DSCF0318私は打ち合わせのため、今、東京に来ています。

打ち合わせ場所ということもあってニューオータニに泊まっていますが、貧乏だった私がこんなホテルに泊まる日が来るとは思ってもみませんでした。

小学校のころの私は、父が仕事をせずに博打ばかりしていたため、地元にいられなくなってしまい東京に住んでいました。

その間、雨戸もないような借家を転々としていましたが、貧しい環境で育ったおかげでお金がないことの辛さを学んだと思います。

そのため高校を出て警察官になったときも、8万6千円の給料から4万円の寮費と食事代を引かれた4万6千円のうち、4万円を貯金していました。

だから一ヶ月の小遣いは6千円でした。

でも、高校時代はもっと少なかったので、それでも困ることはありませんでした。

警察学校を卒業して所轄にでると給料は12万8千円に増えました。

2020年東京の春(22)多くの同期はそこで車を買ったのですが、私はスクーターを買い、貯金を4万円から8万円に増やしました。

それでも寮費と食事代の4万円を引いても、小遣いは8千円に2千円増えました。

だから酒を飲みに行くこともできませんし、雨の日は合羽を着て警察署に通っていました。

一度、生活水準を上げてしまうと下げるのは苦しいものです。

しかし、生活水準を上げなければ、少ない生活費でも何とかやっていけるものなのです。

そうした生活をしてきたおかげで、私は21歳の時に中古の住宅を買いました。

別に家が欲しかったわけではなかったのですが、貯金だと自分が下ろしたいときに下ろせてしまいます。

私は意志が弱いのでそうした誘惑に勝てないと思い、貯金の代わりにローンを組むことにしたのです。

2020年東京の春(23)「投資」などという意識はまったくなく、物件もろくに選ばずに買ったため、28歳の時に手放すまでその物件はマイナスのキャッシュフローでしたが、売るときには地価が上がっていたので普通に売っていたら決して損な投資ではありませんでした。

私は絶対に辞めないと思っていた警察官(公務員)を、父の借金のために28歳の時に退職することになります。

その当時は、家に毎日のように借金取りが来る日々でした。

私が家に入ったときに、両親から「あなたには商売を譲るけれど弟には何もあげられないので、お前の買った家を弟に安く譲ってやってほしい」と頼まれて、買った時の値段で売りました。

だから、その間に持ち出した分のお金は消えてしまいましたが、不動産の知識はつきました。

そこで弟に家を売ったお金を頭金にして100坪の喫茶店を買いました。

そこを改装し、お客をつけて人に貸したのです。

そこからプラスのキャッシュフローになりました。

2020年東京の春(24)父親の借金が返せたのは、そうした副収入があったからです。

私は父が心筋梗塞で倒れて働けなくなったことがきっかけで警察を辞めました。

でも、もし今度私が病気にでもなって働けなくなったら、私の家族はどうなるのでしょう?

私は成人していたので家に入って働けましたが、私の子供はまだ幼稚園です。

そこで私は、私が働けなくなっても困らない体制を作ることにしました。

まず、37歳のときに自社ビルを無借金で建てました。

これによって毎月80万円の不労所得(働かなくても入る収入)が手に入るようになりました。

そして42歳で社長を降りました。

2020年東京の春(27)これによって私がいなくても会社が回るようになり、私は会社に行かなくても月々100万円くらいの収入を得られるようになりました。

そして自分は本を出したり、講演をしたりして、本業と別な仕事をしたのです。

こうして3つの水路(収入源)を作っておけば、1つが詰まったとしても生活は困りません。

私が会社を大きくすることよりも、いくつかの異なる部門を作ってきたのも、どこかの部門の売上が悪くても、他の部門でそこを補えるようにするためです。

このように、私は貧乏な生い立ちや父が倒れて借金を背負ったことから、いろいろなリスクに備えることを学んでいったのです。

自慢ではありませんが、私は贅沢をする人間ではありません。

もちろん使うところでは使って来ましたが、個人的に飲みに行くこともしませんし、高い装飾品も持ちません。

2020年東京の春(25)少しでも余裕があっれば、それを後に回して備えてきたつもりです。

それが私の30年間、無借金で増収増益を続けられた秘訣だと思うのです。

北海道の佐呂間町の漁師さん達は、昔、稼いだお金をお酒や女に散在していました。

それを見た舟木さんというリーダーが二宮尊徳の教えを学んで、貯金させるようにしました。

今、佐呂間町の漁師さん達は日本で一番貯金のある漁師さん達で、どの家も1億円以上貯金があります。

そこでは、その年に稼いだお金は全額貯金して、それまでの利息で生活するという方法を一時はとっていたので、貯金が減ることがなかったのです。

私は子供のころ読んだ「アリとキリギリス」や「3匹のこぶた」の話がとても印象的で、冬に備えて食べ物を貯えたり、大変でもレンガの家を作ることが大事だと学んだのです。

誰の人生にも「まさか」という坂があると思うので、そうしたことを想定して準備しておいた方がいいと思うのです。

2020年東京の春(26)もし今、一年間売上がなくても困らないだけの預貯金があったら、気持ちが楽だと思いませんか?

こう書くと、お金をケチケチする人が増えそうですが、私は不動産はもちろん、人脈づくりや自分の研修にたくさんのお金をかけてきました。

それが「備え」であり、ただセコセコお金を貯めていても、決して今の人生は手に入らなかったと思うのです。

ちなみに「さかえや」さんは、このたび一般財団法人日本次世代企業普及機構様からホワイト企業に認定されました!

こうしたことも準備のひとつなのです!

今日のひとこと
「多くの人は、今のことしか見ていないのです!」


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