先のインターナショナルマッチ・デイに、僕はなにを隠そう日本代表の試合(セルビア戦、ベラルーシ戦)の現場に行かなかった。セルビア戦が行われた11日は、クロアチア対ベルギー(@ザグレブ)、ベラルーシ戦が行われた15日には、イングランド対ポーランド(@ロンドン)をそれぞれ観戦取材した。
 
 その結果、日本代表の試合現場に漂わなかった熱気を、とくと堪能することができた。日本に帰国して、日本代表戦のビデオを眺めていると、改めて日本人の不幸を思わずにいられなくなった。本大会出場を決めた国の中で、恐らく最も盛り下がっている国。高揚感に乏しい国。そう言って間違いない。
 
 全く可能性を感じさせない日本。それとは対照的な位置にいる国はどこか。最も高揚感を感じさせてくれるチームはどこか。クロアチア対ベルギーをザグレブまで見に行った理由は、ひとえにベルギー見たさにあった。
 
 W杯欧州予選A組。クロアチア対ベルギーは、その2位と1位の対決だった。両者の勝ち点にはこのとき5の差があったとはいえ、この戦いは、まさに天王山に値した。追走するクロアチアがホームであるという設定も、観戦動機に拍車を掛けた。欧州で常に上位を安定的に維持する国。W杯本大会では、ベスト8から16を狙えそうな国を向こうに回し、どれほどやるか。ベルギーの可能性を占う上で、これは必見に値した。
 
 ご存じの通り、結果は2対1でベルギー。だが、アウェーという設定と、試合内容を加味すれば、両国の差はもっと大きなものに感じられた。W杯本大会でベスト8から16を狙えそうなクロアチアを一蹴。断然凌駕したわけだ。ベルギーの立ち位置は、クロアチアと比較することでより明瞭になった。
 
 ダークホースと呼ぶにはあまりにもハイレベル。だが、僕はそのレベルの高さだけに感動したわけではない。
 
 斬新で衝撃的。気がつけば僕は、遠い昔に思いを馳せていた。久しぶりに味わう懐かしい感覚だった。脳裏を過ぎったのは、ずばり94〜96シーズンのアヤックス。ルカク、フェライニ、ヴィッツェルといった褐色の長身選手と、アザール、ドフールなどの小柄な、抜け目のない選手が絡み合うデコボコ感が、なによりアヤックスに似ていた。パッと見のビジュアルインパクト、無国籍感に溢れた豪快さと繊細さを兼ね備えたバラエティでミステリアスな要素、そして何より、サイド攻撃を重視した攻撃的サッカーであるところに共通性があった。

 サッカーを見始めてうん十年。僕は無数の驚きを体験してきた。82年W杯のブラジル対イタリア。クライフ時代のバルサ。そしてアヤックスに至るわけだが、少なくともこの10年に遭遇した新発見には、正直いって以前のような衝撃度はない。すれっからしになったことも否定しないが、驚く前に、その情報がある程度耳に入ってしまっていたこと、すなわち鮮度が減退したことにいちばんの理由がある。

 それは、ネット社会の普及と大きな関係にある。ベールは瞬く間にはぎ取られてしまう。サッカー界は、魑魅魍魎としたミステリアスな世界ではなくなった。オリジナルな発見に出くわす機会は、それ以降ぐっと少なくなった。
 
 にもかかわらず、ベルギーが新鮮に見えた理由はなぜか。フェライニ、アザール、ルカク、コンパニなど、知られた名前は多くいる。選手の名前はほぼ「全国区」なのに、なぜチームは新鮮に見えたのか。

 代表チームだからである。代表チームは、定められたインターナショナルマッチ・デイに試合を行う。世界一斉に。その日は世界中で、それこそ無数の試合が行われる。その日、生観戦可能な試合は1試合。日本代表の試合を観戦取材すれば、他の試合は見に行けないことになる。日本のセルビア戦とクロアチア対ベルギーを、共に見ようとすれば、僕の身体は2つ必要になる。
 
 実際、クロアチア対ベルギー戦の記者席にいた日本人記者は、僕を含めてわずか2人。「ベルギーは凄いですよ」と、僕が声を大にしたくなる理由は、自分の存在に貴重さを感じるからだ。
 
 イングランド対ポーランドの現場もしかり。僕の知る限り、ウェンブリーの現場にいた日本人記者は僕を含めて2人。その多くが、ベラルーシ戦が行われたミンスクに行っていたからだが、そちらの方が自然な姿になる。大抵のメディアは自国の代表チームをカバーする。よその国の代表チームをわざわざ追いかけるへそ曲がりは多くない。

 ベルギー代表を、自国以外のメディアが追いかけるケースは希。予選を戦うベルギー代表の話題は、ベルギー国内にとどまりやすいのだ。ユーロの本大会、あるいはコンフェデレーションズ杯のような、何カ国かが一堂に集う大会に出場しない限り、第3者の目に止まることは少ない。ベルギー人以外で、ベルギー代表を生で観戦したことがある取材者はどれほどいるというのか。

 来年のW杯本大会でベルギーは、第1シードになった。優勝候補ではないけれど、その次にランクされる国。その割に情報はない。面が割れていない。そのサッカーは、世界の人にさぞ新鮮に映るに違いない。

 現在、UAEで開催されているU17W杯に出場している日本チームをふと連想する。少なくとも僕の趣味に120%マッチした吉武ジャパン。外国人記者の目に、さぞ新鮮な驚きを提供していることだろう。あのサッカーは画期的。ベルギー代表にも負けない新鮮みがある。我々としては、灯台もと暗しにならないように注意したい。