一昨日、夕食のときにテレビをつけると、芦田愛菜ちゃんと「マル・マル・モリ・モリ」を歌った鈴木福君が出ていました。あの可愛かった鈴木福君も、もう中学1年生なんですね!
テレビを見た方がいるかもしれませんが、中学一年生になった福君が妹さんと焼肉に行って特上カルビ(一人前1609円)や特上ハラミ(一人前1825円)をオーダーして食べるところが流されていました。私はその番組を観て、「テレビの企画とは言え、こうした企画を福君にやらせてはいけない」と思いました。
福君は私たちの何十倍も稼いでいるので、彼が自分の稼いだお金で特上の焼き肉を食べることは何の問題もないことです。
しかし、丁度夕食時ですから。視聴者の中には食事代を切り詰めてテレビを観ている人もいると思うのです。そういう人の中には、中学一年で特上の焼き肉を頼む福君のことを快く思わない人がいるかもしれません。
福君の場合は大丈夫だと思いますが、名子役として名をはせた人の中には、成長するまでに大変な苦労をされた方が多くいるようです。
これは子役に過ぎず、リクルートの江副さんや西武の堤さん、ライブドアの堀江さんや村上ファンドの村上さんなど時代の寵児と言われた人たちであっても、その栄華は長く続かなかったのです。私の歳まで生きてくると、隆盛を誇った人の方が、その後、逆境に立つことが多いことがわかります。
そのときに「ざまを見ろ!」と言われないように生きていないと、いつか困るときが来ると思うのです。福君はプロの役者ですから、制作会社から依頼されれば期待に沿った演技をするでしょう。
テレビ局は視聴率が稼げればそれでいいのでしょうが、そのために福君を快く思わない人が出たらかわいそうだと思うのです。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
これが平気物語の書き出しですが、少なからずどんな人にも一度や二度は逆境があるものです。
そのときに助けの手が差し伸ばされるかどうかは、成功していたときの生き方で決まると思います。まして今の時代は、自分が仕事を教えた人が自分の上司になる時代です。
いつ誰に助けてもらうかわからないのですから、決して傲慢になったり、人を不愉快にしてはいけないと思うのです。

例えば、このブログのコメントなども、私は皆さんの率直な意見を書いてくれればいいと思っています。
しかし、そのコメントによって誰かが不愉快な気持ちになったり、自分が「変な人」と思われるような書き方はしないほうがいいと思っています。
中には、「私は私だからどう思われても構わない!」と言う人がいるかもしれませんが、そうした考え自体が少し頑な(傲慢)な気がするのです。人との縁が薄くなったとはいえ、私たちは色々な方のお世話になって生きているのです。
ですから、例え自分で稼いだお金であっても、その使い方には気遣いが必要だと思うのです。今日のひとこと
「良い時ほど、日陰にいる人のことを気遣いましょう!」



























