僕は、監督の采配については、なにかにつけガタガタ言うが、
選手の好き嫌いはほとんど口にしない。
そもそも、嫌いな選手がいないのだ。
エッと驚く選手は、たまーにいるけれど、
疑念の目は、その選手を使っている監督に向いてしまう。

すごーく好きな選手も、これまたあまりいない。
スレっからしになってしまったからではない。
子供の頃から、その傾向がある。
目に新鮮に飛び込んでくるのは、1シーズンに1人いればいい方だ。


だが、それとて長続きしない。
3年後には、ドキドキ感は失われる。
ずっと好きな選手はごくごく少数。他のサッカー好きとの大きな違いだ。


つまり僕は、優しさと厳しさと複雑な趣味を重ね合わせながら、選手を見ているわけだ。
その難関を見事にパスした選手は誰か。


パッと頭をよぎるのはベルカンプだ。
特に、98年フランスW杯準々決勝の対アルゼンチン戦だ。
フランク・デブールの50mはあろうかというロングパスを、一発でトラップし、
アジャラをかわして決勝ゴールを叩き込んだプレイには、びっくり仰天させられた。
足の裏でボールを踏みつけるようなトラップそのものが、十分なフェイントになっていた。
攻撃的MFなのかFWなのか。
どちらの才能にも溢れているところも、目に眩しく映った。


バルサの現監督、グアルディオラにも、
僕はバルサの試合を見るたびに、熱い視線を送っていた。
広角な視野を備えた展開力こそが彼の魅力で、
ピボーテ(日本的に言えば守備的MF)のポジションから、
まさに司令塔と言いたくなる立ち振る舞いで、スーパースターを操った。


レアル・マドリーで同じ時期に、同じポジションで活躍したレドンドも、
上品な立ち振る舞いをする選手だった。
だが、98年フランスW杯のメンバーから彼は外れた。
監督のパサレラが、長髪の選手が嫌いだったからだ。


レドンドは髪を切れと言われても切らなかった。
髪の毛の長さは、サッカーに関係ないと言って。


その辺の話は、直接インタビューした際に聞いたのだが、
10年以上経ったいまでも、このインタビューは記憶に鮮明に残っている。
彼の口から出る言葉には、溢れんばかりの知性が滲み出ていた。
スポーツ選手のインタビューは、言葉を少し加工しないと、
紙面にできない場合が多いが、レドンドの場合は「ベタお越し」で十分に行けた。
語彙も豊富だし、質問には的確に答えるし「なんて頭のいい選手なのか」と、
インタビュー中、何度も感激させられた。


パサレラがレドンドを外した理由は、髪の毛の長さではなかったのかもしれない。
それは口実。本心は、頭が良すぎて扱いにくかったから、ではないのか。


今季から、レアル・マドリーでそのレドンド役を務めるのがシャビ・アロンソだ。
この選手もお気に入りだ。
グアルディオラを彷彿させる視野の広さ。
レドンドのような頭の良さも感じる。
ここ10年来、賢いサッカーをしてこなかったレアル・マドリーには、
カカー、C・ロナウドより必要だったタイプの選手に見える。


ベルカンプ、グアルディオラ、レドンド、シャビ・アロンソ。
いずれにも共通するのは、日本にこの手のタイプが見あたらないことだ。
ベルカンプはFWと攻撃的MFの間。
その他の3人は日本風に言えば守備的MFだが、
実際には司令塔という言葉の方がフィットする。


日本では、中盤を守備的MFと攻撃的MFという言葉でくくるが、
彼らのような選手が出てこない理由は、
そうした中盤の概念が災いしているからだと僕は思う。
固定観念が誤解を生んでいる気がしてならない。


守備的MFは守る人。
攻撃的MFは組み立てる人。
フォワードは決める人。


そうした概念に支配されている国に在住していると、
現地に行って、彼らのような存在を目の当たりにすると、
激しいカルチャーショックに襲われる。
日本がとても遠い国に感じられる。
良くいえば、旅情をかき立てられる。
「好き」を後押しする大きな理由に違いない。