メガネ論本日むとうの日!

2006年06月09日

30歳について、考えてみる。その2

『1976年に生まれて』
ここ2年くらい、同い年に出会う確率がとても多くってびっくりなのです。なんだか76年生まれが集まっていてて。奇蹟?今まではそんなことなかったのにな。
(勿論地元の友人は高校の同級生だったから、当たり前のように同い年なのですがね。)
お互い違う場所で育ってきて、偶然出会う不思議さ。同じ年に生まれたってだけで、それだけで親近感が湧いてくるような気がします。同じ年だけ生きているんだって思うと、当たり前のことになんだかなんか、すごいな〜って思ってしまいます。
そして、今日職場の方から考えさせられる話を2こ聞きました。
1こ目。小学生の時は一週間単位でものを考えるそうです。そして、段々年を重ねるごとに一カ月単位に、一学期単位、一年単位に。それだけ時間が過ぎるの早く感じ、50歳になると10年単位にと!衝撃でした。10年単位って!今10年間生きるだけでもすごく長々〜い感じなのに(遥か彼方?)、もう人生のプロですか!
『小学生:50歳=1週間:10年』ああ、果てしない。こんな方程式が頭を巡ります。
50歳を考えると、なにを30歳ごときまだまだ甘いのかな〜。
私の母が今年2月に丁度50歳になり、そんな感じなのかな。自分の年齢はまぁ誕生日が来る度、気がつくともうこんな年齢になっていたんだ(あらら〜)って思うのだけど、自分の母親も当然のことながら年を重ねている訳で。母親の年齢ってあんま気にしたことがなかったけど、50年間って膨大な時間だと思うのです。そして、祖母の年齢なんて云ったらもう!80歳!私からしたら神ですね。でも、問題は30年あるいは50年間(もしくは80年間)をどう過ごしてきたかだと思うのです。どう充実した時を過ごすか、それはきっと状況や環境で判断されることではなく、内面の自分が判断することなんだと思います。永遠のテーマかな、素敵に年を重ねていきたいです。
2こ目。最近事件が多くて、子供さんがいらっしゃるお母さま方はやはり毎日が心配なのです。防犯ベルを常に持ち歩いて、昔は知らない人についてっちゃいけませんと云われてきましたが、今は知っている人でも気をつけなさいって云われてしまう、子供が大人を信用できない世の中。私が小さい時は夕方5時くらいまで学校に残って鬼ごっことかしていたのに、20年でやはり世界も急速に変わっていってしまっているのかなって思います。時代は進歩を続け、物質的に豊かに便利になっていく一方で、人のこころは反比例していっているようにも思えます。(生活は貧しくってもこころは豊かだった昭和30年代のあの西岸良平氏の世界とは真逆になってしまいましたが)でもそんな時代に落胆していてばかりではやはりダメなんです。その時代でどう生きるか。環境や時代がどんなに悪くても、それは自分がそうなった言い訳にはならないのです。
どんな世界でも希望はあり、それはひとそれぞれ違い形をしていて。早くに出会う人もいれば、最後に気づく人もいるのかも知れません。私はそれに出会えたのかまだ分りませんが、でも。
どんなときでも心だけは豊かでありたいと思っていきたいです。
理想論かな。
でも理想論だけぢゃ勿論生きていけないけど、理想ってやっぱり大切だなって思うのです。



suginami93 at 21:56│Comments(0)TrackBack(0)考え事 

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