杉山茂樹のBLOGマガジン

Profile
[プロフィール]
  • 静岡県出身。東京都在住。AB型
  • スポーツライター
  • 得意分野はサッカーでヨーロッパが厚め
  • W杯は82年のスペイン大会以降、9大会連続現地取材
  • 五輪も夏冬併せ9度取材
  • テーマは「サッカーらしさ」「サッカーっぽさ」の追求
  • 愛称はスギッチ。サッカー番長。スタジアム評論家
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    Atom

    ダゾーン参入で変わる価値観。CLスタートでレベルアップした欧州にならえるか

     サッカーファンは辞められない。と思うのは、なにより好試合に遭遇した瞬間だ。サッカーの娯楽性の高さ、その競技性の高さを再認識させられる瞬間でもある。あらゆるスポーツの中で最も面白い。世の中に存在するあらゆる鑑賞物の中で一番、と言いたいぐらいだが、サッカーが世界で断トツの人気を誇る最大の理由である。

     だが、好試合、名勝負はいつどこで発生するか分からない。例えば、土曜日に一斉に行われるJリーグの観戦には、好試合度が高いのはどの試合かとの推理が毎度求められる。

     W杯本大会はさらに顕著な例になる。絶対にカバーしなければならない日本代表の試合はともかく、選択肢が複数あるそれ以外の日は、大いに頭を悩ませる。昨年フランスで行われたユーロ2016では、日本が出場していないので、選択肢はさらに増した。こっちにすべきか。あっちにすべきか。好試合の見逃し、さらに言えば、番狂わせの見逃しは大損とばかり、熟考を迫られたものだ。

     クリスティアーノ・ロナウドが出るから、ベイルが出るから、ポルトガルの試合が見たい、ウェールズの試合が見たいというわけではない。そうした要素はまったくゼロではないが、試合の中身の魅力が、個人の魅力を凌駕するのがサッカーだ。

     アタリの試合か、ハズレの試合か。アタリを引いた快感は格別だ。名勝負との遭遇は、自己満がピークに達する瞬間でもある。面白いか。面白くないか。サッカーにとってなにより重要な問題だ。面白そうか、面白くなさそうかは、ファンが一番欲している情報に他ならない。

     お茶の間観戦する場合も例外ではない。人間の視聴時間には限りがある。欧州サッカーを週に10試合も20試合も見られる人はごく僅か。オンデマンド機能が装備されたいま、選択肢はさらに広がり選択センスが問われる時代になっているが、それを手助けしてくれる情報は少ない。

     ネットのニュースに載るのは有名チームの勝ち負けであり、スター選手、有名監督、さらには欧州組の動向だ。それらがサッカーのアイコンの役を果たしている。

     それはそれで気になる話題ではあるけれど、サッカーの本質から外れた情報だ。それが過多になっている現状には、正直言えば食傷気味。発信者が現地で衝撃を受けた話、伝えたがっている話ではなく、日本側が欲している話、ページビューを稼げそうな話で溢れかえっている。

     肝心な情報が足りていないことが気になる。断トツナンバーワンの人気を誇るのに、他の競技と代わり映えがしない状態だ。サッカーは平凡なスポーツになり下がっている。ネット時代が促進するにつれ、その傾向は強まっている。歓迎すべき話ではない。 

     サッカーが胸を張るべきは中身の話。

     映画鑑賞を手助けするアプリには、実際に見た人の満足度を示す数字が明示されている。評判のいい映画はどれかが一目で分かる仕組みだ。オンデマンド化が進むサッカーにも欲しい情報だ。観戦の指針となる好試合度を示す数字が欲しい。

     Jリーグには春の新シーズンからダゾーンが参入する。オンデマンド化は促進。海外のサッカーファンも視聴可能になる。問われるのはサッカーの中身だ。面白いか、面白くないか。ダゾーンがIT時代の最先端を行くメディアだとすれば、皮肉だ。従来のネット社会が軽視してきたものが、最も重要になるのだから。このちょっとした異変に敏感になれるか。

     鹿島等一部は例外として、Jリーグ各チームのサッカーが、ガラパゴス化していることはこれまでにも述べてきた通り。IT社会が発達し、情報化社会が促進しても、サッカーの中身は変わらず終い。むしろ、独自の方向に走ってしまった。中身について積極的に報じてこなかったネット報道の弊害、あるいはその追求を怠った紙媒体の不注意が、そのまま反映されたようなサッカーだと言えなくもない。

     問われる価値観は、ダゾーン参入を機に確実に変わる。面白いか、面白くないか。Jリーグの世界的な価値は、サッカーの中身で決まる。真っ当な、まさしくサッカー的な時代を迎えたと思う。

     対策は講じられているのか。2ステージ制を1ステージ制に戻せば事足りるような問題ではない。面白くないサッカーには低評価が下される、サッカー的な仕組みが日本には不可欠。これをいい機会にして欲しいものである。チャンピオンズリーグのスタートとともに、攻撃的サッカーを促進させた欧州サッカーのように。

    ハリルの言い訳を粉砕。鹿島・ 土居聖真は日本代表の「切り札」になる

     ハリルジャパンについて語るとき、引き合いに出したくなるのは、昨年末に行なわれたクラブW杯だ。

     ハリルジャパンが決勝に進出し、そこでレアル・マドリード(スペイン)と接戦を繰り広げる姿を想像することはできない。タラレバ話なので、不毛の議論と言えばそれまでだが、それを承知であえて論じたくなるほど、鹿島アントラーズとハリルジャパンの間には、サッカーの質に大きな差が存在した。
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    サッカーW杯よりラグビーW杯のほうが健全に見える理由

     2026年大会から本大会出場国枠が48に拡大されることになったW杯。本当に歓迎すべき改革かーーとは、最近発行したメルマガの見出しだが、これにより本大会の雰囲気は一変するだろう。

     では、どう変わるのか。

     改革案では、48か国を4か国ずつ16のグループに分け、各グループ2位以内の国、計32か国で、決勝トーナメントを行うとされている。

     大会の期間は従来同様1ヶ月。決勝進出国、3位決定戦に進出した国が戦う試合数(7試合)も従来と変わらない。変わったのはその内訳。リーグ戦(グループリーグ)と決勝トーナメントの計7試合に占める割合だ。従来は3対4。リーグ戦3試合に対し、トーナメント戦4試合だったが、改革案は2対5だ。現行よりトーナメント色が濃くなる。

     従来1ヶ月を費やした32分の1以降を、20日程度で消化しようとすれば、トーナメントに頼るしか方法はない。しかし、その分だけトーナメントの品格は低下する。従来でさえ、きつい感じだった。詰め込みすぎ。短い期間に優勝チームを無理矢理を決めようとする強引さが目立った。ホーム&アウェイが基本のチャンピオンズリーグと比較すれば一目瞭然。優勝の重みという点で著しく劣った。4年に一度しか誕生しない世界チャンピオンだというのに、だ。W杯に対する欧州各国のモチベーションが、日本ほど高くない理由でもある。

     32強以降が、さらに3分の2の期間に短縮されれば、重みはさらに減る。また、わずか2試合しか戦わない48か国を32強に絞るリーグ戦にしても、リーグ戦が成立する最低限の戦いだ。トーナメントに最も近しいリーグ戦と言い表せる。一発勝負の様相は、いっそう濃くなるのだ。

     これに組み合わせの運不運、日程の運不運も加わるので不確定要素に満ち溢れた大会になることが予想される。つまり、番狂わせは、よりいっそう発生しやすくなる。日本にとってそれは歓迎すべきことだが、最初のリーグ戦を突破する確率は(日本の力が変わらないならば)ほぼ同じ。32から48に増えた恩恵を最も被るのはレベルの高い欧州なので、ベスト32が、これまでのベスト16と同じレベルになる。合否のラインは32強。ベスト16への道はこれまでより、遙かに険しくなる。

     4か国から2か国を絞り出すこれまでのグループは、組み合わせにもよったが、勝利が期待できそうな国が複数あった。第1シードの国には難しくても、第2シード、第3シードの国(前回で言えば、ギリシャとコートジボワール)には、上手く戦えば勝てる可能性があった。2位以内に何とか潜り込めそうなムードがあった。だが、3から2に絞るリーグ戦になると、勝利が望めそうな国が1つに減る。組み合わせ次第では、それさえ難しくなる。

     格上との戦いが連続する可能性が高い。日本の弱者ぶりは鮮明になる。日本の勝利はほぼすべて番狂わせ。立ち位置も明確になる。これまで以上に、だ。

     それに対する割り切りが持てるか。10年後、日本のレベルが現在と大差ないなら、それこそがカギになる。チャレンジャー精神は必須。

     これまでの代表チームに最も欠けていた点だ。2010年大会以外のほぼすべては、戦前、行けるゾ的なムードに支配されていた。前回が最たる例になるが、メディアが勝手に作り出した楽観ムードに、協会、監督を含むチームまで乗ってしまった。危機感に乏しい、クラブW杯決勝でレアル・マドリーを苦しめた鹿島とは、真反対のスタンスで大会に臨んだ。

     弱者のサッカーではなく強者のサッカーだった。小国のメンタリティではなく大国のメンタリティに基づき、どちらかと言えば、欲を隠そうとせず受けて立っていた。監督采配もしかり。番狂わせを狙う監督のそれではなかった。

     2026年W杯に求められる監督には、強者を驚かせる采配が不可欠になる。まず、1つの選手交代でピッチの各所に2か所以上の変化を起こす戦術的交代に長けていること。戦況を的確に把握する鋭い目、奇襲を仕掛ける勇気とタイミング等々、知的かつ果敢なヒディンクのような策士でなければならない。日本の歴史に従えば、真田信繁(幸村)的な、とでも言うべきか。

     監督の力が、いま以上に問われるのだ。日本の立ち位置に相応しい適性を持った監督選びをできるか否か。協会の監督探す能力も、これまで以上に問われてくる。

     出場枠が48に拡大されれば、レベルの高い欧州が最も数を増やしそうだと先述したが、2番目は人口の多いアジアだろう。現行の4.5枠は最大8ぐらいまで増えるのではないか。現在、ハリルジャパンはW杯最終予選B組で四つどもえの苦戦を強いられているが、その戦いに敗れ4番手に終わっても、本大会の切符を手にすることができる。

     10年後、日本の力が大きく低下しなければ(その心配はつきまとうが)、アジア予選は、ますます緩い設定になる。向き合い方を変える必要が出てくる。弱者相手にベストメンバーを送り込み、大勝して大喜びする現在の姿は愚の骨頂。現監督のような、お尻の穴の小さい監督は不適格だと言える。予選こそ、新戦力を試す場として有効活用するべきなのだ。1次リーグは五輪チームが出るくらいで十分。予選と本番との格差は、いっそう顕著になるのである。

     予選突破のステイタスは、下落することが予想される。さらに言えば、W杯のステイタス、世界一のステイタスも下がる。チャンピオンシップ色そのものが低下する。その一方で、イベント色、お祭り色は増すかも知れないが。日本代表産業に支えられている日本にとって、この改革が吉と出るか凶と出るか。48枠への増加は、サッカー界における国別対抗戦の位置づけが、ますます低下していきそうで、危なっかしい話に見えるのだ。

     ラグビーW杯の方がはるかに健全。重みのあるチャンピオンシップ、世界一決定戦に見えてくるのだ。

    【メルマガ】W杯出場国48枠は本当に歓迎すべき変革か

     W杯の本大会出場国が2026年から48になる。現行は32。16もの増加だ。48
    を3か国ずつ16のグループに分けて1次リーグを行い、各組2位以内、つまり3
    2か国でトーナメント戦を争うのだという。

     最大勢力の欧州が猛反対していると聞く。事は簡単に運ばないと思われるが、
    もし実現すれば、W杯の概念は激変するだろう。

     16から24に増えたのが86年メキシコ大会で、現行の32になったのが98年フ
    ランス大会。そのタイミングで日本はW杯初出場を果たした。24か国時代のアジ
    ア枠は2。32か国時代を迎え、3.5、4.5と順次、広がっていった。48枠になれ
    ば、8枠ぐらいまで広がりそうな雲行きだ。

     従来から、32枠に入っている国は拡大に反対だろうが、あぶれてしまっている
    国は、かつての日本がそうだったように賛成だと思われる。賛否はどのポジショ
    ンに立脚するかで分類される。

     日本国内でも、年季の入ったファンほど反対する傾向にある。僕の周囲もそう
    した声で占められるが、業界的には「枠が多くなって、出場しやすくなるのは歓
    迎」(日本サッカー協会田嶋幸三会長)の声に代表されるように、拡大を肯定す
    るムードにある。否定的な意見は聞こえてこない。なによりメディアにその気配
    を感じる。

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    日本に必要なのは、カジノではなくブックメーカー

     新春恒例のスポーツイベントたけなわだ。テレビは大きな試合を毎日、連続して伝えている。スポーツファンには幸せなひととき。とはいえ、あらゆる競技に精通している人は多くない。それなりの知識はあるが、抜群に詳しいわけではない。そのクチに入るであろう一人として言わせてもらえば、伝え手は、観戦に先立ち、どちらがどれほど強そうかという情報、いわゆる下馬評を明確に示して欲しい。

     下馬評を知って観戦するのと、しないのとでは、試合への入り込み方、のめり込み方に大きな差が出る。どちらが先制点を挙げた方が試合は面白くなるのか。どちらが勝てば番狂わせなのか。それは小さな番狂わせなのか。大きな番狂わせか。何を隠そう下馬評の低い方に肩入れしたくなる判官贔屓なので、是非ともそこはハッキリして欲しいのだ。

     番組でその役を果たすことができるのは、専門知識豊富な解説者。だが、それを口にすれば、中立公正な立場にあるのか、視聴者から怪しまれかねない。予想が外れれば専門性も疑われる。リスク大というわけで、その歯切れは総じて悪い。冒頭で、提示すべき情報を、試合後半にさしかかった頃に、ボソリと告られたりすると、何をいまさらと、そのご都合主義を恨みたくなる。

     実況アナはもっと言いにくい立場にある。接戦を装わないと、視聴率に影響しかねないからだ。昨年12月のクラブW杯決勝、鹿島対レアル・マドリーは、結果が開始前から簡単に予想できそうな対戦だった。0−3でマドリー。0−4以上にならないことを祈りたくなるミスマッチ。だが、それを冒頭で言ってしまっては身も蓋もない。視聴者の観戦意欲を削ぐことになる。この試合の模様を僕は現場にいたので、実況アナ氏がどのような言い回しで、視聴者の興味を繋ぎ止めようとしたのか知る身ではないが、本心をオブラードで包むように、「可能性はある」的な曖昧な表現で、その場を乗りきろうとしたのではないか。

     鹿島対レアル・マドリー。ブックメーカー各社の予想オッズを見損なったので、確かなことは言えないが、マドリー勝利は、1.01倍にも届かなかったはず。一方、鹿島の勝利は50〜60倍。延長予想でも20倍前後はあったと思う。

     それをテレビが試合前、伝えることはまずない。たっぷり予想する時間がある人は、それでもオッケーだ。その道のツウもしかり。事前の予想記事に目を通せば、あらましはだいたい把握できる。だが、そうした人は半分もいないと思う。サッカーに限れば、事前のプレビュー記事でも、独自の見解を示すことが少なく、アゲアゲ報道が多いので、ファンはどちらが有利か、十分把握しないまま、試合を迎えることになる。

     そして試合後は、勝てば大騒ぎ。強敵相手に勝利したならそれでもいいが、弱小相手に勝利しても、ノリはほぼ同じ。アバウトな反応しかできない仕組みが構築されている。

     下馬評がキチンと提示されない。日本のスポーツ界の大きな問題だと思う。競馬はなぜ面白いか。予想が充実しているからだ。まさに下馬評や前売りオッズがあるからこそ盛り上がる。しっかり予想して、状況を冷静に分析してから観戦に臨む。よって観戦に熱が入る。日本のスポーツは、馬が競争する姿だけを見せられているような状態にある。そんな気さえする。

     予想する行為は、競馬ではギャンブルと同義語だ。カジノ法案(統合型リゾート整備推進法案)是か非かが論じられたとき、ギャンブル依存症が取り沙汰され、ネックになっていたが、カジノはともかく、予想する行為には、人間としてのメリットも多分に含まれている。知的好奇心を刺激すると言えば格好よすぎるが、物事を冷静に考えるトレーニングにはなる。客観的になれるし、平衡感覚も養える。スポーツを見る目も養える。

     ブックメーカー各社の存在は、ギャンブル依存症というデメリットと秤に掛けても、人間にとって文句なくプラスに作用していると考えるのだ。

     ジャイアントキリング。最近では下克上。柔よく剛を制するも、これに加えていい言葉だと思うが、下馬評不在では、サッカーで言えば、対戦する両チームはフラットな関係にしか見えてこない。番狂わせが起きても、番狂わせを実感することができない。

     日本代表の戦いが、まさにそれだ。UAEが日本に、しかもアウェイで勝つことは広い目で見れば、大番狂わせに値する。一方、日本がタイに勝つことは順当すぎる結果。ブックメーカーが存在すれば、UAE戦にはもっとショックを受けたであろうし、タイ戦には、あそこまで喜ばなかったと思う。喜べる試合は、現状ほぼゼロ。だが、テレビも新聞も雑誌もネットも、そこのところを進んで詳らかにしようとしない。

     この中にどっぷり浸かっていると、平衡感覚を失いかねないのだ。サッカーに限った話ではない。すべてのスポーツについてそれは言える。

     日本に必要なのは、カジノではなくブックメーカーなのである。

     ちなみに僕がブックメーカーなら、W杯最終予選の残り5戦に次のようなオッズを付ける。

    3月23日・UAE対日本(UAE勝利3倍、引き分け2倍、日本勝利3倍)
    3月28日・日本対タイ(8倍、1倍、1倍)
    6月8日・イラク対日本(2.5倍、2.5倍、3倍)
    8月31日・日本対豪州(2.5倍、3倍、2.5倍)
    9月5日・サウジ対日本(3倍、2倍、2倍)

     タイ戦以外はすべて接戦。3月23日のUAE戦が最大のカギであることは間違いない。

    【メルマガ】その移籍は栄転か否か。移籍シーズンで見るべきポイント

     移籍を機に存在価値を高める選手もいれば、下げる選手もいる。クラブも同様。
    移籍は、選手とクラブ、それぞれの立ち位置、順列があぶり出される瞬間だ。
     
     放出するクラブ。獲得するクラブ。そして選手。1つの移籍に絡むのはこの3
    者だ。
     
     選手の立場で言えば、現在のクラブからどのクラブに移籍するかは重要なテー
    マだ。より高いレベルのクラブに行くか、低いクラブに行くか。選手の価値はそ
    こで明確になる。
     
     一方クラブは、どのクラブへ誰を放出したか、どのクラブから誰を獲得したか
    が価値のバロメーターになる。
     
     例えば、横浜Fマリノスから中村俊輔を獲得したがっていると言われるジュビ
    ロ磐田。中村はまだまだやれそうな選手だとはいえ、現在38歳だ。いま以上の活
    躍は期待しにくい、いわば下降線を辿っている選手。もし横浜から磐田への移籍
    が決まれば、両クラブ間のヒエラルキは鮮明になる。ストレートに言えば、横浜
    が要らないと言った選手を必要とする磐田は、横浜より格下のクラブと言うこと
    になる。

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    ブラジルカラーから大転換。鹿島は日本のアトレティコ。石井監督はシメオネだ

     熱戦度、接戦度ともにハイレベル。急傾斜で知られる吹田スタジアムの良好な眺望と相まって、天皇杯決勝、鹿島対川崎は目の離せない好勝負になった。日本の国内サッカー史上ナンバーワンの試合だった可能性さえある。
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    【メルマガ】サッカー協会は何のための組織か。ハリルホジッチに丸投げでは未来はない

     ディフェンシブハーフの長谷部誠が、マイボールに転じると最終ラインの両セ
    ンターバックの間まで下がり、3バックの1人のように構える。2人のセンター
    バックの間隔は自ずと開く。左右の両サイドバックは、それに伴い、押し上げら
    れるように高い位置を保つ。

     ニコ・コバチ監督率いるフランクフルトのサッカーを見ると、思わずアギーレ
    ジャパンを想起したくなる。

     長谷部もアギーレジャパン時代、いわゆるアンカーで同じ役割を演じていた。
    長谷部が下がるとその分だけ両サイドバックの位置は上昇。瞬間、攻撃的なムー
    ドがパッと広がった印象がある。
     
     アギーレは、アジアカップ(2015年1月)を最後に退任。2018年W杯アジア
    最終予選で、代わって誕生したハリルジャパンが、4つどもえの展開に巻き込ま
    れる姿を見せられると、アギーレジャパンにノスタルジーを感じてしまう。アギ
    ーレが代表監督を続けていたら、今ごろどうなっていただろうか。
     
     不毛の議論は控えるとして、懐疑的になるのは、ハリルホジッチがアギーレか
    らバトンを引き継いだ時、協会側がこれまでの経緯をどれほど彼に説明したかと
    いう点だ。日本の現状と課題、そして将来の展望について。

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    鹿島によって崩されたハリルホジッチの言説。続投決定ならプライドを捨てよ

     クラブW杯決勝でレアル・マドリーをもう一歩の所まで追い込んだ鹿島アントラーズ。巷でよく耳にするのは「日本代表と鹿島。強いのは鹿島じゃない?」との声だ。両者が対戦することはおそらく永遠にないので、不毛の議論そのものになるが、そう言いたくなる気持ちは理解できる。鹿島は、2018年W杯アジア最終予選で、4つどもえの戦いを強いられているハリルジャパンとは、対照的な存在に見える。

     ハリルジャパンの前回の試合(サウジアラビア戦)に、鹿島から招集された選手は2人(植田直通、永木亮太)。それ以前に遡れば、金崎夢生と柴崎岳も含まれるが、いずれにせよハリルホジッチから重要な戦力として扱われたわけではない。

     日本代表クラスで占められているわけではない鹿島。日本のサッカー界に大きな影響を与える、日本の中心的なクラブではない。前にも述べた通り、サッカーの中身も従来の日本サッカーとは一線を画したチームだ。

     しかし、クラブW杯を中継していたテレビは、実況と解説者が「Jリーグのレベル、日本サッカーのレベルが低くないことを証明しました」と、鹿島の躍進を、日本の躍進話に置き換え、胸を張った。

     サッカー話ではなく日本話にしてしまえば、発言者自身までレベルアップに貢献している要因の1つに見えてしまう。つまり、日本人全員でハッピーになれるが、話をその方向に持って行くと、鹿島の貴重さは広まるどころか、闇に葬られることになる。

     メンバー選考の際、ハリルホジッチは「本田圭佑に代わる選手はいるだろうか?」と述べた。欧州組と国内組のレベル差について嘆いた。Jリーグのレベルの低さにも常々、言及してきた。日本代表のスタメンが1人もいない鹿島が、レアル・マドリーをあそこまで追い込む姿を、彼はどう見たのか。

     ハリルホジッチが鹿島の監督として指揮を執ったら、石井監督と同様の成果は得られないと思われる。

     ハリルジャパンが、レアル・マドリーを向こうに回し、鹿島と同程度、渡り合う姿は想像できないのだ。

     鹿島より何倍も豪華メンバーを揃えるハリルジャパン。その従来の主張に、説得力を感じない。

     サッカーはやり方次第で、相手との差を詰められる。逆転も可能ーーというサッカーの本質を、改めて確認させてくれたのが今回の鹿島だ。実力上位とおぼしき海外組をスタメンにズラッと並べれば、最強チームが完成するという思考法は、サッカー的ではない。

     それはレアル・マドリーの過去からも学ぶことができる。

     銀河系軍団の形成が始まったのは00−01シーズン。バルセロナからフィーゴが移籍してきたところがスタートだ。01−02にはジダン、02−03にはロナウド、03−04にはベッカムが加わり、銀河系軍団のオールスターキャストが揃うことになったが、その間CL優勝は01−02の僅か一度だけ。

     97−98、99−00、そして01−02とレアル・マドリーは、この5年の間に1年間隔で3度優勝。黄金期を築いたが、皮肉にも銀河系軍団化が進むと、それは終焉を迎えた。CLでは決勝トーナメント1回戦辺りで、早々に敗退する番狂わせを連続して許した。

     地味なメンバーで臨んだ時の方が、結果を残すことができた。サッカーの現実を見る気がする。アトレティコ・マドリーは、なぜバルサやマドリーと互角に戦えるのか(今季は若干調子が悪いとはいえ)。サッカーに番狂わせが絶えない理由はなぜか。ハリルホジッチが目指すべきは、銀河系軍団的なサッカーではない。オールスターキャストではないアトレティコ・マドリー系のサッカー。つまり。鹿島系のサッカーなのだ。

     ビッグネームがずらり並ぶチームではなく、名前は少し落ちるが、よいサッカーをするチーム。こちらの方が、結果は出やすい。世界のサッカー及びサッカーの歴史はそう語る。まず優れるべきはサッカーの質。監督だ。メンバーの知名度や実績より、それはサッカーにおいて優先する。

     レアル・マドリーの右ウイングとしてスタメンを飾ったルーカス・バスケスについては、前々回のメルマガでも触れたが、本来そこはガレス・ベイル(怪我で長期離脱中)のポジションだった。知名度や実績で上回るのはベイル。だが、チームにとってどちらが必要不可欠な戦力かと言えば、それは微妙な問題になる。右サイドに右利きの右ウイングを置いた方が、いろんな意味でのバランスは整うーーとは、これまでにも述べてきたこちらの意見だが、そのあたりが、サッカーの特異性であり、面白さ、魅力なのだ。

     選手の並べ方、組み合わせ方のセンス。鹿島の石井監督はなによりそこが上手い。ハリルホジッチはあまり巧くない。ネームバリューと実績重視。

     いまなら本田圭佑より金崎夢生の方が頼りになると思うし、香川真司なら、その数倍ユーティリティでけれんみがない土居聖真の方がハマルと思う。メンバー交代、布陣の交代も断然しやすくなる。

     そしてサッカー選手にとってなにより不可欠な「精神的なノリ」が違う。100の力が時に100以上出てしまいそうな、つまりプラスアルファの力を発揮できるか否かという点において、大きな差がある。

     ハリルホジッチが唱えてきた多くの説が、鹿島によって崩されたいま、注目はその立ち振る舞いだ。続投決定ならば、プライドを捨て、鹿島の活躍をヒントにして欲しいものである。

    【メルマガ】柴崎岳は「日本のイニエスタ」ではなく「日本のデルピエーロ」に

     先日発表されたJリーグベスト11。クラブW杯準優勝の鹿島からは昌司源ただ
    一人の選出に留まった。それとこれは別物とはいえ、クラブW杯後に発表された
    となると、選ばれた11人の顔ぶれが、間の悪い色褪せたものに見える。

     現時点で最も輝くJリーガーとなれば、柴崎岳で衆目は一致するだろう。クラ
    ブW杯決勝で、レアル・マドリー相手に挙げた2ゴールは、他のJリーガーには
    真似できそうもない、まさにスーパーゴール。MF、パッサーと言うより本格派
    ストライカーを連想させる、叩き出した感の強い迫力満点の2発だった。

    「日本のイニエスタ」と報じた欧州メディアもあったとか。しかし、こちらは、
    彼に対してイニエスタではなく、デルピエーロを連想する。前々回のメルマガで
    も述べた通り、欧州でプレイしたいと考えるならば、デルピエーロを目指すべき
    だと思う。そうなれる可能性を秘めていると思う。

     両者は何が違うのか。

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    勝たせてやった感さえ覚える敗戦。鹿島が見せた最良の負け方

     最終スコア2−4ながら、90分の戦いでは2対2。ロスタイムに入った93分、遠藤康が、右足で放ったシュートが決まっていれば、鹿島はレアル・マドリーを下し、クラブW杯チャンピオンに輝いていた。
     
     日本サッカー史上、最大の番狂わせは、アトランタ五輪でブラジルを破ったマイアミの奇跡だ。しかし、内容では一方的に劣っていた。シュート数4対28。マグレと言っては当時の選手に申し訳ないが、日本人でさえ狐につままれたような、まさに奇跡という表現が似つかわしい番狂わせだった。
     
     遠藤のシュートが決まり、鹿島がレアル・マドリーに勝っていたら、勝利の必然性は、当時を大きく凌いでいた。日本サッカー史上、最も惜しかった試合。鹿島対マドリー戦はそう言い切ることができる。
     
     最も美しい敗戦と言っても大袈裟ではない。比較したくなる試合は、ドーハの悲劇だ。94年アメリカW杯アジア最終予選。その最終戦でイラクにロスタイムに同点ゴールを叩き込まれ、悲願のW杯本大会出場を逃した一戦だ。しかし、その後のサッカー人気興隆のきっかけになった試合でもある。そうした意味で美しい敗戦と定義したくなるのだ。
     
     もっとも当時、今回の鹿島と似た境遇に置かれていたのは、対戦相手のイラクの方だ。

     主催者であるFIFAにとってイラクは勝って欲しくない側だった。アメリカと政治的に緊迫した敵対関係にあったイラクを、できればアメリカW杯本大会に出場させたくない。FIFAはそうした思惑を、隠そうとしなかった。その冷遇ぶりは主審の判定に端的に表れていた。日本戦では累積警告が解け、本来出場可能である選手まで出場不可とされる、不条理甚だしい仕打ちを受けていた。
     
     日本が1点リードで迎えたロスタイム。イラクはもう1点加えても、本大会出場の可能性がないにもかかわらず、最後まで頑張り、ショートコーナーからオムラムがヘディングで同点ゴールを叩き込んだ。試合後、ピッチを淡々と去って行くイラクの選手たちの姿が、僕の目にはかなり美しく見えた。日本以上に美しい敗者に見えた。

     クラブW杯決勝。遠藤が右足シュートを外す少し前、セルヒオ・ラモスが金崎夢生に過激なタックルを見舞ったとき、バーレーンのシカズエ主審は、カードを出そうとした。セルヒオ・ラモスにとっては退場宣告を意味する二枚目のイエローカードを、だ。

     結局、それが有耶無耶になってしまった理由は、主審の判断だけでないことは明白だ。無線システムを通して、それなりの立場に就く人から指示があったものと推測できる。10対11で、延長の30分間を戦えば、マドリーと言えども苦戦必至。鹿島がクラブW杯チャンピオンになる目が大きく膨らむことになる。

     鹿島は開催国枠での出場だ。アジアチャンピオンではない。日本人の興味を繋ぐために特別枠で、出場しているチームだ。権威付けに乏しいその鹿島が、世界一になれば大会の権威も失われる。シカズエ主審がカードを胸にしまい込んでしまった理由はそこにある。FIFA的には、鹿島は勝ってもらってはマズイ存在だったのだ。

     鹿島には試合前から、見えざる逆風が吹いていた。その中で、可能な限り頑張った。カードをしまい込む主審の姿を見た瞬間、23年前のイラクを想起することになったが、それだけに、その直後に訪れた遠藤のシュートシーンは、場の空気をぶち壊す破壊力があった。

     もし決まっていれば。流れの中でのプレイは、さすがの主審も止めることができない。その右足シュートの失敗は、日本的には残念な出来事ながら、FIFA的には思いっきり安堵したくなる歓迎すべき出来事だった。

     試合後の記者会見に臨んだ石井正忠監督は「主審に勇気があれば」とコメントした。怒りで顔をこわばらせながら、ではない。半分苦笑いを浮かべながら静かにチクリと一言、述べたに留まった。勝ってはいけない側の監督としての立場を弁えた、大人の振る舞いを演じた。

    「勝つときは少々汚くても構わないが、負けるときは美しく」とは、故ヨハン・クライフの言葉だが、会見場のひな壇に座り、疑惑の判定について半分許すような態度を取った石井監督の姿は、まさに美しい敗者そのものだった。マドリーに貸しを作った。武士の情けを送るようにさえ見えた。
     
     勝たせてやった感さえ覚える敗戦。この試合をテレビで見た世界のファンにも、それは多少なりとも伝わったはず。負けてもなお痛快さを抱かせる、可能な限り最良な負け方を鹿島は演じた。一生のうち滅多に見られないよいものを見た。勝ったマドリーのファンより、満たされた気分だと言いたくなる。
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