昨日は島田CL(建設的な生き方)を学ぶ会と子育て・社員育成セミナーのインストラクター試験でした。

島田CL楽習会では「上司として、何を基準に部下と接していったらよいか?」という質問が出ました。

これは、上司としての「指針」のようなものです。

管理職になる人にとってとても重要な質問ですが、皆さんならこの質問にどのように答えるでしょうか?

私は、その人その人が自分の責任で決めるものだと思ているので、「こうあるべき」ということは言いませんが、私は相手の人生がより良くなるように接しようと考えています。

こう書くと「私もそうだ」と言われる方がいると思いますが、私にはこれがなかかな難しいことで、私のような者はつい自分の好みで接したり、会社の都合で接してしまう時があるのです。

ただ、相手の人生が良くなるように接するためには、自分が「どう生きたら幸せになれるか」を知っていなくてはいけません。

それを知らないのに、「これをしてはいけない!」「こうしなさい!」と言っている上司や親がたくさんいると思うのです。

この間、サラ金からの借金で、どうにもならなくなった人の相談を受けました。

その人は会社に対する不満を口にして、上司の言うことも素直に聞いていませんでした。

その人が社長に相談して、かわいそうに思った社長さんが私のところを紹介したのです。

私は借入の金額を聞いて、自己破産したほうがいいと判断したので、弁護士のところに行って自己破産の手続きをするように話したのですが、それからも会社や社長への不満を社内で口にしていました。

私にすると、そんなことをしていたらこれからの人生も良くならないだろうと思うのですが、その人にはそれがわからないようです。

私はその人の幸せを願っていますが、その人が変わらなければ、なるべく早い時期に会社を辞めた(辞めさせた)ほうがいいと考えています。

それがその人の学びになると思うからです。

昨日のブログでも「人はうまくいったことよりも、うまくいかなかったことから学ぶことのほうが多い」と書きましたが、天に唾を吐いたら自分にかかるということが「いいこと」だと私は思うのです。

自分がいる会社の悪口を言ったり、上司の指示に反発していたら、昇給もしてもらいにくくなるし、その会社にいにくくなるのが当然のことです。

そうした事実から、「どう生きたら幸せになれるのか?」を学ぶことが人生の勉強だと思うのです。

ですから、吐いた唾が自分にかかることが「良いこと」で、唾がかからないことは「不幸なこと」だと考えるのです。

皆さんは、何を基準に部下とかかわっていますか?

自分の好みや、仕事の都合で部下と接していないでしょうか?

今日のひとこと
「頭の良し悪しは、勉強ができるかどうかで決まるのではなく、幸せになる生き方を身につけられるかどうかで決まるのです!」


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