2017年08月

2017年08月31日

アル・カポネか!

私が主宰している静岡経営塾では、今月の課題図書としてD・カーネギーの「人を動かす」を読んでいます。

この本は35年も前に書かれた本ですが、いまだに世界中で多くの人に読み続けられている名著です。

その中に次のような一説があります。

「かつて全米を震え上がらせた暗黒街の王者アル・カポネほどの極悪人でも、自分では自分のことを悪人だと思っていなかった。

それどころか、自分は慈善家だと大真面目で考えていた。

世界は彼の善行を誤解しているというのである。

(中略)

およそ受刑者で自分自身のことを悪人だと考えている者はほとんどいないそうだ。

自分は一般の善良な市民と少しも変わらないと思っており、あくまでも自分の行為を正しいと信じている。

犯罪者は、たいてい自分の悪事にもっともらしい理屈をつけて正当化し、刑務所に入れられているのは不当だと思い込んでいるものなのである」

これは人生がうまくいかない人もまったく同じだと思います。

同じようなことで何度も人に注意されても、トラブルが起きていても、「自分は悪くない!」と考えています。

それは何度逮捕されても、自分の生き方(行動)を改めようとしない犯罪者とよく似ていると思うのです。

「自分は悪くない」と考えるから、自分の生き方を改める必要も感じません。

だからまた同じ問題が繰り返されるのです!

皆さんの周りにも、何度逮捕されても「俺は悪くない!」と言っている人がいませんか?

そんな人は、転職してもなかなかうまくはいかないと思うのです。

問題が繰り返し起きているのに、一向に自分の生き方を改めようとしない人は、自分の「生き方」と自分の「人間性」を同一視している気がします。

だから、自分の生き方の未熟さを認めたら、自分の人間性まで傷つくと思っているのです。

しかし、私たちの生き方は10歳くらいで決まると言われていて、私は10歳のときに決めた生き方で生きていることの方がおかしいことだと思うのです。

皆さんは、自分のことを「正しい」と思っていますか?

それとも、自分のことを未熟だと思っていますか?

私はそれによって人生が別れると思うのです。

若いころの私は、自分のことを本気で正しいと思っていて、先生や世の中の人の方がおかしいと思っていました。

しかし、経営者になって「正しいかどうかよりも、人から支持されなければ生きていけないんだ!」ということに気付きました。

だから、CL(建設的な生き方)などを学んで、人を変えるのではなく、自分を変えるようと注力してきたのです。

社員が悪い!

上司が悪い!

景気が悪い!

理由をつけようと思えば、いくらでも理由はつきますが、その社員さんを上手に扱える人はいないのでしょうか?

その上司と上手に付き合える人はいないのでしょうか?

この景気の中で伸ばしている会社はないのでしょうか?

私はきっとあると思うし、私がそうなりたいので自分をもっと成長させたいと思っています。

もし人生を良くしたければ、部下のせいや上司のせい、景気のせいにするよりも、「自分に原因がある」と考えたほうが、人生を良くしやすいと私は思うのです。

皆さんは、原因を内(自分)に見ていますか?

それとも外に見ていますか?

今日のひとこと
「自分が変えられるのは、自分だけです!」


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sugiiyasuyuki at 10:30コメント(107)社員教育 

2017年08月30日

私は怠け者

昨日のコメントに「不易を知りませんでした!」と書いている人がいますが、20日に書いた「 」に不易のことを書いたじゃないですか!

コメントをしているけれど、本当は全然読んでないでしょ。(笑)

「不易」がわからなかったら、「」で使った「ヒエラルキー」もわからないと思うので調べてみてください。

私の知識がどれだけ役に立つかはわかりませんが、私も歳をとって教えられる時間が限られてきているので、学びたい人は学べるうちに学んでおいたほうがいいと思いますよ!

今、上っ面で流してしまうと、物事を流す癖をつけてしまうと思います。

私は子供のころから勉強が好きではありませんでした。

そんな私が大学で講義をしたり、人から「杉井さんはいつそんなことを勉強したんですか?」と言われるようになりました。

自分でも不思議に思うのですが、それはかえってたくさんのことを勉強しなかったからかもしれないと思っています。

私は怠け者ですから、できるだけ努力をしたくないと思って生きていました。

しかし人一倍幸せにはなりたい気持ちは強かったので、本当に大事なことを抑えなくてはならないと思いました。

その結果、「ポイントは何なのか?」と考える習慣がついたと思うのです。

学生時代、テスト勉強なんてほとんどしたことがありませんでしたが、どうせやるのならやった分の点数をとれないのは悔しくないですか?

だから、何が重要かを考え、そこだけは抑えるのです。

そうした習慣が、問題の本質を抑えるトレーニングになっていったと思うのです。

カウンセリングの仕事をしていても、決められた時間の中で問題を整理して、どうしていったら良くなるのか解決策を提示しなくてはなりません。

そのためには、余分な話題に首を突っ込んでいる暇はないのです。

この問題の本質は何かがわからないと、表面だけの対応に終始してしまいます。

それでは同じ問題が繰り返されるだけなのです。

私は怠け者です!

だから、同じ問題を何度も繰り返すのは嫌いです。

同じ試験を何度も受けたくはないので、一度で合格を狙います。

皆さんは、同じ問題と何度も向き合っていて楽しいですか?

私は楽しくないと思うのです。

今、「さかえや」の社員さんたちは、朝早く起きて宿泊された方の車を洗車しています。

それはすばらしいことだと思うのですが、小雨の中でも合羽を着て洗車をしているのです!!

それは凄いことですが、私にすると雨の日は洗車よりも他のことに時間を使ったほうが時間が活きると思うのです。

お客様へのサービスににしても、あれもこれもやってあげればいいというものでありません。

いろいろなことをやり過ぎたら「ここを見せたい!」というポイントがボケて、かえって良い印象を残すことが出来なくなると思うのです。

物事には、一番にならなければ効果がないこともありますし、こだわり過ぎずそつなくこなせばいいこともあります。

戦においても、落とされてはいけないポイントと、捨ててもいいポイントがあると思うので、そうした違いを見極める目を持つことが大事だと思うのです。

そうやって本当に大事なことを抑えていくと、それまでまったく関係ないと思っていたものの関係性が見えてきて、気づいたときには自分が思っていた以上に知識が広がっていくのです。

問題の本質を見極められるようになりたい方は、CL(建設的な生き方)のインストラクター講座の内容をしっかり身につけるといいと思います。

今日のひとこと
「人生が良くならないのは、努力が足りないからではなく、ポイントを抑えていないからかもしれません」


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sugiiyasuyuki at 10:30コメント(105)社員教育 

2017年08月29日

不易と流行

20170828_210821昨日は、木曽福島の「おん宿 蔦屋」さんと愛知「服部農園」さんのコンサルティング、京丸園さんのCL(建設的な生き方)を学ぶ会でした。

その中で「」で書いた「不易」の話をしたので、今日は「不易」について書いておきます。

誰もが「流行」という言葉は知っているのに、「不易」という言葉を知っている人は意外に少ないようです。

中には「不易」を「不益」と勘違いして、「やっても得(利益)のないこと」という意味だと思っている人もいるそうです。

国語辞典を引いてみてもらえばわかりますが、「不易」というのは「変わらないもの」という意味で、「流行」の反対語です。

私は子供のことから、この「不易」にとても興味を持っていました。

例えば「聖書」です。

キリストが死んで何千年も経っているのに、どうして聖書は今も飲み続けられているのでしょう?

その間にたくさんの本が出版されているのに、聖書が残るには何らかの理由があるからだと思うのです。

お釈迦さまや孔子の言葉も同じです。

たくさんの人がこの世に生まれてきたのに、どうしてお釈迦さまや孔子の言葉は残り続けたのでしょう?

そこに、いつの時代の人も求める何かがあったからだと私は思います。

そのポイントを抑えて生きれば人生は良くなるし、そのポイントを抑えて商売をやれば商売もうまくいくと思うのです。

そんな私は、小学校のころから聖書や論語を読んでいましたし、図工の粘土細工の授業では粘土を丸くこねるだけで終わりで、何かの形を作ることはありませんでした。

おかげで図工の成績はひどいものでしたが、私にすると丸がすべての形の原点で、丸にしておけばどんな形にも作れると考えていたのです。

そんな私は、いつの時代でも人から尊敬される生き方があり、人から馬鹿にされたり、人から嫌われる生き方があると思っています。

目先の損得や、そのときの感情に左右されるのではなく、そうした摂理(事実)に合致した生き方をしたほうが良いと私は思うのです。

それの摂理を人に頼るから騙されるわけで、歴史的に繰り返していること(事実)をよく見れば、誰にでも見えてくるものだと思うのです。

これまでの歴史を振り返ると、織物や石炭、鉄鋼や造船などいろいろな流行がありました。

大きな成功を求めるのなら流行やトレンドは大事ですが、安定した幸せを求めるのなら「不易」だけで十分だと思うのです。

「流行」という言葉を知らない人がいないのに、「不易」という言葉を知らない人がいるのは、今の時代は「流行」ばかり追っているからです。

そんな生き方をしていて、本当に安定した人生が作れるのでしょうか?

私は流行り廃りのあるものよりも、何年経っても輝きが失なわれないもののほうが価値があると思うのです。

今日のひとこと
「不易を抑えれば、だいたいのことはうまくいきます!」


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sugiiyasuyuki at 11:22コメント(102)経営コンサルティング 

2017年08月28日

ウサギとカメ

私は今、木曽福島の「おん宿 蔦屋」さんに来ています。

8月最後の日曜日ということもあって、長野から乗った「ワイドビューしなの」も乗客で一杯でした。

2017年の夏も、いよいよ終わりですね。

さて今日は「さかえや」で行われた第一回料理人甲子園予選大会について書きます。

私は色々な旅館に伺っていて、料理人がサービス係のスタッフを頭ごなしに叱っているところは何度か見たことがありますが、サービス係のスタッフが料理人を頭から叱っているシーンを見たことがありません。

そんなことから、他の部署のスタッフよりもキッチンのスタッフ(料理人)の地位が高い気がしています。

もちろん、自分が丹精込めて作った料理ですから「こうやって提供してほしい」という思いがあるのはわかるのですが、同じチームの一員であるのに上下関係があるのはおかしいと思うのです。

サッカーでも、点を取るフォワードが偉くて、点を取らないゴールキーパーは偉くないということはないですよね!

私のイメージでは、お客様とかかわるサービス係の人がフォワードで、料理人はサービス係の出してほしいところに最高のパスを出すミッドフィルダーで、協力してチームを勝利に導くパートナーです。

だから、どちらが上というわけではないと思うのです。

もし料理人の方が強くてサービス係のスタッフがお客さまではなく料理人の顔色を窺うようになったら、得点力が落ちて試合は負けてしまいます。

ところが館内で働く旅館のスタッフたちには、他の旅館と勝負している感覚がありません。

そのため、社内の力関係で自分の価値(劣等感)を満たす人が出てくるのです。

私は本当に強い人間は、自分に正しさがあっても、自分が確実に勝てる相手とは喧嘩をしないと思います。

大の大人が、幼稚園の子供に対して血相変えて怒ったら、笑われるだけだと思うのです。

そこで私は、館内で働くスタッフの人たちに他の旅館と戦っているということを味わってもらいたいと考えて「料理サービス甲子園」を思いつきました。

各旅館の料理人とサービススタッフが協力して、そのサービスの腕を競い合えば、互いのことを応援し合えるようになると思ったのです。

その事前段階として、各旅館の料理人の腕を競う「料理人甲子園」を来年の2月にやってみようと思うのです。

館内では散々威張っていても、本当に腕が良いかわからないと思うのです。

「さかえや」では、毎月一回、その予選会をやることに決めて、8月26日に第一回「料理人甲子園」の予選会を行いました。

やり方としては、1カ月前にお題を「卵焼き」と発表して、誰が焼いたかわかないようにして社員10人に食べてもらい、上位2つに投票してもらう方式をとりました。

その結果は、どうだったと思いますか?

何と、キッチンで一番新しい阿部さんが1位!

2番目に新しい村田君が僅差で2位だったのです!

この瞬間、「さかえや」の厨房のヒエラルキーが崩壊したのです!

経験を積んだウサギさんが、黙々と練習を重ねたカメに負けたことは、若手に希望を与え、先輩たちに緊張感を与えたと思うのです!

第二回目のお題は「きんぴらごぼう」です!

本気になったウサギの力を見せてもらいたいと期待しています。

私自身も、経験値によってそれなりの成果が出ているかもしれませんが、実際は若いころよりも筋力が落ちていると思います。

この結果を受け止めて、自分の実力を試していきたいと思いました。

今日のひとこと
「会社はチームで他社との勝負をしているのです!」


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sugiiyasuyuki at 10:30コメント(104)経営コンサルティング 

2017年08月27日

かかわり方の違い

DSCF0871昨日は、社員育成セミナーのフォロー勉強会と、「さかえや」料理人甲子園の第一回戦でした!

社員育成セミナーのフォロー勉強会というのは、仲間の「不適切な行動」に対する自分の対応や、自分の「建設的な対応」をチェックする勉強会です。

アドラー心理学では、私たちに起きる問題のすべては対人関係に由来すると考えていて、自分のかかわり方をより向上させることが、人生を変えることにつながると考えています。

今日はそこで出た事例を考えていきましょう!

(事例1)
「インターンシップで研修に来ている学生にモップ掛けの仕事を依頼したが、お願いしたところのモップ掛けがされていなかった」

このようなとき、皆さんならどのように対応しますか?

もし「さっきモップ掛けをお願いしたよね! まだやってないようだけど、どうしてやってないの?」と言ったら、その子はやる気になるでしょうか?

気を遣っているつもりでも「さっきモップ掛けをお願いしたよね!」と遠回しに言うのは辞めた方がいいし、理由を聞くことも責められていると感じるかもしれません。

このとき「さかえやの」社員さんは、「モップ掛け、ここもお願いね!」とあっさりと対応していました。

「ここが出来てないよ」と相手の足りないところを指摘するのでなく、「ここも」という言葉を使うことで「他のところはやってある」という言い方になったところが上手だと思いました。

これなら、「ありがとう!」と言いやすく、お礼を言われた相手もやる気になるかもしれません。

次は「建設的な対応」の事例です。

(事例2)
結婚式プロジェクトのリーダーの人が、休日に婚礼図書館というところに行ってくれた。

これに対して、「そんなところがあるんだ! よく見つけてくれたね」と対応しました。

(事例3)
女湯が朝からずっと空かなくて、温度を確認できずにいたところ、夜勤の方が空いたのを見計らって仕事が終わる時間なのに温度を測りに行ってくれた。

これに対して、「いや~、〇〇さん、お風呂の温度を測りに行ってくれてありがとうございます」と対応しています。

この事例2と事例3の対応が決して悪いわけではありませんが、私なら次のように対応します。

(事例2への私の対応)
「お休みなのに、わざわざ婚礼図書館を見つけて行って来てくれたんだ! 新郎や新婦さんの幸せを考えていて本当にやさしいね」

または、

「お休みなのに、わざわざ婚礼図書館を見つけて行って来てくれたんだ! そうした取り組みを心から尊敬するよ!」

(事例3への私の対応)
「もう帰る時間なのにお風呂の温度を測りに行ってくれてありがとうございます。〇〇さんの責任感には本当に脱帽です」

私の対応とこの事例を書いた方の対応の違いがわかるでしょうか?

この事例を書いた方が喜んでいるのは、その人がしてくれた「仕事」なのに対して、私が喜んでいるのは、その人の「人間性」です。

その違いが大きな違いを生むと思うのです。

もう1つこの方の事例を紹介しておきます。

(事例4)
社員さんの顔が見えなかったので「〇〇君は来ているかなぁ?」と言ったら、話を聞いていたAさんが見に行ってくれて「靴がありました」と報告してくれた。

これに対して、この方は次のように対応しています。

「よくそこに気がついたね。すばらしい! みんなこうやって自分から行動できるようになってくれ!」

この対応はどうでしょう?

言われた人は悪い気がしないかもしれませんが、ずいぶん上から目線で評価している気がしませんか?

太陽の向きによって植物の伸び方が変わるように、私たちの対応によって人の育ち方は変わっていくものです。

皆さんは、果たしてどのような育て方をしているのでしょうね?

DSCF0884事例2、事例3、事例4を書いた方も良かれと思ってやっているのです。

もし人を育てたり、会社を良くしたいと思うのなら、自分の対応を変える必要があると思うのです。

ちなみに第一回「さかえや」料理人甲子園の結果は、明日紹介します!

今日のひとこと
「女性スキャンダルを起こす暇があるのなら、人への対応を勉強しろ!」


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