2023年02月

山の手さくらまつり(1)昨日のブログで書いた冗談で不快に感じた人がいたようです。

確かにその通りだと思いましたので、昨日のブログを訂正しここでお詫びします。

大変すみませんでした。

昨日のコメントを見ていると「相手の価値を認めること」を「媚びること」と感じて抵抗がある人がいるようです。

確かに「好かれる」ということを目的に相手を褒めると、「媚びる」という印象になると思います。

山の手さくらまつり(2)そうならないためにどうしたらいいかというと、「好かれたい!」と思う人以外の人の良いところも認めることだと思うのです。

つまり、事実を認めることです!

例えば、桜の花を見て「きれいだ!」と言ったとしても、桜に媚びていることにはなりません。

素敵なところを見つけて「素敵だ!」と言うことは、それと同じことだと思うのです。

人間は昔、外敵から身を守るために、少しでも早く外敵を見つける必要がありました。

山の手さくらまつり(3)そのため、自分を益するものよりも自分を害するものに敏感になったそうです。

そうしたことから人間の古い脳は、素敵なことよりも、不快なことに敏感に反応するというのです。

私が作った「子育て・人材育成セミナー」では、「相手の適切な行動」と「相手の不適切な行動」を挙げてもらう課題があるのですが、そうした課題を見ていると「適切な行動」よりも「不適切な行動」の方が多い人や、「不適切な行動」のほうばかり具体的に書く人がいます。

そうした課題を見ると、この人はきっとイヤなことが多い世界(地獄)で生きているのだろうなと思ってしまうのです。

山の手さくらまつり(4)皆さんは、「素敵なもの」と「不快なもの」のどちらの事実に敏感に生きているでしょうか?

今回の私の事故も、確かに痛い思いをしましたし、余計な時間をとられましたが、私は「このくらいで済んで良かった!」「大事なことを教えてもらった!」と感謝しています。

特に病院の先生や看護師さんたちには本当にお世話になりました。

しかし、人によっては相手の運転手を恨んでイライラした時間を過ごしたかもしれないのです。

これは事故だけでなく、人生すべてに言えることだと思うのです。

山の手さくらまつり(6)私は父の借金は、決してうれしいものではありませんでした。

しかし、そのおかげでお金の怖さや人のやさしさを知り、経営を真剣に学ぶようになりました。

もし父の借金がなかったら、私はもっととんでもない人間になって、とても不幸な人生を送っていたと思うのです。

このように物事をどうとらえるかは、その人の見方によるのです。

もし人の良いところを認めることを「媚びる」と感じるとしたら、人にお世話になっていることの多さを忘れているか、心のどこかで人より上に立ちたいと思っているかもしれないと思うのです。

そういう人は「内観」をするといいと思います。

山の手さくらまつり(7)今の教育だと、自分が迷惑をかけた数よりも、自分が迷惑をかけられた数の方が多い人の方が立派な人のように思うかもしれませんが、それだと立派な人は不幸(損)な人になってしまいます。

しかし実際にはものすごく多くの人に支えてもらっていて、「自分がかけている迷惑の方が少ない」と言っている人の多くは、自分がかけている迷惑に気づいていないだけかもしれないのです。

たくさん人に支えられ、たくさん迷惑をかけているのに許されているとしたら、こんなにありがたいことはありません。

そこがわかると、「媚びる」も何も関係なくなると思うのです。

山の手さくらまつり(5)昨日の老子の「賢者は人の上に立たんと欲すれば、人の下に身をおき、人の前に立たんと欲すれば、人の後ろに身をおく」という言葉ではありませんが、自分のことを立派だと思えば思うほどいろいろなことに不快を感じ、問題が私の肩を「謙虚になりなさい」と叩くのです。

皆さんは、どのように思いますか?

今日のひとこと
「偉くなってもいいことは1つもありません。人の足りないところを見るよりも、人を喜ばせる人になりましょう!」


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私たち人間にとって一番重要な能力とは、いったい何でしょう?

頭がいいこと、運動が出来ること、正義感が強いことなど考えると、いろいろと出てきます。

この年齢まで生きてきて、私が一番大事だと思う能力は「人から好かれること」だと思うのです。

昨日の事例ではありませんが、どんなに一生懸命に仕事をしても、人に好かれないと意味がありません。

私はたくさんの人にかかわってきましたが、成功する人は「応援したい!」と思わせる人ばかりなのです。

逆に、「これでは人がついて来ないだろうな」と思う人は、やはり成功しません。

一時的に成功しても、長く続かないのです。

だから、人から好かれ、人が応援したくなる生き方をしているかどうかが、人生において一番重要な気がするのです。

しかし、それをわかっている人はとても少ない気がします。

こんな大事なことを学校で教えていないと思うのです。

私自身もこれまでの人生を振り返ると、自分の正しさや好みを大事にして、人から好かれることを真剣に考えてこなかった気がします。

偉そうに「この人とは合わないから、好かれなくてもいい」と思っていた気がするのです。

人に好かれた方が願いも叶いやすいし、お金も人が運ぶものです。

人が寄って来ないとしたら、お金も寄ってこないのです。

自分がその人を好きかどうかは別にして、人に好かれないということは、とても大きなマイナスだと思うのです。

あなたは「人に好かれること」を大事だと考えているでしょうか?

私は商売(幸せ)の原点はそこにあると思っていて、静岡経営塾では「人に好かれること」を学ばせたいなぁと思っています。

では、どうしたら人に好かれるのでしょう?

いろいろ考えてみたのですが、相手が一番欲しいものを与えれば、その人から好かれると思うのです。

では、人は何を求めているのでしょう?

人はお金や名声などいろいろなものを求めていると思いますが、ほとんどの人は「自分の価値」を認めてもらいたいと思っていると思います。

だから、子育て・人材育成講座の「建設的な対応」を身に着けたらいいと思うのです。

何かに挑戦しても、成功できる人はごく限られた人です。

レベルの高いことに挑戦すればするほど、成功する確率は下がりますし、ことの成否には運も関係します。

しかし、その人の「人としての価値」には、ことの成否には関係ないと思うのです。

先日のブログ「無事これ名馬」で紹介した佐野さんや荻原岳正さんや小林未来さんは特別に優秀な人たちではないと思います。

でも、その取り組み(生き方)には頭が下がるものがあると思うのです。

自分の至らないところを素直に認めて、一生懸命に努力する人は素晴らしいと思うのです。

そうした謙虚さや誠実さは、高い知性や能力よりも、人間的に上だと思うのです。

あなたは自分の好きな人から「あなたはお金があるから好き!」と言われてうれしいでしょうか?

「顔がいいから好き!」と言われるのと、「あなたの生き方が好き!」と言われるのとどちらがうれしいでしょう?

顔は自分の努力で手に入れたものではありません。

私は自分でコントロールして来た「生き方」を認めてもらった方がうれしいし、そこには誰にもチャンスがあると思うのです。

他人のそうしたポイントを見つけられない人は、自分にも「物事の成否」に価値を置き、自分の「生き方」を軽んじている人だと思うのです。

あなたは人の尊敬に値するポイントをいくつ見つけられるでしょうか?

IMG_20230226_0001結局のところ、人から好かれる人は自分の至らなさを認め、それを改善するためにひたむきに努力する人で、人から好かれない人は「自分には至らないところはない」と過信している人だと思うのです。

そのため、人に対する気遣いが少なく、人に求めるばかりで自分は努力しないと思うのです。

あなたは人から好かれているでしょうか?

今日のひとこと
「賢者は人の上に立たんと欲すれば、人の下に身をおき、人の前に立たんと欲すれば、人の後ろに身をおく」(老子)


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20230224_182724今日は、先日行われたいむら建築のCL楽習会について書いておきます。

普段は土日の昼間に、いむら建築さんの所有するレンタルスペースで開催しているのですが、今回は平日の夜に、しかもいむら建築さんの工場で開催しました。

おかげで居眠りをする人は一人もいませんでした!(笑)

もしあの環境で寝たら、凍死していたことでしょう。

今日は寒い中でいむら建築さんで出た事例を通して、自分が直さなければいけないウイークポイントについて考えてみましょう。

(事例1)

その日のうちに仕上げなければいけない工事の中で、午前9時頃、予定にはなかった無線ランの位置の変更の相談がありました。

話を聞いたところ簡単な作業だと思ったため仕事を受け、午後の2時頃に工事を始めたのですがうまくいきません。

午後の7時頃になってもできなかったので、専門業者に連絡したのですが、もう仕事を終えてお酒を飲んでしまっていました。

そこでお施主様に「明日でもいいですか?」と聞いたところ、「何を言ってるんだ!」と怒られたそうです。

(事例2)

知り合いの不動産屋さんから建売の依頼があり、間取りを考えてほしいと依頼されました。

そこですぐに図面を作成して、LINEで「これでよければ見積もりを作ります」と送ったところ、「こちらの意見も聞かずに見積もりを作るとはなんだ! 普通は『これでどうですか?』とこちらの意見を聞くものだろう!」と怒らせてしまいました。

この2つの事例は同じ人が受けた注意です。

一見まったく別な事案のようですが、私は構造はよく似ていると思いました。

どちらもお施主さんのために一生懸命に頑張って、怒られているのです。

本来ならどちらもお礼を言われる内容なのに、どうして怒られてしまったのでしょう?

それは依頼主と連携(報告・連絡・相談)をとらず、自分の判断で物事を進めてしまったからです!

その根っこには、昨日のブログで書いた「自分に対する過信(驕り)」があった気がするのです。

事例1の場合、相談を受けた人は無線ランの専門家ではありませんでした。

だから、「自分で出来るだろう!」というのは驕りで、最初に「私で出来るかもしれないのでやってみましょうか?」と言っていれば、早い時点で「これは私では出来ないようなので、費用が掛かりますが業者さんを呼びましょうか?」と言えたと思うのです。

そうした配慮をしないでおいて、夜になってから「明日でもいいですか?」と言ったために「何を言ってるんだ!」となってしまったのです。

お施主さんの1番の希望は「今日中に」だったのです!

事例2についても、せっかく図面を早く作ったのですから、お礼を言われて当然のことです。

それなのに相手を怒らせてしまったのは、「とりあえず作ってみましたが、これでどうでしょうか?」と相手の意見を聞こうとしないで、「これで良ければ見積もりを作ります」と言ってしまったため、「俺の意見は聞かないのか!」となってしまったのだと思うのです。

また、LINEで図面を送る前に、電話で「これから図面を送りますので」という連絡を入れるか、先方に伺って「これでどうでしょうか?」と顔を合わせた方が良かったと思います。

どちらも仕事の内容ではなく、そうした相手への配慮がなかったことが2つのクレームにつながったと思うのです。

この2つの事例に共通しているポイントは、この担当者が「仕事」を見ていて、「相手の気持ち」を見ていないことです。

この方は、自分ではやることをやっていると思っているのかもしれませんが、お客様はその仕事を通して自分の希望を満たしてほしい、もっと言うと自分を尊重してほしいのです。

「二度同じ犬にかまれたら、それは犬の問題ではない!」という諺があるように、この方の場合は、依頼された仕事をこなすことではなく、相手の気持ちを満たすことを意識する必要があると思うのです。

たぶん、この方がこれまでの人生を振り返ると「俺は言われた通りに頑張っているのに、どうして怒られなくてはならないんだ!」と思ったことがあると思います。

こうしたポイント(弱点)を改善するだけで、この人の人生は大きく改善されると思うのです。

しかし、この2つの問題が同じ根っこから生えているものだと気づかなかったら、この人はどのようになるでしょう?

私なら「世の中の人は横暴な人間ばかりだ」と思うようになり、人間を「怖いもの」と考えるようになると思います。

そしてそのフィルターを通した世界を生きることになるのです。

20230224_182740「自分の欠点が改善されると、人生が大きく変わる!」ということがわかっていただけたでしょうか?

あなたが見ている世界は、あなたが作り出している世界なのです!

今日のひとこと
「幸せな人は幸せな世界を見て、不幸な人は不幸な世界を見ています!」


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焼津港の朝昨日の皆さんのコメントを見ると「私には欠点がたくさんあるので・・・」という内容が何件かありました。

それは確かにそうかもしれませんが、自分の人生を大きく損なう欠点はそんなにたくさんはないと思います。

また、よく見ていくと同じ根っこから出ていることがほとんどなのです!

だから、そうした根っこを直していけばいいのです!

そうすると、皆さんが思うよりも簡単に人生は変わっていくと思います。

昨日のブログで名前を出した荻原農園の荻原岳正さんがCL(建設的な生き方)を受講して少し自分の行動を意識しただけで、岳正さんの評価も変わり、荻原農園の雰囲気も変わりました。

まぁそれだけ岳正さんがひどかったと言えばそれまでですが、そのくらい効果はあるのです!(笑)

だから、自分の欠点を修正する価値は絶対にあると思うのです!

もし「自分の欠点がわからない」という人がいたら、聞いてくれれば教えますよ!

IMG-2434ちなみにれっどぱーるの佐野社長は、こんな風に自分の欠点を克服しようと取り組んでいました。

こうした姿勢に、人からの支援が集まると私は思っています。

さて、昨日は病院に行って、指に入れた針金を抜いてもらいました!

針金を抜く前に、ドクターが針金の入った指の写真を撮っていたので、私の携帯でも撮ってもらいました。

やっと左手のギブスも取れ、右手もお湯につけられます。

あと2週間は小指に添え木をしますが、私にもやっと春が来た気がしています!

先生に撮ってもらった写真は、人によってはグロテスクだと思うので、ブログランキングの下に貼っておきますので、見たくない人は見ないでください!

ということで、ここで今回の総括しておこうと思います。

私が今回の事故でもっとも思ったことは、「自分が正しくても怪我をしたら損だ!」ということです。

それを説明するために、今回の事故の状況をもう一度書いておきます。

私は夜の9時過ぎに旧の国道150号線を自転車で直進していました。

すると、駐車場から道路に出ようとする車がありましたが、私がライトをつけていたので車は道路に出る前に止まってくれました。

私はそれを「私に気が付いて止まってくれた」と解釈して、そのままのスピードで走って行きました。

ところが、私がその車の近くに差し掛かったところで、車が発信して道路に出てきたのです!

全力でブレーキを掛けたところ、自転車は転倒して、私も道路に投げ出されましたが、車は止まることなくそのまま走り去ってしまいました。

これが今回の事故の状況です。

私が今回の事故で反省しているこは、私の中に「私の方が優先道路で直進だから、駐車場から出て来る車が止まるのが当たり前」という驕りがあったことです。

「私が優先」という驕りがあったから、私は相手が道路の前で止まったことを「私に気づいて止まった!」と思い込んでしまったのです。

私が優先道路だろうが、相手が不注意だろうが、怪我をして痛い思いをするのは自転車に乗っている私です!

自分が優先でも、自分を守るために私が止まって車を行かせれば良かったのです!

こうしたことは今回の交通事故に限ったことではありません。

これまでの人生を振り返ると、私は自分の正義のために人とぶつかったことが何度もあるのです。

時には、売上になっていたのに「こんな人とは付き合いたくない」と思って、契約を打ち切ったこともあります。

しかし、この世の中は「白」か「黒」かに分けられるものではありませんし、いつ、誰に助けてもらうかもわかりません。

もし薩摩と長州が互いの正義を主張していたら、大政奉還など出来なかったと思うのです!

もし事故の日に、「怪我をして痛い思いをするのは自分なのだから、車を先に行かせてあげよう」と思っていたら、私はこんな怪我をしなくてすんだのです。

私は若い頃から「私の方が優先されるべきだ!」という権利意識が強かった気がします。

そのために怒らなくてもいいことにも腹を立ててきたと思うのです。

今回も「私が優先道路を走っている!」=「相手が止まって当然!」という驕り(権利意識)があって、「自分が止まる必要はない!(止まったら損だ!)」と思っていたと思うのです。

私が正しくても怪我をしたら損するのは私です。

本当にバカですよね!

残された時間は、こうしたことのないように生きていこうと思うのです。

本当にいい勉強をさせてもらいました。

今日のひとこと
「自分の権利よりも、自分の幸せを目指しましょう!」


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DSCF0964-2昨日は焼津で「山の手さくら祭り」をやっていたので観に行って来ました!

「少し早いのでは?」と思っていたのですが、もう満開に近い状態で大勢の人が出ていました。

みなさんマスクはしていましたが、大勢の人を見てやっとコロナ禍前の状態に戻った気がしました。

今日は「山の手さくらまつり」の写真で春をお楽しみください。

昨日のブログで「1年に1つ新たな能力(価値)を身に着ける」ということを書きました。


口で立派なことを言うことは簡単なことですが、「教育とは、人が知らないことを教えることではなく、実例を示すことで、人々が道を拓くことを手伝う作業のことである」という言葉があります。

だから、言っていることを私がやっているかどうか見せていくことが、とても大事なことだと思っています。

IMG_20220923_0003そこで去年の9月23日のブログをご覧ください!

そこにはこんな「己書」が張られています。

これは何度も何度も書き直して出来た、当時の最高傑作です!

この「ウマ」が、どうしても「カバ」になってしまうのです!

あの時は、どれほど「己書」をやめようと思ったかわかりません。

それでも続けてきたおかげで、「私には無理だ!」と思っていたお題も、(自分の思い通りではないにしろ)楽しみながら描けるようになってきました。

やはり続けることは大事ですね。

自分には出来ないと思っていたことが出来るようになることは、この歳になっても嬉しいことなのです。

DSCF0968私はこうして、毎日幸せに暮らしています。

そのための私からのアドバイスは、

1.やることを1つに絞る

2.自分の一番足りないものを選ぶ

3.間隔をあけずに繰り返す

です。

多くの方が意外とわかっていなのが、2番の「自分の一番足りないものを選ぶ」だと思います。

人間には誰にも長所もあれば短所もあります。

DSCF0969多くの人は「短所」は仕方がないとして手をつけず、「長所」を伸ばそうと考えますが、たくさん体に良いものをとっていても、少しの毒で人は死にます。

とてもおいしい手の込んだお料理でも、小さな虫が1匹入っていただけで台無しですよね!

私はいろいろな人の人生を見てきましたが、人生には「足切り点」があって、よほど特別な「長所」でない限り、その人の人生は「長所」ではなく「短所」によって決まっていると思います。

まともな会社なら、凄く営業力のある人であっても、他人のお金を盗む人は雇わないと思うのです。

そのため、私は「1年に1つ」のテーマ(重要課題)を決めるときに、自分がやりたいことではなく、自分に一番足りないものへの克服を選んできました。
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私は経営者になって最初にマネージメントゲームを勉強しましたが、それは利益を出すにも、決算書の数字が読めず、利益というものがどんなものかわからなかったからです。

マネージメント・ゲームで数字がわかっても、売上を伸ばす具体的な方法がわかりません。

そこで次にランチェスター戦略で具体的な方法を学びました。

ところが、ランチェスター戦略を学んでも、社員たちは私の言う通りにやってくれませんでした。

そこでアドラー心理学を学びました。

すべて私に足りなかったことです。

DSCF0973こうした経営の足りないところと共に、私には人間的な欠点がありました。

少しでも楽をしようとするズルさ

人への感謝を忘れる傲慢さ

コツコツした努力が続かない怠け癖

などをなおすために「複写ハガキ」と「トイレ掃除」を始めました。

会社は経営者の投影ですし、人生はその人の投影です。

その人の生き方の癖(欠点)が間違いなく反映しています。

今、こうしたことに本気で取り組んでいると感じるのは、れっどぱーるの佐野さんや荻原農園の荻原岳正さん、下部ホテルの小林未来さんたちです。
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彼らのように自覚があることが大事なのです!

どんなに早い直球でも打てるバッターであっても、カーブがまったく打てなければプロとしては通用しません。

だから、自分の欠点を直さない限り、会社も人生も変わらないと思うのです。

それなのに、多くの人は重点課題に「欠点」ではなく、「やりたいこと」を選んでいる気がします。

それで人生や会社が変わると思っているのでしょうか?

それとも、自分の欠点がわかっていないのでしょうか?

「頑張っているのに人生が変わらない!」と言っている人は、ここに原因があると思うのです。
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会社の業績が伸びないとしたら、何かが足りていないからですし、良い人材が入ってこない、部下がついてこないとしたら、何かが足りていないからです。

そこを改善しないで違う結果を求めることは無茶だと思うのです。

ある精神科の博士が「同じ行動を繰り返して、違う結果を求めることを精神病と言う」と言っていましたが、そうだとすると世の中には精神病の人であふれていると思うのです。

あなたは足りないところを補いますか?

それとも精神病院に行きますか?(笑)

今日のひとこと
「あなたの足かせを外したら、間違いなく人生は変わります!」


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