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2011年02月

「詐欺フェスト」

とってもうまい表現だと思います。

日本に「マニフェスト」 という言葉が登場した当初は「政策宣言」と訳されていましたが、「政権公約」が一般的です。

それ以前は「選挙公約」という言葉が、存在していました。

が、選挙向けのの美辞麗句を並べ立てるばかりで、実際選挙に当選して政治家になってもそれを実現する議員さんはほとんどいない。。。
そんなことから、「政治家=うそつき」の諦めムードが蔓延していました。

そこに現れたのが「マニフェスト」  イギリスの選挙がお手本です。

従来の「選挙公約」とは違い、
1.何をいつまでにどれくらいやるか(具体的な施策、実施期限、数値目標)を明示
2.事後検証性を担保すること
3.有権者と候補者との間の委任関係を明確化
しています。

その結果次の効果が期待できます。
・現在の政治が抱える問題点を明確化する。
・美辞麗句を並べた宣伝活動に終始しない、実行可能性が担保された政策を提示する。
・有権者の政策本位の選択に資する。
・公約を掲げ当選した候補者または政党による施政の事後評価を可能にする。

まずは地方からそのうねりは起こりました。
当時三重県知事だった北川正恭氏が提唱、現総務大臣で当時は鳥取県知事だった片山善博氏や前総務大臣で当時は岩手県知事だった増田 寛也氏、現在東京と知事選に出馬が取りざたされている神奈川県知事の松沢成文氏等「改革派」と呼ばれる知事がこぞって導入しました。

当初は、マニフェストを配る事は「公職選挙法違反」とされ、配布ができませんでした。
「禁止」されると逆に期待が高まるのは人の常。
「マニフェスト」という言葉は一挙に日本中に広がりました。

実はこの頃、このマニフェストの登場にとても関心があり、「ローカル・マニフェスト」の勉強会に出席したり、北川氏にも何度かお会いし、お話をうかがったりしました。

と、ここまで、古い記憶をたどりながら、また、Wikipediaなんかをもう一度読み返したりしながら書いてきましたが、気付いたことが2点あります。

1点目は、今の民主党のマニフェストについては事後検証がなされていないこと。
マニフェストには、「実施期限」が明示されています。
なので、地方自治体の首長は、自分のマニフェストの検証をほぼ一年おきに行います。
先進的な自治体では、専門家を招き、議論、検証の場は広く市民に公開されます。

この事後検証がなければ「片手落ち」となってしまうわけです。
マニフェスト以前の「ウソツキ政治家の選挙公約」とかわりありません。

本来国政においては、政権与党以外はマニフェストを掲げる事は困難とされています。
それでも独自のマニフェストを掲げて闘った民主党。
「見直し」「修正」を進めるのであれば、「検証」の場を公開し、その結果を示さなければ有権者の納得は得られないでしょう。

国民に見える形で事後検証がない限り、民主党のマニフェストは「詐欺フェスト」なのです。

2点目は、よく見れば政治の表舞台のメンバーが、当時と変わっていないということです。
先ほど名前を挙げたメンバーが「改革派」として活動していたのは、もう7,8年前のことです。
その方たちのおかげで、「改革」は「一般的」になりました。
しかし、そうなった今も同じ人たちが日本を動かす中心にいる。

これでは、停滞してしまうのもわかるような気がします。

政権交代をしても政治は変わらなかった。
それは、結局政治家の顔ぶれが変わっていないからです。
政治を変えるには、政治家を変えることが必要です。

このことを真剣に皆さんに訴えていきたいと思います。

「生理休暇」の不都合な真実

今週に入って、「男女共同参画」「夫婦別姓」等、本音覚悟で書かせていただいています。
批判覚悟だったのですが、意外にも頂くコメントは暖かいものばかり。

「よくぞ言ってくれました!」
と、いったものが一番多いです。

なかなか本音を語ることができない世の中なんだなあと改めて実感します。

特に今週取り上げたテーマは「女性だから言える」性質のものでした。
では、週末最後に究極の「女性だから言える!!」を取り上げたいと思います。

という訳で「生理休暇」です。
(男性の方はテーマを見てちょっと「ぎょっと」されたと思いますが・・・。)

この休暇、すでに一般的なものです。
私が就職した当時、最初に勤めた会社には産休も育児休暇もありませんでしたが、生理休暇は存在しました。
存在しましたが、とる人は皆無でした。

男性ばかりがいる職場ではなかなか言い出せるものではありません。上司を始め、周りの男性にそれを知られるという事はやっぱり恥ずかしいことなのです。少なくとも私は恥ずかしいです。

一度、無理をして出てきていた女性社員が貧血で救急車で運ばれるという「事件」があり、その後、幾分とりやすくなったのですが。。。。

転職して公務員になったときもその感覚は同じでした。
市役所に勤務していた18年間で直属の上司が女性だった事は一度もありません。
自分自身結構生理痛もひどい方なのです(現に学生時代は授業をサボって寮で寝てました)が、デスクワークだし、薬を飲めば何とかしのげます。
結局社会人をやっていた20年間、一度も生理休暇はとったことありませんでした。

「女性ばっかりの職場の"生理休暇"はえげつないよ~」
福利厚生を担当していた同期の親友が、飲みに行ったとき信じられない実態を説明してくれました。

看護士、保育士、調理員など女性しかいない職場では、私たちのようなところとは違って「生理休暇」はとり放題。
それも、
1.月に一回必ずとる
2.土日や連休にあわせてとる
3.周期には関係ない
4.最初からシフト表に組み込まれている

という訳で、
「こないだの連休に生理休暇をあわせて彼氏と旅行に行ったの~」
とか
「今度生理休暇一緒にとって、バーゲンいこうよ!」
なんてことが横行しています。

もっとすごい事例として「妊娠しても生理休暇をとっていた」というモノまでありました。
(さすがにこれは後日、処分されることになります)

生理休暇は「生理に伴う諸々の症状により勤務が困難な場合にとる休暇」ではなく、「1ヶ月に1日、普通の有給休暇以外に休める女性の特権」になっていたのです。

皆さん想像してみてください。
看護士、保育士、調理員。それぞれが労働組合の分会を組織し、その活動が活発なところばかりです。
「本当は暇なん?」といいたくなってしまいます。
うちの保育士には全国的に有名な中核派の闘士までいましたから。。。

さて、ちょうど今から5年前、女性ばかりの職場を任されることになりました。
25人部下がいて、男性は1名という状況。
ちなみに看護士、保育士、調理員ではありませんでしたが、やはり生理休暇のとり方は女性ばかりの職場特有のモノになっていました。

私がその職場を任されてとき、まず最初に主任さんを集めて生理休暇についてお話させていただきました。


生理休暇は皆さんにとっても当然の権利です。
月に一回とることが認められています。でも、これは月に1回自由に取れる休暇ではありません。

風邪や高熱と同じで、生理痛などの症状により『今日はどうしても任務が遂行できない』と言うときにとるもモノです。だから扱いは普通の有給休暇と同じです。

皆さんは私みたいに毎日デスクワークをする仕事と違って1日体を動かします。だから生理休暇も当然必要だと思います。でも趣旨に照らしたら、最初からシフトに入っているというのはおかしいですよね。

女性として本来生理は不順なものです。生理痛はきつい月もあれば楽な月もあります
『その日が仕事に支障をきたすほど生理痛がきつい』なんて、予測できる人はいませんよね。

なので、生理休暇のとり方を「病気で有給をとるときと同じ」にしたいと思います。
どうしてもしんどいときは、当日の朝に『今日は出勤できません』と申請をして、生理休暇をとるようにしてください。


この話をしたとき、一切反発はありませんでした。
皆さん納得いただいて即座に生理休暇のとり方が変わりました。

きちんと正論を説明することで、みんなが気持ちよく働ける職場になったわけです。

1.私が女性であったこと。(男性にはなかなかこれはいえません。自分が生理を体験したことがないのですから。。。)
2.労働組合に加入している人がいない職場だったこと。(これは大きかったです。)
3.もともと、生理休暇の性質を考えて「おかしいな」を感じていた人がほとんどだったこと。
4.「声の大きい人、あつかましい人が得をする」状態になってしまっていたこと。(このような状態でもおとなしい人はそんなことができなかったわけです。)

以上が「生理休暇改革」(これはちょっと大げさ(笑))に成功した要因だと思います。

「女性だからできること」は、たくさんあります。
なので、「男性だからできること」も同様にたくさんあると思います。

何でもかんでも「男女平等」を言う方は、こういった事例もちゃんと見ていただきたいですね。

私は「選択性夫婦別姓」に反対です。

そもそもその必要性を感じません。

私も結婚して姓が変わりましたが、知り合いや仕事の取引相手に
「結婚して、姓が"杉田"に変わりましました。」
と、お話したとき、
「そんなややこしい。」とか、
「なんで変わるんや!」
なんて一度も言われませんでした。

「そうなん!おめでとう。」
「おめでとう、よかったね。」
返ってきたのは祝福の言葉ばかりでした。
不便なんて一度も感じたことがありませんでした。

今のままでうまく機能している問題をわざわざ変える必要はないと思います。

さて、ここからは、先日お話した賛成派の皆さんから頂いたご意見とそれに対する私の反論です。
(一般的な意見への反論ではありません。その場で実際に発言したモノに少し表現を加えて、私の考えをまとめてみました)

1.あなたがおっしゃるとおり、この法案が通っても、喜ぶのは1%で残りの99%は何も変わらず、普通かもしれません。

  たった1%の人しか喜ばない法案より、今の日本はもっと早急に取り組まなければならない課題がたくさんあります。

2.いや、1%は例えです。今までは言えなかったが、このご時世になってやっと「嫌だ」といえる人が増えてきていると思います。

  「嫌だ」という理由で、法律を変えようという考えがおかしいと思います。

3.他の先進国はすべて、夫婦別姓ですよね。

  日本には世界に誇る戸籍制度があります。
  青年海外協力隊でアフリカに行っていた友人が戸籍制度があるのとないのとでは、「命の重さが違う」と、言っていました。「出生届」「死亡届」そして「婚姻届」もとても大きな意味を持つのです。
  他国の真似をする必要はありません。

 (と、答えたら、『戸籍制度の話を持ち出すのは議論の飛躍です。』と怒られました。)

4.アメリカや中国はうまく機能しています。なぜ、日本だけが国から強制されないといけないのでしょうか?

  まず、私は「国からの強制」と感じたことが一度もないので、その感覚は理解できません。

  アメリカ社会の悪い部分を日本は20年送れて追っている感じです。
  「児童虐待」「離婚率の増加」等は、アメリカの方が先にその問題に直面していました。
  アメリカの真似をすることが決していいことと思えません。
  中国はその日本の後を追っています。比較の対象にもなりません。(文化的のも人口規模的にも)

5.こういう問題は反対の場合を想定してみましょう。「男女」が逆になった場合、男性はどのように思うでしょうか。

  もし明日から「結婚した場合、ほとんどの男性が女性の姓を名乗る」となったら、男性は嫌でしょうね。
  でも、「反対を想定する」としたら、明治時代に日本人が苗字を持つようになってから、ずっと一般的には男性の方が姓を変えるとなっていたとしたら、結局同じことでしょう。その質問をされた多くの男性は私と同じ答えをすると思います。
  ただ、今も「女性が変えないといけない」とはどこにも書かれていません。実際男性が変える場合も多くあります。「女性=弱者」と考えるのがおかしいのではないでしょうか。

6.あなたは弱者になったことがないから弱者の気持ちがわからない。私は弱者です。結婚して姓が変わったとたん、今まで書いた論文や研究の実績がすべて消えてしまった。

  女性研究者の方からのご意見でした。
  この問いかけを頂いたときは、「嗚呼、そうですか。」としか言いませんでしたが、私の考えは以下のとおりです。

  結婚して姓が変わったくらいで消えてしまう実績や論文はそれだけのものだったということだと思います。残念ながら内容の問題だと思います。
  もし私だったら、「これは旧姓時代に書いた論文でね!私、旧姓は吉岡って言うんです(ばらしてしまった)」って、逆に宣伝すると思います。
  それが面倒くさかったら、仕事上は通称を使えばいいだけです。前の職場でもかなりの人が使っていました。

 私の経験上、すぐに自分のことを「弱者」という方とまともにお話しする事はできません。

7.選択性なのだから、やりたい人だけやればいい。みんなが幸せになれるのになぜ反対するのですか?

  選ぶ本人はいいかもしれません。
  でもその子どもはどうなりますか?
  ただでさえ、核家族化が進み、家族崩壊が崩壊していく時代。
  両親がそれぞれ「選択して」違う苗字を名乗る家庭で、子どものアイデンティティはどうなるのでしょう?
  今の状態よりよくなる事は考えられません。むしろ離婚は増え、もっと家族崩壊は進むと考えられます。
  
  今でも離婚率は3割を超えています。生活保護と同様、母子家庭の支援に投じる予算は増加の一途です。
  それも皆さんの税金です。
  離婚は個人の問題です。それを税金で救済しているのが今の現状です。

8.今は「選択性夫婦別姓」になっていないから、相手の姓になりたくない場合は籍を入れないまま事実婚をするしかない。こんな状態で生まれた子どもは可哀想。

  「相手の姓になるのが嫌」なら、その人と結婚しないことをお薦めします。
  事実婚をして、子どもを作るくらい相手が好きなのに「相手の姓になりたくない」とかたくなに言う人がそんなにたくさん存在するとは思えません。
  子どもは確かにかわいそうです。そのかわいそうな状況を作っているのはかたくなな親であって、国でも法律でもありません。

主な質問は以上です。

最後に「政治家を目指すのだったら、もっと人の話を聞いたほうがいいですよ。」とアドバイスをいただきました。

  私は人の話をたくさん聞いてきました。賛成派の方も反対派の方も。
  そして今日も皆さんのお話をしっかり聞かせていただきました。
  それでも私の考えは「選択性夫婦別姓には反対」です。今日の議論が始まる前と変わりません。

と、お答えすると、「もういいです。この話は終わりましょう」と言われてしまいました。

いつも思うのですが
「話を聞く」=「同調する」ではありません。

いくら話を聞いてもやはり自分の考えは変わらないこともあります。
逆に、いい意見だなと思ったら次から自分の考えに取り入れさせていだきますし、「自分が間違ってました。ごめんなさい。」という場合もあります。
いつもいつも相手の話に同調する人間がいたら、そんな人は信用できません。

続いて、外国人参政権の話に移りかけたのですが、時間切れとなりました。

外国人参政権。みんなの党は明確に「反対」と言っています。もちろん私も反対です。


 

本日22時!ぜひご覧ください。

龍馬プロジェクトの若き首長候補がガチンコ生対談!
どんな内容になるのか今から楽しみです。
未来を担う若者達の激論をぜひ、ご覧ください☆


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2月23日(水)22時~23時 ユーストリーム生放送番組「リアル」
http://www.suita-shinsenkai.jp/real.html

神谷宗幣・石川勝の地域政党・吹田新選会が2月よりはじめた
生中継対談番組「リアル」に,統一地方選に立候補を表明している
鈴木英敬氏(三重県),長野やすひろ氏(別府市),
藤本一磨氏(習志野市),石川勝(吹田市)が大阪に集結し,
ガチンコ生対談を行います。

ツイッターなどのソーシャルメディアからリアルタイムで参加できます。

映像協力:サムシングファン
http://www.somethingfun.co.jp/

鈴木英敬氏(三重県)http://eikei.jp/index.html
長野やすひろ氏(別府市)http://www.y-nagano.com/
藤本一麿氏(習志野市)http://www.narashino-fujimotokazuma.com/
石川勝(吹田市)http://www.ishikawa-masaru.jp/

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龍馬プロジェクトの告知に,また,新しい取り組みを始める
若手政治家たちのプロジェクトとしてぜひみなさまのブログでご紹介ください^^

吹田新選会の「リアル」は,「見える政治・会える政治家」をコンセプトに
政治家の「リアル」を伝える生放送番組です。

紹介された記事はこちらです↓
http://www.net--election.com/news_Wh2OvO8l8.html

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社会を窮屈にする「モンスターペアレント」

流れてくるNZの地震のニュースに本当に心が痛みます。
やっぱり「阪神淡路大震災」の光景と重なってしまいます。

救助活動に携わっていらっしゃるみなさんにエールを送ります。
ひとりでも多くの人の命が助かりますように。。。

ココからいきなり本題です。
一般論として、入社試験に落ちるという事は、その会社に要らない人間だったということ。
それに対して「どうして落ちたのか」を理由を会社に訊ねて言っても
「答えられません」の一言で終わります。

だいたい、落ちた会社に理由を訊ねる行為事態、一般的に見ればモンスターペアレントかクレーマーのように受けしかとられません。
私が人事担当者だったら、「そんなことを聞いてくるような人物だから落とされるのです。」と思わず言ってしまいそうです。

昨年、娘の受験のときに「私たちの頃とは変わったな~」と思ったのは、
「不合格の方には、成績を開示します。」という学校がほとんどだったこと。

きっと「なんでうちの子が不合格なんだ!」といってくるモンスターペアレントが増えたからなのでしょう。

クレーマーやモンスターペアレントは、結局は自分で自分の首を絞めていると思います。

自分の感情に任せ、自分の要求を通そうとする。

その行為には、一般常識とか道徳心、もっと言えば日本人固有の羞恥心(もちろんアイドルグループではありません)や潔さ等の「和の心」がすべて欠如しています。

このような人たちが横行するようになった結果、自分達が生きる社会がもっともっと「生活しにくい社会」になっていきます。

モンスターペアレントが増える⇒教師はその対応に追われる⇒子ども達に割くべき時間が失われる
その結果、学校の荒廃が起こったり、教師になりたい若者がいなくなってしまう。

「学校」「教師」を「病院」「医師」に置き換えても同じです。

より良い社会を築くには、なんでも自分の要求を通すのではなく、時には我慢することも必要です。
そのときに、自分の感情と折り合いをつけることができなければなりません。

それを子どもに教えなければいけない大人の中に、こういう人が増えています。

児童福祉の仕事をしていたときに児童健全育成財団の講演で「『福祉』と何か?」というお話がありました。

難しいことではありません。
「ふだんの くらしを しあわせに」で、「ふくし」になるそうです。

もしあなたが失恋したときに、行政から電話がかかってきて、
「失恋されたそうですね。大丈夫ですか?元気を出してください。次はこんなところで合コンがあります。いかがですか?」とか言われたら気持ち悪いでしょう?

もちろん失恋したとき、行政は助けてくれませんし、そんなことまで行政の世話になろうと思う人はいません。(将来出てくるかもしれませんが(苦笑))

だから、失恋で自殺したり、ストーカーになったりしないよう、自分で自分と折り合いがつけれる大人に育てることが「児童福祉」の目的なのだと。。。

失恋は一つの例です。「自分の思い通りにならなかったとき」「理不尽な目にあったとき」と置き換えてください。

自分自身や自分の子どもの就職や入試の失敗もそれに当たるでしょう。

これだけモンスターペアレントが増えているという事は、「ふだんのくらしでしあわせに」なる能力が育っていないからです。

子ども手当てよりも本当に子どもに必要なものは何か?
今の与党の方には、「児童福祉」の定義も踏まえてもう一度よく考えていただきたいです。



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