March 13, 2011
続・生存報告(汗)
久しぶりの更新……というより浮上です。やっぱりはやく通信専用のPCを買うべきだと年始にも思ったことを改めて再認識しました。
実は今年に入ってすぐ転職活動をはじめ、無事転職は叶ったのですが、これまた未知のゾーンに足を踏み入れてしまい自身の迂闊さを呪うべきか現在のおぼえの悪さを嘆くべきなのか甚だ不明なのですが、折角手に入れた派遣ではなく正社員の生活を維持するためにも精進する所存。以前から不思議におもっていたこの業界の求人募集の理由が実際働いてみてよくわかる……いや以前勤めていた介護業ではないですよ。
そう考えてみるとやはり資格手当ては必要だよなあとしみじみおもう今日この頃……つくづく前の職場が下手な立ち回りをしているのか再認識するのも、親身になってくれているひとがいるし、自分も味わった経験なので打ち捨てて置けないなあとため息をついてみたり。
しながらようやく余裕を忘れていた自分をふっと思い返したわけで、のそりとネットにあがった…のですが世間はわたしのそんなのんびりを嘲笑うような事象に、……なんと表現すればよいのか頭を捻ってはみたのですが、みつかりませんでした。
かの地震のことは仕事中、患者さんがいなくなった折に院長がふとつけたラジオから知りました。最初は何のドラマのお話だろうとおもうほどアナウンスの内容は現実味に欠けていました。
阪神・淡路のときのように身近に感ずるものがなかった(阪神・淡路同様やたら寝付けなかったけれど)のですがいずれはこちらにもくるものであることは噛み締めています。
たしかに四国には火山はありません。ただ四国山地の中央を阪神・淡路大震災の際にも要因となった中央構造線がど真ん中に横一直線に走り、周囲は海で逃げ場は限られています。登山部(苦笑)出身のお陰で高校時代は地学専攻だったので四国も陸地である以上プレートの上に乗っているのは知っていますし、けして安穏とは構えてはいられないなあと云うこともわかっています。
が、いつそれが訪れるかなどナマズにならないとわからない、いやナマズだって勝手に期待されていい迷惑かもしれません。だから、神様には祈れませんが自分が大切におもうひとたちに、自分が遭遇するだろう危険を自ら避けられるように心がけたいなあとおもい……これこそ一昨日の院長の受け売りでした(汗)。
職場の他の方は(瀬戸内海沿岸の津波予測が)50センチくらいで大仰な、とわらっていましたが。それは確かに被災地のそれと比べてのものであって、普段10センチも波立たないような場所に突然その何倍もの勢いと高さで波に襲われたらどうでしょう?
人為的でもおそろしい、ましてやひとのちからではどうすることもできないときに、それをわらって対処できるでしょうか?
被災地の方々にわたしは何も出来ませんが、今宵こそ無事にすごしていただけますように。
December 25, 2010
生きてます、どうにか。
すっかり仕事に精力を根こそぎ奪われてネットどころではない日々を過ごしていますが、何とか生き永らえています。
今年の反省。
来年はもう少し余裕を持って仕事をしよう。
とても苦手な環境ではじめての仕事に慣れるのに神経を磨り減らして萌えの芽も立ち枯れた今年はいっそ暗黒の一年でした。
アニキ風に吹かれ元就さまゆかりの地で癒されても癒されきれずこの12月に入ってずっと何かしら患っています(伏)。食中毒やらノロウィルスやら、今現在も目疣がようやく枯れかけて視界が開けてきている状態です。ただ残念なのは患ったのは右ではなく左。どうせなら右目がよかった…!
ほんとう、同人らしいことのひとつもできなかったのですが、年末年始の厄落としで復活を誓います。
情けない話、バサラ3をまだ一度も触ってない(……)。
August 21, 2010
生存報告
絶賛サイト放置中ですが、とりあえず生きております。
久しぶりの有給を消化しに現在京都へ遊びに来ております。
続きはのちほど。お東さんに行ってきます!
July 11, 2010
アニメ弐期始動!
医療事務の現場では月恒例のレセプト期が終了。専門のひとはまだだろうけど久しぶりにたっぷり休みました。
そして見るか見まいか悩んだのですが結局バサラニメ弐もしっかり見てしまいました。
そして今更ながらようやく3を予約しました。これまた久しぶりに公式を見てみたらゲームのあそびかたの数が増えていました。夏は腱鞘炎との闘いですな。
でもDSで出るFE〜紋章の謎〜のリメイクがとても気になる……つか欲しい。キャラ復活ノーで何度も涙を呑まされたあのゲームで復活アリになるなんて…!!!!!!
当時はちょっとした運の悪さで死なせてしまって、何度一からそのステージから始めたことやら(遠い目)。
続きは簡略ながらのアニメ感想。相変わらず小十郎びいきですみません。
続きを読む
June 27, 2010
そろそろ復活。
毎年の如く沈んでおりましたが、そろそろと浮上中の今日の日記です。
先週復活に誂えた(としか云いようがない)京都お誕生日祝い旅行で毒気を抜いて、でも職場は毒気の坩堝の総合病院なので、こりゃ定期的にかつマメに抜かなきゃ駄目だなあとおもう次第。
今回の旅で我儘放題させてくださったMさんにあらためて感謝を。
とりあえず二ヶ月先にまた京都にバーゲンと今回立ち寄ってリベンジを誓った弘法市を狙ってあそびに行くことにしました。
そのあと11月は紅葉と牡蠣を堪能しに二年ぶりに広島は宮島へ。今回は神様に悪戯されないように、奮発して島内で宿泊することにしました。運よくまだ空きがあったので(通年一定価格の安い国民宿舎などは一杯)これも高知で散々瀬戸内漫才をしたり日輪を崇めたお陰かと(笑)。
最初は年越を宮島で、と云っていたのですがやはりここ数年京都での年越に馴染んでしまっているため、やはり年越は京都にしようということで意見が一致。現在そのためのお宿をどのタイプにするか思案中。
…と餌を自分の前に吊り下げられるくらいには元気になりました(苦笑)。
June 15, 2010
きょうこう・・・・・・
忙しいなら忙しくならないようにしてやろうじゃねーか。
と腹を括って仕事のやり方を模索した結果やっと平穏な日々が戻りつつある今日の日記です。
でも恐惶には行けない……いきたいけど。
東京だけは無理。高確率の割合で何かしらの厄に見舞われる。数年前も同日程のシティで全治一ヶ月の捻挫を貰ったりと、通過するだけでも色々貰っている(通過するだけで大風邪をひいたことも)場所に滞在するのはハイリスク(がくがく)。
ううう、いべんと……
May 16, 2010
布団の友
多忙に負けて丸二日ほどベッドとお友達になっていました、今日の日記です。
わたしの手際が悪いせいなのもあるんでしょうが、とにかく依頼の数が毎日毎日多くて定時までに捌ききるなんて無茶な相談=残業漬け。
わたしが専門に担当しているのが保険関係の証書の一切なのですが、これが不況ということなのか、最近は0歳の乳児から保険をかけている親御さんが多いのには吃驚です。いや、それだけ子供に良くない環境が広がってるのか。多分どっちもなんだろうなあ。
基本的に専門担当を優先することがゆるされてはいるのですが、午前中は受付業務も兼務しているのでその折り合いがまだまだうまく付けられてないことを痛感する次第。
頑張るぞー。
さいわいだったのは寝込んでいた金・土と父が母が亡くなって後きょうだいに連れ出されてはじめた、現在はライフワークのグラ(ウ)ンドゴルフの大会で家を一泊二日と空け、その上優勝したため打ち上げで晩御飯を作らなくて済んだこと。自分ひとりなら適当ですむけど家族がいるとなるとそうはいかないので(苦笑)。
May 11, 2010
残業ばんざい。
今日も絶賛残業デーでした。わたしの職場は病院であって一般企業でもなんでもないはずなのにどうしてひとりで事務作業をしてるんだろう……と軽く薄笑いをうかべながらお仕事完了。さいわいなのは、家から車で5分のとっても近距離であることです。
やはり自分の担当している仕事はパートじゃ無理なんだなあとあらためて納得してみたり。パートさんじゃ残業させてもらうにも限度がありますしね。
先刻たまたま知ったこまさったーをやってみたのですが、結果がうちらしくてまた笑えました。
格好いい小十郎×鈍感な政宗の馴れ初め小政
いやでもうちで格好いい小十郎は難しいんじゃ。常に筆頭も惚れるようなと念じて書いていますが格好いいというよりはただの…なひとにしかなってないような。でも鈍感な筆頭なら頑張れば書けそうです。しかも馴れ初め。うーん書きたい(正直)。
誰か格好いい小十郎の書き方をおしえてください。
May 09, 2010
つきさすようないたみにもわらう、そのかお
五月に入ってから四国も一気に初夏の態です。
躑躅が咲き乱れ、皐も咲き乱れ、菖蒲も咲き乱れております。先月の小出しな花の競演がうそのよう。
五月病にかかるまもなくぽつぽつと仕事をしておりました。
スパコミの新刊を…!とおもったのですが今日大阪シティもあったのでそれ待ちで煩悩補完に勤しみたくおもう所存。オフラインから隠居して一年ほどなので隠居と呼ぶには年季が入っていないのですが参加率などを考えると十分隠居の域……イベント、本当に好きなんですがどうしても酔うんです。よくよく考えなくても若い頃から酔っていたのですが若い頃は大人しくしなかったので保っていられた部分があったなあ…(←あとで斃れてた/苦笑)と。
先日の高知行でも相変わらずのひろめ市場の混雑振りに瞬殺された時点でもう色々イベント向きじゃないのを痛感させられました。事実として素直にイベントをたのしめなくて辛い。
オフライン、出来得れば8月の大阪にも復活したいです。今きちんと頁を埋められるだけのおはなしが書けるかどうかは不明ですが(悶々)。
つづきはその久しぶりにすぎる小政です。ひさしぶりに自身の、小政らしいお話。
政→→→←小。
続きを読む
May 02, 2010
絶賛引き篭もり中
今日はスパコミのゲームDayでしたね。参加された皆様お疲れ様でした。うう、ひとよいするからだがつくづくとうらめしい。
ちなみにその酔いにも影響抜群の耳はまだ治っていません(うう)。
先日30日にも経過を診て貰うと、先生曰く[耳管開放症]という鼓膜が動きすぎて中耳間に大きな虚がうまれてしまっている状態とのことでした。そのために自分が咀嚼するおとやら呼吸するおとやらが響いてきこえるんだそうな。…処置として現在は3Mテープで鼓膜のうごきを抑えているのですが、いわゆる薄い耳栓をしている状態なので左右の聞こえ方に不均衡を感じるのは当然ですとも云われました。
除けたい?と聞かれたので素直に違和感があるから除けてくださいと云ったのですが、先生はそのあとの聴音検査の結果を見て全然問題ないからきちんと治しましょう=テープは除けませんとにっこりと仰ったのでした。
…無駄に良い耳をうらみました。
この歳で中耳炎にかかるのも結構恥ずかしい(大概『それ子供の病気じゃないの?』と云われる)のにそれが悪化してこの状況。中耳炎を起こすたびに聴力検査は受けさせられているのですが、そのたびに小学生並の聴力ですね!と褒められてよろこんでいいのかどうかわからない今日この頃。
ちなみに聴力は20歳がピークだそうな……。
と、そこまで知って小政に妄想が。
整体師の次はお医者さ……………
貧困なおつむでもうしわけない。
April 25, 2010
泣き虫Daring(現代パロディ);[未来篇]
耳はとんでもない方向へ病が進行中。悪くなっているのかいないのか。
内耳で音が響くという状態のため、一週間前は耳管狭窄かと診断されたのですが、服薬で改善されないことから行われた聴音検査の結果、逆に拡張との見立てで鼓膜の動きを悪くするという処置を施されました。
鼓膜をこじ開けられてなにやら詰め込まれたおかげで現在右耳の奥は違和感でいっぱい。あくびのたびに右耳に痛みが走ります。
[豆屋]さまの開催されるおぴんく祭りに不束者ながら参加したく久しぶりに小噺を書きました。人間締め切りがあるほうが逆に発破がかかってよいのかしらんとおもいつつ。久しぶりのアップが現代パロディでごめんなさい(平伏)。
当サイトで一番ぴんくに相応しい小政(梵)なので頑張りました…が久しぶりなのでやはり支離滅裂です。詰め込みすぎ…た(斃)。
続きを読む
April 11, 2010
アニキにお礼参り紀行・其の壱
一週間前にひいた風邪を放置していたらしっかり中耳炎になってしまった今日の日記です。総合病院づとめなのがこういった場合のいいところで、でもちょっとほうっておいたのが悪いのか右耳の具合は痛みこそひいたもののひどい違和感があります。完全に耳に膜が張っているような、平衡感覚がくるいそうでちょっとおっかない。
―――と、それはさておいて。アニキお礼参りのお話をば。
過ぎたる3月19日に休みを貰って、一足先に高知入り。車を運転するので先に入って英気を養っていなければならなかったからです。いくら狭い四国といえど長距離の運転にひとさまを乗せて運転するわけですから(しかも知らない道)、前回の高知で道の駅に立ち寄るのに道を逆走したおそろしい運転は二度としないように(汗)余裕を持って動くことにしたのでした。
宿泊一日目は高知市内にあるユースホステル。ご主人が酒蔵につとめていたこともあり、利き酒ができるという酒飲みのわたしにはとても面白そうなお宿だったので(屈斜路湖のユースに泊まった時と似たような理由←ご飯がとても美味しい/笑)、高知駅から二駅ほど離れたそこへ荷を降ろしました。
実際のところは、入院後すぐの復職の疲れがピークに達していて、電車の中で引っ掛けた程度のお酒で酔うという体たらくに諦めざるを得なかったので…次回は絶対参加するぞと誓っているのですが、ご飯をしっかりいただいたあとに気づいた大好きな焼酎が、其のお宿では食事中に飲めるというシステムに今でも口惜しさがこみあげます。居酒屋だとありえない金額で飲めたのに(涙)……!!
おいちゃんに絡まれる神戸から来たと云う中学生二人組の微笑ましいやりとりをBGMに高知と云えば鰹のタタキ、ということで美味しくいただきました。初鰹にはまだ早いのですがやはり黒潮のおかげか高知では鰹はただただ血肉なんやなあとおもいながらいただきました。
翌日20日。予定では高知駅前で車を借りて足摺岬までGo!の日だったのですが。
当日合流するMさんからご本人も驚愕至極のお電話が。
「寝坊して予約の便に乗り遅れ」
……!、!!!!!!(忠勝)
とりあえずレンタカーの変更をして、そのあとは駅周辺のカフェで時間を潰しました。
四国と都市圏の交通事情は経験上北海道よりある意味ひどい(苦笑)と再確認。
March 27, 2010
アニキにお礼参りしてまいりました。
どうにもまだまだ仕事に慣れていなくて毎日が精一杯の今日の日記です。
…この書き出しもひどく久しぶりの様な(苦笑)。
過ぎたる20〜22日の三連休は11月のリベンジと謳ったアニキツアー第二弾を敢行。あらためてアニキをネタに伊達主従萌えを久々に補完して戻ってきました。
おかげで真剣に高知への移住を考え始める始末ですが(笑)、とりあえずアニキの『野郎共、空が碧いぜ……』をしっかりと確認させていただいた旅でした。
それ以外でも意外なことを再確認させていただいた旅でもありました。あれだけ泣いたのも久しぶりでした。どれだけため込んでいたのやら。そら、入院もするかなあとかあらためて思いなおしたり。
とりあえず続きは明日から。
March 13, 2010
ようやく完治しました。
結局二月のあの日記後、入院することになり、入院していました(がくり)。
きのうの検査でようやく完治というお墨付きを貰ったのでご報告。
おそれていた面倒な病気ではなく、一過性のもののそれだという結果を仕事柄云われる前から知ってはいたのですがやはり実際先生に告知されるのとでは安堵感がちがいました(苦笑)。
退院から10日ほど経っているのですが、小心者の本性が月はじめの要残業時期を強引に周囲の理解をいただいてようやく乗り越えられた日々でした。
February 14, 2010
あいたたた。
過去web拍手ログをようやく再録しました。日記に載せていた小噺も徐々に移動させようと思います。久しぶりの更新が碌なものじゃなくて申し訳ありません。
…二週間に一遍のサイクルで金曜日から土日寝込んでいるからですな。折角の休日なのに好きな料理も碌にできてない(しょんぼり)。
どうも先日の月厄からおかしいとはおもっていたのですが、本格的に病の気配が。
金曜日に左下腹部に腹痛を覚え、一旦厠へ行かせて貰ったのですが痛みはひどくなるばかりで立ち上がれなくなり、冷や汗まで出る始末。チーフの取り計らいで急遽診察を受けることとなり、レントゲンの結果腸閉塞の一歩手前かな、などと処置を受けたはいいものの、そのあとがたいへんで、吐くは眩暈を起こすわで仕事にならなくなって強制送還。
さいわい吐き気はその日のうちに治まったんですがその晩38℃の熱に魘され、以降微熱+左下腹部痛+α状態で、どうもこれはただの腸閉塞もどきじゃなさそうだと、強制送還に立ち会ってくれた伯母に連絡したところの見解(同じ病院の内科でNsをしている)で、自分でも色々調べてみてちょっとどころじゃないうんざりな展開が見えてきたというわけです。
検査を受けてみないことには病名がはっきりとはわからないんですが、試用期間にこれはちょっときついなあというのが正直な気持ちです。
今月に入って外来のクラークの見習いにも入っているのであんまり休めない上、試用期間は一ヵ月半ということで二月末までだからといってしょっちゅう倒れるのも無責任で自分が嫌です。
…毎日自分ひとりで捌かないと溜まる一方の職務につく大変さってすごいプレッシャーだと、わたしの前の前にからだを壊して辞めた方の心境がよく理解できます。が、何とか克服するぞ!
それにしても、つくづく環境の変化が一々消化器(もっぱら腸)にくるんだなあと己の体質を恨めしく思わずにはいられません……。
January 30, 2010
before,after?
ようやっと、先日の自失から立ち戻りました。
…実のところはそれが引き金かどうかはわかりませんが、昨日はひさしぶりに真っ当に訪れた月厄に貧血を起こしてぶっ倒れて息も絶え絶えになりました。色々あってここ二ヶ月の月厄はみだれにみだれていたのでからだが追いつかなかったというのが見解です。
昨日仕事中にいきなり、眩暈がして吐き気と腹痛に厠へ駆け込んだところそこから立ち上がれなくなって、ようやく仕事場へ戻っても吐き気はおさまらず、それでも仕事をしようと足掻いていたのですが指先まで土気色になったところでチーフが見るに見かねて強制送還と相成りました。
意識が飛びそうなのも意地でこらえて、更衣室でしばらく身を横たえ、吐き気が一時納まったのを期に仕事場を出、寝込むのに最低限の水やらドリンクゼリーを買い漁って意識が飛ぶがままホットカーペットの上で昏倒。
そのあとの醜態は云うまでもありません(苦笑)。
めずらしく、父が『何なら食べれる?』ときいてくれたのが唯一救いだったかも。先日の風邪の際とは雲泥の差です。多分、先週の風邪のことを気にしてくれていたのだとはおもうのですが、逆に一昨日のことを気にかけてさせてしまっているようで、矛盾だとおもいつつ申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
January 28, 2010
いぢめられました、か、な。
今日は正念場の、正真正銘の忌み日でした。
養母=祖母の三回忌で、かたちだけの当主でも重たいなあと改めて感じた一日でした。
おんなのあとつぎということで、やはり場が開けると昼メロ以上の集中砲火を浴びてはいじられることばかり。わかった風にお説教やら見え透いたいたわりを持ちかざされてもだからなんだと云いたくなるのを喉奥にたくさん詰めるのに終始しました。
子供を生まなければ所詮は片輪と云うむかしの、田舎の倫理はいまでも健在。
結婚もしていないのに子供を産んだならそれはそれでひどいことを陰で平気で云うのに。倫理の一線の境目はどこにあるんでしょうか。
…母方の親戚には母に被るところがおおいからこそ、わたしにことばをつたえてくれるのでしょうが、いまもそれはただ、つらいなあとおもうばかりです。
January 24, 2010
貧弱貧弱ゥ!!
というわけで久しぶりに身動きができないほどの風邪に見舞われていました、この週末。
不調を訴えたからだを認めた途端隠れていた諸所の微熱が高熱へ移行するあいだも無駄にもどかしく、逆に追い上げられて、ねむれなくてまんじりとしていたのですがピークを過ぎれば落ち着くというのが人体の不可思議。気がついたらあれだけ床に倦んでごろごろしていながらも眠れなかったのにすとんと眠りに落ちていました。
昨夜などは風邪なんじゃなくてもっと別のめんどうな病気だったりして…!と布団に埋もれながら懊悩する始末。そういうときにかぎって眠れないんですねえ…寝ていたつもりだったけど、その間隔があさくて、こころもとない。ええ、病気でまいってるからこそ生まれる発想だ。とはわかってはいるのですが元来先先を見すぎて構える性格が逆に自分を追い詰めている良くも悪い例です(苦笑)。
なんだか、また小梵で妄想が……ってそれこそ今はそれに没頭できぬほどに職場で気を張らざるを得ないと報告しているような状態なのですが、じぶんをわすれないように、公私をもっと明確にしようと思います。どうしようもない相互作用にはしばらく目を瞑ってください(平伏)。
January 18, 2010
ますます世界は狭かった。
今日も今日とてお仕事覚えるのにてんてこ舞いの一日でした。
今引き継いでる仕事だけじゃなくて、あと初再診とクラーク業務も兼任するので折角取得した資格とは無縁ながらもマルチプレイヤーとして働けるよう、まだまだお仕事を覚えなければなりません。
と、その上がり方、先輩とお話させていただいたところよく見れば懐かしい顔。向こうも「話しかけていいものやら悩んだのだけど」、と前置かれてああ、かつての同級生かと納得。これだけでいかに私の側に余裕がないのか知れようものです。小中の?と思い返したのですがいまよくよく思い返すと多分高校時代の同級生です。
私は本当に人付き合いが下手なのであえて当時の友人たちと連絡を取ることもしておらず、逢えば適当にお茶を濁すぐらいのことしかしていません。幼馴染でさえ逢えば話すぐらいの希薄さです。そう考えると、(以下略)。
それよりも自分の印象ってそんなにつよいものでもなかっただろうになあ、と正直におもいます。小中のころはお馬鹿さんだったのでいいように弄られて嫌な意味で目立っていたとおもうんですが高校時代の自分がそこまで、というのはどうにも認めがたいですが。
それはそれこれはこれ、なので担当が違うのですがあらためて誼を通じられたらいいなあと思った一日のお話でした。
January 17, 2010
今更のような
昨夜はとっても電波な小噺で申し訳ありませんでした。電波の上にとってもポエミーでした。今読み返すと何を書いているのかちんぷんかんぷん…に至らないにしろ、欲求不満が明け透けて見えてこれこそ本物の羞恥プレイだとか思ったり(笑)。
毎度毎度平仮名の多い内容で申し訳ありません(がくり)。
そろそろバサラ部屋にも小噺を納めるスペースが必要ですな……。
すっかり書き忘れていたのですが、一昨日の初出勤は小心者の胃腸を容赦なくきりりと引き絞り、お腹を壊してのスタートでした。お陰で小心者のレッテルは見事に貼られたに違いない。
とおもいつつ、初日なので各部署(科)にお目通りのご挨拶。祖母が亡くなってから足を踏み入れたのですが、定年を迎えてパートタイムとして復職していた伯母と顔をあわせるのはやはり妙に気恥ずかしかったです。元々男家系の父方の家ではじめての女子として生まれたこともあって(そして伯母は三人兄弟で皆男)、あそびにいけばむすめのように可愛がってもらっていたので見えてもらえてうれしいのとはずかしいのとでもじもじしてしまいました(苦笑)。面通しの案内をしてくださったチーフはもっと驚いていらっしゃったようでしたが。
いや、やはりこの業界って狭い。