ガンバ大阪の宇佐美貴史を、解説者はしきりに褒めていた。中継したテレビ局も、なんとなく彼をヒーロー扱いしているようだった。後半43分、劇的な決勝ゴールを叩き出したのはアドリアーノ。宇佐美のシュートをGKが弾き返したこぼれ球を蹴り込んだものだが、アドリアーノは先制ゴールも叩き出しているので、讃えるべきは、なにをおいてもこのブラジル人選手になる。

いつかのブログでも触れたが、日本のメディアは概して外国人選手に冷たい。在京の大手メディアほど、その傾向が強い。積極的に扱おうとしない。理由は簡単だ。それではものが売れないから。視聴率が上がらないから。その内向きな感じは、プロ野球より厳しい気がする。

日本代表という存在が輪を掛ける。何事も日本代表に絡ませれば、自然な感じをアピールできる。近い将来、日本代表を支えていきそうな期待の若手。大義名分は立つ。

その何時間か後に放送されたスポーツニュースも、スター選手の活躍を積極的に伝えた。「とおとうみ浜松オープン」最終日に、8アンダーをマークしプレイオフに進出した石川遼クンだ。遼クンをプレイオフで下し初優勝を飾った小林正則選手より、扱いはずいぶん大きかった。

宇佐美と遼クンは、メディアの後押しを受け、脇役から主役に昇格した格好だが、両者には決定的な違いがあることも事実。遼クンは、「とおとうみ浜松オープン」で2位に入ったことで、23日に発表された世界ランクで49位に上昇。6月16日に始まる全米オープンへの出場権を手にした。

日本のプロゴルフツアーの成績は、男女とも世界基準のポイント制が適用されていて、どれほど凄いかは、世界ランキングを眺めれば一目瞭然。世界的な立場が即、数字となって表れる仕組みだ。凄いか否かの話が、きわめて感覚的なものによって支えられている宇佐美との違いでもある。ゴルフ界に比べると、その評価はかなり曖昧。非世界的だ。

逆に言えば、誇大広告はいくらでも可能だ。それで、消えていった選手、鳴かず飛ばずになった選手は枚挙にいとまがない。

宇佐美をたいした選手ではないと言っているわけではない。左足も右足も使えるし、動きは滑らかだし、真ん中でも外でもいけそうだし、つまり幅広い対応力がある。日本代表に入っても、そこそこやりそうな気はする。

とはいえ、どこまで世界的かは定かではない。「49位」には届いていそうもない。ここに来て急速に伸びた印象もない。世界的な物差しを当てると、僕的には、やや心配になる。一刻も早く海外へ行くべきだと思う。

いまこそが、伸るか反るかの分かれ目。例の解説者のように、褒める気分にはなれない。楽観的にはなれないのだ。フォワードというより、MFというより、アタッカーという言葉がよく似合う。どちらかといえばフォワード系。「中盤天国」ニッポンが輩出してきた従来型の選手とは少しばかり趣が異なる。

彼に求められているのは遂行能力。やり抜く力。勝負する力。そしてそれは、一流のディフェンダーと対戦する中で伸びていくものだ。対峙する選手のレベルに比例するといっても構わない。うっかりしているとお山の大将になりかねないのだ。

ますます褒める気はしなくなる。根っからの辛口だからだとは思わない。何事においても評価を確定しにくいのが、サッカーの特徴だ。世界の津々浦々でこれだけの人がプレイしているのだから、当然といえば当然。評価を確定させようとすると、世界は急に広がりを見せる。いっそう謎に包まれる。迂闊に褒めることはできない。

ゴルフは個人競技。サッカーは団体競技。サッカーにおけるランキングは、得点王争い以外、チームとしてのものばかりだ。個人の評価を確定する要素は、非常に少ない。「対世界」のイメージを備えていないと何が何だか分からなくなる。誰も答えてくれない、教えてくれない疑問にどう向き合うか。正解が見当たりにくいものを、どう勝手に解釈するか。思い込むか。

個人差が出るのは当然だ。宇佐美を「49位」という者もあれば、「200位」という者もいる。そこに議論の余地がある。議論に適したスポーツと言いたくなる所以だ。

いったい宇佐美はどれほど伸びるのか? それを推理することは意外に面白い。密かな楽しみといっても良い。

かつて星陵高校時代の本田圭佑を一目見た瞬間、ピンときたものだ。この選手は行ける! と、確信を抱いた。逆に外した例もある。鹿島の大迫勇也は、僕的にはもっと伸びていてくれなければいけない選手になる。大迫は伸び悩んでいるように見える。大迫は宇佐美の2つ上。まだまだ伸びる余地はあるが、日本でプレイしてしまった弊害を見る気がする。勝負する気質は、この国でプレイしている限り育ちにくい――とは、僕の感想。いわゆるアタッカーに関していえば「Jリーグで活躍してから、日本代表で活躍してから」海外へ行くのでは遅い。

宮市亮が眩しく見える理由かも知れない。荒削りだが、抜きッぷりは抜群。従来の日本人臭さはない。怖さという点で宇佐美を凌ぐ――とは、これも僕の感想。
3年後、5年後、この文章を読むのが楽しみである。