昨日の「今日のひとこと」が読めたでしょうか?

私は本にも書いていますが、学生時代の勉強で一番嫌いだったのが「古典」でした。

そんなものを勉強して何になるのか、さっぱりわからなかったからです。

私がそう思ったということは、学校の先生も古典の重要性をわからずに教えていたのかもしれませんね。

それが今は、とても大切な教えだと思うのですから、人生はわからないものです。

私が子供の頃、大学生は大人に見えました。

社会人になった頃、27歳くらいの人たちはずいぶん大人に見えました。

それは単に知識があるだけでなく、私が知らない良識というものを知っているように見えたからです。

だから大人の意見を聞く価値があったです。

しかし、今の若者たちから見て、大人には良識があり、大人の意見は聞くに値するものでしょうか?

昔なら恥ずかしいことであった無知や幼稚な大人が増え、今では無知や幼稚であることがテレビでウケる時代です。

大人が堂々と無知や幼稚でいる結果、子供たちは自分たちを一人前と考えるようになってしまったと思うのです。

事実、私などよりも今の子供たちの方が、よほどいろいろな知識や情報を持っています。

しかし、その人が大人であるかどうかは、知識や情報を多く持っているかではなく、生き方の成熟度(洗練の度合い)の問題だと思うのです。

先日の沼津経営塾のブログに希代君が「建築家」という内容を書いています。

このブログに書かれているように、今の時代は機能性重視の時代ですが、目先の結果や機能性ばかり追いかけていると、人間としての大事なものがわからなくなってしまいます。

例えば、文字一つとっても読めればそれでいいという考え方になるし、お箸の使い方一つとっても食べられればそれでいいとなってしまいます。

家だって、住めればそれでいい。

人生だって、ご飯が食べられればそれでいいとなっていくのです。

商売が儲かっていれば、それがいい会社なのでしょうか?

知識や情報を持っている人が、人として尊敬される人なのでしょうか?

私はそうではないと思います。

儲かっていても働きたくない会社はありますし、仕事ができても尊敬できない人間はいると思うのです。

ある調査によると、未熟な人間ほど自分のことを過大評価する傾向にあるそうです。

子どもがウルトラマンやヒーローになり切れるのは、そのためだそうです。

今、自分を一人前だと思っている人が増えて来たと思いますが、そうした自分の未熟さを諭してくれるのが古典だと思うのです。

しかし、今の時代よりも寿命が短かったはずなのに、どうして昔の人はこんなにしっかりとした考え方が出来たのでしょうね?

P.S.今日の沼津経営塾のブログで希代君が「燃えよ剣」を書いています。

本は異なりますが、私が6月にイギリスに行くときに読んでいたのも土方歳三の本でした。

そこに書かれた希代君の「今の時代は表面的な見てくれや、一時の形ばかりのものが流行る傾向がありますが、土方歳三ではありませんが、一人の人間として自分にとって何が大切か、何を守っていきたいかといった美学や美意識がなくてはならない」と言う言葉が湖小呂に響きました。

今日のひとこと
「学ぶとは、体現することです!」


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