杉山茂樹のBLOGマガジン

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  • [プロフィール]
  • 静岡県出身。東京都在住。AB型
  • スポーツライター
  • 得意分野はサッカーでヨーロッパが厚め
  • W杯は82年のスペイン大会以降、9大会連続現地取材
  • 五輪も夏冬併せ9度取材
  • テーマは「サッカーらしさ」「サッカーっぽさ」の追求
  • 愛称はスギッチ。サッカー番長。スタジアム評論家
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【メルマガ】セビーリャが注目される理由と、清武弘嗣への期待

 新シーズンを迎えた欧州で、セビーリャは一番の注目チームになる。新監督に
就任したのは、アルゼンチン人で前チリ代表監督のホルヘ・サンパオリ。

 サンパオリ率いるチリ代表は、2014年ブラジルW杯の決勝トーナメント1回
戦で、ブラジルにPK負けした。惜しかった。だが、大健闘というほどではな
かった。

 チリはその4年前、2010年南アW杯でも決勝トーナメント1回戦でブラジル
と対戦している。結果は0−3。2大会連続でブラジルにベスト8入りを阻止さ
れたわけだが、惜しいと感じたのは、こっちの方になる。

 2010年南アW杯、チリは優勝したスペインと、ブラジル戦の3日前にグルー
プリーグ最終戦を戦っていた。なにより、この敗戦が惜しかった。優勝したスペ
インを向こうに回し、チリは試合を優位に展開。ところが、GKクラウディア・
ブラボが、味方からバックパスされたボールを蹴り返す際に、ピッチに足を滑ら
せてしまう。それが、スペインFW、ダビド・ビジャへのアシストとなり先制点
を献上。さらに赤紙退場者を出すハメに。10人での戦いを余儀なくされた結果、
1−2で敗れた。チリは好感度という点でスペインに勝っていた。

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浅野拓磨と大島僚太。日本サッカーの将来を図る2つのバロメーター

 リオ五輪を経ても、代表メンバーにほとんど変化は起きなかった。そのU−23チームから、UAE戦とタイ戦を戦う日本代表のメンバーに招集されたのは、浅野拓磨と大島僚太、そして、怪我で不参加者が出たため追加になった遠藤航の計3人。順当と言えば順当。だが、世界の平均に比べて高齢化が著しい代表の現状を踏まえると、人数的に物足りない。リオ五輪の騒ぎが空しく見える。
 
 有能な若手選手の不足。日本の問題点を見る気がする。今回の予選、突破の確率は、これまでの予選より低い。危険水域に迫っていると見るが、うまく突破できても、2年後の本大会は苦しい。次の2022年W杯予選は、いよいよ危なくなる。
 
 塩谷、藤春、興梠。オーバーエイジで出場した3人も選に漏れた。中でも藤春は、これまでコンスタントに選ばれていた選手だ。ハリルホジッチがそのリオ五輪でのプレイぶりに好感を抱かなかったものと考えられる。追加招集になったとはいえ遠藤も、そのクチかも知れない。五輪で3試合にフル出場を果たしたチームの主将。A代表にも藤春同様、これまでコンスタントに選ばれてきた。浅野、大島より高いプライオリティだったはずだが、少し評価を下げた恰好だ。

 リオ五輪の成果は少なかった。ハリルホジッチの目にはそう映ったと思われる。手倉森ジャパンへの最も正当な評価と言っていい。強化を担当する協会のスタッフにとって、これは少しも好ましい話ではない。協会の仕事に低評価が下されたことになるからだ。
 
 順調に昇格したのはわずかに2人。浅野と大島。数少ない期待の2人だが、この両者、サッカー選手としてのタイプは真反対だ。
 
 浅野の一番の武器はスピード。50mを5秒台で走るという快足だ。「相手の裏に走り込むプレイが自分の武器」とは、本人の言葉だが、スピードを最大の拠り所に、真のスター選手になり得た例は少ない。
 
 体型から連想するのは、アーセナルのウォルコットだ。2006年5月、17歳と35日でイングランド代表デビューを果たし、直後に開催されたドイツW杯にもメンバー入り。ルーニーの代表デビューより早かったことから、当時大きな話題を呼んだ。だが、23歳で迎えたユーロ2012には代表メンバーに招集されたが、25歳で迎えた2014年W杯では落選。ユーロ2016もしかりだ。所属のアーセナルでは出場しているが、すっかりインターナショナルな選手ではなくなっている。スピードは鈍っていないにもかかわらず。総合的な伸び率が鈍った。一言でいえばそうなる。スピード以外の要素を伸ばすことができなかった。何事もスピードで解決しようとしたばっかりにだと見る。
 
 背番号14をウォルコットに引き継ぐ形でアーセナルからバルサへ移籍したアンリもスピード満点の選手だった。だが、彼は選手のレベルという点で、ウォルコットを大きく上回っていた。スピードにも恵まれていたが、そればっかりではなかった。シュートの巧さ、キック力、相手の逆を突くドリブル、切り返しの深いフェイント……スピードスターと呼ぶにはあまりにも総合力に優れる、まさにバロンドール級のアタッカーだった。

 浅野は現在21歳ながら、彼の魅力からスピードを除けば残るものが少なそうなタイプだ。

 ロッベンのようなドリブルもない。ロッベンも走れば10秒台だそうだが、ドリブルさせてもほぼ同じぐらいのスピードで前進する。蹴って走るドリブルではない。一歩一歩、足に吸い付くようなドリブルをしながら、だ。切り返してシュートにも天下一品の芸当を誇る。100mを10秒台で走ることを、一番の魅力にしていないところに、スター選手たる所以を見る。

 浅野を見ていると、僕はその将来がいささか心配になる。浅野がスピード自慢ではなくなる日は訪れるのか。「なおかつ、足も速い」選手になれないと、日本代表の中心的なFWを長く張ることはできない。

 話は反れるが、長身選手にも大成しにくい宿命を抱える。特に日本の場合、平均身長は171センチ。W杯出場国の中では一番の低身長国だ。身長190センチは、平均身長184センチのオランダ人では2m超に相当する。FC東京の平山(191センチ)が登場した時、将来、大成するか否かで議論になったが、現在の姿がその答えになる。
 
 スピードも身長も絶対的な武器にならないのがサッカーだ。絶対的に有利なのはジャンプ力ぐらいだ。それ以上に不可欠なのは技術。視野の広さ、ボディバランスを含めたボール操作術になる。ボールを奪う力、あるいは、闘争心といった精神的な面も必要な要素になるが、基本は技術。それに優れていれば、その他のハンディをかなり克服することができる。それこそが、サッカーが世界の津々浦々で愛される理由だ。基本的には誰にでもできる。低身長国の日本で、ここまで普及発展した理由でもある。同じ体型の外国人選手が活躍する姿に、勇気づけられる選手は少なくない。

 168センチ、64キロ。足も特別速そうには見えない。だが、技術はピカイチ。パスセンスも高ければ、視野も広い。ボディバランスにも優れている。ハリルホジッチに言わせれば、ボールを奪う力も増しているとのことだが、大島はまさに日本人的な選手だ。技術的なミスを犯しそうもないタイプと言えば、遠藤保仁を想起するが、大島はその流れを汲む選手になる。中でも光るのは密集地帯でのボール操作。技術の高さを思わせる瞬間だ。 
 
 川崎でプレイする姿を何年か前に見た時、近い将来の代表入りを予感させたものだが、実際に、代表でプレイした時どんな感じになるのか、見てみたい選手だ。
 
 浅野と大島。5年後、生き残っているのはどっち。しっかり残っていてもらわないと、日本はますます危うくなるのである。

【メルマガ】五輪優勝はブラジルにとって良かったのか。悪癖を治せないサッカー王国の憂鬱

 ドイツに1−1延長PK勝ち。自国開催のリオ五輪を制したブラジルだが、ド
イツとの差はネイマールがいるかいないか、そこだけだった。ネイマールがいな
ければ、あるいは、ドイツのオーバーエイジ枠にネイマールに匹敵する大物選手
が出場していれば、ブラジルの優勝はなかったと思う。

 五輪チームはA代表ではない。B代表でもない。よくてC。D、Eが妥当な線
になる。言い換えれば、3軍か4軍か5軍。参加国によってバラツキがある。一
定ではない。定義づけが難しい大会であるにもかかわらず、金メダル獲得に喜び
を爆発させたブラジル国民。

 ブラジルは2014年自国開催のW杯でドイツに準決勝で1−7で敗れている。今
回のドイツ戦はその復讐劇だと報じられていたが、それには相当しないと思うし、
そうだとしても、PK勝ちという結果はあまりにもショボい。合格点に満たない
結果だ。2002年日韓共催のW杯で優勝を飾った後、右肩下がりを示しているそ
の姿に、歯止めは掛かっていないと見る。

 確かにドイツはブラジルにとって憎たらしい存在かもしれない。マラカナを埋
めた観衆が、ドイツにブーイングを浴びせたくなる気持ちはよく分かる。だが少
なくとも、サッカー的には見習うべき点が多々あるはずなのだ。やはり相変わら
ず目立つのは、真ん中に突っ込んでしまう傾向で、その弊害がサッカーを苦しく
させている。巧い選手の絶対数が減っていることも確かだが、だとすれば、なお
さら戦い方に気を配る必要がある。でないと、サッカー王国を維持することは難
しい。

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韓国よりイケてない日本のホスピタリティ。リオ五輪の不手際を報じる前にすべきこと

 サッカーの日本対ナイジェリアの試合前、ナイジェリアの国歌ではなくニジェールの国歌が流れてしまった。星のデザインに誤りのある中国国旗が、表彰式で掲揚されるという失態もあった。シンクロや水球が行われるプールに藻が大量に発生したり、競泳選手を乗せたバスが、競泳会場ではなくそこから遠く離れた陸上競技場に向かってしまい、競技開始時間が遅れるというドタバタも。ゴルフ会場における観客のマナーの悪さを指摘する報道もあった。治安の悪さについては、連日のように報じられた。あげつらうように。
  
 日本ではこんなことはあり得ない。リオ五輪を伝えるメディアの報道には、そう言わんばかりの上から目線を覚えずにいられなかった。
 
 僕にはそれが油断に思えて仕方がない。事務処理能力の低下が囁かれる昨今とはいえ、日本では起きにくい種類のミス。治安のよさを含め、そのあたりはいわば日本の得意分野に入る。胸を張りたくなる気持ちは分かるが、一方で日本にも不得意な分野が確実に存在する。外国人旅行者が日本を訪れて不自由に感じていることは何か。
 
 日本人と外国人。お互いは見たり、見られたりの関係にあるにもかかわらず、日本人はこちらから見ているばかり。外からどう見られているか、という視点に欠ける傾向がある。というか、そもそも外の目に無関心。自分の特殊性に気付こうとしない。
 
 2002年日韓共催W杯は自分たちを知るいい機会だった。日韓共催なので、両国は外の目に嫌でも比較される立場に置かれる。というわけで、その大会期間中、僕は日本人という意識を可能な限り捨て、彼らと同じ目線に立ち、日本と韓国を計6回往復した。ホスピタリティに優れていたのはどちらか。答えは簡単に見つかった。

 日本語もハングルも一般的な外国人には解読不能。発音さえできない。英語を話せる人の数もお互いとても少ない。そこで頼りになるのは表示だが、日本はその点で韓国に大きく遅れを取っていた。看板表示の持つ力に日本は気付けずにいた。旅行者の視点に基づいてものを考えることができていない何よりの証拠と言えた。

 その重要性に韓国は気付いていた。「韓国人には英語を話せる人が少ないから」とはある韓国人の弁。言葉が伝わらないことがすべての前提になっていた。日本に遅れを取るわけに行かないとの対抗心が働いていたことも確かだろうが、彼らは自分たちのことを心配していたのだ。日本は全くその逆。その辺りのことを少しも気にしていなかった。比較されていることさえ気付けなかった。

 ハングルはほとんど分からないのに、韓国でのW杯観戦の旅は快適だった。片や日本は、日本語は100%分かるのに、快適ではなかった。スタジアム到着まで、何度も何度も迷うことになった。表示の悪さだけではない。ボランティア等、係員の説明も曖昧で、もっと悪く言えば、いい加減で不親切だった。ホスピタリティという点で、両国の間には歴然とした差があった。

 だが大会後、そうした話は一切検証されなかった。日本人の悪い癖が浮き彫りになった瞬間だった。どちらのスタジアムが優れていたか。アクセスがよかったか、という視点も同様に持ち合わせていなかった。国立競技場問題と、それは深い関係があると僕は思っている。

 表示の悪さは、先日、夏休みで日本に一時帰国していた知人も嘆いていた。東京駅や上野駅の構内を歩いていると、途中で表示が消えてしまう、と。東京在住者でも頭を悩ますことがある。例えば、東急線と相互乗り入れしている副都心線。駅の構内アナウンスは、当たり前のようにこういう。「この電車は東横線内に入ると通勤急行になります」。知りたいのは、その通勤急行がどの駅に止まるか、なのだ。ホームの電光掲示板を見ても停車駅の情報は出ていない。これに限った話ではない。電車の案内は総じて不親切。頭に情報として入っているのは、いつも通勤通学などで使い慣れている人だけ。公共性が疑われる。しかも構内アナウンスは、不明瞭な日本語のみ。外国人にはちんぷんかんぷんだと思う。
 
 2020年東京五輪で来日するであろう外国人観戦者の数がどれくらいにのぼるのか定かではないが、2002年W杯の期間中、日本を訪れた観戦者の数は5万人を越えた。まずすべきことは、彼らの苦労話を聞くことだ。彼らが日本の観戦旅行のどこに不自由を感じたか。スタジアムの座席に辿り着くまで、どんな苦労があったか。
 
 どこに快適性を見いだしたか。言い換えれば、日本のどこか優れているかという話は、テレビ番組でしょっちゅう見かける。外国人タレントを使って、ニッポンのいいところを、日本人に向けて伝える番組だ。特に最近多く見かける。

 自画自賛。我々日本人は、いかに優れているかではなく、いまこの時期、必要なのは、その逆の情報を日本人に伝えることだ。リオ五輪の不手際を報じるなら、その分だけ自分たちを心配すべき。人の振り見て我が振り直せ、である。

【メルマガ】東京に目を向ける前に。手倉森監督は何が良くて何が悪かったのか。

 グループリーグ落ちした手倉森ジャパン。佳境を迎えているリオ五輪の喧噪の中、
すでに過去の話になりつつある。その中にサッカー界も紛れ込み、反省検証しよ
うとするムードにはない。プレビューとレビュー。結果が出なかった時、両者の
バランスが極端に崩れがちな日本だが、いまはその傾向に拍車がかかった状態だ。

 成績は可もなく不可もなく、反応に困る終わり方だった。よくやったとは言え
ないが、箸にも棒にもかからなかったわけではない。ナイジェリア、コロンビア、
スウェーデン相手に1勝1敗1分は、2014年ブラジルW杯を戦ったザックジャ
パンに比べれば上々。

 意見は割れる。つまり、議論するには恰好のテーマなのだ。そこで、盛り上が
れるか、沈黙してしまうか。サッカーへの適性が試されている瞬間だと思う。

 選手のレベルと監督のレベル。勝っているのは選手。指導する側のレベルが指
導される側より低いところに日本の問題がある。このバランス関係が維持される
限り、日本代表監督は外国人監督に求めざるを得ない。僕はこれまでそう述べて
きた。

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誰も触れない、触れたがらない、日本サッカー最大の弱点

 ユーロ2016で優勝したポルトガルの勝因について、僕はいの一番に、フェルナンド・サントス監督の選手起用法を挙げた。20人のフィールドプレイヤーを、計7試合を通してすべて使い切ることで、蓄積される疲労を多くの人数で均そうとした采配だ。その20人の中にフルタイム出場した選手が1人もいなかったことが、チームとしてのフレッシュさを維持することができた要因である、と。

 だが、もっと分かりやすいダイレクトな理由も存在した。それについて触れてこなかったわけではないが、触れすぎると、あまりにもシンプルすぎて面白くないというか、そもそもサッカー的な題材ではないと考え、必要最小限に止めてきた。何かといえば、GKだ。

 ポルトガルGKルイ・パトリシオはどの国のGKより当たっていた。決定的なシュートを何本も止めた彼の活躍がなければ、その優勝はなかった。

 ユーロ2016に限った話ではない。CLでもW杯でも、よく目にする。GKの活躍が勝因の一番に来るケースは。しかし、概してメディアは、もちろん僕を含め、その点に言及してこなかった。GKをく10人の攻防で何かを語ろうとする傾向がある。

 日本の場合はとりわけだ。GKのミスはフィールドプレイヤーのミスより直接的だ。そのまま失点に直結する。だが、選手への個人攻撃をしない日本メディアの慣例に従えば、見出しにはなりにくい。ミスがミスとして万人に知れ渡ることはない。GKは評論の対象から外れた、アンタッチャブルな領域に置かれている。 

 軽んじているのではない。特殊な存在に見えてしまうのだ。ノイヤーがバロンドールを獲得できない理由でもある。GKはあくまでもGK。王道から外れた部外者。彼が超一流のGKであることは認めるが、その年の世界ナンバーワンフットボーラーを選ぼうとすれば、どうしてもつい躊躇いがちになる。

 GKには名監督が少ない。そもそも、監督に就く絶対数が少ないことも輪を掛ける。サッカーゲームの王道から離れたところにいた元GKに、監督は務まらないだろうと考える人が、この世界に多くいることの証拠だ。GK自らも、GK以外の世界をマネージメントすることに自信が持てないのだろう。なりたがる絶対数が少ない。

 だが、サッカーはGKで決まる。そうしたケースに頻繁に遭遇する。1本の好セーブで、流れがガラッと変わることもよくある話。

 最近では、リオ五輪の準々決勝ドイツ対ポルトガル戦だ。立ち上がり、ポルトガルが絶対的なチャンスをつかんだ。ドイツのGKティモ・ホルンはポルトガルFWマネが放った至近距離からの決定的なシュートを、鋭すぎる反応でストップした。

 これで勢いづいたドイツは、決定機を再三作ったが、ホルンの活躍に触発されたのか、今度はポルトガルのGKブルーノ・バレーラが大当たり。決定的なシュートを次から次へと止めていく。少なくとも前半、この攻撃的で大盛り上がりの好試合を演出していたのは、間違いなく両GKだった。

 日本で最も拝みにくい光景だ。もし日本のGK櫛引、中村が、両軍のゴールを守っていたら、何点入っていただろうか。

 様々な弱点を抱えている日本サッカーだが、GKは中でも深刻な問題だと思う。センターフォワード、センターバックに世界レベルの人材がいないとは、よく言われることだが、あらゆるポジションの中で最もレベルが低いのはGK。ユーロ2016の観戦を通して、改めて思い知らされたことだ。ルイ・パトリシオに限らず、瞬間、決まった! と思ったシュートを、GKが弾き出したケースを、大会を通して何度拝んだだろうか。不運はあったが、凡ミスはほぼゼロ。

 大きな声では言いたくないが、リオ五輪対ナイジェリア戦で、キャッチに行くべきところをスライディングでクリアし、相手に拾われゴールを許した日本のGK櫛引とは、2レベル以上違っていた。

 川島でも見劣りする。西川、東川ではさらに落ちる。せっかくいい試合をしていても、GKに救われるというケースは、世界の舞台では望めそうもない。だが、繰り返すが、GKにまつわる話がクローズアップされることはない。放置されたままだ。

 いつかのこのコラムでも述べたが、今季、川崎フロンターレが好調な原因は、韓国代表のGKチョン・ソンリョンが加入したことと大きな関係がある。日本のGKより、1レベル高いことは明らかな事実。だが、その辺りを指摘する人は多くいない。言い出しにくい話になっている。

 日本が5失点を許した例のナイジェリア戦。もし、チョン・ソンリョンがGKなら勝てていたんじゃないかと言いたくなる。ドイツのGKホルン、ポルトガルのGKブルーノ・バレーラなら間違いなく、だ。

 GKに救われる機会が、他国より低い。日本の弱点は浮き彫りになっている。W杯でベスト16以上を狙うなら、低身長国を自覚した、10年先を見据えた抜本的な取り組みが不可欠だと、僕は思わずにいられないのである。
 

UEFAスーパー杯でセビージャ 清武弘嗣がフル出場を果たした意味

 今季ハノーファーからセビージャに移籍した清武弘嗣。だが、すぐに故障でチームを離脱し、治療のため日本に帰国。チームに合流したばかりの新人選手が、UEFAスーパーカップ(8月9日・スコピエ)にスタメン出場したのは予想外だった。
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【メルマガ】スポーツ専門チャンネルとネット中継。2020年の“東京”をアピールするもの

 五輪はテレビと相性がいいイベントだ。異なる会場で行われている様々な競技
を、まさにお茶の間に居ながらにして観戦できるところに魅力がある。五輪の現
場では、1日で観戦可能な競技はどんなに張り切っても3つか4つだ。例えば、
リオ以外で行われているサッカーを観戦しようとすれば、その日は他会場に足を
運べない。サッカーオンリー。つまり、多くの競技を見逃すことになる。
 
 マナウスのような遠隔地になると、翌日もほぼ丸一日、移動に費やされる。リ
オーマナウスの距離を調べれば2850キロだ。東京ー北京が2104キロなので、マ
ナウスは北京からさらに700キロも中国の奥地へ進んだ地点に相当する。ブラジ
ルは想像を絶するほどデカい国なのだが、そうした事実は、テレビ観戦を通して
は実感できない。現地観戦ならではの旅情という魅力も、同様にテレビから伝わ
らない。
 
 4年後の東京五輪には世界各地から大挙、観戦者が駆けつけるという話になっ
ている。その線で物事が進行し、巨大な予算が組まれている。だが、旅行者はた
いした数にはならないと思う。
 
 リオに駆けつけた日本人はどれほどいるだろうか。関係者が大半だろう。中心
は選手の家族、友人で、一般のファンはごくわずか。サポーターという集団が存
在するサッカーでさえ、スタンドの風景を見る限り、せいぜい3桁台といったと
ころだ。

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喜べない引き分け。本当のことが報じられない五輪サッカー報道の嘘臭さ

「決勝トーナメント進出の可能性を残しました」
 
 日本がコロンビアに2−2で引き分けると、テレビもネットも異口同音にそう報じた。なにより強調したのは可能性。引き分けに対する落胆ではなかった。この言い回し。僕には嘘臭いムード作りに聞こえて仕方がない。

 可能性が残ったと言うが、知りたいのは、それが20%なのか80%なのか、だ。突破確率は現状どれほどあるのか。

 グループリーグの最終戦対スウェーデン戦で日本が勝ち、ナイジェリア対コロンビアでナイジェリアが勝つ確率だ。引き分けてしまったことで、可能性はさらに減ったわけだ。スウェーデンと日本はいい勝負になるだろうが、ナイジェリア対コロンビアはどうなのか。

 ナイジェリアはすでに勝ち点6を獲得し、グループ首位を決めている。コロンビアに勝っても負けても、その事実に変動はない。

 この五輪サッカーは、期間が短いため試合間隔はほぼ中2日だ。最大のネックは強行日程にある。しかも舞台はブラジル。日本が2試合戦ったマナウスも、赤道に近いロケーションなので冬でも真夏の気候だ。3戦目を戦うサルバドールも、それよりマシとはいえ気温は25度〜30度の間。さらに言えば、国土がどデカいので移動距離も長い。時差まである。
 
 こんな過酷な条件下で行われるトーナメントは前代未聞。メダル(ベスト4以上)を狙おうと思えば、6試合を戦うプランニングが必要になる。手を抜きながら勝つ、言い換えれば、メンバーを変え、体力的な負担をチームで均しながら勝つ術が不可欠になる。アトランタ五輪優勝、北京準優勝の実績を持つナイジェリアにとっても、関係深いテーマだ。
 
 コロンビア戦にナイジェリアが全身全霊を傾けて臨むとは到底思えない。しかも今回のナイジェリアは、現地ブラジル入りが飛行機の手配の問題から大幅に遅れ、試合の数時間前にずれ込んだ経緯もある。
 
 日本戦の後半を見れば明らかだ。5−2になってから、彼らは意図的に手を抜いた。省エネを狙った。最終スコアは5−4で、際どい勝利だったが、決勝から逆算すれば、当然と言うべき正当性の高い作戦になる。
 
 2勝してベスト8入りを決めたとなれば、休みたくなるのは当たり前。コロンビアにとってはチャンスだ。通常より勝ちやすい設定の中で、試合をすることになる。
 
 通常の勝率が4割とすれば6割。5割なら7割。最低でも2割増しは堅いと見る。日本がスウェーデンに勝つ確率が5割あっても、突破の確率はそれを大幅に下回る。
 
 ちなみに、英国の大手ブックメーカーであるラドブロークス社の予想では、コロンビアの勝利は1.83倍で、ナイジェリアの勝利倍率(4.0倍)を大きく上回っている。両国の力関係をシンプルに反映したものではない。

 本来、子供にもできる考察だ。外国のサッカーファンの間では、言うまでもない常識話になるが、日本では「可能性が残った」で話は終わる。ファン、メディアは好んで思考を停止する。根っからの無知なのか。盛り上がりに水を差す行為を避けようとメディアが意図的に避けるのか。その辺りは定かではないが、少しでもネガティブな話を避けようとするメディアの商売根性が、結果的にファンの見る目を鈍らせていることは間違いない。

 日本はコロンビア戦に、初戦のナイジェリア戦から先発メンバー4人を入れ替えて臨んだ。初戦で活躍した大島、南野もベンチスタートとなった。手倉森監督に聞いたわけではないが、これは戦術的な問題、選手の好不調の問題だけではないはずだ。日本だって、過酷なスケジュールを意識している。固定メンバーで戦えば、3試合が限界であることを監督は心得ている。できるだけ多くのメンバーを使い、負担を均しながら戦おうと考えているはずなのだ。

 次のスウェーデン戦でも、先発メンバーはまた変わるだろう。コロンビア戦の終盤、遠藤航はフットワークが効かない状態に陥っていた。連戦の疲れを見た気がした。責任感の強いキャプテンとはいえ、次のスウェーデン戦はどうなの? と言いたくなるほど、哀れな姿をさらけ出していた。

 前にも述べたが、先のユーロ2016で優勝したポルトガルは、全7試合でフィールドプレイヤー20人をすべてを使い切った。フル出場の選手に至っては、1人も存在しなかった。勝因のひとつであることは明白だ。選手のやりくりという点で、準優勝に終わったフランスを大きく上回っていた。

 ユーロは1ヶ月で最大7試合を戦う大会だ。対する五輪は17日間で最大6試合。そして繰り返すが、舞台はブラジルだ。国土面積はユーロを開催したフランスの約13倍に及ぶ。移動距離が長い上に、暑さも加わる。もしナイジェリアがコロンビア相手に、全力で戦って勝利し、グループリーグを3戦全勝で抜けたら、その優勝はないーーとさえ言い切れる。コロンビア戦の引き分けを悲しまず、「可能性は残った!」とはしゃぐメディアを見ていると、それこそが日本が苦戦する原因だと言いたくなってしまうのだ。

【メルマガ】ブレない指揮官・手倉森監督に期待される“正しい負け方“

 開会式に先駆けてスタートする五輪サッカー。前景気に水を差すわけではない
が、これほど、結果に重みがない競技も珍しい。何の優劣を決める大会なのか。
オーバーエイジ枠という特殊ルールが定義を曖昧にし、ステイタスを逆に押し下
げている。しかも、試合間隔はほぼ中2日。ベンチ入りメンバーはわずか18人。
出場国は16で、実力上位の欧州勢には4枠しか与えられていない。すべてにおい
て変則だ。

 日本は前回、そうした中で準決勝に進出。1968年メキシコ大会以来、44年ぶ
りのメダル獲得に王手を掛けた。だがそこでメキシコに敗れ、3位決定戦で隣国
の韓国に0-2で完敗すると、何事もなかったかのように、世の中の盛り上がりは
サッと引いた。4位は日本サッカー界にとって史上2番目の成績。にもかかわら
ず、ファンはさして喜ばなかった。

 五輪の賑やかしの余興。ファンも皮膚感覚としてその実態を何となく把握して
いる。成績に他の競技のような重みがないことは、前回を体験したことで、より
鮮明になっている。五輪のサッカー競技と、そこに出場する日本チーム。僕は従
来とは異なる視点で見つめるべきだと思う。

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悪いモノを悪いと言えないメディア。かくもストレスフルな日本サッカー界

 五輪のオーバーエイジ枠に、藤春廣輝、塩谷司に続く3人目の選手として興梠慎三が決定したとのニュースを知ったのは、ユーロ2016取材中だった。

 素直に納得できた人、期待に胸を膨らますことができた人は、どれほどいただろうか。オーバーエイジ問題は、観戦のモチベーションに大きな影響を与える重要な要素。エッと肩すかしを食った気分に襲われた人は多かったはず。しかし、その空気が世の中に伝播することはなかった。表だった騒ぎはなにも起きなかった。

「しなやかさと、野性味を繰り返し発揮し続けられるタフさがある。ポストプレーも、裏へ抜け出すプレーも、引いた相手に対しても、カウンター攻撃にも適応できる。リオ五輪で間違いなく攻撃のバリエーションを増やすことができる選手。身体能力の高い相手にも、彼のしなやかさは効果を発揮するはず」

 とは、手倉森監督が語る興梠選出の理由だが、そのコメントをそのまま掲載するメディアが何と多いことか。その言い分に全面的に従ってしまった。早い話がそうなる。少なくとも意見が分かれる案件だ。大袈裟に言えば、候補者は限りく存在した。よって興梠でオッケーだとしても、独自の見解を加える必要がある。批評性ゼロ。為政者に対してあまりにも従順だ。重要案件を物わかりよく、右から左へ素通しする行為、簡単に納得することほど好ましくないものはない。サッカーへの愛を、僕はそこに全く感じない。

 まず「?」から入る。とりあえず問題視してみる。突っ込み所はないものかと首をひねってみる。メディアの役割はそこにある。とりわけサッカーは、その必要が大ありな、正解が見いだしにくいスポーツ。何事も意見が割れがちな競技特性こそが、面白さ、魅力なのだ。世界で最も人気を集める大きな理由の一つに他ならない。

 突っ込めば、その分だけ盛り上がる。喧々囂々の議論に発展する。世界を見渡せば、サッカー好きはたいがいお喋り好きで、そのコミュニケーション力にサッカー人気は支えられている。

 なぜ興梠なのか。オーバーエイジ問題で、盛り上がることができなかった日本。メディアの責任は大きいと見るが、そもそも、その気質がサッカーに適していない。日本サッカーの普及発展を妨げている大きな要素になっている。

 監督が「攻撃的サッカーだ」と言えば、それに従い、そのサッカーは攻撃的だと、何の疑いもなく報じようとする。これは、浦和レッズのペトロビッチ監督とメディアの関係だが、これでは言った者勝ちだ。監督の発言を、フィルターを通さず、そのまま世間に宣伝してくれるメディア。為政者にとっては都合のいいカモだ。

 サッカー専門誌はその昔、もう少し食い下がったものだ。サッカーD誌とサッカーM誌の時代だが、両者の比較では、D誌の方がよりうるさい存在だった。ファンはいまよりサッカー的な香りを味わうことができていた。

 物わかりがよすぎるというか。真面目でなくなったというか、一生懸命でなくなったというか。

 セカンドステージ最下位。年間通算順位17位。降格圏をさまよう名古屋グランパスは、久米社長と小倉監督がホームページ上で不成績を謝罪した。だが、その後の試合でまた敗れたため、今度はファンに向けて説明会を開くのだという。

 今回の名古屋グランパスに限った話ではない。帰路につかずスタジアムに居座ったり、選手、監督が乗るバスに迫ったりするサポーターに、社長、監督が直接頭を下げ、涙ながらに謝罪するケースを、Jリーグではよく見かける。

 僕の知る限り、これは日本特有の現象だ。欧州では見たことも、聞いたことがない。凋落著しいミラン、インテルでさえ、起きそうもない話だ。ウェッティ。センチメンタル。浪花節的なドロドロとした世界を見る気がするが、いつも気になるのは、こうした場合の地元メディアの立ち位置だ。

 ファンがストレスを溜めてしまうのは、メディアがファンとクラブとの間に立てていないからだ。問題点をあぶり出そうとせず、クラブ、監督の言い分を右から左に流そうとする。悪いモノを悪いと言えないメディアの体質が、ファンに悪いガスを溜めさせている。そのガスを抜く役割を果たしていないのだ。クラブにとって都合の悪い記事、ファンの留飲を下げるような記事を書くメディアはほとんどない。

 そうこうしているうちにチームは降格圏。しかしお尻に火がついてもなお、批評性の低い報道に終始する。まるで他人事のように事態の推移を見守る。

 リオ五輪本大会のサッカー競技を、大手ブックメーカーの一つであるウイリアムヒル社はこう見ている。

 ブラジル、アルゼンチンドイツ、メキシコ、ポルトガル、コロンビア、アルジェリア、デンマーク、ナイジェリア、韓国、スウェーデン。日本の名前が出てくるのはこの次、12番目だ。日本語のサイトもあるので、発見できないはずはない。

 日本のメディア関係者も例外ではない。初耳だという人はかなりおめでたい。というか、この仕事に向いていないと思う。たいていが見て見ぬ振りをしている。盛り下がる話をするのは辞めようと、あえて伏せている。視点の提供を避けている。それで「メダル獲得だ!」と騒ぐ行為はかなり愚かだ。そして一方で、興梠問題をスルーする。とてもじゃないが、僕には健全な国には見えないのだ。 
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