはいえ、今季新たに加わった光る選手はいた。左ウイングの三苫薫だ。そのドリブル力は攻撃に大きなインパクトを与えた。得点も現在12ゴール(チーム2位タイ)を挙げている。ドリブル力に加えて決定力の高さも見せつけた。MVP候補に推されても不思議はない結果を残している。

     圧巻だったのは、11月18日の横浜Fマリノス戦。その終了間際のプレーになる。自軍の深い位置でボールを拾うとタッチライン付近までボールを運び、競り掛けてきた渡辺皓太をスピードの緩急で縦に抜くと、今度は内側にカットイン。マークに来たチアゴ・マルチンスの股間を抜くドリブルでさらに割って入り、小林悠に3点目のアシストとなるラストパスを送ったシーンだ。

     ドリブルはトータルで100m近くに及んだ。データがないのでなんとも言えないが、1回のドリブルに費やした距離として、最長記録にあたるのではないかと言いたくなる画期的なプレーだった。

     マラドーナが演じた「60m5人抜き」的に言うならば「100m2人抜き」だ。もっと話題になってもいいスーパードリブルである。

     しかし、三笘がMVPに輝く可能性は低いとみる。計26試合に出場しているが、先発出場はわずか8試合。通算出場時間もチームで12番目に過ぎない。活躍度のわりに少ない。鬼木監督がその出場時間をあえて抑えているという印象だ。

     それが結果的に奏功している気がする。名前が売れても変に消費されていないので、三笘は新鮮な状態を維持したまま試合に臨んでいる。端役の座にいい感じで収まっている。大事に育てられていると言うべきかもしれない。
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    【有料記事】Jリーグが、セ・パ両リーグの顔ぶれが変わらないプロ野球界から真似したいこと

     川崎フロンターレが2年ぶりの優勝を飾った日、プロ野球は日本シリーズの4戦目を迎えていた。サッカー業界の人はこの日に、3連勝で迎えたソフトバンクに日本一の座に就かれては、そちらに話題をさらわれてしまうとばかり、巨人に一矢を報いることを最大限、期待したと思う。

     ソフトバンクはその願いも空しく巨人に完勝。4年連続日本一に輝いた。巨人に対しては、昨年の日本シリーズでも4戦4勝だったので、2年で8戦8勝したことになる。

     また、パ・リーグ対セ・リーグの関係で言えば、2013年以降、パ・リーグの8連勝中だ。

     なぜソフトバンクは強いのか。なぜ巨人は弱いのか。話題は対戦した両者の関係のみならず、セとパの関係にまで発展している。なぜパ・リーグは強いのか。セとパの実力差は、なぜどんどん開くのか……

     ネットを眺めれば、そうした記事で溢れかえっている。評論家が様々な意見を述べているのだが、それに目を通すほど、そもそも論が頭をもたげてくる。

     セ・パ両リーグが、長年にわたりそれぞれのリーグに分かれて戦っていれば、何らかの隔たりや、偏りが出るのは当然ではないか。両リーグが均衡を保とうとすれば、通常のシーズンにおいて18試合行われている交流戦の数を大幅に増やすとか、各6チームの顔ぶれを毎年入れ替えるとか、Jリーグのように降格制度を設けるとか、何らかの手立てを講じる必要があるのではないか。

     しかし球団数12に対し、セとパという2つの枠組みに各6チームが分かれる現在の体制を見直すべきだとする、踏み込んだ声は聞こえてこない。手を加えるべきではない聖域。守るべきプロ野球文化と捉えているように見える。そう考えると、現在起きている議論が不毛の議論に聞こえてくる。
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    たぶんメッシよりすごかった。マラドーナにあった猛烈なエネルギー

     1986年6月22日。メキシコシティのアステカスタジアムは11万5000人の観衆で埋まっていた。メキシコW杯準々決勝。開始前、正面スタンドを背にして右側の2階席に陣取るイングランドサポーターは、その1階席を埋めるアルゼンチンサポーターに、ビニール袋に詰めた小便を次々と投下した。
     ビールのアルコール分が大量に混じる尿ほど臭いものはない。その挑発に怒り心頭に発したアルゼンチンサポーターは、すかさず上階へと駆け上がっていく。1階席と2階席の間の踊り場では派手な乱闘騒ぎが繰り広げられていた。
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    史上最速だけじゃない。川崎は日本史上最良のサッカーを展開した

     ガンバ大阪を倒し、2年ぶりの優勝をJリーグ史上最速で飾った川崎フロンターレ。そのサッカーは、これまでとは中身が大幅に違っていた。2018シーズンの1試合の平均得点と平均失点がそれぞれ1.7、0.8だったのに対し、今季はそれぞれ2.6と0.8。1試合あたりの平均得点が大幅に伸びている(0.9点)。優勝を決めたガンバ大阪戦(5−0)がそうであったように、攻撃力で圧倒して勝利する試合が多くあった。

     従来も攻撃的サッカーの範疇に収まるスタイルだった川崎だが、それが何倍にもスケールアップした格好だ。
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    中盤天国からウイング天国の時代へ。日本のストロングポイントをどう活かすか

     昨季の今ごろ、Jリーグでは仲川輝人に注目が集まっていた。横浜Fマリノスの右ウイングは昨季15ゴールをマーク。得点王に輝くとともに、年間MVP(最優秀選手)にも選出された。

     今年、最も目を惹く活躍を見せている選手は誰だろうか。年間MVPには選ばれることはないだろうが、現在まで12ゴールを挙げている川崎フロンターレの左ウイング、三笘薫の名前を挙げる人は少なくないはずだ。
     
     去年は右ウイングで、今年は左ウイング。時代は変わったと、隔世の感を禁じ得ない。
     
     その昔、日本サッカーの育成部門の指導者を取材すれば、子供たちに向けて彼らは、以下のような台詞を掛けていた。決め台詞のように自信満々と。
     
    「パスとドリブル。ボールはどちらが早く進むか、よく考えて見よう」
     
     テレビのサッカー中継で、堂々と口にする解説者もいた。
     
     ここで言う「考えて見よう」は、判断力という言葉に置き換えられて用いられた。正しい判断は、選手がなにより備えていなければならない要素だとされた。パスサッカーは正しい判断から生まれた産物で、逆にドリブルは判断力の悪いプレーとされがちだった。
     
     ボールを持って離さないドリブル好きの子供は、いじめの対象にもなっていた。あの子にパスを出すのは止めようと、煙たがられていた。
     
     2002年日韓共催W杯を前にした頃の話である。
     
     パスを繋ぐサッカーとドリブルの関係について語ろうとすれば、布陣との関係も見逃すことができない点になる。
     
     当時は、布陣上にウイングのポジションが存在するサッカーは、日本代表はもちろん、Jリーグを見渡してもほとんどなかった。中盤ボックス型の4-4-2(4-2-2-2)か、3-5-2(3-4-1-2、3-3-2-2)かの、いずれかであった。4-3-3は皆無。当時、世界的にも最新式だった4-2-3-1はもちろん、欧州では一般的だった中盤フラット型4-4-2も、2002年以前では、ベンゲル率いる名古屋グランパスぐらいに限られていた。
     
     2002年W杯後、ひたすら3-4-1-2で戦い続けたトルシエジャパンから、ジーコジャパンに変わり、それに伴い、布陣が中盤の人員が増えた4-2-2-2になると、中盤至上主義はさらに加速した。ジーコジャパンの初戦となったジャマイカ戦で、中田英、小野伸二、稲本潤一、中村俊輔の4人が一堂にピッチに立つと、我が世の春が到来したとばかり、日本のサッカー界は幸福感に包まれた。
     
     優秀な中盤選手はゴロゴロいたが、ドリブラーは優秀でない選手さえいなかった。ウイングというポジションがなかったからだ。ポジションがなければ、選手は誕生しない。
     
     一方、欧州は、サイド攻撃重視型の時代を迎えていた。布陣にもそれは反映されていて、ブラジル式の4-2-2-2はもとより、イタリア、ドイツを中心に流行した3-4-1-2も、守備的サッカーの衰退と相まって少数派に属していた。

     勢力を拡大させていたのは4-2-3-1で、4-3-3もバルセロナの成績と呼応するように使用率を増やしていた。それに従来の中盤フラット型4-4-2を加えると、ウイングあるいはサイドハーフが存在する布陣は、全体の8割以上を占めていた。

     その流れは日本には届かずにいた。トルシエジャパン、ジーコジャパンのサッカー、及びJリーグのサッカーはガラパゴス化していた。これでは世界に遅れると、布陣を欧州的なモノに変えるべし、と筆者はしきりに意見したものだ。

     当然、反論をいただくことになった。

     布陣ありきで考えるべきではない。まず選手。布陣は抱えている選手の特性によって決められるべきものだ。ドリブル得意なウインガーがいないのに、4-2-3-1や4-3-3を採用するのはナンセンスーー等々である。

     だが、先述の通り、ドリブル得意なウインガーは、それに相応しい布陣、ポジションがなければ育たない。鶏が先か卵が先かの議論より、結論は見えているというわけで、筆者は、場を提供することが先決だと主張した。「まず選手」の考えに基づいていれば、サッカーのスタイルは永遠に変わらないことになる、と。

     ウイング的なサイドアタッカーが不可欠になる布陣を、代表チームに初めて採用したのはイビチャ・オシムになる。しかし、実際にウイングのポジション(4-2-3-1の3の両サイド)に据えた選手は、遠藤保仁、中村俊輔だった。ウイングタイプの選手がいなかったため、苦肉の策としてゲームメーカータイプの中盤選手を「3の両サイド」に無理矢理、配置したのだ。

     4-2-3-1を筆頭とするウイング付きの布陣を採用しても、当初は、そこに適した人材=ドリブル得意なアタッカーを配置することができなかった。布陣という組織と人材の不一致を露呈させることなった。2007年アジアカップの頃の話だが、これまた当時を想起すると、懐かしさがこみ上げる。

     だが、それがあったからいまがある。最適な人材はいなくても4-2-3-1を採用したオシム。これは外せない史実になる。 
     
     布陣やポジションには、それに相応しい選手を育てる力がある。3-4-1-2か4-2-2-2かに選択肢が限られていたら、仲川や三苫が出現していた可能性は限りなく低い。その分、ゲームメーカーの椅子はひとつ減ったものの、守備的MFが、その役を兼ねるようになっている。

     日本は、中盤選手が王道を行く、中盤天国の時代から、ウイング天国の時代にすっかり移行した。ドリブルに長けたウインガーが、最も好選手がひしめくストロングポイントになっている。海外組を含め、多種多彩の顔ぶれが揃っている。日本人は、ドリブルに適した人種ではないかと言いたくなるほど、である。2年後のカタールW杯に向け、問われているのは、日本のストロングポイントをどう活かすか、だ。

     ウイングを置かない3バックに、依然として未練がありそうな森保監督に不安を抱く理由でもある。時代の流れと代表監督の志向の不一致。放置しておくべきではないと思う。

    川崎フロンターレ・鬼木監督は、森保監督より日本代表監督に適している。その理由とは

     日本代表がメキシコに0-2で完敗したのは、日本時間の18日(水曜日)早朝。そのおよそ12時間後には、Jリーグのナイトゲームが3試合行われたので、同日はサッカーファンにとって慌ただしい1日となった。

     Jリーグ3試合の中で一番の注目カードは、等々力陸上競技場で行われた川崎フロンターレ対横浜Fマリノスの一戦だった。

     スコアは3-1で川崎。その結果、川崎のJ1リーグ優勝は、早ければ21日の大分トリニータ戦で決まることになった。
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    メキシコ戦の敗因は決定力不足ではない。森保Jの「半端さ」が原因だ

     終わってみれば0−2の完敗。メキシコとの差が詰まっていないことを実感させられた文字どおりの順当負けだった。
     メキシコは、W杯ベスト8こそ自国開催の1986年大会まで遡らなければならないが、ベスト16となると、1994年アメリカ大会から前回ロシア大会まで7大会連続という大層な記録を持つ実力国だ。
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    【有料記事】日本のストロングポイントを打ち消す、非プレッシングな森保采配

     オーストリアのグラーツで行われる国際親善試合対メキシコ戦(現地時間11月17日)を数時間後に控えた段階で、この原稿を書いているが、4日前のパナマ戦(11月13日)の残像は依然として、脳裏に焼きついたままだ。ピッチに描かれたその好ましくないデザインを払拭できずにいる。

     好ましくないデザインとは、特に前半、日本の最終ライン付近に描かれた相手との、人数の関係だ。相手FWより+1人ではなく、+2人以上で構えることになった、後方に人員を必要以上に割いて守ろうとする消極的な姿勢だ。

     相手が強すぎて、そのパワーバランスで自然に下がってしまったのならやむを得ない面もあるが、相手のパナマはさして強くない、言うならば格下だ。にもかかわらず弱腰になった。日本が自ら進んで意図的に引いたこと。さらに言えば、この種類の好ましくないデザインを描くのは、これが初めてではないこと。こうなることは予想されていて、その通りに事態が進んだこと等々に、問題の根の深さを感じさせる。

     森保監督が3バックを採用すれば、サッカーは守備的になる。森保式3バック(3−4−2−1)に、そうした傾向が強いことは、彼が代表監督に就任するずっと前、かれこれ20年以上前から、この世界では常識になっていた。後方に引いて構える守備的サッカー=非プレッシングサッカーを、それでもあえて行いたいのなら、そうはっきりと口にすればいい。古典的な手段を用いる理由を雄弁に語ればいい。

     だが、それを避け、曖昧な言葉を用いて濁している森保監督。臨機応変な……、柔軟な……、一つのやり方ではなく……と言って、4−2−3−1と3−4−2−1を試合によって使い分けている。プレッシングと、古典的な非プレッシングを、だ。

     後ろに多く人を割けば、前に人は少なくなる。マイボールに転じても、攻撃陣へのサポートは遅れる。攻撃は彼らの個人能力頼みになる。3−4−2−1は4−2−3−1に比べ、前線の人数が1人不足しているので、5バック(5−2−2−1)の状態が長く続けば、前線は孤立する。カウンター狙いといえば聞こえはいいが、攻撃は魅力的になりにくい。
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    名将の域に近づいている川崎・鬼木監督。なぜそれに相応しい扱いを受けていないのか

     川崎フロンターレ。直近の2試合を1分1敗と足踏みしたので、その優勝決定は最短でも11月21日の大分トリニータ戦に持ち越されたが、2位ガンバ大阪との勝ち点差は14もある(11月15日現在)。その優勝は、時間の問題であることに変わりはない。

     とはいえ、不思議なことに、川崎に対して見るからに強そうな印象は抱かない。独走した原因、どの要素において、他のチームを圧倒しているのか述べよと問われた時、わかりやすい回答を返すことは難しい。

     派手な活躍をした外国人選手がいたわけでもない。クラブに在籍する外国人はわずか4人(チョン・ソンリョン、ジェジエウ、レアンドロ・ダミアン、ジオゴ・マテウス)で、5人という枠さえ満たしていない。ジオゴ・マテウスにしても、右サイドバック(SB)として3試合に出場しただけなので、実質、戦力になったのは3人だけだ。

     日本人選手の活躍が他のチームより目立ったとの結論になるが、該当する選手の名前が、口を突いて出てくるわけではない。エース不在。スター不在。日本代表でスタメンを張るような、誰もが知るメジャーな選手はいない。最も名が売れているのは40歳の中村憲剛だが、シーズンの3分の2は怪我のために欠場していた。

     新人三苫薫が左ウイングとして活躍したこと。湘南ベルマーレから加入した右SB、山根視来が、スタメンを張り続けたこと。昨シーズンとの一番の違いは、大きくこの2点になる。しかし、三苫にしても、スタメン出場が増えたのは割と最近のことで、山根にしても、チームにハマった感はあるが、即、日本代表でスタメンを張れそうかと言えば、イエスとは言いにくい。

     川崎の1試合の平均得点が2.6で、失点は0.9。成績は華々しいが、その割に見出しにはなりにくいサッカーだ。メディア泣かせの独走劇である。しかし、それこそがサッカーの魅力ではないか。サッカーのチームスポーツとしての特性が発揮された結果だと思う。

     微調整を施しただけで、昨季4位に沈んだ川崎のサッカーは劇的によくなった。そうした言い方ができる。監督の鬼木達は、今季が4シーズン目だ。就任初年度の2017年は鹿島アントラーズを最終週で逆転して優勝。2018年は2位サンフレッチェ広島に12ポイント差をつけて連覇を飾った。だが、その好成績の背景には、前任監督である風間八宏氏の存在が見え隠れしたものだ。優勝は前監督時代の遺産に助けられてのものだとする見方が消えずにいた。

     万人が認める名将になれるか。就任3シーズン目の2019年は、鬼木監督にとって勝負の年だった。ところが前述の通り4位に終わる。華々しい攻撃的サッカーを展開して優勝した横浜Fマリノスに比べ、川崎のサッカーは、勝ち点10差という数字以上に劣って見えた。

     それがいまや、両者の関係はすっかり逆転した状態にある。勝ち点差は22も開いている。消化試合数は、横浜Fマリノスの方が5試合多いので、少なく見積もっても30ポイント程度は開いているものと考えていい。川崎のサッカーがパッと見、大きく変わったわけではないのに、だ。

     しかし、微調整は効いていた。逆に、横浜のサッカーは微調整が効かなくなっていた。どちらがよいサッカーであるかと言えば川崎。今季は、ちょっとしたことで、サッカーが良くも悪くも劇的に変化することを示した1年だった。

    「ちょっとしたこと」とは、サッカーゲームの戦い方であることは言うまでもない。横浜の戦力が劇的にダウンしたかと言えばノーだ。川崎の戦力が飛躍的に上昇したかと言えば、これまたノーだ。

     それぞれの成績に最も強く関与したものは何かと言えば、監督采配になる。昨季の鬼木采配は、ポステコグルーの采配に劣ったが、今季は大きく勝った。川崎の現在を語る時、なにより外せないのは、鬼木監督の采配力になる。

     サッカーは監督采配で変わる。2020年シーズンはそうしたサッカーの特性を示した1年でもあったのだ。昨季の川崎と今季の川崎との違いについては、これまでこの欄等で多く述べてきたので割愛するとして、川崎の勝因を語ろうとした時、鬼木監督の采配に話が進まないのは、なぜなのだろうか。

     その疑問は、日本代表がよくないサッカーをしても、森保采配にメスが入りにくいこと、不出来の原因を毎度、選手に求めようとする姿と通底している気がしてならない。代表チームの場合、選手をセレクトしているのは監督自身。クラブの監督より、はるかに自分の意思を働かせやすい環境にある。サッカーは監督采配で変わる度合いが、クラブより高いのだ。

     久保建英が冴えなかったとか、橋本拳人がいまいちだったとか、どうも話は、選手の方に向きがちだ。要はバランスなのだけれど、日本の場合は、そのバランスが大きく崩れている。話はサッカー的とは言えない方向に進みがちだ。サッカー監督とは何か。サッカー以外の競技の概念でサッカーを語ろうとすれば、その特殊性は浮き彫りにならない。

     監督自身にも問題はある。こう言ってはなんだが、日本人監督は総じて控え目すぎる。鬼木監督しかり。ポステコグルーよりいいサッカーをしても、ポステコグルーの方がよい監督に見えてしまう。カリスマ性が高い監督に見える。口から出る言葉に力強さ、オリジナリティが足りない。人生観にも似た哲学的な台詞を聞くことはない。そう言うと難しい話に聞こえるが、サッカーは哲学的なゲームであり、サッカー監督も哲学的な要素を多分に含んだ職種なのだ。

     せっかくいいサッカーをしているのに惜しい気がしてならない。鬼木サッカーは森保サッカーより数段いい。日本代表監督として、よりよいサッカーをする力が、鬼木監督には十分に備わっていると見る。

     だが、そうした話は一切湧いてこない。川崎の優勝が迫っているというのに、監督を讃える声は思ったほど高まらない。名将の域に近づいているのに、それに相応しい扱いを鬼木監督は受けていない。それはなぜなのか。

     これも、日本サッカーが抱える問題のひとつだと思う。

    パナマ戦苦戦の原因は指揮官にあり。 初歩的なことが徹底されてない

     パナマに1−0。得点はPK(後半16分)で、さらに後半33分には相手のGKが主審から赤紙を提示されるラッキーに恵まれての勝利だった。パナマがW杯で決勝トーナメントを戦うレベルにある国なら、それなりに喜ぶべき試合かもしれないが、そうでない場合はどう評価するべきか。格下と捉えるなら喜ぶべきではない試合。苦戦、あるいは辛勝だ。評価は自ずと厳しくなる。

     日本がパナマに対して内容的に勝ったのは後半から。前半は苦戦というより大苦戦だった。40対60。贔屓目に見ても45対55だった。もし相手がW杯でベスト16入りを競うようなチームなら、30対70になっていても不思議はない。必要以上に劣勢を強いられていただろう。日本代表は本来の力が半分も発揮できていなかった。
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