杉山茂樹のBLOGマガジン

Profile
[プロフィール]
  • 静岡県出身。東京都在住。AB型
  • スポーツライター
  • 得意分野はサッカーでヨーロッパが厚め
  • W杯は82年のスペイン大会以降、10大会連続現地取材
  • 五輪も夏冬併せ9度取材
  • テーマは「サッカーらしさ」「サッカーっぽさ」の追求
  • 愛称はスギッチ。サッカー番長。スタジアム評論家
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    【有料記事】1986年生まれの33歳トリオ、本田、長友、岡崎の現在過去未来

     欧州の移籍期限(8月31日)が迫ってきた。最終日も押し詰まった段になって決まることはよくある話で、その昔、デポルティーボからバルセロナへ移籍したリバウドのように、それまで「移籍はしない」と言い続けておきながら、最終日になってバルセロナへ旅立っていった電撃移籍もある。

     今季で言えば、ネイマールが最後まで目の離せない大物選手になるが、日本の海外組では、去就が注目されていた香川真司のレアル・サラゴサ(スペイン2部)入りが先日、発表された。

     残るは本田圭佑のみという状況だ。日本代表から引退を表明しているとはいえ、来年の東京五輪にはオーバーエイジ枠で選ばれたがっていた本田。イタリアやオランダのクラブが興味を示しているというニュースを見聞きするが、欧州を一度離れた選手が再度、舞い戻ることは難しいとされる。

     ミランでプレーした後、メキシコ(パチューカ)、オーストラリア(メルボルン・ビクトリー)でそれぞれ1シーズン、計2シーズンプレーした本田を受け入れてくれるクラブが欧州に存在するのか。

     その前に、本田は(事実上の)カンボジア代表監督でもあるはずだ。オランダやイタリアでプレーすることは、これからアジア2次予選を戦おうとするカンボジアを、見捨てることを意味する。
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    主力が抜けても鹿島が強い原動力。 「潤滑油」土居聖真が地味にスゴイ

     J1リーグ第22節に横浜F・マリノスを下し、2位に浮上した鹿島アントラーズ。FC東京との勝ち点差(7差)はなかなか詰められずにいるものの、代表級の主力選手(金崎夢生、昌子源、植田直通、西大伍、安西幸輝、鈴木優磨、安部裕葵、金崎夢生ら)が続々と退団していった経緯を踏まえれば、よくやっていると評価することができる。別のチームというと大袈裟だが、短期間で顔ぶれがここまで一変した日本のチームも珍しい。
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    スペイン2部リーグに日本代表3人。そしてチャンピオンズリーガーは1人(?)になった

     ハリルホジッチは4年前のちょうど今ごろ、シーズンが始まっても所属先が決まらずにいる川島永嗣を「ゲーム勘に乏しいから」と、W杯アジア2次予選に臨む日本代表に招集しなかった。GKというポジションの特殊性とも関連するが、日本代表選手の所属先が、新シーズンが開幕してもなお決まらない例は、川島が初めてだったと記憶する。
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    物言う張本サンと、何も言わないメディア。スポーツ界に令和的な思考法が浸透しない理由

     テレビは連日、甲子園の熱戦の模様を伝えている。もちろんすべての試合をチェックしているわけではないけれど、実況と解説がそのやりとりの中で、甲子園のあり方に触れたり、疑問を投げかけたりするシーンに出くわすことはない。目の前で行われている試合について両者はきわめて従順な姿勢で言葉を交わしている。

     令和になって初めて迎える夏の甲子園。「それは令和という新しい時代に相応しい概念なのか」という視点が、巷でいまスタンダードになりつつあるとすれば、甲子園はその格好の題材になる。

     大会前、岩手県大会決勝対花巻東高校との一戦で、大船渡高校のエース佐々木朗希投手が登板を回避した一件について、その是か非かで湧いていた。そうした中で、サンデーモーニング(TBS)のスポーツコーナーで毎週、ご意見番役を担う張本サンは「怪我が怖かったらスポーツはやめた方がいい」という、非令和的というべき見解を例によって大きな声でドーンと述べた。議論に拍車が掛かる起爆剤となった。

     非令和的とはもちろんこちらの見立てになるが、張本サンの意見に賛同する人は思いのほか多くいる。決勝戦でも投げさせるべきだった! との意見の持ち主は4割近くに及ぶと思う。大雑把に括れば半々と言ってもいいくらいだ。8対2のような一方的な関係にはない。対立軸が鮮明な議論するにはもってこいの題材だと思う。

     ところが夏の甲子園が始まると、そのあたりの議論は下火になった。大多数のメディアが大会を盛り上げたがっているからだと思う。懐疑的になるより、素直に従った方がいまは得策だ、と。夏の甲子園は日本のスポーツ産業を支える貴重なコンテンツであるからだ。

     高野連とともに大会を主催するのは朝日新聞社だ。テレ朝もそれに深く関わっている。春の選抜はTBSと関係が深い毎日新聞との共催になる。読売新聞と関係深い日本テレビは、冬の高校サッカー選手権だ。正月の箱根駅伝も関東陸連とともに主催する。

     また、フジテレビといえば春の高校バレーが有名だが、大手メディアは甲子園の高校野球に限らず、学校スポーツの大会と積極的に関わってきた。セールスプロモーションにそれを活用してきた。

     日本のスポーツ界が令和的になれない大きな理由だ。日程や競技方法など、様々な箇所を見直すことは、主催者でもあるメディアにとって歓迎すべき話ではない。報道する側にとっては、従来通りであった方が何かと都合がいい。

     平成最後となった昨年の夏の甲子園では、金足農業の吉田輝星投手が881球を投げて話題になったが、令和的には是非論が大いに湧いてもいいテーマだ。しかし、その連戦連投で世間が盛り上がったことも事実。世間が盛り上がれば、関連するメディアも儲かる。強引に言ってしまえば、会社の利益を考えれば、張本サン的な考え方を肯定した方が得策なのだ。

     スポーツ界に令和的な思考法が浸透しない理由だ。メディア自らがブレーキを踏んでいるという印象だ。

     岩手県大会の決勝戦で、佐々木投手を先発のマウンドに上げなかったのは、誰なのかと言えば監督だ。問われているのはこの監督の選択になる。張本サンは、その監督の判断に異を唱えたわけだが、こうしたケースは珍しいと思う。

     高校野球に限らず、学生スポーツは、学生スポーツと言いながら、監督というポジションには大人が座る。実際にプレーを実行するのは学生や生徒ながら、監督も間接的にはプレーヤーなのだ。監督の判断は結果に大きな影響を与える大きな要素になっている。だが、そうした特異性を指摘する人は少ない。

     クラブスポーツならば監督はプロだ。アンダーカテゴリーの監督に求められるのは成績もさることながら、それ以上に上のカテゴリーに優秀な選手を送り出したかになる。少なくともサッカーでは批評の対象になるが、甲子園の高校野球で、たとえばテレビの解説者が監督采配に異を唱えることはほとんどない。選手のプレーの善し悪しについては言及しても、監督が送った指示の善し悪しについては語ろうとしない。

     文化や習慣として形成されていないのだ。甲子園の高校野球に限った話ではない。冬の高校サッカー選手権だってそうだ。大学駅伝もしかり。学生スポーツ、学校スポーツの監督は、ほぼ批評の対象外にいる。

     サッカーでは、その流れが大人のサッカー(Jリーグや日本代表)にも反映されている。Jリーグの中継で解説者、評論家が監督采配に異を唱える場面に遭遇することは滅多にない。選手のプレー話が大半を占める。海外との一番の違いはそこになる。学生スポーツ、学校スポーツ、とりわけ甲子園の高校野球の解説が、そのスタンダードになってしまっていると言っていい。

     そうした意味では、大船渡高校の佐々木投手を巡る同校監督の起用法に是か非か論が湧くのはいいことだと思う。非令和的とはいえ、張本サンが異を唱えることも悪いことではないと思う。ダルビッシュがそれに反応し、反論に及ぶのも同様に悪くないことだと思う。

     問題は、ページビューが稼げるからと言って、それをいちいちアナウンスするメディアにある。張本サンが何を言ったか毎週、ほぼ欠かさず伝えようとするスポーツ新聞系のサイトさえあるほどだ。

     スポーツ新聞ならば、その前に社内で権威のある記者や編集委員が、それについて見解を述べるべきである。テレビ局やスポーツ各紙には契約している評論家もいるはずである。

     それをせずに張本サンはこう言った、ダルビッシュはこう反論したと、有名人の声をSNS等から収集し、拡散を繰り返す様は率直に言って見苦しい。安手のネットメディアならいざ知らず、専門性が疑われるというものだ。

     令和の時代になって初めて開催された夏の甲子園。円滑ではない関係ばかり目立つのだ。

    【有料記事】競技の魅力をもっと語れ。いまなら、全英女子ゴルフが面白かった理由だ

     ツアーの形式、メジャー大会の在り方、勝利の重みや勝者のステイタス、世界的な認知度、競技の世界性等々、テニスとゴルフは似通ったレベルにある。テニスにはダブルスもあるが、どちらも基本的には個人競技で、世界の最高峰に君臨している。渋野日向子選手の全英女子オープン優勝はそうした意味で画期的。偉大な成績だ。

     双璧の関係にあるのは大坂なおみ選手。日本人の男子選手3人が9秒台の記録を持つ陸上の100mもそれに迫るものなのかもしれない。サッカーファンとしては、苦し紛れにというか「久保建英も負けてないぞ」と向こうを張りたくなるが、それはともかく、渋野選手の今回の快挙には、他を寄せ付けぬ面白さが内包されていた。正真正銘のエンターテインメントを見た気がした。

     42年前(1977年)に樋口久子さんが全米女子プロを制した時、こちらは10代だったが、その模様を日本で視聴することはできなかった。優勝したというニュースは耳にしたが、試合展開は聞かされなかった。

     それが今回はテレビ観戦を通して手に取るように伝わって来た。
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    鹿島戦の勝利に多大な影響。 湘南の「左」杉岡大暉は代表定着となるか

     J1リーグ第21節の一番の波乱は、首位FC東京を5ポイント差で追う4位鹿島アントラーズが、12位の湘南ベルマーレに不覚を取ったことだ。鹿島は2−0から同点に追いついたものの、まさにラストワンプレーとなった段で、湘南にコーナーキックを与え、センターバック坂圭祐のヘディング弾を浴びた。
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    酷暑の東京五輪は、令和というより昭和じゃないのか

     暑い。湿度も高い。テレビからは連日「こまめに水分を補給して、冷房を適切に使うなどして、熱中症対策には各自で万全を期してください」と、注意を促す言葉が聞こえてくる。連日、熱中症で亡くなった人の数を伝えることも、テレビのスタンダードになっている。天気予報士が「無用な外出は避けるように」とまで言う場合がある。

     東京五輪1年前の本日は、台風が九州地方に上陸した。

    「雨と風には十分注意してください。危険が予想される地域では早めの避難をお願いします」と、口酸っぱく警戒を呼びかけている。

     天気図に目をやれば、太平洋上にはもう一つ台風があって、さらにこれから台風になりそうな熱帯低気圧の姿も確認できる。

     その一方でテレビは、全英女子オープンで見事な優勝を飾った渋野日向子の話題をしきりに伝えている。来年の東京五輪でも活躍して欲しい! と女性キャスターは能天気な感想を述べていたが、天気と東京五輪との関係については触れず終い。想像は膨らまないのだろうか。少なくともテレビで、来年のいまこの時期が、大会の真っ只中にあることを気象的な側面から心配する人はどういうわけか少ない。

     選手より心配なのは観客だ。この猛暑の中、渋野選手見たさに埼玉県の霞ヶ関カンツリーに観戦に出かけ、コース脇を1日中歩き回ることをオススメする健康の専門家はいないだろう。何万人もが詰めかける中で、コースのどこかで熱中症に襲われた観客が、満足な看護を受けられるとは思えないのだ。

     無料で観戦できるマラソンは、より多くの、それこそ何十万という観衆で沿道は埋め尽くされるだろう。スタートは午前6時。この時間で本当に大丈夫なのか。走る選手はもとより、観衆はそれ以上に心配だ。マラソンで道路は封鎖されている。熱中症で倒れても救急車はたぶん来てくれない。

     7月24日から8月9日。サッカー競技等はそれ以前から始まることになるが、この17日間プラスアルファの期間に、東京周辺が台風の通りに道になる可能性も否定できない。確率は3割、4割あるはずだが、いま台風接近の話は伝えても、それを表だって来年の東京五輪と関連づけて心配する人はほとんどいない。あえて目を背けている。思考停止に自ら好んで陥りたがろうとしている印象だ。

     北京五輪(08年)も、アトランタ五輪(96年)も、バルセロナ五輪(92年)も暑いといえば暑かったが、最近の東京に比べればマシだった。W杯で暑かったのはスペインW杯(82年)、アメリカW杯(94年)あたりになるが、プレーの環境は、日韓共催W杯(02年)の日本が一番、酷かった気がする。新潟で行われたイングランド対デンマーク戦は、僕のW杯観戦史の中で最も不快指数の高い、非快適なプレー環境であると同時に観戦環境でもあった。

     それでもそれは、開催国(共催国)である日本人には想定内の出来事になる。高温多湿には慣れているが、外国人の場合はそうはいかない。不快な「おもてなし」が、彼らを待ち構えているわけだ。

     対策は、ミストシャワーの設置や、打ち水、遮熱性の高いアスファルト舗装だというが、どれも焼け石に水だ。マラソンの際は、沿道の商店街に店を開けてもらってクーラーの冷気を屋外に放出してもらうという話があるそうだが、それをそのまま妙案だと報じるメディアもどうかしている。2011年の東日本震災の際、自衛隊のヘリコプターが上空から原子炉に向け冷却水を散布したことがあったが、あの時に襲われた虚しさをふと想起してしまう。そんな非効率をするくらいなら、スタート時間を遅らせた方がはるかにいい。6時スタートはやっぱり遅い。

     今回の東京五輪は例外中の例外だという認識が欠けているのだ。東京及び日本の気候が、世界的に見てどれほど高温多湿か。不快指数が高いか。もっと言えば危ないか。

     気の毒なのはボランティアだ。過酷な労働とはこのことで、何日間以上、働かなくてはいけないとか、宿は自分で探せとか理不尽な条件まで付随している。

     東京の本日の最高気温は35度で、マラソンがゴールする8時半近くにはすでに32度くらいに達していた。明日は36度まで上昇するという。テレビで「無用な外出は極力避けるように」と言っている天気予報士の言葉に従えば、ボランティアの任務はまさに重労働だ。人の善意に頼っていいレベルを大きく凌駕する過酷な任務であることは明白である。

     それは令和というより昭和っぽい気質だ。令和の感覚から大きく逸脱した理不尽極まりないモノに見える。

     08年の北京五輪は、それなりの暑さの中で行われていて、その中でマラソンを行うことが酷に感じられた。現地で観戦しているこちらに、そのタイミングで日本から連絡が入った。「マラソンが行われる日に、中国は北京の上空にロケットを打ち上げて人工的に雨を降らせる予定だ」という話だった。日本ではそうした報道になっているとのことだった。

     そして迎えた当日、朝から曇りがちで、雨はしとしと降りだした。中国は上空に雨雲を作るロケットを本当に打ち上げたのか。そもそもそうした能力を持つロケットは存在するのか。確かめることはできなかったが、こちらには、偶然の出来事には思えなかった。あのロケット話はいったい何だったのか。東京にそのロケットは飛ばせないものかと真剣に考えてしまう。

     しかし、この11年前の話をする人は誰もいない。ミステリーとはこのことだ。

     東京五輪の観戦者及びボランティアの中に死者が出ないことを祈るばかりである。

    【有料記事】永木亮太に見るサイドバックと守備的MFの親和性

     怪我で戦列を離れていた内田篤人が4ヶ月ぶりに復帰するという。

     鹿島アントラーズの右サイドバック(SB)と言えば、一昨季(2017年シーズン)まで西大伍がスタメンを張っていた。Jリーグのベスト11にも選ばれる日本代表級の選手がいたにもかかわらず、鹿島は翌2018年、ドイツで長年プレーした内田篤人をチームに迎え入れ、西大伍と競わせた。

     西大伍は交代出場を含めて23試合に出場。内田篤人の12試合を上回ったが、より多くの出場機会を求めて今季ヴィッセル神戸に移籍。鹿島の右SBは内田篤人がメインを張るはずだった。しかし、スタメンを飾ったのはシーズン当初のみ。3月末に行われた磐田戦(5節)の途中、ベンチに下がって以来、姿を見ることはなくなっていた。西大伍と内田篤人が争った昨シーズンとは一転、鹿島の右SBは人材不足に陥った。

     それでも鹿島は今季、現在まで3位につけている。アジアチャンピオンズリーグでもベスト8に進出。いずれも虎視眈々と優勝を狙う態勢にある。

     西大伍だけではない。金崎夢生もサガン鳥栖へ移籍。昌子源、植田直通、安西幸輝、安部裕葵、鈴木優磨も海外へ羽ばたいて行った。

     なぜそれでも鹿島は強いのか。高いレベルを維持しているのか。その大きな要素として見逃せないのが、内田篤人に代わって右SBを任された永木亮太の存在だ。
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    魅力度でマンチェスター・シティに勝った、横浜FMのGKパク・イルギュ

     横浜Fマリノス対マンチェスター・シティ。先週の土曜日に横浜国際日産スタジアムで行われたこの一戦は、ほぼ満員の観衆で埋まった。

     その中で、有料入場者数がどれほどだったか定かではないが、誘われるままに訪れた人も少なくなかったと思われる。サッカー大好き人間は試合が少々つまらなくても、またスタジアムに足を運ぼうとするが、そこまでのファンではない人には、面白かったか否かは重要なポイントになる。サッカーファンはリピーターの数が増えないことには増加しない。

     この試合はそうした意味で合格だった。普及発展に貢献する試合とはこのことを指す。見る側を気持ちよくさせるいい感じの撃ち合いを、両チームは最後まで演じ続けた。

     マンCが撃てば横浜も撃ち返すーーという試合展開の中で、最も活躍が光ったのは横浜のGKパク・イルギュ(朴一圭)だった。ペナルティエリアから幾度、飛び出し、ピンチを未然に防いだだろうか。

     サッカーは枠内に飛んだシュートをGKがセーブする瞬間が最も華のあるシーンだとされる。しかしそれはゴールのフレームが四角形として鮮明に描かれていれば、の話だ。主にゴール裏で観戦するファンを対象にしたお楽しみになる。

     パク・イルギュの飛び出しは、そうではなく正面及びバックスタンドで観戦するファンに訴求するお楽しみになっていた。そのナイスセーブに負けないナイスな飛び出しは、この試合を盛り上げた一番の要因だった。

     飛び出しは間一髪のタイミングだ。10分の1秒レベルの動きではない。わずか数センチと言いたくなるまさに100分の1秒台の交錯なので、飛び出した瞬間は、間に合うのか、大丈夫なのか、ハッキリしない。異様なほどハラハラさせられる。そうしたスリリングなシーンがこの試合では10回ぐらいあったように記憶するが、パク・イルギュはそのほぼすべてをノーミスで通した。お金の取れるプレーとはこのことだ。

     今季、FC琉球から加入したパク・イルギュだが、当初からこのようなプレースタイルではなかったはずだ。このマンC戦の後半30分、パク・イルギュと交代で出場した飯倉大樹しかり。横浜がパク・イルギュを獲得するまで正GKを務めたこの選手が、スタイルを従来型から飛び出し型に変えたのは、アンジェ・ポステコグルーが横浜の監督に就いてからになる。

     マンC監督、グアルディオラはこの横浜GKのスタイルを見て、さぞ驚いたに違いない。彼の現役時代、ヨハン・クライフが監督を務めた時代のバルセロナのGKが、このスタイルを取っていたからだ。監督グアルディオラが、バルサBから引き上げたセルヒオ・ブスケツの父親、カルロス・ブスケツはその代表的な選手になる。何を隠そう、こちらには彼が出場した試合を幾度か観戦したことがあるが、最初に目にしたときは吃驚仰天だった。

     最終ラインを可能な限り高く維持し、ひたすら相手陣内でボールを回そうとしたバルサ。その後方に広がるスペースを、ブスケツはリベロ然とカバーした。ペナルティエリアから出ている時間の方が長いGK。横浜の飯倉もミスを犯し、失点を招いたことがあったが、ブスケツも同じだった。しかし、そのミスをミスとせず、織り込み済みの事象とていたところにクライフサッカーの真髄はあった。その大らかさが魅力の源泉になっていた。

     これまでにも再三述べているが、クライフは「つまらない内容の1-0で勝つなら、2-3で負けた方がいい」と、こちらに言い切ったものだ。「勝利と娯楽性をクルマの両輪のように目指す」。「勝つときは少々汚くてもいいが、敗れるときは美しく」など、人生観に影響を与えるような名言を残した、攻撃的サッカーを代表する監督として知られるが、彼の主張はとりわけこのGK像に表れていた。

     その時、グアルディオラはブスケツとコミュニケーションを交わしながらプレーする背番号4をつけたアンカーだった。そしていま、グアルディオラは、当時そのサッカーに憧れ、感化されたポステコグルーと対戦することになった。因果は巡るという感じだ。

     マンC戦で披露したパク・イルギュのプレーは、そのかつての同僚ブスケツそのものだった。飛び出しの鋭さはブスケツ以上だったかもしれない。

     バルサで正GKを務めたこともあるマンCのGKクラウディオ・ブラボには勝っていた。より魅力的に映っていた。もしペナルティエリア内にへばりついていたら、あと2点ぐらい食らっていた気がする。試合を面白くした立役者。マン・オブ・ザ・マッチと言いたくなる。客を呼べるプレーとはこのことだが、彼も飯倉同様、いずれ失敗を犯すだろう。それが原因で試合に敗れることもあるかもしれない。だがそれはミスではないと、腹をくくっていそうなところに、横浜好調の理由を見る気がする。その覚悟がチームに勢いをもたらしているのだと。

     GKが面白く見えるサッカー。もっと追求してみる価値があると思う。 

    ヨンサンサン(4−3−3)は攻撃的ではなく現実的。マンC、バルサ、チェルシーから学びたい常識

    横浜Fマリノス対マンチェスター・シティ。先週末に行われたこの一戦は見応えのある好試合となった。力が劣る弱者に対して強者が手加減するのが、親善試合の習わしだが、マンCは正面から向かってきた。横浜も横浜で怯むことなく撃ち返した。それがマンCのやる気にいっそう火を点けたという印象だ。横浜がマンCの攻撃力に恐れおののき、前から行かず、後方に下がって構えれば、マンCもそれに呼応するように攻撃の手を緩めていたに違いない。試合の娯楽度もそれにともない低下しただろう。
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    【有料記事】日本サッカーに依然として蔓延る真ん中好きのパスワーク

     先日、埼玉スタジアムでバルセロナと対戦したチェルシー。試合には勝利を収めたが、かつてに比べ顔ぶれが地味になった印象だ。チャンピオンズリーグ(CL)優勝は、バルセロナには期待できてもチェルシーにはできそうもない。

     しかしそうした指摘は、CLに毎シーズン、ほんのわずかな人数しか送り込めていない日本人には分不相応と突っ込まれれば、黙るしかなくなる。

     その数日前、川崎フロンターレと対戦した一戦も、結果こそ1-0で川崎の勝利に終わったが、内容はチェルシーに大きく劣った。

     考えさせられる試合とはこのことだった。終了間際にレアンドロ・ダミアンのヘディングで勝利を収めると「さすが川崎、押されていても結果を出すところが凄い」と持ち上げる声が湧いたが、これは身贔屓であり、結果至上主義であり、スタンダードから外れたサッカー的ではない見解だ。

     川崎対チェルシーを見ながら、いくつかの試合が頭を過ぎった。直近では、その5日前に行われたJリーグ、FC東京対川崎だ。3-0で川崎が大勝した試合だが、それはチェルシー戦をひっくり返したような一戦だった。

     この2つの試合に通底する、カギとなる要素を一言でいえば、ボールを奪われる場所になる。川崎戦のFC東京と、チェルシー戦の川崎は、どこでボールを奪われることが多かったか。ピッチの中央付近である。相手に危ない場面を作られた原因だ。チェルシー戦の川崎は、FC東京戦の勝因を把握せずに戦っていたという印象だ。
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