中村憲剛が今シーズンをもって引退するのだという。いくら選手の寿命が伸びたからといっても、彼ほど若々しいプレーをする40歳はそういない。入団当時と見た目がほとんど変わらない珍しい選手だ。

 中村憲剛より1学年上にあたる遠藤保仁は、今季の途中、ガンバ大阪で出番が減るとJ2のジュビロ磐田に移籍。それから6試合連続でスタメンを張り続けている。中村憲剛もまだまだ現役を続けられそうな気がする。川崎でスタメンを張り続けることは難しいとしても、Jリーグの中位以下のクラブなら十分行けるのではないか。
 
 中村憲剛は大学卒業後、川崎に入団。以来、川崎一筋を貫いてきた。遠藤もガンバ大阪で20シーズンプレーしているが、それ以前に、横浜フリューゲルスで1シーズン、京都パープルサンガで2シーズン、プレーしている。磐田は遠藤にとって4チーム目のクラブになる。
 
 中村憲剛も遠藤のようにいかないものか。一世を風靡した選手が、下りの階段を綺麗に降りていく姿が見たい。下のレベルのクラブへ、段階的に移行していく姿が見たい。選手としての下り坂をいい感じで歩みながら、引退を迎えて欲しいーーとは、個人的な願望だ。
 
 それがサッカー的な文化と言えるからだ。これまでの日本のスポーツ界に不足していた考え方であり、いまの時代に適応した今日的な考え方と言ってもいいかもしれない。大学卒業後、ひとつのチームに長年在籍し、そのチームで現役を終える姿は、終身雇用制の古いサラリーマン社会のような匂いがする。

 もっとも、一般社会における定年は60歳以上で、中村憲剛にとっては20年以上も先の話になる。指導者や解説者、評論家など、サッカー選手以外の道を探る時を迎えていることも確かなのだ。人生80年といわれた時代の40歳と、人生100年と言われる時代の40歳とでは、同じ40歳でも意味はまったく異なる。中村憲剛、遠藤保仁がこれからどんな道を歩むのか。
 
 スター性のある選手には、できれば監督をやって欲しい。名選手名監督にあらずとは、とりわけサッカーにあてはまる格言だ。選手に求められる能力と、監督に求められる能力との間に一致点が少ないことが、その原因だとされる。
 
 とはいえ、監督に適した選手の傾向は見えている。どのポジションの選手が引退後、監督により多く就いているかと言えば、守備的MFだ。遠藤と中村憲剛をこの物差しで比較すれば、遠藤がほんのわずかだけ有利に見える。2人とも守備的MFもこなせば攻撃的MFもこなすが、より低い場所を定位置とするのは遠藤だ。
 
 中村憲剛のプレーエリアも当初は遠藤に近かった。低い位置からの縦パスを得意にする、ボランチ色の強いパッサー系のゲームメーカーだった。

 日本代表ではキャラが重なる関係にあった。中村憲剛の日本代表出場試合数が68回であるのに対し、遠藤の日本代表出場試合数は152回。両雄がピッチに揃って立つ試合は少なかった。

 彼らがJリーグにデビューした頃、約20年前の日本サッカー界は、レベルの高い中盤選手で溢れていた。中田英寿、小野伸二、中村俊輔、稲本潤一の4人が、2002年10月、国立競技場で行われたジーコジャパンの初戦、対ジャマイカ戦に揃って中盤に名を連ねたとき、日本のサッカー界は、言い知れぬ幸福感に包まれたものだ。

「ブラジルの黄金の4人」、「フランスの4銃士」にイメージを重ね、「夢の中盤4人組が誕生した」と沸いた。藤田俊哉、名波浩、森島寛晃、奥大介、小笠原満男など、この他にも目白押しで、中盤はまさに人材の宝庫だった。

 日本サッカー界は、中盤至上主義に基づく中盤天国と化していた。遠藤もその一員に名を連ねたが、2006年ドイツW杯では最終メンバーに残りながら、フィールドプレーヤー20人の中でただ1人、W杯の舞台に立てずに終わった。当初、溢れかえる中盤選手の中で端役に位置していた選手が、結局、152回という日本代表出場試合数の記録を打ち立てることになったわけだ。

 中村憲剛は遠藤が主役の座に就いた直後、大卒としてJリーグに入った。中盤天国を形成する中盤選手の1人に遅まきながら加わった格好だった。中村憲剛の方が、アクションが大きい分、遠藤より華やかに見えた。イタリア語で言うところのファンタジスタ系の選手と言ってよかった。

 だが、このファンタジスタは、次第に耳にする機会を減らしていく。いわゆる司令塔的な中盤選手が、時代の推移とともに、世界的にも日本的にも減っていったからだ。中村憲剛的な選手を見かける機会は減った。

 先のFC東京戦で中村憲剛は、決勝ゴールを叩き出している。ヒーローに輝いた後、今季限りでの引退を表明した。格好よすぎる演出となったわけだが、その決勝ゴールのシーンに限れば、こちらの目は、ゴールを決めた中村憲剛より、アシスト役を演じた左ウイング、三苫薫のドリブルに釘付けとなった。そのスキーのスラロームをイメージさせる、舞うようなドリブルから繰り出されたマイナスの折り返しは、まさにファンタジスタと言うイタリア語を彷彿とさせる鮮やかなアクションだった。

 中盤天国からウイング天国へ。時代の変化を思わずにいられない。汰木康也、坂元達裕、松尾佑介、昨季活躍した仲川輝人……。欧州組にもウイングは目白押しだ。伊東純也、久保建英、堂安律、原口元気、乾貴士。菅原由勢もその中に加えていいかもしれない。

 中盤選手よりファンタジスタ的な匂いは、こちらの方に漂う。言い換えれば、中村憲剛はファンタジスタ的な匂いがする最後の中盤選手に見える。そうした意味で貴重な、名残惜しい選手。その引退には、日本サッカーを牽引してきた中盤天国という一時代の終焉を連想せずにはいられないのである。