2015年08月

IMG_20150830_1614240昨日は島田CL(建設的な生き方)を学ぶ会でした。

そこで次のような事例が出されました。

相談者:50代の会社員Aさん

相談内容:上司から新商品の売り込み(プレゼンテーション)を先輩のBさんが指名されました。

ところがBさんはパワーポイントが使えません。

そこで上司からAさんに「パワーポイントの使い方をサポートしてほしい」と依頼がありました。

Aさんもパワーポイントを得意としているわけではありませんが、基本的なことなら手伝えると思って了承しました。

ところが、プレゼンテーションの日程が近づいても一向にBさんから企画が出てきません。

どうなっているかBさんに尋ねると、簡単な骨子はあるものの、それをどう表現するか構想がまとまっていませんでした。

そこでBさんに尋ねながらプレゼンテーション用のパワーポイントを作っていったのですが、予想以上に時間がかかってしまい、残業まですることになってしまいました。

そうやってなんとかリハーサルまでにパワーポイントを作り上げたのですが、そうした事情を知らない出席者から「パワーポイントのここが見にくい」という意見を出されてAさんとしてはおもしろくありませんでした。

このやるせない気持ちをどう処理したらよいのでしょうか?

人の仕事を手伝ってあげたのに、その仕事に注文をつけられたら気分が悪いかもしれませんね!

でも、Aさんはパワーポイントの作り方が勉強になっただけで、何か損をしたのでしょうか?

私にはAさんが不幸になる理由がまったくわからないのです!

人に親切にしたら損なのでしょうか?

自分のスキルが高まったら損なのでしょうか?

私の考えでは、人は自分の人生が良いものになるために(幸せになるため)に生きていると思っています。

どうせ早く家に帰ったところでたいした用事はないのですから、人の仕事を手伝って、自分のスキルが向上したら、それに越したことはないと思うのです!

この事例から学ばなくてはいけないことは、人に親切にして、自分のスキルが高まっても不幸になる人がいるということです!

Bさんがどうか、他人が何を言ったかなどどうでもいいことです!

自分が幸せになることだけを目指していれば、Aさんのように腹も立たないと思うのです。

皆さんは、どう思いますか?

今日のひとこと
「それって腹を立てることでしょうか?」


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昨日は、浜松市の可美地区の4校合同の教育講演会でした。

昨年も講師に呼んでもらっていたため、今年の演題は「素敵な子供を育てるために・Part2」でした!

校長先生たちともすでに顔なじみで、会うとすぐに「今年も期待していますよ!」と気さくに声をかけてくれました!

本当にありがたいことです。

講演では、渋温泉の「さかえや」さんの旅館甲子園の動画を見てもらい、マイナスを活かす生き方についてお話しさせてもらいました。

8月19日のブログにも書いたように、人には誰にも苦手があります。

ですから、マイナスがあることが問題なのではなく、そのマイナスを上手に活かせないことが問題だと私は思うのです。

自分たちの弱点をプラスに変えた「さかえや」の社員さんたちの姿を見てもらうことは、子供さんや親御さんたちに勇気を与えると思うのです!

You Tubeを探してもらえば、動画があると思うので、ぜひ家族で観てほしいと思います。

さて今日の内容は、昨日の内容に続いて「幸せになる方法」について書いておきたいと思います。

私は幸せになる方法のひとつに、「手放す」ということがあると思っています!

私は56年間生きてきて、人生はとても短いものだと感じています。

ですから、悩んだり、苦しんでいるのは、とてももったいない時間の使い方だと思うのです。

もちろん私にも嫌なことは起こりますし、悲しいことも起こるでしょう。

それは仕方のないことですが、そこに立ち止まらないことが人生を良いものにするコツだと思うのです。

色々な方からの相談を受けていて思うことは、不幸な人は起こった問題の中で立ち止まっています。

不幸の中で時間を止めているのです!

例えば、嫁姑の問題で悩んでいるお嫁さんがいたとしましょう。

そういう方の多くは、お姑さんがいない時にも、お姑さんに言われたことを思い出しています。

お姑さんに言われたときから時間は過ぎているのに、時間をさかのぼってひどいことを言われた時間に戻っているのです!

どうせ戻るのなら楽しかった時間に戻ればいいのに、わざわざ傷つく時間に舞い戻って、そこに立ち止まっているのです。

人生は時間でできています。

ですから、その時間を何色に染めたかで人生が決まっていくのです!

そこがわかると、辛いことや、悔しことに時間を使っていることがどれほどバカらしいことかわかると思うのです。

良い人生を作りたいと思う人は、これからの人生を夢見て、今を充実した時間にするのです!

幸せに生きている人は、辛かったことのない人ではありません。

DSCF3288辛かったことや、悔しかったことを手放して、充実した今を生きている人たちなのです!

人が成長すれば、それまで着ていた服が窮屈になるものです。

愛着があるかもしれませんが、窮屈になった服はどんどん捨てて、今自分に合う服に着替えるのが幸せに生きるコツだと思うのです!

皆さんは、もう不要になったものを、まだ大切にしていませんか?

今日のひとこと
「不幸な人は問題を解決しようとする。幸せな人は問題を捨ててしまう!」


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昨日もある親御さんから相談を受けました。

高校1年の息子さんが無断外泊をしていて、学校から「ルールを守れないようでは退学にする」と言われているそうです。

その親御さんは、何とかルールを守らせようと注意しているのですが、息子さんには馬の耳に念仏です。

皆さんなら、この子供にどのようにかかわりますか?

私は決して無断外泊を勧めはしませんが、この子供の行動はある意味「健全」だと考えます。

それは、自分の人生を精一杯楽しもうとしているからです!

私の考えでは、誰もが自分の人生を良いものにしたいと願っていて、そのために何が幸せか、どう生きたら幸せになれるのかを試行錯誤していると思います。

この子の場合、その努力が無断外泊だと思うのです。

それに対して、問題は起こしていないけれども幸せを求めていない人もいます。

「幸せになりたい!」ではなくて、「不幸にならないように」生きている人です。

私にすると、後者のほうが問題だと思うのです!

私はたくさんの経営者を見ていますが、「儲かりたい!」と思って経営している人よりも、「赤字にならないように」経営している人のほうが絶対に多いと思いますし、勤め人でも「いい仕事をするぞ!」と思って働いている人よりも、「怒られないように」働いている人のほうが多いと思います。

私たちは、一度きりの人生をいいもの(幸せ)にしたくて生きているのですから、素直に自分の幸せを探したらいいと思うのです。

そうした意味で、この子は健全に生きていると思うのです!

私もそうやって生きてきて、今の生き方に出合ったのです!

そんな私の親御さんへのアドバイスは、「すでに子供を教育できる時期は過ぎてしまったのですから、子供さんの教育は社会に任せて、自分の人生を良いものにしましょう!」というものでした。

このご家庭では、子供が無断外泊をするので、子供が帰って来たときに親が注意をします。

そうすると子供は機嫌を悪くして暴れます。

それをまた親が注意して、子供が家を飛び出して行くということを繰り返しているそうです。

それでは、親の思いとは異なり、親が子供の無断外泊をアシストしていることになります!

ルールを破られた上に、文句まで言われたら泣きっ面に蜂ですよね!

昨日のブログにも書いたように、私たちが幸せに生きるためには、人に操られてはいけないのです。

具体的に言うと、
一昨日のブログでも書いたようにお小遣いなどは渡さなくていいので、子供が帰ってきときには「おかえり! ご飯は食べた?」と気持ちよく迎えてあげるのです。

そうしたら、少なくともルールを破られただけで終わり、それ以上嫌な思いをしなくて(させなくて)済みます。

子供と一緒に暮らせる時間はそんなに長くないですし、親が注意しても喧嘩になるだけなのですから、一緒にいる時間をいい時間にするほうが利口な生き方だと思うのです。

「幸せになりたい!」と思って生きている人は、問題は起こしていないけれど「不幸にならないように」生きている人の言葉を聞きません!

親が自分の幸せを求めて生き始めたとき、初めて幸せを求めて生きている子供さんと同じ土俵に立てるのです。

親が子供を教育できるのは、いいところ小学生くらいまでです。

それからは子供から相談を受けるくらい幸せになることが親の務め(教育)だと思うのです。

今日のひとこと
「もっと幸せになりましょう!」


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昨日、「自由」と「責任」について書きましたが、「自由」ってとても大事なものですよね!

皆さんは、お金と自由のどちらかを選ぶとしたらどちらをとりますか?

私は月給1000万円もらうよりも、自由でいられることを選びます!

では、その「自由」とはどんなのものなのでしょうか?

「自由」とは、自分に選択権があることです。

つまり、やるかやらないかを自分で決められるとき、私は自由なのです!

若いころの私は、宿題などのやりたくないことはやらないで、やりたいことだけをやる生き方をしていました。

当時はそれを自由だと思っていたのです。

しかし、それは間違いで、やりたくないこともやれて、やりたいことも我慢できるようになったときに、私は自由になれるのです!

今から思うと、若いころの私はやりたくないことをやるのが苦痛で、「やらなかった」のではなく「やれなかった」と思うのです。(CL的な表現ではありません)

それは「自由」などではなく、弱かっただけだと思うのです。

CLを学び、自分の苦手なこともやれるようになると、苦痛なことがどんどん減っていきました。

そうして初めて、私は自由になった気がするのです!

7月に「さかえや」さんに向かう新幹線の中で、私は並んでいた後ろの人に靴を踏まれました。

その踏まれ方が不自然な気がしたので、気になって踏んだ人のほうを振り返ると、不機嫌そうな顔で「横入りするな!」と言ったのです!

私の前には西村がいて、決して横入りしたわけではありません。

それなのにその人はわざと靴を踏んだのです!!!

皆さんなら、どうしますか?

よっぽど文句を言ってやろうかと思いましたが、靴を踏まれて私が怒ったら、私は彼にコントロールされたことになります!

靴を踏まれたうえに、そんな人に私の自由を奪われてはたまりません!

そこで私は、踏まれた足を引きずって、極端なびっこをひいて新幹線を降りて行ったのです!

新幹線を降りた時に後ろを振り返ると、その人は私の歩き方を見て笑っていました!

彼のイライラをうつされて私がイライラしたら私の負けですが、私によって彼のイライラが消えたのですから私の勝ちです!

私は自由も奪われずに、彼に勝つことができたのです!

DSCF3280皆さんは、人に操られてはいませんか?

自分の自由は、自分で守りましょう!

今日は、昨日刈った植木の写真です!

昔は嫌でたまらなかったこうした作業も、今では楽しみ、苦にならなくなりました!

今日のひとこと
「お前が消えて喜ぶ者に、お前のオールを任せるな!」


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お知らせ
次回のⅭⅬ基礎講座は、11月18日(水)開講予定(5日間とも平日)となっています。

次回の経営戦略ゲーム(ⅯG)は、9月1・2日 栃木県で開催予定となっています。  

お問い合わせはこちら                      

DSCF3270昨日、静岡に戻りましたが、戻るとたくさんの仕事が待っていました!

昨年も書きましたが、夏休みが終わるこの時期は不登校や非行などの相談が一年で一番多い時期なのです!

昨日お会いしたお母さんも、「学校からもっと子供を指導してほしい。それが親の役割でしょ!」と言われたと泣いていましたが、親が注意して子供が聞いてくれるのならこんなに楽なことはありません。

それでは、先生が言ったことを非行少年が素直に聞くのでしょうか?

まったく先生も無理なことを言うものです。

親御さんだって、警察に呼ばれ、学校に呼ばれて、夜も眠れずにいるのです。

もう少し現実を踏まえたうえで、苦しんでいる親の力になってあげてほしいと思うのです。

CL(建設的な生き方)を学んでいる人ならすでにお分かりのことと思いますが、実の子であっても親とは別人格ですから、親が子供をコントロールすることはできません。

子供の行動をコントロールできるのは、子供さん自身しかいないのです!

だから、子供さんが「こういう行動をしないほうがいいぞ!」と思う以外に、子供さんの行動が変わることはないと思うのです。

先生が言うように親が力ずくで子供の行動を止めたとしても、親を疎ましく思うだけで、子供は「こういう行動をしないほうがいいぞ!」と思わないのです!

DSCF3271こう書くと、「子供はコントロールできないのだから、親は何もできない」と考えて、何もしなくなる人がいますが、それだと子供の行動をよしとしたこと(容認したこと)になってしまいます。

私はそれは良くないことだと思うのです。

子供が自分勝手な行動をすることは止められませんが、「勝手な行動を親は支援しないんだ!」という姿勢を貫く必要があります。

例えば、子供が深夜に出かけたりするのなら、お小遣いは渡さない! 自転車のカギは取り上げることです!

そうでないと、夜、出かけることを容認していることになると思うのです。

時々、「お小遣いをあげなかったり、自転車のカギを取り上げることは、罰になるのではないですか?」と言う人がいますが、その人の責任能力に合った自由しか与えられないことは当然のことです!

安全に運転できる能力がないと運転が許されないように、結婚や投票、喫煙なども、責任を持った行動ができるようになるまで許可されません。

その子が社会のルールを守れるようでなれば、お金や自転車は(自分を含む)人を傷つける凶器になり得るのです。

今の社会では「何をするのも私の自由だ」と考えている人が増えていますが、自由とは責任をもった行動がとれる人に与えられるものだということを、もう一度確認しておく必要があると思うのです。

先生の中にも自分の子供で手を焼いている人がいるのですから、無理なことを言わず、こうした具体的なアドバイスを親にしてあげてほしいと思うのです。

DSCF3275それ以外に親にできることは、「子供が早く問題にぶつかること」を祈ることです!

問題にぶつかって「この生き方は損だぞ」と気づかない限り、子供たちはこのわがままな生き方を続けると思うのです。

皆さんは、どのように考えますか?

今日のひとこと
「早く問題に遭いますように!」


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